15.9月10日午前7時30分
店の駐車場は騒然としていた。
「お、おいって…」
弓彦は絶句した。
乗車していたバスは無傷で駐車場に停車していた。おそらく機動隊長が頑張ったのだろう。狂言バスジャックの一味も全員駐車場にいる。問題はそこではなかった。先に着いたのであろう父、母、妹の由美がぼんやりと店を眺めていた。急にたたき起こされて連れてこられて頭が働いていないに違いない。
「おお弓彦、大変だったな」
父が話しかけた。弓彦は無言で店を凝視している。駐車場の周囲には野次馬が集まり始めていた。駐車場の面する県道は多くのトラックが走っていた。
「お、おいって…」
「ん?どうしたって、え?」
大阪ナンバーのダンプカーが店に衝突していた。あたりは粉々になったガラスの破片と、散乱した週刊誌などで見るも無残な状態だった。父がだらしなく口を開けた。
「これはまたやってしまったなぁ」
「もうあんたの店じゃなくなってるんだからいいんじゃないの?」
「そうよ。こんな赤字店舗」
前江田さんと母がタバコを吸いながらぶつぶつと話している。そういう問題ではない。売却したとはいえ、10年も店長として働いていたコンビニなのだ。それがこんなことになってしまうとは。
「おいって…」
「店は先日何とか組合のバス会社に売ったから、従業員はいなかったはずだ。だから人的被害はないと思うが…」
隣ではアフロ山田刑事が隣の刑事と話をしていた。交通量の多い県道の反対側にも野次馬が集まっている。
「探していた最後の一台が、あそこです」
「見つかった、といえばいいんだけどあれじゃなぁ」
「何度かお話ししようとしたのですが、なかなかお忙しそうで…」
「そりゃバスジャックだもん」
「狂言ですけどね」
刑事2人が笑った。いや、笑い事ではないのだが。そこへよれよれのスーツ姿の機動隊の隊長がやってきた。刑事たちが敬礼した。
「ご苦労様でした」
「バスの安全装置が効いてよかったよ。これは映画の撮影なのかな?だったら俺はトム・クルーズみたいな気分になれた」
機動隊の隊長は笑った。いや、笑い事ではないのだが。隊長は首をひねった。
「しかしなんでこんなことになったのかなぁ」
「それについては私が説明しましょう」
今村が突然現れた。まだこの自動運転装置には秘密があるのか。狂言バスジャックに巻き込まれた新聞記者やベトナム人、犯人・桂浜健治と父・真一郎、運転手たちが集まってきた。一通り集まってきたところで、今村が語り始めた。
「そもそも、この自動運転装置は、カーナビのシステムを使って目的地に向かうというものですが、このシステムだと目的地に到着してしまうのです」
「目的地に到着?それのどこが問題なのですか?」
アフロ山田刑事が聞く。周りでは、取材に来た新聞記者が何十枚もフラッシュをたいている。大事件である。今村が続ける。
「例えば、我々はカーナビで目的地を自宅にセットすると、どこに到着しますか?」
「自宅です」
山田刑事が答える。当たり前の話である。
「でも、正確に言うと自宅じゃないですよね」
「自宅の駐車場でしょう?」
「そうです。自宅に到着するわけではないんです。自宅の駐車場なんです。運転者がいるから駐車場に止めるわけです。当たり前の話なんですが」
「そりゃそうだ」
父がうなずいた。
「ところが、このシステムだと、本当に目的地に到着してしまうんです」
「それって…どういうことですか?」
山田刑事が困惑した顔でアフロ頭をぼりぼりと掻いた。今村は山田刑事に説明を続ける。
「ですから自宅。家の中に駐車することになります。家に突っ込むから大惨事です。運転者、おそらく健治さんがやったテストだと、最後には運転手の健治さんが無意識的に駐車場に止めるので問題はなかったと思うんですが。無人の時がいかんせんまずかった。無人で実験はやってないでしょう?」
今村の話を聞いた真一郎が犯人の健治の顔を見た。
「やってないのか?無人の実験は?」
「…やってない。自分が乗って、勝手に動くのを見てただけ」
「そういうことか。そうだろうと思ってたよ」
真一郎はがため息をついた。今村が言った。
「これはポンコツですね」
「ポンコツだと?!」
犯人が激昂した。苦労して作ったであろう自動運転装置をポンコツと言われてしまったのだ。しかしここまで欠陥を暴露されると。口で否定することぐらいしか抵抗できない。
「ポンコツポンコツと俺を侮辱する気か!」
「…しかたないでしょ。ポンコツなんだから」
今村が犯人を突き放すと、奥の方で新聞記者の一人が手を挙げた。
「前醍醐さん、どうされました?」
「ちょっと整理しますね。桂浜理事は、息子さんから何らかの経緯で自動運転装置を手に入れた。調べた結果、この自動運転装置の欠陥を知った。だから、この装置が衝突しそうな物件を日本商業バス振興協同協会理事という肩書を使って安値で購入し、衝突させてもよいように準備していたということですか?」
「そういうことですね。桂浜さん」
前醍醐という記者の話を聞いて今村が尋ねると、真一郎はうなだれた。
「息子に殺人までさせたくなかった。そんな理由から、大金を使ってでも衝突しそうな物件を手当たり次第に買いあさっていたんです。あまり流行っていないお店を」
「おいって、俺っちの店もって?」
弓彦が言うと真一郎はうなずいた。
「経済同友会のつてを持てば閉店しそうなコンビニなんてすぐ見つかりますから。探したら真っ先に伊豆さんのお店が出てきましたよ」
「おいって~」
弓彦は真一郎の言葉を聞いて複雑な声を上げた。前醍醐記者が聞く。
「下世話な話ですみません。その、買われた物件は何件で、金額はいくらぐらいですか?」
「…20件近くは買いました。金額はトータルで3000万円くらいです。500万円で買った物件もあります。物件もピンキリですから」
「あんたの店はピンの方よ」
「ピンキリのピンなんて久々に聞いたわよ」
真一郎の話を聞いて前江田さんと母・喜美子が笑っている。弓彦が悲しい声を上げた。
「おいって~」
「それは会社の経費ですか?」
関係者らしきおじさんが聞いてきた。たしか健治に引っ張り出された太っちょの運転手だ。真一郎が答える。
「種崎さん、このお金は日本商業バス振興組合のお金です。私が即席で作ったダミー会社の経費になります」
「となると株式は…」
「一応私が出資して私が筆頭株主、というか株を持っているのは私しかいないので私のお金ということになります」
「社長、壊れたうちのダンプカーはどうなりますか?」
種崎がまた尋ねた。ここまで会社情報を周囲の人間に漏らしてよいものだろうか。
「じつはこっそり保険をかけておきました」
「え?」
「ただ、これが事故と認定されるかどうかはわかりませんが。ははは」
真一郎は自分の会社のダンプカーが衝突した、自分で購入したコンビニを見つめた。息子のために、息子を殺人者にしないために資材をなげうって自動運転装置が衝突しそうな物件を買っていたのか。金持ちにしかできない親子愛、愛情表現である。弓彦は妙に納得して父親の顔を眺めた。父はだらりと弛緩した顔で笑っていた。こうも違うのか。
弓彦はなんだか悔しくなって持っていたタバコに火をつけた。




