14.9月10日午前7時
バスは走り続けている。刑事たちは慌てていた。彼らが想像していたシナリオとは違う展開が起きているようだった。何のことかわからない弓彦はただ成り行きを見守ることしかできない。
アフロ刑事に電話がかかってきた。
「行方不明の最後の1台のダンプカーが見つかった?そんなことはいいから、このバス小倉過ぎちゃったよ。ちょっとどうするよ」
アフロ刑事が状況を説明している。追尾するパトカーが、話が違うと文句を言っているに違いない。健治が不思議な顔をした。
「目的地はセットしたのに…」
真一郎がため息をついた。
「このシステムは、目的地を自動で検索するシステムがあります。最初、健治が登録した小倉のバスターミナルが目的地だったのですが、このバスに乗った皆さんの誰かの家を目的地として再検索し、目的地を変更したと思われます」
「なんでそんなことを」
アフロ刑事が言う。真一郎が今日何度目になるであろうため息をついた。
「わざわざ目的地を指定せずとも勝手に家に連れて行ってくれる、そんな機能です。健治としては親切設計だったのでしょうが、使っている方としては余計なお世話です」
「じゃあ目的地はどこになるのですか?」
「おそらくこの近辺で駐車場が広くて幹線道路に面したところになります。誰か人がいそうな建物になります。どういうことかというと…」
真一郎は続ける。
「このシステムに内蔵されているAIが『目的地』として認識する構造物は、車体のフロントガラスから見える大きさのものなので、フロントガラスからはみ出すぐらい大きな建物は認識できません。ですから、なるべく大きくない、平屋のコンパクトな住宅が一番認識しやすいみたいです」
バスは無情にも走り続けていた。真一郎は冷静である。
「あと、念を入れたかどうかよくわかりませんが、中に人間がいないと目的地とは認識しません。ですから、窓ガラスから人間が見えないと目的地と認識しません」
「それって…」
アフロ刑事がつぶやくと、新聞記者の男がメモを取りながら口を開いた。
「平屋でコンパクトな建物、窓ガラスから人が見える。それでいて広い駐車場を持っていて道路沿いに面している、しかも、皆さんのご自宅といえば…」
真一郎の話を聞いた弓彦が前江田さんを見た。
「うちの教会の駐車場はそんなに広くないわよ」
弓彦は思い当たる場所があった。
「おいって、それって…。コンビニってもんよ!」
周囲の視線が弓彦に注がれた。
「俺っちのコンビニが目的地ってもんよ!」
弓彦が叫んだ。それを聞いて新聞記者の女が外を見ながらつぶやいた。
「目的地は家なんでしょう?職場は家じゃないわよ」
「俺っちの家は半分コンビニみたいなもんだってもんよ」
「それでいいのかしら」
「しかもさっき警察にスマホでSOS送ったから、あのAIがあんたがこのバスの運転手だと思って目的地替えたかもよ」
前江田さんは禁煙パイポを咥えた。その横で新聞記者の女も嬉しそうにパイポを咥えた。
奇妙なことに、緊急事態なのだが皆落ち着いていた。バスは九州道の東田インターを降りた。皆の話を聞いてアフロ刑事は頭を掻いた。
「でもここから一番近い先ほどの条件に当たる場所といえばコンビニの確率が高いですね。困りましたね」
バスは無情にも弓彦のコンビニに向かっているようだった。
「俺っちのコンビニに着くまで辛抱すればいいってもんよ。でももう俺っちの店じゃないってもんよ。バスはあの広い駐車場に止まって終わりだってもんよ」
弓彦がそういうと一同は安堵の顔をした。バスは信号停止している。一般道でもスムーズに進んでいる。全く何が問題だというのだろうか。弓彦が真一郎の顔を見ると、彼だけ緊張した顔をしていた。まだ何かあるというのか。
「それはまずい。山田さん、SATを使ってでも乗客を降ろしてください」
ずっと沈黙を続け、皆の話を聞いていた今村がついに口を開いた。この自動運転システムが信用ならないというのか。アフロ刑事が聞く。
「今村さん、まだ他にあるというのですか」
「このままだと、目的地に衝突します。そうですよね。桂浜さん」
先ほどまで饒舌だった真一郎は無言だった。車内の関係者がどよめいた。真一郎はこれ以上はあまり話したくなさそうだった。
「衝突?どういうことよ!」
前江田さんが動揺している。さっきから余裕だったり緊迫したり落ち着いていないようだ。
アフロ頭が頭を掻きながら聞く。
「今村さん、どういうことですか?」
「あまり説明している暇はありません。コンビニまでの所要時間は残り30分。このバスから脱出しないと、全員死にます」
「コンドハナニガオコルンデスカ?」
ベトナム人のグエンは震えながら大きなカバンをぐっと抱えた。
「おいって、このままだと俺っちのコンビニにこのバスが突っ込むってことになるってもんよ?」
弓彦が今村に聞いた。
「そうなります」
「良かったじゃない。店も閉店するし一緒に心中できて」
前江田さんが禁煙パイポを噛んだ。
「このままだと前江田さんもみんなまとめて死ぬってもんよ」
「アタシは死なないわよ」
「おいって」
「お題目を唱えているから死なないし、死んでも行くのは天国よ。あなたたち地獄に行きなさい」
「おいって!」
弓彦は驚いた。こんな状況になっても冷静なのは信心の力なのか。弓彦は改めて宗教の偉大さを感じた。アフロ刑事が健治に聞いた。
「このバスを止める方法は?」
「目的地をセットすると到着するまでノンストップだ」
「システムを破壊することはできるのか?」
機動隊の隊長が聞いた。先ほどまでくたびれたサラリーマンだった男だ。眼光が鋭く全くの別人である。健治が答えた。
「破壊したところでデータはすべてクラウドに流れている。壊したところでこのバスの機能は停止しない。目的地に着くだけだ」
機動隊の隊長が腕を組んだ。
「ううむ」
「パンクさせて急停車させるのはどうですか?」
隣に座っていた女性の機動隊員が尋ねた。
「今、ここはもう黒崎だ。増援を呼ぶのは可能だが、このバスを走行不能にしてしまうと渋滞の元になるし、一般市民への被害の可能性もある。もう少し穏便にいきたい」
「わかりました」
部下は隊長の意見を聞いて黙った。隊長が口を開いた。
「ここから伊豆さんのコンビニまで10キロ。幸い道路は混んでいる。バスは赤信号で停車しているから目的地に到着するまで安全だろう。赤信号で停車するたびに乗客を降ろしてパトカーに乗せていこう。山田さん、パトカーの増援をお願いする」
「わかりました」
山田刑事がうなずいた。早速部下に連絡する。
「佐川君お願い。あと3台増援お願いして。話したい事?ちょっと後回し」
一方的にアフロ山田が電話を切った。
「私たちは残る」
「え?」
山田が驚いた。機動隊長は続ける。
「バスが伊豆さんのコンビニの駐車場に入ったところで、私とこいつがこのバスの安全装置を押して急停車させる。そうすれば被害は最小に防げる」
「もし安全装置が効かなかったらどうされるんですか?」
山田刑事が聞くと機動隊長は笑って答えた。
「これだけ新設設計だから安全装置は動くと思う。万が一のことが起きたら飛び出すよ」
バスが赤信号で停車した。左車線を走行していたので下車しやすい。弓彦以下4人が下車した。2回の停車で全員が下車できた。端から見れば高速バスが乗客を降ろしているようにしか見えないだろう。
弓彦がバスを降りて後続のパトカーに乗車すると、新聞記者の女が窓際の後部座席でタバコを吸っていた。隣には大きなカバンを持ったベトナム人のグエンが震えていた。
「パトカー内は禁煙です」
「一本ぐらいいいでしょ。ずっと我慢してたんだから」
助手席の警官の警告を無視して新聞記者はタバコを吸っていた。警官は呆れた顔をした。
「現場に居ちゃうなんて、ふふ。これでスクープは独り占めだわ。会長賞はいただきよ。ふふ」
新聞記者はニヤついている。
「汚い採石場で、そこにいたみんなででグルになって犯人を追い詰めましょう、なんてあのへんな探偵に言われたときはどうしようかと思ったけどね、ふふふ。変なのが紛れ込んじゃったけど」
小声が弓彦にも聞こえたので前列の警官にも聞こえていることだろう。
「なんであんたここにいるのよ」
タバコを吸い終わった新聞記者が窓を閉めた。隣のグエンに話しかけているらしい。グエンは鞄を抱えたまま震えている。
「コクサイカだからアナタモキョーリョクしてクダサイとイマムラサンいわれましタ」
「その鞄は?」
「オカネデス。これがナイとダナンのカゾクガロートーにマヨイマス」
「路頭に迷う、ね」
「ろとうです。ニホンゴムズカシイ」
グエンは笑った。
「ずいぶん重そうね」
「ソコソコカセギマシタカラ」
「グエンさん、ビザを確認させてもらっていいですか?」
助手席の警官がグエンに尋ねた。
「ビザ?タベモノデスカ?」
「おいって、それはピザってもんよ」
弓彦がベタなボケに突っ込んだ。警官の顔が真顔になった。
「グエンさん、あなた、不法就労の疑いで前の勤め先から連絡来てますよ。そもそも前の職場を逃げ出したかなんかで行方不明の届け出も出ているんですが」
「このクルマはタクシージャナイノデスカ?」
「残念。警察です。ひと段落したら署まで来てもらえますか?」
「ニャクニン!」
グエンはよくわからないベトナム語で何かを叫ぶと鞄を抱きかかえてガタガタ震えた。弓彦がそんな状況をぼんやりと眺めていると、店の駐車場に着いた。




