13.9月10日 午前6時30分
伊豆宏明は外に出ると大きく背伸びをした。
夜が明け始めている。今日はいい天気になりそうだ。日中は寝ているのでお日様を見ることはないけどな、そんなことを思って一人で笑った。
レジには2号店から引っ張ってきた中国人留学生の史銘陽がいて、暇そうに惣菜を並べている。店内には客はいない。
宏明は70歳になった。夜勤もだいぶ辛くなってきたので、息子の弓彦にオーナーを譲って引退を考えている。ただ、慢性的に人手不足の業界である。日勤を数日やらせてもらえればな、と思っていた頃、2号店の買収の話題が上がってきた。宏明としては渡りに船の話だったので二つ返事で受けた。譲渡して1週間経つ。あの店はどうなっているのだろうか。そんなことを思いつつ、店に戻った。
「来月の発注考えてるから事務所にいるよ」
「わかりました。ご了承ください」
史銘陽は惣菜を並べながら答えた。口癖は相変わらず治らない。
「ああ、卵は私が並べるから大丈夫だ」
「わかりました。ご了承ください」
事務所に戻ってぼんやりとパソコンを眺めていると、つい、眠気に襲われた。
「オーナー、オーナー、ご了承ください!ご了承ください!」
30分ほど寝てしまったのか。史銘陽の声で目が覚めた。日本語の使い方がかなり間違っている。宏明がふらふらと事務所から店に出ていくと、数人の警官が店の中を物色していた。そのうちの一人は電話をかけていたが、つながらないようでいらだった顔をしていた。
弘明が史銘陽に聞く。
「なんかあったの?」
「2号店で事故があったそうです。ご了承ください」
「事故って言ったってあそこはもう事業継承したんだからうちの店じゃないんだけど」
「そうなんですが、ご了承…」
「オーナーさんですか?私、こういう者です」
先ほどいらいらしながら電話をしていたスーツ姿の男が警察手帳を出した。にこやかな笑顔である。先ほどのいらだった顔とは全然別人に見えた。
「刑事さんがうちの店に何の用ですか?」
「オーナーさんが以前経営されていた2号店コンビニですが」
刑事はぺらぺらとメモを見ながら聞く。
「あそこは1週間前に事業継承しまして、もううちは経営していないんですが。ええとニホンショウギョウ…」
「株式会社日本商業バス振興組合」
「そうそう。そこです。そこに売ったのでうちとは関係ありません」
「いや、そうではなくて事故がおきまして…」
「事故?」
猛烈に嫌な予感がしてきた。宏明は頭を抱えた。刑事は史銘陽の顔を見た。
「とりあえず来ていただきたいのです。お隣の従業員の方は先ほど2号店で働かれていたと聞きましたが」
「そうです。ご了承ください」
「では一緒にお願いします」
「ちょ、ちょっと待ってください。この店は…」
宏明は頭を抱えた。
「緊急事態です。関係者として同行を願います。申し訳ないですが、入口のシャッターを閉めて同行願います」
「ちょ、ちょっと」
「本社にはこちらから事情を説明しますので何も心配ありませんよ」
刑事が言うと、周りの警官が勝手にシャッターを下ろし始めた。こういうのを強制執行というのだろうか。頭を抱えながら宏明は思った。




