005 それがどうした
──赤津支店長との面談後。
呉葉は窓際の自身の席から、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
時刻は疾うに定時を過ぎている。
そんな中、周囲の職員は皆、忙しそうに仕事をしていた。
やがて──寂しい晩秋の空に、近所の高校から部活動の終了時刻を知らせる音楽が流れ始めた。
それは付近に勤める社畜にとって、一日の疲れを労うようにも楽しい就業後の時間を促すようにも聞こえた。
辺りは夕靄が立ち籠め──街全体が遠く暮色に包まれている。
──ああ、もしも、わたしに発達障害なんてものがなければ……どんなに人生は素晴らしかっただろう。
呉葉は窓の外に広がる景色を見ながら、そんな益体のないことを考えずにはいられなかった。
胸の中の懊悩を感じれば感じるほど、余計に外の景色は生き生きと輝きを増す。
「はぁ……」
小さな溜め息が、自然と漏れた。
やがて、今日はもう帰ろうと、静かに椅子から立ち上がり──。
「お先に失礼します」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
挨拶を返す者は、誰もいない。
呉葉はとぼとぼと、駅までの道を一人で歩いた。
「それがどうした」
歩きながら、自分で自分を励ますように呟いた。
「自分だって社会の一員だ。発達障害者だって、定型発達の人と同じように働いて生きていく権利がある筈だ」
呉葉は今日の赤津支店長との面談を思い出し、呼吸が急に苦しくなった。
思わず大きく息を吸い込んで……そして、大きな溜め息を吐いた。
白くなった呼気が風に流され、夕暮れの澄んだ空気に溶けて消えた。
そして翌朝──。
いつもどおりに出社をすると、見慣れたオフィスの様子がいつもと違った。