40.最後の砦
「いやっ、離して!」
シアは突然、部屋になだれ込んできた見知らぬ男たちに拘束されていた。
「俺たちを騙しておいて、自分たちだけ生き残ろうとしてたのかよ!」
「アンタ、エインヘリャルの一員なんだろう?」
「俺たちが苦しんでいるのを知ってて、こんなことをしていたのか?!」
「特権階級で甘い蜜を吸っていたんだ。俺たちにもいい思いをさせてくれよ!」
後ろ手に拘束されて突き出されたシアの胸を、男の手が手荒に掴んだ。
「止めてっ、私はみんなを助けようと……」
身悶えして男の手から逃れようとしたシアの言葉は、男の平手打ちで中断された。
「都合のいいことを言ってるんじゃねえ!」
頬を張られた痛みで、シアの目から涙が溢れそうになる。だが、ここで涙を見せたところで、男たちを喜ばすだけだと悟ったシアは、毅然とした態度で説得しようとした。
「あなたたちがしていることは、八つ当たりでしかないわ。何の解決にもならないのよ!」
「流石、学園一の才女様だ。舌も良く回る。だが、よお……」
男はシアの胸倉を掴んで力ずくで床に組み伏せると、馬乗りになって動きを封じた。
「きゃあぁぁぁっ!!」
「八つ当たりなんだよ。俺たち底辺はアンタの足を引っ張って、引きずり下ろしたいのさ」
男がシアの制服を無理矢理、左右に引っ張って胸をはだけさせた。はじけ飛んだボタンが床を転がる。それを合図にしたように、周りの男たちがシアの手足を掴んで動けなくした。
「いやあぁぁぁっ! 止めて、離してっ!!」
その時、部屋の扉が激しく叩かれた。
「シア、そこにいるのか! ここを開けてくれ!」
「フィン、助けてっ!!」
「シア、シア!!」
何度も扉を叩く音がするが、
「驚かせやがって、中からロックしているに決まってるだろ」
シアが辛うじてつなぎとめていた矜持も、フィンの声を聞いて吹き飛んでしまった。シアはフィンの名前を何度も呼んで、子供のように泣きじゃくった。
「うはっ、俺、なんか別の性癖に目覚めそう」
足を抑えている男がシアの太ももをさすりながら舌なめずりをした。
突然、扉のロックが解除されると、部屋の中に華奢な影が飛び込んできた。襲撃者は飛び込むや否や、シアに馬乗りになっていた男の顎を蹴り上げた。80kgはあろうかという男の巨体は、空中で一回転して床に落ち、ピクリとも動かない。
周囲の男たちが呆気に取られている間に、足を押さえていた男の頭が横に吹き飛んだ。膝立ちになった男の頭はミドルキックに丁度いい高さにあった。
この時になって、やっと襲撃者が女であることを認識した男たちが、反撃のために立ち上がろうとした。襲撃者は奥の男との間合いを詰めると、顔に手を当てて足を刈り、頭を床に叩きつけた。
一人残った男が狼狽えながらも、繰り出してきたパンチを掌で逸らして、懐に入ると鳩尾を肘で痛打した。男は一瞬息ができなくなる。男の動きを止めたところで襲撃者は伸ばした腕を掴んで一本背負いをした。投げられた先には最初に蹴られた男が横たわっていて、カエルを踏み潰したような悲鳴を上げて二人とも動かなくなった。
「シア、シア、大丈夫か?」
部屋に入ってきたフィンに抱きかかえられて、シアは安堵すると共に、恥ずかしさを感じて胸元を手で隠した。
「ええ、大丈夫よ、フィン。それに、レーシャもありがとう」
シアは襲撃者に向かって頭を下げた。
「間に合ってよかったわ、シア先輩」
レーシャは投げ捨てた猫をもう一度かぶり直して、シアに向かって微笑んだ。それは颯爽と現れてシアを助け出したときに比べて遅きに逸していた。
「残るは食堂を占拠する慎也たちか……」
エミリオは順調に進んでいる反抗作戦の報告を聞いていた。慎也がいくら頑張ったところで情勢を逆転するような目はないだろう。エミリオは作戦開始から張りつめ通しだった気を少し緩めた。
「食糧を押さえられているのは痛いな。こちらが抱える学生たちは多い。食えないとなると、すぐに不満が出てくるぞ」
絢斗の懸念は改めて言われるまでもなく、エミリオも認識していた。だが、食堂を占拠する慎也たちは、警備科の中でも精鋭を集めた者たちだ。力押しでも効果は薄いだろう。勝ち馬に乗って士気が上がっている状態だ。無理矢理、死地に送り込んだところで、がむしゃらに状況を変えようとする者などいないだろう。
「早めに交渉に入るか?」
「足元を見られて条件を釣り上げられるぞ」
「だが、時間をかければかけるほど、こちらにとっては不利だ」
エミリオは顎に手を当てて目を閉じた。
「ライフラインに頼るか」
「だな……」
エミリオは不本意だと言わんばかりに腕を組んで目を閉じた。
絢斗はフリストスの端末を呼び出した。
「なんでしょうか? こちらは撃ち合いの最中で忙しいんですが」
「ああ、ちょっと知恵を借りたくてな」
「わかりました。戦闘はトクタルに任せます」
フリストスは買い物を頼まれた程度の軽い感じで応対した。
「慎也たちが食堂を占拠しているんだ。早めに彼らを排除したい。何とかならないか?」
「……そうですね。ガスを使うのはどうです?」
「いや、殺すつもりは全くないんだが……」
絢斗は物騒なことを言いだしたフリストスに少し引き気味で答えた。
「昏倒させる程度ですよ。全く危険がないとは言い切れませんが」
「なるほど、詳しく教えてくれ」
すぐさまフリストスから授けられたアイデアを基に作戦が立てられた。
「静かだな」
慎也の声は囁くように小さかった。散発的に続いていた銃撃戦も今は止んでいる。交代で休んではいるが、周囲の者たちに疲労の色は隠せなかった。
「攻めあぐねているんじゃないっすか?」
「まあ、それならそれで、こっちも助かるんだけどな」
慎也は突然襲ってきた眠気を欠伸で押し殺した。
「なんか俺、変なものを食べたのか、気分が悪くなってきて……」
見張りをしていた男が青い顔をして座り込んだ。誰も見張りを交代しようと動かない。慎也が周囲を見渡すと、そこに見えたのは荒い息をして横たわる取り巻きたちの姿だった。
――くそっ、奴らこの部屋の酸素供給を止めやがったな!




