29.聖女の微笑み
絢斗とエミリオ、シーユウ、ガネッシュの始めた互助会的な試みは徐々に広がりを見せていた。仮想通貨制の歪みはいたるところで現れていた。問題発生の最初の波を上手く捉えた形だ。
レーシャのルームメイトのアイシャも支援を頼った。一方的にレーシャの負担となるよりも体調が良くなった後、自分の力で返せる方法を選んだのだ。返済のマイナス面ばかりを見ていたが、自立は心理的な負担の軽減の面もあるのだろう。
「次は整備科三年、作業中に足首をねん挫して二週間の安静だそうよ」
レーシャは四人の試みにちゃっかり参加していた。元々、レーシャはあまり悩みを引きずらない。切り替えは早い方だと自負している。自分が戦力でないと切り捨てられたのなら、別の場所で戦力として認められる働きをして見返してやると考えていた。
「座ったままでもできる軽作業には就いてもらうとして、足りない分を支援しよう」
絢斗は案件を機械的に処理した。わかり易い案件だ。問題になるとすれば当事者の人柄ぐらいか。
「次は警備科一年、部屋に籠って出てこないそうよ。ルームメイトからの話だと食事も満足に摂っていないみたい」
「警備科の中で何かあったのかな?」
「そうね、あそこも上下関係が相当厳しいらしいから」
「消極的な自殺を求めている者を助けるべきか……」
絢斗は自分が誰でも救えると思うような過信はなかった。助かりたい人が自分の意思で動いてくれないと、この試みはとん挫するだろう。
しかし、当初の目的に立ち戻ると、死にたがっている者を切り捨てることはできない。例えそれが自己満足であったとしても。彼だって最初は宇宙飛行士になる夢を持って火星に来たはずだ。挫折の原因を取り除ければ立ち直ることもできるかもしれない、最大限楽観的に考えれば。
――みんなで地球に戻ると誓ったもんな……。
「面白そうな人ですね。先輩、私に任せてくれませんか?」
ラクウェルが両手の掌を合わせて上目遣いでお願いをした。
「面白いって、結構難しいケースだと思うが」
「そうですか? とても興味深いです」
「あなた、遊びでやっているわけじゃないのよ」
「はい、知っています。先ほど、先輩から説明を受けましたから」
ラクウェルは絢斗の腕にすがる。押し当てられる胸の感触に絢斗は身を固くした。
ラクウェルとレーシャは絢斗を挟んでベッドの縁に腰かけていた。ついでに言えば、エミリオは絢斗の前で腕を組んで立っており、シーユウとガネッシュは備え付けの椅子に座っていた。絢斗とエミリオの二人部屋は六人での話し合いには手狭だった。
「ちょっと、離れなさいよ。絢斗と私は付き合ってるんだから」
「でも、まだ一週間ですよね」
「知り合ったのは一年以上前よ!」
「一年間も無駄にしていたなんて。私なんて絢斗先輩に助けられてから、たった一ヶ月ですよ」
ラクウェルはレーシャとにらみ合った。
「痴話喧嘩だ」
「痴話喧嘩だね」
「絢斗のこんな姿を見せつけられるとは……」
エミリオたちは三者三様の反応を返した。絢斗は別に見せつけるつもりはなかったが、何故こういう事態に陥っているのか記憶を浚っても出てこない。その時々では誠心誠意、真面目に対応していたはずだ。いっそのことそういう星の下だったと言ってもらった方が諦めがつく。強いて言えば積極的なアプローチに鼻の下を伸ばしていたぐらいだ。
――そうか、毅然とした態度だ。よし、これから俺は石になる。
「ラクウェル、何か解決の糸口があるのか?」
「そうですね、その人はきっと自分が無価値だと思い込んでいるんですよ」
「なるほど、誰も確固たる足場なんて持っていないものな」
「だから自分の価値に気付いてもらうのが一番いいと思います」
ラクウェルは真っ直ぐな目で絢斗を見ながら、静かな口調でそう言った。
「この件はラクウェルに任せたいんだが、異論はないか?」
レーシャは苦々しい表情ながらも賛成に回った。
ラクウェルは話し合いの後、当事者の部屋を訪れていた。ルームメイトには事前に二人だけにしてくれるように頼んでいる。話を聞き出すには十分な状況を整えた。
「こんにちは、航空科一年のラクウェル・クルーズです。よろしくね」
「えっ、あっ、はい」
「ルームメイトから聞いたんだけど、食事もろくに摂ってないんだって?」
「あまり食欲が湧かなくて……」
まだあどけない顔をした少年は視線を外した。
ラクウェルはベッドに座る少年の前に跪いて目線を合わせる。
「あなたのことが心配なの、もちろん私も」
「でも、僕と会ったばかりじゃないですか……」
「会ったばかりの私が心配しちゃダメかな?」
ラクウェルは首を傾げて両手で少年の手を握った。
「いえ、そんなことは」
「あなたには心配してくれる人たちがいるのよ。それってとても素敵なことじゃない?」
少年の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。少年は鼻をすすりながら会話を続ける。
「……そう、ですね」
「何があったのかな?」
「先輩たちが監督している仕事場で対価の上前をはねていたんです。僕は何も言えなくて」
「エインヘリャルには訴えようと思わなかったの?」
「慎也さんが上にいるんですよ。あの人は何があっても警備科を守ります」
慎也に対する全幅の信頼。それは末端の構成員にまで行き届いていた。翻れば内部統制以外の自浄作用はないと言っていい。
「一人で背負い込まないで。私たちの力は小さいけれど、みんなで助け合えば、きっと解決の糸口を見つけられるはずよ」
「そうでしょうか、僕なんて先輩に睨まれただけで、身体が動かなくなってしまって」
少年は自分の無力さを恥じて俯いた。ラクウェルは聖女のような優しい微笑みで包み込んだ。
「先輩たちが怖いの?」
「怖いです、とても」
「あなたに仲間がいたとしても?」
「仲間……、僕にそんな仲間なんて」
「私たちの仲間に入ってくれないかな? あなたの力が必要なの」
「僕の……、僕に何かできるんだろうか」
「一人一人が得意なことで貢献できればいいのよ」
少年はラクウェルの言葉を反芻した。答えは決まっていたが、それを口にするのを怖がっていただけだった。少年は決意を胸に視線を上げてラクウェルを見つめる。
「……わかりました。僕にも手伝わせてください」
「ありがとう、歓迎するわ」
ラクウェルは少年の頭を引き寄せて自分の胸に押し当てた。少年は顔を赤くして狼狽えている。
「そう、これはあなたが仲間になってくれたことに対する、私からの感謝の気持ち」




