28.独裁者
「仮想通貨制には大きな問題があります!」
珍しくレーシャはクインと意見を戦わせていた。エインヘリャルで主導権を持つのは最早クインのみだ。最も主張が強そうな慎也がクインの推薦で、このクラスタに入ったとなれば、反対する者は誰もいなかった。ほとんど独裁と言ってもいい体制を敷いていた。
「公平性には気を遣ったつもりだが?」
「それはそうですが、セーフティネットが全くと言っていいほど用意されていません」
「我々には働かない者を養うような余裕はないと思うが?」
クインは物分かりの悪い生徒の理解度を探るように問うた。
「自己責任に任せて、弱者を死なせてしまってもいいと言うんですか?!」
レーシャの悲痛な叫びはクインの心に波風も立てなかった。
「生徒全員が死ぬよりは良い結果だ」
「クイン、性急すぎる改革は反発を生むわ。少しでも助けられないかしら?」
シアはレーシャに助け舟を出そうとした。だが、この場にシアの味方する者はいなかった。
「俺たちは生徒の自由意志を尊重しているんだ。困ったら自分たちで助け合うなり、好きにすればいい。無理に手を出すことはねえさ」
慎也がクインの援護射撃をする。クイン陣営とレーシャ陣営の主張は平行線だ。妥協する余地もなさそうだった。
「このままでは、あなたが大事にする秩序が失われますよ」
進まない議論に焦れたレーシャが踏み込んだ表現をした。
「それは脅しかね?」
「いいえ、確実性の高い未来予測です」
「反乱を起こすなら、それも自己責任だ。まあ、俺たちが治安維持を担っていることを忘れないでくれよ」
脅しにかけては慎也の方が一枚上手だ。実行力を伴わない小娘の戯言など一蹴してしまう。
「レーシャ、キミはエインヘリャルの一員としての良識に欠けるようだ。私としては残念だが、彼女の解任を提案したい」
レーシャは驚いてクインの顔を見返した。自分の力が求められている自負もあったが、これほど簡単に切り捨てるとは思いもよらなかったのだ。クインの真意を測りかねたレーシャは自分の甘さに歯噛みする思いだった。
「反対の者は挙手を」
レーシャとシアの手が挙がる。
「レーシャ、キミは当事者だ。投票権はない」
レーシャは苦虫を噛み潰したような表情でシアに助けを求めた。完全な出来レースだ。既にレーシャが解任されることは既定路線になっている。何とか挽回できないかとシアは藁をもすがるような気持ちで異議を唱えた。
「フィンにも投票の権利があると思うけど……」
「この場にいないことには、なんとも」
クインはシアの考えなど、お見通しだった。一刀のもとに切り捨てると決を採った。
「賛成の者は挙手を」
クインと慎也の手が挙がる。
「レーシャ、これまでご苦労だった。今後の仕事は一般生徒と同じように、自由に選んでくれればいい」
レーシャは歯を食いしばって冷静さを装った。
「これまでありがとうございました、先輩方。色々、勉強になりました」
シアがレーシャを呼び止めようとしたが、声の震えを隠し通せなくなりそうで、レーシャは足早に中央管制室を立ち去った。
レーシャは自分の甘さとクインの狡猾さに怒りを感じながら、絢斗の部屋に向かった。
ノックをすると、中の返事も待たずにドアを開けた。
部屋の中で着替えていたエミリオはレーシャを見て、脱いでいたシャツで身体を隠した。
「きゃっ!」
「エミリオ、二時間ほど絢斗を貸しなさい!」
レーシャはエミリオのボケを黙殺すると、一方的に宣言した。
「イエス、マム!」
こういう時の対処をエミリオは心得ている。すかさずレーシャに敬礼を返すと、絢斗を置いてさっさと部屋を出て行った。
絢斗は目の前で行われた取引に付いていけていなかった。
肩を押されて両足を払われると、絢斗はベットの上に転がった。すかさずレーシャが馬乗りになる。
「あああああああ、腸が煮えくり返るわ、あのネクラ野郎。なんでもかんでも自分が正しいって顔しやがって、なにが、公平性には気を遣ったつもりだが、なの?! アンタが他人を気にしたとこなんて誰一人見たことないっての!」
絢斗はレーシャの剣幕に押されっ放しだったが、ある程度の事情を察した。頭を優しく撫でながら労わるような言葉をかけ続ける。
罵詈雑言はいつの間にか嗚咽に変わり、絢斗の服はレーシャの流した涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。
「絢斗と私は付き合っているんだよね?」
「俺の勘違いでなければ」
自分の弱気を隠しもせずに絢斗は答えた。
「じゃあ、慰めなさいよ」
「これが俺の精一杯なんだが」
「もっと背伸びしないと、私と釣り合うような男になれないわ」
そう言ってレーシャは目を閉じた。
絢斗も朴念仁ではないので、レーシャの望んでいることは理解している。ただ、涙と鼻水の乾ききらない筋を見て、雰囲気という言葉を自分の辞書から投げ捨てた。
ついばむようなキスを繰り返した後、絢斗は自分の舌をレーシャの口の中にねじ込んだ。怯えて引っ込みそうになる彼女の舌を絡めとると、あちこちを突いて反応を楽しんだ。やがて満足したように離した口には、唾液が糸のように垂れ下がった。
「絢斗、どこでこんなキスを覚えてきたの?」
赤く火照った顔をしていたレーシャが急に我に返ったように問いただしてきた。
「えっ?!」
――ネットで調べたとか言えない雰囲気なんですけど……。
絢斗が投げ捨てた雰囲気は自己修復を果たしたようだ。度重なる追及に折れた絢斗はレーシャからひたすら冷たい視線を浴びせられ続けられた。




