1-6(13-14階層)
均等な大きさの石で作られた通路。
13階層の魔物はミノタウロス。筋骨隆々の身体と2mの身長を持つ。体色によって武器が異なり、例えば焦げ茶色ミノタウロスが両手で振り下ろしたメイスの一撃は石の床にめり込むほどの怪力を持っている。
というのが狼王の残した羊皮紙の束に書かれていた情報だ。
羊皮紙には各階層の地図と特徴。魔物の名前と簡単な特徴が記載されていた。
これまで<マップ>で作っていた地図と比較しても全く同じだったことを考えれば今後行く階層の地図も正確だと思われる。
しかし、最初に出会ったのは情報の倍の大きさをした焦げ茶色の毛を持つミノタウロス。
見るからに強いそうだし、雰囲気からも強いことが分かる。
「こいつは俺が相手をする。手は出さないでくれ」
「危険よ。3人で戦いましょう」
「そうだ。わざわざ、危険な真似はするな」
「わかっている。だが、1対1で戦ってみたい。無理はしない。約束する」
2人を説得する間、ミノタウロスはこちらに攻撃することはせず、静観していた。
説得出来たので、武器を<常闇戦斧>から刀に持ち替えた。
「待たせたな」
信は言葉が通じるとは思っていないが刀を構えながらミノタウロスへ攻撃してこなかった感謝と待ってくれていた謝罪を込めて話しかけた。
ミノタウロスは信が構えたのを見て自らも愛用のメイスを構えた。
「それじゃあ、やろうか!」
信の掛け声と共に両者は激突した。
◇
魔物にとって挑戦者は糧である。倒した挑戦者の質や装備によってダンジョンから力を得ることが出来る。
得られた力が上がるにつれて進化するのがこのダンジョンの真理だ。
俺はこの階層で2番目に強い。最強は牛王だ。牛王は強い。どちらも万全の状態で戦えば必ず負ける。
俺はそんな牛王から英雄の称号をもらっている。
だが、俺はそんな称号よりも牛王に勝ちたい、そして、越えたいと日々鍛錬を重ねてきた。
周りのミノタウロス達は手っ取り早く強くなるためここへ来る者達を殺すことばかり考えている。だが、俺に言わせればそんなものは本当の強さではない。強さとは与えられるのではなく、自らの努力によって身に着くものだ。
あるとき、強者の気配を感じた。牛王以外では初めてだ。
愛用のメイスを確かめるように強く握って向かった先には12階層へ続く階段があった。
俺のようなダンジョンで生まれた者は別の階層へ行くことはできない。
行き来が出来るのはダンジョンに挑む者だけだ。つまり、この強い気配はダンジョンに挑む者ということになる。
降りてきたのは全身甲冑を着た少年1人と軽装備の少女2人。
3人とも強い気配を感じるが最も強い気配を感じるのは全身甲冑を着た少年。
少年は少女2人と何やら話を始めた。内容はわからないが雰囲気から男が俺とさしでの戦いを望んでいることを感じた。
さしでの戦いは俺も望むところだ。
話はまとまったようだ。少年は刀を抜いて構えた。
(感じる。こいつは強い。俺をもっと上へと導いてくれる)
俺は愛用の戦斧を構えた。
男が何かを言うと正面から突っ込んできた。
(その意気やよし)
小さき体で倍以上の体格の俺に正面から迫る少年を頭から叩き潰すつもりでメイスを振り下ろす。
これまで大抵の奴らはこれで頭を潰して終わった。
だが少年はメイスの先が当たる直前、一段加速することで躱した。
メイスが床に当たった衝撃で床が砕け、辺りに破片が飛散する。
だが、俺はそんな事よりも右の脹脛に走る痛みに意識が向いていた。
久々に感じる痛み。股の間を通り抜ける際に斬られた。
強い。俺はダンジョンに挑む者に対して、弱い者、臆病者という見方をしていた。
今回であった者達も強者だと思ってはいても心のどこかで見下していたのではないか?
いつもこれで倒せているからと大振りの攻撃を選択してしまったのかもしれない。
それが、致命的な失敗を招いた。
右足の踏ん張りが出来ずに左の膝を突くことで身体を安定させた。
しかし、そのために後ろからの攻撃に対応するには体勢を崩さなくてはならなかった。
無理に身体をねじりながら後ろから迫る少年を攻撃するが、そんな攻撃が当たるわけもなく。避けられ、四肢の腱を1つ1つ斬られてとうとう愛用のメイスも握れずに敗北した。
俺が戦意を失ったことが分かったのか少年は刃まで黒い戦斧を取り出して、俺に刃を当てた。抵抗するつもりはない。
俺は…負けたのだから。
◇
黒い液体により再生されたミノタウロスが立ち上がった。
「お前の名前を教えてくれ」
「モオ(タウロスだ)」
「タウロスか。わかった。それでは最初の命令だ。同じミノタウロスを倒せ」
「モオ(わかった)」
額の中央に黒い菱形が浮かび上がったタウロス。
最初の大振りが決め手になった。あれで右足を斬ることが出来たからこそ、その後もこちらに有利な戦いに繋がった。
「信、心配したぞ。怪我はないか?」
「心配しなくても大丈夫だよ。約束しただろ。無理はしないって」
薫が俺の身体に怪我がないか触りながら確認する姿に苦笑しながら答えた。
「心配ぐらいさせてよ。でも、無事でよかったわ」
咲良も俺の様子を見て、胸をなでおろしている。
「モオ(お前の女か?)」
「少し黙ってろ」
タウロスは右手の小指をたてながら聞いてきたので、黙るように命じる。
だが、言葉は通じないがタウロスの言ったことが何となく想像できた薫と咲良が顔を赤くしている。
「そんな事より、先に進むぞ」
強引に話を切り、先へ進む。
タウロスを先頭に進んでいると前方から身長2mの赤色の毛をしたミノタウロスが現れた。
「モオ、モオ(タウロス、なぜそんな奴らと一緒に居る)」
「モオ(語ることは何もない)」
戦闘はあっという間に終わった。タウロスがこの階層で2番目に強いというのは本当のようだ。
戦いに敗れたミノタウロスは全身黒い黒ミノタウロスとなったがどうやらミノタウロスは単独行動を好むようなので別行動で戦わせることにした。
その後、何体もの黒ミノタウロスがミノタウロスと戦い始めた。
「モ.モォォォン?(お兄さん。良いことしない?)」
あるとき白と黒のまだら模様のホルスタインのようなミノタウロスと遭遇した。
どうやら体型から女性のようだ。
会ってそうそう色々なポーズをとって誘惑?を始めた。
引き締まった身体にホルスタインのような胸部。殆ど着ていないのと同じぐらい露出度の高い服のため動くたび激しく揺れている。
プロポーションが良いことは認めるが、顔が牛なのでそれだけで守備範囲外だ。
俺は大丈夫だが同じミノタウロスのタウロスが反応している。
去勢はしないでいたが失敗だったか?
ミノタウロスが一騎打ちを好むので去勢をして弱くなることを危惧していたが女ミノタウロスと戦えないのなら去勢した方が良いだろうか。
タウロスが動かず、相手も攻撃はしてこないので、どうするか考えていると薫が天光剣を抜きながら女ミノタウロスへ向けて歩き出す。
横を通り過ぎる時の危ないからと止めようとしたが薫の顔を見て止めようとした手を止めた。薫の女ミノタウロスへ向けている目はとても冷たかった。
(震えているのか。俺が)
止めようとして伸ばした手が無意識に震えている事を自覚した信は驚きながら自分の手を見ていた。
「信はこれ以上見てはダメよ」
突然咲良に頭から布を被せられた。視界が真暗になった事に抗議するよりも咲良の声に有無を言わせない迫力を感じて布を取ることはしなかった。
しかし、何も見えなくとも耳は聞こえる。
「モオ。モオオン?モ、モオオン!?モーーーーー!?(貧相な身体ね。私の魅力に勝てると思っているの?やめて、私の綺麗な顔になんてことするの!?いやあああああ!?)」
女ミノタウロスの断末魔が聞こえた後に何かが倒れる音が聞こえた。
布がとられた時、女ミノタウロスの姿はなかった。
そして、薫の手に<お手入れセット>があることで先程何が倒れたのか察することが出来た。
アイテムポーチへ<お手入れセット>を入れた薫が戻ってくる。
「信、そこへ座れ」
「薫、怖い顔して何かあったのか?」
「とりあえず座りましょうか。胡坐ではないわ。正座。タウロスだったかしら、あなたは見張りをしていなさい」
「モ!(はっ!)」
俺はなぜか正座をさせられ、タウロスは俺ではなく咲良の指示に従って見張りを始めた。
どういうわけか。支配したはずの魔物が俺ではなく薫や咲良の命令を聞くのだがいったいなぜだ。
「信!聞いているのか」
「すまん。少し考え事をしていた。それで、どうした」
考え事をしていると薫に叱られてしまった。薫は腰に手を当てながら「はぁ」とため息をついた。
「だから、信はあんな魔物が好みなのか」
「?」
薫が何を言っているのかわからなかった。
どうして俺があの牛の顔をした魔物に好意を抱いたと思われたのか全く理解できない。
「もしかして、さっきの女ミノタウロスの事を言っているのか?俺は牛に好意を抱く趣味は持ち合わせていない」
もしも、そんな疑いを持たれているのだとしたら早急に訂正しておかなければならない。
でないと俺が変態認定をされてしまう。それだけはなんとしても避けたい。
「ほら、やっぱり大丈夫だったでしょ。薫は心配しすぎよ」
「咲良ももしかしてと思っていただろう」
2人が俺の言葉を信じてくれたところで、どうしてそんな疑いをかけられることになったのか聞くことにした。
「2人はどうして俺が女ミノタウロスに好意を抱いたと思ったのか教えてくれ」
「それは…」
言いよどんだ2人。だが、俺も引き下がる訳にはいかない。
変態疑惑をかけられる原因を知っておきたい。
沈黙が続いたが、先に折れたのは薫と咲良だった。
「信が女のミノタウロスをジッと見ていた。同じように胸を凝視していたタウロスが反応してたからのだから、鎧を着てわからなかったが信も反応しているのではと思ったのだ」
「それに興奮していたタウロスと同じように全然動かなかったでしょう。それでてっきりああいうのがタイプなのかなって…」
そういうことか。甲冑を着ているため、2人からは俺の表情や状態などを理解することは難しい。それが今回の事を招いたのだとしたら俺にも多少なりとも責任があるのか?
(だが、一番の原因はタウロスだな。やはり去勢すべきか?しかし、それで弱くなっても困るな)
説教を受ける原因を作ったタウロスへの処罰を考えていると少し離れた場所で戦闘音が聞こえた。どうやらタウロスがミノタウロスと戦っているようだ。
(もう少し、様子を見るか)
女ミノタウロスに遭遇したのは今回が初めてだった。
そのため初動が遅れたことも疑われた要因だ。
今後は命令すれば問題ないはず、わざわざ弱くする必要はないだろう。
こうして、タウロスは本人が知らない間に男でいられることになった。
「ああいうタイプでないのなら。信はどんな女性が好きか教えろ」
「そうね。教えなさい」
話は終わったと思っていたがどうやら俺のはやとちりだった。
なぜか俺の好きな女性のタイプを教えないといけない状況になっている。
「待て、いま俺達はダンジョンにいる。こんなことを話している場合ではないだろう」
「わかっているわ。だから早く答えなさい」
「早くしないと新しい魔物が来るかもしれないな」
ため息をつきたくなった。どうしてこんなことに。
2人の目は真剣だ。このままはぐらかしてもいい結果には結びつかないだろう。
(だが、好きな女性か。聞かれると難しい。前の彼女の事をいま冷静になって考えると好きとは違うような気がする。あの時は精神的に疲れていた。そこへ付け込まれた。俺の好きな女性か…)
俺は本気で考え、2人に自分の好きな女性について話した。
話し終えると2人は笑顔を浮かべて、しばらくの間終始ご機嫌だった。
「モオ(話は終わったようですね)」
「ああ、前半の説教はお前が原因だったがな。今後女ミノタウロスが出てきたら、戦うように命令するぞ」
「モオ。モオォ(それはご容赦ください。弱い者を攻撃するのは主義に反しますので)」
「はぁ、わかった。そういうことなら俺が対処する」
タウロスと戦ってわかったことがある。それは自分の信念を持っていることだ。
それが他のミノタウロスにはないタウロスの強さの秘密のような気がする。
自分の信念を曲げることはなるべくしたくない。
タウロスと話をして、女ミノタウロスはリボルバーで眉間を撃ち抜いて殺すことにした。
支配することも考えたがそれによって、再び薫と咲良に疑われたくなかった。
俺が説教を受けている間に新たなアイテムが増えていた。死んだもしくは殺したミノタウロスのアイテムだろう。
ミノタウロスが残すアイテムは毛の色によって異なるようだ。
赤=剣、青=槍、黄=短剣等だ。女ミノタウロスは1種類だけ。
武器はあって困ることはない。3日間滞在したが12階層同様1ヶ所だけ赤点がなくならない場所がある。
「またか」
タウロスと生き残っている黒ミノタウロス2体を引き連れてその場所へ行ってみると厳かな両開きの扉があった。
「モオ。モオ(ここには現時点最強のミノタウロス。牛王がいる闘技場です)」
「現時点?」
「モオ(俺が倒します)」
「そうか。では行くか」
タウロスの目を見て本気だと思った。
俺からは何も言うことはない。それは自分自身で示すことだ。
扉を開けると円形闘技場の観客席に出た。
観客席とから見下ろす場所に佇む1体の紺の毛を持つミノタウロスがいた。
多数の篝火が焚かれた闘技場の中央で、両刃の斧を下に向け、柄頭に両手を添えて立つ姿からは王の風格が感じられた。
さすが牛王というだけあって、タウロスよりも1回り大きい。
俺はタウロスと2体の黒ミノタウロスに牛王を倒すように命じた。
降りてきた3体。そのうち牛王は黒ミノタウロスには目を向けず、タウロスだけをまっすぐ見つめていた。
「モモ。モ、モオ。モモオオ(英雄よ。なぜ、裏切った。誇りをどこへ忘れてきたのだ」、
「モオオ、モモオ!(私はあなたに勝つことを目的に鍛錬してきた。今日あなたは最強ではなくなる!」
タウロスはこの時一騎打ちを望んでいた。だが、タウロスの両隣にいた両手剣と槍を持った黒ミノタウロスが自分達には目もくれない牛王に苛立ち、タウロスが動くよりも早く左右から攻撃を仕掛けた。
「モ、モオオオオ(『牛王』。その首もらったあああ)
「モモオオ(お命貰い受ける)」
同時に攻撃した2体の黒ミノタウロスだったが『牛王』にとっては児戯のような攻撃であった。
「モオ(雑魚は消えよ)」
2体の黒ミノタウロスの攻撃が届く前に牛王の斧が2体の黒ミノタウロスの身体を両断する。上半身と下半身を分断された2体であったが黒い液体により2体の身体はすぐに繋がった。
まさか殺したと思った存在が生きて、しかも身体を再生させたことで一瞬隙が出来た牛王。腹部に剣と槍が突き刺さる。だが、分厚い筋肉の鎧が剣と槍の侵入を防いだことで内臓へのダメージを負うことはなかった。
牛王は引き抜かれようとする剣と槍を抜かせないため筋肉を収縮させる。
同時に斧を手放し、空いた両手で2体の黒ミノタウロスの頭を掴み、握りつぶした。
“カラン”と2度。地面に投げ捨てられた剣と槍が音を出す。
傷口から流れる血を「フン」と力を入れことで止め牛王は先ほどの攻撃に参加しなかったタウロスへ顔を向ける。
「モオ?(傷は大丈夫か?)」
「モオ。モオオ、モオオ(余裕だな。この程度の傷、傷の内に入らん)」
「モ。モオ!(そうか。では参る!)」
タウロスは右手のメイスを強く握りしめて駆ける。恐らくあまり時間は残されていない。
今も傷口から入り込んだ黒い液体が牛王の身体で増殖を続け、支配しようと活動しているはずだ。
本当は何のハンデもなしに戦いたかったがそれはかなわぬ願い。
ならば、最後は戦士として牛王を殺すため戦うのみ!
牛王は先ほど黒ミノタウロス達が横に切っても生きていたことを考慮して、上段から頭を勝ち割るために斧を振り下ろす。
しかし、地面を縦に割っただけで、そこに狙った相手はいない。
タウロスは斧が振り下ろされる前に身体を低くし、一段速度を上げることで斧を回避した。
牛王の懐に入ったタウロスはメイスを頭上に突き出した。
“バキッ”『牛王』の顎が砕ける。直後にタウロスは牛王の右拳により肩を砕かれ、闘技場の壁まで吹き飛ばされた。
壁にひびが出来るほどのダメージを受けたタウロスはそれでも立ち上がろうとする。
だが、そんなタウロスに牛王の斧が振り下ろされる。
“ガキン” タウロスはメイスの両端を持ち、片膝を突いた状態で斧を受け止めた。
飛ばされている間に肩の再生は終わり動かせるようになっていた。
牛王はこの時、違和感を覚えた。自分の方が力も強く、有利な立ち位置のはずなのになぜか押し勝てない。拮抗しているのだ。
牛王の知っているタウロスは過去のタウロス。
タウロスは日々休むことなく鍛錬を続けた。休むことなく永遠と続けた。
『努力は必ず報われる』
その結果が今形となって現れた。
「モオオオオオオオ」
さらにタウロスは無意識に抑えられている身体のリミッターを黒い液体の力も借りて外した。多大な負荷に筋肉が破裂するがそのたびに再生される。
全身を引きちぎられるような痛みに耐えたタウロスはとうとう牛王の斧を押し返し、立ち上がった。この時タウロスは牛王の力を越えた。最強の戦士となったのだ。
だが、戦いはそこまでだった。
牛王の身体は黒い液体に支配され、腹部は完全に黒く染まっていた。
“ゴフッ”牛王は片膝を突き、左手で口を押える。左手の隙間から大量の血が流れ落ちる。
「モオオオ。モオオ(万全の状態であなたと戦いたかった。どうやら時間切れのようだ)」
「モ…オ(なん…だと)」
タウロスは眼前で片膝を突く牛王を見つめながら肩を落とす。
本当ならまだ決着はついていない。
なぜなら、タウロスが負わせたダメージは顎を砕いた程度。戦えない程のダメージではないからだ。しかし、これ以上続けても自分の望んだ戦いはできないだろう。
せめて、戦士として死なせるぐらいしか今のタウロスにはできなかった。
「モオオオオオオ!(俺に出来るのはあなたを戦士として死なせることだけです)!」
振り下ろされるメイス。確実に頭を潰せるその一撃を牛王はタックルをすることで拒んだ。抱えた腕を締め上げる牛王に戸惑うタウロス。
「モ、モオ!(なぜ、抗うのですか!)」
「モ、モオオ!(わしは牛王。敗北は許されんのだ!)」
タウロスにはタウロスの信念があるように。
牛王は牛王としての信念があった。
『牛王に敗北の2文字はない』。
身体を締め上げられ続けていることで破裂した内臓が再生できず、タウロスは黒い血を口の端から流した。だが、抵抗を続ける牛王の頭にメイスの柄頭を何度も叩きつける。
これは、自分が生きるためではない。
『牛王』を戦士として死なせたい。
その思いのためにメイスの柄頭を牛王の頭に叩きつける。
しかし、勢いをつけられないため硬い頭を割るのは容易ではない。
そんなタウロスの思いは牛王には伝わっていた。
だが、牛王の信念を変えることはできなかった。
武器を持っていない牛王がタウロスに勝つ方法は一つしかない。
牛王は口を開きタウロスの頭を歯で挟む。
あとは口を閉じるだけ、その時にようやく頭蓋骨が砕けメイスが牛王の脳に突き刺さった。
普通ならこれで死ぬ状態だが牛王の口は閉じられタウロスの頭をかみ砕いた。
結果として牛王は負けなかった。タウロスは牛王を戦士として殺せた。
どちらも目的を達することが出来た。
こうして英雄と王の戦いは終わりを告げた。
綺麗な戦いではなかったが、良い戦いだったと思う。
「行こう」
俺は薫と咲良に声を掛けて闘技場を静かに立ち去った。
◇
「「「「「シャー」」」」」
14階層の地形は13階層と同じだが魔物は2足歩行で武器を持ったワニ。リザードマンだ。
しかも子供向けの戦隊アニメに出てくるような赤・青・黄・緑・ピンクの5色のリザードマンがそれぞれ剣・槍・短剣・ハルバート・弓を持っている。
咲良の魔術で先頭を走る赤リザードマンと後続のリザードマンとの間に壁を作ってもらう。
単独になっても走りを止めない赤リザードマンの剣を弾いて<常闇戦斧>で胸を突き刺す。
黒い液体がリザードマンを包み込み、断末魔を叫びながらリザードマンは黒リザードマンとなった。
黒リザードマンA(赤リザードマン)は俺の前で膝をつき、命令を待つように頭を垂れた。
「他のリザードマンを黒リザードマンにしてこい」
命令を聞いた黒リザードマンは剣を持って、先ほどまで仲間だったリザードマンを襲い始めた。
他のリザードマンは赤リザードマンがいなくなり黒いリザードマンが現れたことに混乱している。
しかし、彼らも戦士。敵と定めた黒いリザードマンAの胸を槍で突き、ハルバートで腕を斬り飛ばし、喉に短剣を突き刺し、額に矢が刺さった。
あと少しピンクリザードマンに力があったら矢は脳に達していただろうが頭蓋骨に突き刺さったところで止まった。
それでも十分死ぬレベルの攻撃を加えたことで、彼らの心に油断が生まれた。
黒リザードマンAの身体から流れ出た黒い液体が槍と短剣を包み、腕を再生する。
青リザードマンと黄リザードマンは武器を手放し、黒い液体から逃れたが緑リザードマンは逃げ遅れて腹を剣で貫かれた。
緑リザードマンが断末魔を叫びながら黒い液体に包まれて黒リザードマンBに生まれ変わった。
緑リザードマンが黒リザードマンになるのを見て絶句する残りのリザードマン達。
黒リザードマンAは元に戻った腕で額の矢を引き抜き、Bと共に残った3体のリザードマンに襲い掛かる。ほどなくして、5体の黒リザードマンが俺の前に整列した。
黒リザードマン5体を引き連れて階層を進む。
それから5日。俺達は510体のリザードマンを連れて、10mの高さがある扉の前に立っていった。
目的はリザードマンの王を倒すことだ。
牛王の残した羊皮紙の束。羊皮紙には11階層以降の各階層の魔物について詳細に書かれていた。
書かれていた内容でも特に注目した箇所は各階層に存在する階層主を倒すことで手に入るアイテム。
有用なアイテムが多いことから各階層の階層主を倒しながら進むことにしている。
扉の先は『竜の寝床』という名前の平原。
竜の寝床にはリザードマンの軍5万が待機している。
内訳は青・緑・赤・黄・白の5つの師団が各1万。
各師団は師団長が指揮している。師団長は普通のリザードマンと比べて倍の大きさをしているため識別しやすい。
配置は正面=青、中央=緑、右翼=赤、左翼=黄、後方=白。
階層主は豪華な服に王冠を頭に乗せた純白のリザードマン。神輿の上で優雅に葡萄を食べている。大きさは普通のリザードマンの半分程度しかないため、こちらも識別しやすい。
入った直後に攻撃される可能性もあるため、俺達と510体のリザードマンは扉を入ってすぐに陣地の作成に取り掛かった。
俺達が入った扉は閉まった直後消えた。もう後戻りはできない。
咲良が全体の指揮を執りながら陣地の構築を始める。
こういった戦略ものは得意らしい。
「舐められたものね。何をしても無駄と思っているのかしら」
咲良が壁の上から敵を睨みつけている。
陣地というより要塞が完成するまで敵は全く動きを見せなかった。
要塞は背後をダンジョンの壁に守られた半円状の造りとなっている。分厚いコンクリートの壁。壁の周囲には深い堀が造られ、堀は濃硫酸で満たされている。
堀から数メートル先には敵の進行を阻むように鉄条網が設置しているがリザードマンの硬い鱗であれば強行突破をされるかもしれない。
要塞の出入口は正面にある鉄門だけ。
門の前にかけられた石橋から鉄門へ侵入してきた敵は鉄門を囲むように造られた半円状の壁が待ち受けている。ここで敵を迎え撃つ。敵がこちらの100倍の戦力を保有しているため、戦場の範囲を限定する。長期戦に持ち込めばこちらが有利な状況になるはずだ。
これだけの要塞が短時間で作れたのは土や水を操る力を手に入れた事と<水土の薙刀>の能力によるところが大きい。
「準備が出来たようだ。いつでも撃てる」
薫が壁の内側に作られた階段を登って敵を攻撃する準備が出来たことを知らせてくれる。
攻撃と言ってもこちらから敵に突撃を仕掛けるわけではない。
折角要塞を作ったのだ。安全かつ強力な攻撃をお見舞いしよう。
薫、咲良、後は連絡要員として待機している5体のリザードマンが俺の指示を待っている。
「撃つように伝えてくれ」
連絡要員の1体が頷き、指示を伝えるために走り出す。
ほどなくして要塞の後方から轟音が聞こえた。轟音は155m榴弾砲によるものだ。10階層の軍事基地で使えないだろうと思いながらアイテムボックスへ手に入れていたがこんなところで役立つとは思わなかった。
弾は狙い通り、軍の後方へ着弾し、爆音がここまで聞こえた。
呑気に昼食をとっていた敵は突然の攻撃に慌てている。
さらに着弾場所が階層主の近くであったため混乱に拍車がかかった。
2発、3発と続けざまに攻撃を受けた軍の後方にいた白師団はさらに後方へ後退を始め、他の師団はこちらへの進軍を開始したことにより、自軍1個大隊513名VSリザードマン軍4万体の『第1次竜の寝床会戦』が始まった
「砲撃隊は銃を持って城壁内に移動!外を囲む敵を狙撃しなさい!」
俺達は壁の上から要塞中央に設けられた司令部と看板を提げたテントへ移動していた。
役割を明確にするため役職を作った結果。
現在の組織構成は大隊長=暁信、副大隊長=立花薫、参謀=村上咲良、最初に黒リザードマンになった者達を中隊長とした剣中隊、槍中隊、ハルバート中隊、銃・弓(元ピンク)中隊、工作・偵察(元黄)中隊の各100名。
その他各中隊から5名連絡要員として咲良の直属の兵士としている。
砲撃隊とは先ほど榴弾砲を撃っていた部隊である。咲良の指示によりアサルトライフルを片手に城壁へ向かった。
要塞に設けられた銃眼から要塞へ突撃してくる敵を迎え撃つのだろう。
「いよいよだな」
薫は要塞の包囲を始めた敵を要塞各所に設置した監視カメラからの映像がいくつも映し出されたディスプレイを見ながら高揚しているようだ。
「そうね。どうやら相手も準備が出来たようだから攻めてくるわよ」
「俺は何をすればいい」
「信はトップなのよ。どっしり構えていればいいわ。恐らく信に出てもらうことは当分ないから。それより、動き出したわよ」
咲良がディスプレイに映し出されている映像を指さす。
そこには配置が完了したことで要塞への攻撃を開始したリザードマン軍が映っていた。
◇
左から赤リザードマン、右から黄リザードマンの兵士が鉄条網を強行突破した。その際に鉄条網に絡まって動けなくなる者もいたが彼らはむしろそれによって助かった。鉄条網が無くなったことで勢いをつけて堀へ飛び込み始めた。
「シャアアア(いてえええ)」
飛び込んだ兵士は堀に満たされた濃硫酸によって身体が溶かされた痛みに悲鳴を上げる。
兵士はこの堀から何とか出たい一心で必死に手足を動かす。
そんな仲間を引き上げようと堀の手前で手を伸ばす兵士は要塞から狙撃されて命を落とした。
運よく引き上げられた兵士もいたが、その身体は見るも無残な状態だった。
鱗は溶けてなくなり、肌はただれてまるで別の生き物のような姿をしている。
化け物を見る様な目を仲間から向けられ、撤退を指示された際もうまく歩くことができない彼らは置いて行かれた。
結果。十分な治療が受けられずに死んだ。
「赤リザードマンは万病薬、黄リザードマンは麻酔薬か」
左右の師団が撤退していくのを見て、新たに手に入ったアイテムを確認する。
<万病薬(軽)>:ほとんどの病気に効果があるが症状を和らげる程度の効果しかない。
<麻酔薬>:痛みを和らげる。
他にも青は部位欠損治療薬。緑は精力剤。ピンクは下級ポーション。白は中級ポーション。
とこの階層の魔物を倒せば薬が手に入る。
師団長は各リザードマンよりも一段上の効果を持つアイテムを残し、14階層主はエリクサーを残すのでこの平原にいるリザードマンは狩りつくす予定でいる。
「来るわよ。これからが本番ね」
左右の師団が撤退したことで側面攻撃によって戦力を分散させてからの正面突破作戦を断念し、正面に陣取っていた青リザードマンが一斉に石橋を渡り始めた。
堀を渡ることが出来ないため、橋を渡るしか選択肢がない敵は数の優位を生かせず、壁からの十字砲火により次々と倒れていく。
十字砲火を潜り抜け、満身創痍の状態で門をくぐることが出来た青リザードマンを待ち受けるのは剣・槍・ハルバートの各部隊から選ばれた精鋭30人。
青リザードマンに黒リザードマンの攻撃を防ぎきる力はなかった。
そして、青リザードマンは新たな黒リザードマンとなって元青リザードマンによって編成された槍部隊に加わった。
俺達は司令部で、新たに加わっていく黒リザードマンを見ながら順調に事が運んでいることを確認していた。
「順調に事が運んでいるわ。左右の師団は堀に落ちた兵士を見て様子見をしているようね。今はアサルトライフルの有効射程の外で待機しているみたい」
「彼らは橋を作っているのかもしれない」
「その時は爆弾を落として破壊するだけよ」
2人がディスプレイを見ながら今後の作戦について話している。
この調子だと何日か続きそうだ
2人に任せた方がうまくいくのだが支配した魔物へ命令できるのは俺だけだ。
そのため、ここを離れることはできない。
(この魔物の指示に従うようにと言えば従うのにどうして、薫や咲良の命令は聞かないのか)
2人に任せた方がうまく行くような気がするが四狼士やタウロスのようにはいかなかった。
(支配を受け入れた者とそうでない者との差のようだが、面倒なことだ)
別段変化のないディスプレイの映像を眺めながめていた。
◇
第1次竜の寝床会戦 3日目
1日目で500体増え、2日目で5000体を超えた。
魔物はダンジョンからエネルギーをもらうため食事や睡眠は基本的不要。
常時戦闘が可能だからと思うが戦闘の音が止むことがない
3人で交代しながら必ず1人はディスプレイの前で待機している。
ダンジョン全体が明るくなり始め、3人で朝食のホットドックを食べている時に変化が訪れた。
現在正面にいる青リザードマンの師団は半数以下の数まで減少している。
他の3つの師団もそれぞれ千体ほど失っているが青リザードマンの師団の損耗は特にひどい。
増えた黒リザードマンの約9割はこの師団の元兵士達だ。
このままいけば明日、明後日には消滅すると思われた師団から青リザードマンの師団長(青師団長)が前線に向けて突っ込んでくる。
青師団長の周囲を守る青リザードマンが盾となり、十字砲火から師団長を守り散っていった。
ほぼ無傷で橋を渡り、門をくぐった青師団長は大人の胴体程の太さの槍を振り回し、黒リザードマン達を薙ぎ払った
「シャアアア!(敵将出てこい。この『剛槍のバル』が引導を渡してくれる!)」
画面の中で青師団長は果敢に攻撃を仕掛ける黒リザードマンを全く寄せ付けない戦いをしている。中には顔を輪切りにされて死ぬものまでいる。
このままだとこちらにもかなりの被害が出るかもしれない。
「信、あのリザードマンはなんて言っているの?」
「大将に出てこいと言っている。さて、久々に戦ってくるか」
「怪我しないようにね」
「わかっている。いざとなったら逃げるさ」
咲良の肩を軽く叩いてから席を立つと、司令部の外で素振りをしていた薫が素振りを中断して近づいてきた。
「どこか行くのか?」
「ちょっと前線に師団長が出てきたから支配下に置いてくる」
「無理するなよ。何かあったらすぐに下がれ」
「ああ、心配はいらない。すぐに片付けて戻るよ」
薫の肩に手を置いて安心してもらえるように穏やかに話すと笑顔で送ってくれた。
2人に見送られながら門を囲むように作られた壁まで到着したときにはすでに精鋭の内半数がいなくなっていた。
「まったく、ここへ来るまでの短時間にこれだけやられるとは思わなかったな」
常闇戦斧を取り出しながら、眼下で槍を振るう青師団長の戦いぶりを観察する。
普通のリザードマンに比べれば明らかに強いが13階層で見たタウロスや牛王に比べれば弱い。
(余り楽しめそうな相手ではないな、手短に終わらせよう)
壁から飛び降りながら、青師団長へ向けて常闇戦斧を振り下ろす。
青師団長はこちらに気が付いて槍で受け止めようとしたが信が槍にかかる重力を10倍まで上げた事によって、槍を持ちあげられなかった青師団長は身体の半ばまで斬られた。
信はすぐに常闇戦斧を引き抜き後方へ飛んだ。
(さすが師団長。まだ生きているのか)
先ほどまで信が立っていた場所に青師団長の右拳が空を切る。
だが、目立った抵抗はそこまでだった。
黒い液体が青師団長の身体を黒く染めていく。
「「シャアア!(なんだ。これは!)」
青師団長は叫びながらどうにかしようともがくが効果はない。
次第に黒い箇所に達し他所で、青師団長は黒師団長へ生まれ変わった。
信が斬った箇所も元通りに治った黒師団長は信の前に片膝を突き、命令を待った。
「お前に黒リザードマン全軍の指揮を任せる。外にいるリザードマンを可能な限り黒リザードマンにしろ」
それだけ言うと信は司令部へ戻った。
命令を受けた黒師団長は全軍の指揮をとり、要塞に5百を残して、約5千の兵と共に要塞から出陣した。
これまで一方的に攻めていた側が反撃にあった事、青師団長が敵の司令官となって打って出たこと青師団だけではなく、攻撃に参加していた他の3つの師団にも動揺をもたらした。まさに青天の霹靂であった。
青師団は師団長不在のため撤退を開始。赤・黄・緑の3つの師団も撤退した。
撤退する青師団を追撃する黒師団長率いる軍(黒軍)は青リザードマンを背後から次々と襲い黒く染めて行く。
黒軍は途中追撃を中止し、要塞前まで後退した。
そして、橋を守るように半円状の陣を敷き、次の戦いに備えた。
攻撃していた師団が撤退してくる際にも階層主が率いる白師団は動こうとはしない。
(自分は安全なところで高みの見物というわけか)
俺達は壁の上から敵軍の様子を眺めていた。
現在の黒軍は撤退していた敵の一部を吸収したことで要塞内の5百を合わせて約8千5百まで膨れ上がった。
リザードマン軍は緑師団が青師団残党を組み入れて1万。赤と黄もそれぞれ9千の合計2万8千。
兵力差約3.5倍。最初の100倍に比べれば大分ましになったが、正面からの戦いでは非常に不利だ。
リザードマン軍の再編が終わり、進撃を始めた。
『第2次竜の寝床会戦』の幕開けである。
正面=緑・青混成師団1万。右翼=赤師団9千、左翼=黄師団9千。
敵は黒軍を両翼から挟み込むように攻撃する。
だが、こちらも黙ってそれを見逃すことはしない。
壁に配備した狙撃部隊が敵軍の前線指揮官を次々に倒したことによって敵の前線は混乱した。
その混乱を見逃す黒師団長ではない。
混乱した場所へ重点的に攻撃を集中することによって戦いの主導権を相手に渡さないように尽力した。
圧倒的な兵力差で始まった『第2次竜の寝床会戦』だったが次第に形勢が黒軍に変わり始めた。
約3.5倍の兵力差が3倍、2倍、1.5倍と徐々になくなり始めて、開戦半日で逆転した。
敵は斬っても死なず、こちらは斬られると黒リザードマンになる戦いに赤・黄・緑の3人の師団長は「勝てない」と絶望したが階層主から「2度目の撤退を許さない」と命令されているため最後の瞬間まで戦い続けた。
翌日の朝。
朝食後。戦闘終了の報を受けて、鉄門まで向かうと石橋の先は黒リザードマン一色。
綺麗に整列している黒リザードマン達の姿はまさに圧巻だった。
石橋を渡ったところで片膝を突いて頭を垂れているのは4体の黒師団長。
「シャアア。シャア(ご命令達成いたしました。次のご指示を)」
膝を突いている師団長の1体が頭を垂れた状態で訊ねた。
(この黒師団長が元青師団長か)
全員黒いのでどれが元何色のリザードマンかわからない。
「全軍をあげて階層主を倒す。準備しろ」
その後。要塞を解体してから、黒師団長に細かい命令を出しながら後方で高みの見物を決め込んでいた階層主へ向けて進軍を始める。
階層主を守る白師団の装備は両手剣だ。5つの師団の中で最も強く1体で他の師団の兵士3体分の力があると黒師団長の1人から聞いた。
現在の黒軍の兵力は3万5千。白師団は1万。
兵力差3.5倍。『第2次竜の寝床会戦』当初と反対の立場だが黒師団長の話を聞いた後では楽観はできない。
敵軍は後方に階層主の本陣に1千を配置し、前方に中央・右翼・左翼各3千でこちらを迎え撃つ構えのようだ。
こちらは黒師団長4体のうち、3体に9千を与え、中央・右翼・左翼として配置。
残りの1体に5千を与えて敵側面の攻撃を命じた。後方に本陣を敷いて予備兵力3千を配置する。
両軍の準備が整ったが白師団は動かない。
最後まで一貫して専守防衛するつもりなのだろう。
こちらは迫撃砲を並べて敵陣へ向けて一斉に砲撃を開始した。
『第3次竜の寝床会戦』の幕開けである。
迫撃砲による砲撃は白師団に混乱をもたらしたが、さすが階層主を守る師団だけあって、すぐに冷静さを取り戻し、突撃してきたので迫撃砲を下げて白兵戦が始まった。
開戦直後は黒軍優勢で事が進んだ。
白リザードマン達はこれまで戦いに参加しなかったため、黒リザードマンの再生能力を知らない。
実力差があったとしても斬ってもすぐに再生する相手にどう対処してよいかわからず、結果自身の剣を鈍らせることになり、黒リザードマンの攻撃を受ける結果につながった。
白リザードマンが徐々に黒リザードマン変わって、今度は白リザードマンへ襲い掛かる事態に各部隊を任されている白リザードマンはどう対処してよいかわからず押されていた。
そんな中、1か所だけ戦いが拮抗している場所があった。
側面攻撃を命じた5千と敵の本陣から兵500を率いて迎撃に向かった白師団長率いる部隊の戦いである。
10倍の兵力差にありながら拮抗する白師団長率いる部隊。
白師団長の実力と本陣を守るために選ばれた白師団の中でも精鋭500は10倍の兵力とも渡り合った。また、類まれな観察力と洞察力を併せ持つ白師団長は黒リザードマンの弱点を見抜いた。
「シャアアアアア!(頭を潰せば、倒せるぞ!)」
そして、戦場全体に聞こえるほどの大声により、黒リザードマンの弱点が白師団全員に伝わった。
この白師団長からもたらされた情報は黒軍の優勢を無くすには十分な効果をもたらした。
「やられたわね。さっきの声のせいで、こちらの優勢が消えたわ」
「こちらの被害が増える前に予備兵力を投入すべきかもしれない」
「いや、別の方法を使うとしよう」
勢いづく敵の流れを止める方法としては予備兵力の投入は悪くないが敵に衝撃を与えるならもっと有効な攻撃がある。
「迫撃砲による支援砲撃を準備しろ」
消耗品の迫撃弾はこれまで使用を最小限にしていた。
しかし、武器は使うべき時に使わなければ価値はない。
敵の勢いが強いところに重点的に砲撃が開始された。
味方への被害を防ぐため敵部隊後方を狙った砲撃は前線にも影響し、敵の前線は逃げてくる味方に押されて混乱している。
そこへ各師団長が「ここが勝負どころ」と自ら前に出て攻めたことで再び黒軍優勢となった。
流れが完全にこちらへ向いたことを確認して砲撃をやめさせた。
「勝ったな」
信のつぶやきに咲良と薫が答えた。
「なんというか。戦術で勝ったというより武器の威力で勝ったようなものね」
「例え武器の力によるところが大きいとしても勝ったのだからそれでいいと思うぞ」
恐らく普通に戦ったとしてもこの戦、勝てたと思う。
だが、辛勝であっただろう。現在のままで推移すれば圧勝する。
夕方ごろの明るさとなった頃。白師団は壊滅した。
残っているのは階層主と白師団長のみ。
2体の白リザードマンを4体の黒師団長と2万の黒リザードマンが包囲している。
明らかに勝敗は決したように見えるが油断はできない。
12階層ではたった1人の階層主によってこちらも全滅することになったのだから。
優雅に最後の葡萄を食べ終えた階層主がすでに誰も担ぐものがおらず地面に下ろされた神輿から立ち上がった。
小さな体で大きく息を吸い込んだ階層主が「シャアアアアアア」と息を吐きだすとそれに合わせて身体が大きくなり、豪華な服を破りながら師団長よりも一回り大きい身体になった。
そして、神輿に備え付けていた幅2mの巨大な剣を持ち、神輿を降りる。
「シャアア(全く使えぬ奴らじゃ)」
「シャ、シャア(主、申し訳ございません)」
白師団長が片膝を突き、頭を下げる姿をちらりと見た階層主はすぐに包囲する黒軍へ目を向けた。
「シャア。シャアアア(仕方がない。儂が身の程を教えてやろう)」
「シャア(お供します)」
階層主は剣を抜き、包囲する黒軍へ向けて突撃した。その後ろを白師団長が追いかけた。
こうして階層主・白師団長VS黒師団長4体・黒リザードマン2万の戦いが始まった。
階層主の一振りで5体の黒リザードマンの首が飛ぶ。
さすが階層主と言える。だが実力差を理解していながら階層主へ果敢に突撃する黒リザードマン達。しかし、黒リザードマンには2万という圧倒的な戦力差がある。この差を階層主が乗り越えられるかが勝敗を左右する。
一方、白師団長は黒師団長4体と戦っていた。さすがの白師団長も4体の黒師団長を相手にするのは荷が勝ちすぎるのか苦戦しているようだ。
戦いは丸1日を要した。
「まさか2万体の黒リザードマンを1体で倒すとは思わなかったな」
「化け物ね。さすが階層主と言ったところかしら」
「落ち着いている場合か。あとは5体の師団長しかいないぞ」
階層主は2万体の黒リザードマンを無傷で倒した。
さすがに肩で息をしているようだがそれでも化け物と言ってもいい戦いぶりだった。
一方、師団長の戦いでは。黒師団長の槍がつけた小さな傷口から黒い液体が身体に入ったことで、白師団長は悔し涙を流しながら黒師団長となった。
これであとは階層主VS黒師団長5体の戦いを残すのみだ。
5人の黒師団長が襲い掛かる。階層主の動きには当初の精彩な動きは感じられない。
階層主が振り下ろした巨大な剣を黒師団長が両手剣で受け止め動きを止めた。
そこへ残る4体の黒師団長が一斉に襲い掛かる。4種の武器が階層主の身体を貫く。
階層主は久しく感じることがなかった痛みと身体に入り込んでくる何かに悲鳴を上げた。
最後の力を振り絞り、目の前の両手剣を握る黒師団長を吹き飛ばし、目にも留まらぬ速さで剣を振るい、周囲にいる黒師団長全員の首を吹き飛ばした。
しかし、その一振りは階層主にとって最後の抵抗であった。
剣が手から滑り落ち、両膝を突いた。
力尽き力の入らない身体が地面に向って倒れる。視界に映る土を見て、本能なのか意地なのか階層主は両手を前に突き出し、四つん這いになるに留めた。
そんな満身創痍の階層主に元白師団長であった黒師団長が歩み寄る。
「シャアア、シャア。シャアアアアア!(主に剣を向けることになり、誠に申し訳ございません。主として殺すことを最後の忠義とさせて頂きます!)」
「シャア(すまぬ)」
元白師団長は涙を流しながら、自らが両手剣を上段に構える。
すでに階層主の身体のほとんどは黒く染まっている。
もう時間は残されていない。元白師団長は覚悟を決め、白銀の刃が振り下ろした。
“ザシュッ”階層主の首が地面に転がる。
転がった階層主の表情は微笑みだった。
「シャアア。シャアアアア!(命令を遂行いたしました。どうか私に自害の許可を頂きたい!)」
アイテムとなってアイテムボックスへ入っていく階層主を見送った元白師団長は涙を流しながら自害したいと願い出る。
「許可する」
結局のところ早いか遅いかの違いでしかない。それならば今自らの意思でさせてやった方が良いだろう。
「シャアア(感謝します)」
“ザシュッ”自らの剣を喉から頭に向って全力で突き刺した元白師団長はアイテムとなった。
「行こう」
こうして戦いは終わった。
薫と咲良に声を掛けた信は階層主が死んだことで現れた扉へ向けて歩き出した。
お読みいただきありがとうございました。