1-5(11-12階層)
「久しぶりに新しい人が来たね。僕は藤堂隆だ。よろしく」
11階層へ降りるとセーフティーエリアには100人程の人間が生活をしていた。
彼らの瞳にはこれまでダンジョン内であってきた者達とは違い、笑顔があった。
仲の良い友人とキャンプをしているような、そんな雰囲気を醸し出している彼らを見て、階段を降りたところで立ち止まって見ていると。
談笑していた1人がこちらに気が付いてこちらに歩いてきた。
長い黒髪を後ろで適当にまとめた20代後半の青年。10人見れば10人が普通という顔だが朗らかな笑顔を浮かべる表情から人に好かれそうな好青年に思えた。
「暁信だ。こっちがいるのが立花薫で、こっちが村上咲良」
「立花薫だ」
「村上咲良よ」
隆さんと自己紹介をして握手を交わす。
「ようこそ。11階層のセーフティーエリアへ、上はゾンビがいて大変だっただろう。僕達はここで暮している者だ。君達はこの先へ進むのかい?だったら教えておきたいことがある」
自己紹介が終わると隆さんは真剣な表情になってそう切り出した。
「11階層は海だ。ここを出たら港に船が止まっているからそれに乗り込めば海を渡ることは出来る。港にはゾンビがいるけど船内にはいないから船までたどり着ければ大丈夫だよ。出航したら必ず海にいる巨大なサメやイカが襲ってくるから気を付けておいた方が良い。港には戦艦もあるから攻撃する方法はあるけど君達は3人?だとしたらそれほど大きな船は操れないね。仲間を10階層で集めるか。お勧めはしないけど小型の船に大量の燃料を積んで海洋生物に見つからないように渡るしかない」
「わかった。教えてくれて助かった。これは少ないがお礼として受け取ってほしい」
隆さんからは非常に有益な情報をもらえた。ダンジョンの情報は命に直結する可能性がある。
情報を教えてもらった対価にお礼と共に肉や魚などの生鮮食品や缶詰・レトルト食品などの長期間持つ食料、水などの飲み物を渡した。
「助かるよ。10階層はゾンビがどこも徘徊しているから食料を取りに行くのも大変なんだ。これで当分10階層へあがらないで済む」
隆さんは黒い穴から出てくる飲食料に目を白黒させていたが、特に追及されることはなかった。
「ここで休憩を取りたいのだがいいか?」
「もちろんだよ。空いている所ならどこでも自由に使ってくれ」
一応このエリアに長いこと住む住民のような人たちといらぬ争いはしたくないので了承を求めると快く了承してくれた。
空いている場所へ腰を下ろすとまずは先ほど隆さんから得た情報について話し合いを行う。
「どうするの?3人で乗れる船ってクルーザーや漁船ぐらいしか想像できないけど」
「それでは襲われた時の対抗手段がない。さすがに船底から襲われたらひとたまりもないぞ」
咲良と薫は船に乗ることを前提で話をしているが、俺は別の手段を考えていた。
「空を飛んでいこう」
俺がそう言うと2人が同時に「空飛ぶ船なんてないと思うわよ?」「何か悪い物でも食べたのか?」と心配された。
まあ、確かに突然こんな空を飛ぶと言えば当然の反応かもしれない。
「船ではないよ。<空飛ぶ絨毯>というアイテムを持っている。定員は4名だが空を飛ぶことが出来る」
さすがに空を飛ぶ海洋生物はいないと思うので、空から飛んでいけば安全なはずだ。
いまは人目が多いので出せないが、空飛ぶ絨毯を使えばわざわざ船に乗る必要はない。
(だが、船か。折角だし、貰っていくか)
いつか役立つことがあるかもしれない。折角アイテムボックスがあるのだから手に入るときに手に入れておこう。
その後細かいことを話し合ってから交代で休むことにした。
「では、気を付けてね。無理だと思ったらいつでもここへ戻ってくると良い」
交代で休んで準備を整えて出発しようとする俺達を隆さん達セーフティーエリアにいる人達全員に見送りのために集まってくれた。
話したことがない人からも「頑張れよ!」と声を掛けられながら俺達は立札を越えた。
◇
雲一つない快晴の空。青い海。
コンクリートで舗装された地面。
停泊している多数の船舶。
「これでゾンビがいなければなあ」
徘徊しているゾンビによってすべてが台無しだ。
さて、こちらに近づいてくる前に襲われないようにするか。
空飛ぶ絨毯を取り出して、地面に引いた。ペルシャ絨毯のように綺麗な刺繍がされた絨毯に土足で乗るのは気が引けるがここは仕方がない。薫と咲良が座ったことを確認して、上昇するように指示をすると絨毯が浮かび始めた。
上空20m位まで上昇したところで止まるように指示をした。
「わあ、綺麗ね」
「本当に飛んでいるのだな。落ちないか心配だ」
咲良は海を、薫は下を見ながら感想を口にする。
「薫。落ちるからあまり身体を端に寄せるなよ。さて、それじゃあ早速下にいるゾンビを片付けるか」
港の真ん中辺りに移動し、真下に向って音玉を大量に落とす。
“パーン”という音が連続でなったことで真下に大量のゾンビが集まりだした。
(そろそろいいか)
グレネードランチャーを取り出し、擲弾に設定する。
特に密集している場所へ砲身を向けて発射。
“バーン”と盛大な爆発音と一緒にゾンビが吹き飛ぶ。
途中ダンジョンクリア時のボーナスを考えて、薫と咲良にも撃たせながら安全確実効率的なゾンビの倒し方によって港にいるゾンビを殲滅した。
「終わったわね」
「なんともあっけなかったな」
これまでは一体一体頭を割るか首を刎ねるかして倒してきたことを考えると非常に短時間で、かつ、楽に倒すことが出来たので、拍子抜けしたように感想を呟く咲良と薫。
「一度降りるぞ」
ゾンビがいなくなったので、一度降りて港に停泊している船をアイテムボックスへ入れていく。
停泊していた船舶には全長250mを越える戦艦や全長300mを越える空母を筆頭にした軍艦から旅客船やクルーザー、木製の渡し船や丸太をつなげただけの筏等武装の付いていない船まで多数の船舶が停泊していた。
作業が終了し、再び空へあがった俺達は港からずっと先に浮かぶ島へ向けて移動を始めた。
◇
11階層1日目 夜
薫と咲良が絨毯の上で横になって眠っている。2人の腰には転落防止のためロープが巻かれて俺の腰と繋がっている。
使って初めてわかることがある。それはこの空飛ぶ絨毯は最初に乗った使用者が寝る飛ばなくなる。俺が仮眠をとった際に次第に高度が下がっていく事に気が付いた2人に叩き起こされたので何とか海に落ちることは避けられたが、これによって俺は島へ着くまで一睡もできないことが決定した。
(今の身体なら寝なくても大丈夫だが、身体が伸ばせないのは辛いな)
4人乗りではあるがそれは4人が乗れるのであって寝そべることが出来るわけではない。
それに話し相手もいないので暇だ。
(そうだ。10階層で手に入れた物を確認しよう)
画面を開いて現在アイテムボックスに入っている物の一覧に目を通す。
(飲食料品と生活必需品については十分な量を揃っている。恐らく3人なら数十年は生活できる。衣服等については殆どが薫と咲良の服だ。俺の服は天馬洋服一式と道着しかない。武器・武具は戦争をするのかと思うくらい多種多様な物が揃っているので戦闘中に武器が無くなる心配はしなくていいだろう)
他には家具や宝飾品等のダンジョンクリアには直接必要のない物なので流し読みする。
「あとはこれか…」
思わず口に出てしまったが10階層で襲ってきた騎士等が残したアイテム。
全部で8種類。
<天光剣>:光を集めることが出来る剣。集めた光の量により剣の質と出来ることが変わる。
<常闇戦斧>:闇を集めることが出来る戦斧。集めた闇の量により斧の質と出来ることが変わる。
<爆炎槍>:炎を纏った槍。半径1㎞までは炎を伸ばすことが出来る。
<生殺与奪の短剣>:黒の短剣と白の短剣。黒は殺奪を司り、求める物を奪う。白は生与を司り黒が奪ったものを与える。短剣により傷は出来ない。
<時空刀>:空間と時間を斬ることが出来る刀
<水土の薙刀>:水と土を操ることが出来る薙刀
<風雷偃月刀>:風と雷を操ることが出来る偃月刀
<必中の毒弓>:狙った対象に当たるまで追尾を続ける矢を無限に放つとこができる。毒の種類は放つ者の意思により放つ前であれば自在に変更可能。
どれも強力な武器だ。戦闘時にここに書かれている能力を使われていたら死んでいたかもしれない。
(天光剣と時空刀は薫に渡そう。水土の薙刀と風雷偃月刀は咲良。必中の毒弓も中・長距離の攻撃をする咲良に渡せばいいだろう)
2人が起きたら渡すとして、ちょうど今は夜。
闇を集めることが出来ると書いてある常闇戦斧を出して本当に集まるのか試してみた。
常闇戦斧周辺の闇が薄くなっているように感じられたが集めるのをやめるとすぐに元へ戻った。
(しばらく続けるか)
集め出して少し時間が経った頃だろうか。常闇戦斧の能力が頭に流れ込んでくる。
常闇戦斧の能力は支配。常闇戦斧の刃の部分に黒い液体が浮かび上がる。
この液体が出ている状態で相手の身体を傷つけるとほんの小さなかすり傷であっても徐々に増殖し、相手の身体を支配していく。支配された箇所は黒くなり、相手の意思では動かせなくなる。そして、頭までが黒くなった時は完全に支配下に置くことが出来る。
支配者の命令には絶対服従。本人の意思ではどうすることもできない状態となる。
また、支配下に置いた対象が傷を負った場合、即座にその傷を修復する。対象が死ぬのは頭を潰されたときのみ。
「これはなんというか。凄いな」
これを使えば魔物を支配下に置き、同士討ちをさせることもできる。
支配下に置いた者の攻撃を受けたらその相手も支配下に置くこともできるようだ。
数体を支配してその魔物に他の魔物を攻撃させればまるでねずみ講のように支配対象が増え続ける。
これを使えば2人を危険に晒さなくてすむ。
俺の後ろで丸くなって寝ている2人に目を向けてから再び闇を集めるのを再開した。
◇
11階層2日目 朝
早朝に起きた2人が身だしなみを整えておむすび等の簡単な食事を済ませてから昨日渡すことを決めた武器を渡して説明を終えた時だった。
体長だけで1.5mはある鷲が襲ってきたのだ。
隆さんからは巨大なサメやイカの話は聞いていたがまさか上空にも魔物がいるとは思わなかった。
近づいてくる鷲は1匹。
アサルトライフルをフルオートで全弾打ち込む。蜂の巣状態になった鷲は爆撃用の爆弾となって落ちる途中にアイテムボックスに回収された。
「あれは爆撃に使う爆弾か?昔テレビで見た第2次世界大戦の特集に出てきた物にそっくりだ」
「それより、空にも魔物がいることが問題だわ。信、どうするの?あの一匹だけと考えるのは危険よ」
咲良の言う通りだ。今は鷲が爆弾になった事よりも上空が安全ではなくなったことを考えるべきだ。
だが、そんなに時間は残されていなかった。数十羽の鷲が飛来した。
「信、これを使ってみたい」
どうやって退けるか考えていると薫が天光剣を持ちあげながら提案する。
渡してから今までずっと光を集めていた薫が天光剣の能力について何か知ったのかもしれない。
「わかった。任せる」
「任された。空飛ぶ絨毯を止めてくれ」
薫の指示通り、空飛ぶ絨毯を止めると薫は立ち上がり剣を身体の正面で垂直になるように持った。
すると天光剣が光を放ち始める。そして、薫が上段に構えると天まで伸びる光の剣となった。
薫が天光剣を水平に振るうと光に触れた鷲が消滅して新たに爆弾となって海へ落ちていく。
もったいないので出来る限り回収したが落下しているため全てを回収することはできなかった。
「すごいわね。あれだけいた鷲が全滅したわ」
咲良が天光剣の威力に感心していた。天光剣と常闇戦斧は光と闇の違いはあるがどちらも集めることによって力を発揮することが他の6つの武器と異なる。
溜まっていなければ唯の剣や戦斧だが集めれば非常に強力な武器であることが証明された。機会があれば出来るだけ集めるように心がけよう。
「ねえ、見て。あれサメじゃない?」
鷲の襲撃を撃退したので、再び島へ向けて動き出した時。
咲良の指さす方向へ顔を向けるとサメのヒレと身体の一部が海面に姿を見せていた。
だが大きさが尋常ではない通常のサメの数十倍はある。
これまで見たこともない巨大なサメを見ていると咲良が「あの爆弾落としてみない?」と提案された。
『サメを爆撃する』
あれだけ大きなサメに爆弾を投下してどれだけ効果があるか試してみる価値はあるか。
手に入れた爆弾の威力を確認することもできるので、サメの上空へ移動し、アイテムボックスから直接、サメに向けて投下した。
落ちていく爆弾がサメのヒレ近くに直撃した。爆発により、肉片が飛び散り、流れ出した血が海を赤く染める。盛大に水しぶきをあげながら暴れるサメだったが死ぬようには見えなかった。そこで、さらに爆弾を投下し続ける。
何発もの直撃を受けたサメは次第に動きが緩慢になって最後には動きを止めてアイテムボックスへ取り込まれた。画面には新たに潜水艦が追加されていた。
(海洋生物を殺すと船が手に入るのか)
その後も発見した巨大なイカは空母、鯨は戦艦、タコはイージス艦と海上に姿を現した際に仕留めることに成功する。
夜になり、空も安全ではないことを知ったので、視界が悪くなる夜は<結界石>により球体状の結界を張る。案じた通り、夜間鷲が襲撃にやってきた。
それから夜明けまでずっと執拗に攻撃してくる鷲に対してちょうどいい機会なので結界を攻撃したことで一時的に動きを止めた鷲に対して結界を解除し<常闇戦斧>で腹部を突き刺した。
戦斧に刺された鷲を黒い液体が身体の内外から支配していく。そして全身黒くなった黒鷲が誕生した。
黒鷲が鳴いた「何なりとご命令ください」と鳴いた内容が理解できた。
「他の鷲を攻撃しろ」
命令を伝えると黒鷲は躊躇もなく他の鷲に攻撃を始める。
鷲は驚きながら反撃したが、黒鷲の攻撃を受けて黒い液体が体を支配した。
2羽目の黒鷲誕生である。その黒鷲にも同様の命令を与えると4羽、8羽と次第に数が増え始めた。
なかには運悪く殺される黒鷲もいたがどうやら支配した黒鷲もアイテムを残すようだ。また、黒鷲が鷲を一撃で殺してしまうこともあった。その場合は支配できないようだ。
どちらの場合であってもアイテムボックスの自動回収の対象になるようで、俺自身は何もしていないのにアイテムが増える結果となった。
一部の黒鷲を直掩として残し、後はこの階層にいる全ての鷲へ攻撃に向かわせた。
11階層4日目 朝
思いのほか早く事が運んだ。
この階層にいる全ての鷲を黒鷲にすることが完了したのでこちらに来させた結果。
現在周辺の空は黒鷲一色になっていた。
「信、うるさい。どうにかならないのか」
「そうよ。これだと満足に休めないわ」
薫と咲良のクレームを受けて、次の段階に駒を進めることにする。
黒鷲を使った海洋生物支配。
まず黒鷲に海面付近を飛行させる。それを続けることで海洋生物の何かが反応するのを待った。
今回は巨大サメが反応したようだ。黒鷲が数羽丸呑みされた。
その際、丸呑みにされた黒鷲が口内に攻撃を加えたことにより黒い液体がサメに入り込み身体を次第に支配していく。支配する際に頭部をした場合、他の部位がまだ支配できていなくても身体を自由に操ることが出来る。この時点で支配したのと同様の事が可能になる。
口内から頭部を支配されるまで5分とかからず、黒サメが誕生した。
黒サメの口から先ほど丸呑みした黒鷲が飛び立つ。
「お前にはこれから他の海の生き物への攻撃を命じる」
黒サメへ命令を伝えると黒サメは再び海へ潜り攻撃を始めた。
何を食べているかはわからないが、アイテムボックスの画面には<New>の後に重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦等の軍艦やコンテナ船、タンカー、クルーズ客船等の船舶が追加されている。黒サメは順調に命令を遂行しているようだ。
◇
黒サメ誕生から1時間後。
海面が大きく盛り上がり、巨大イカと黒サメが顔を出した。
巨大イカの足を食いちぎる黒サメと残った足で黒サメを締め上げる巨大イカ。
形勢は黒サメが不利なようだが徐々に巨大イカの身体が黒く染まる
次第に身体が自分の思い通りにならなくなっていく巨大イカは恐怖を抱き、原因と思われる黒サメから離れようとした。しかし、離れたとしても状況は好転しなかった。そして、最後には全身を黒く染めた黒イカが誕生した。
新たな仲間を得た黒サメは黒イカと共に昔仲間だった者達を襲い始める。
しかし、襲われる方も黙ってこの事態を受け入れることはなかった。
これ以上の暴挙を止めるため、11階層にいる海洋生物は連合を組んだ。
巨大鯨を筆頭に巨大タコや数多くの海洋生物が集結した。
彼らは2手に別れた。
巨大タコと全てのイルカが黒イカへいる方へ向かい。
巨大鯨が残った者達を連れて黒サメへの攻撃を開始した。
前方を覆いつくす魚の群れ、例えこの海で最強種の一角として君臨していた黒サメであっても圧倒的不利な状況。
しかし、黒サメは逃げなかった。
命令されたから。
違う。
これは黒サメの本能が逃げることを許さなかった。
殺されるかもしれない。「それでも」と黒サメは進むのをやめない。
黒サメは保身なき突撃を敢行する。狙うは彼らの中心にいる巨大鯨。
巨大鯨の周囲を守る魚達が魚雷のように黒サメに向けて突撃する。
無数の魚達の攻撃にさらされて身体の至る所を傷つけられ、潰され、食いちぎられる黒サメ。
だが、黒サメは例え全身が傷ついても、例え目を潰されても、例えヒレを食いちぎられても、突撃をやめない。黒サメの目には死を恐れない強い決意と勇気が宿っていた。
ついに黒サメは辿り着く。無数の魚達の守りを突破した黒サメは巨大鯨に食らいついた。
黒サメの牙から巨大鯨の身体に黒い液体が入り込む。
任務完了。口を放した黒サメは海底に向けて沈み始める。
口を放した時点で黒サメへの攻撃は止んでいた。なぜなら魚達は黒鯨に襲われ始めたからだ。
黒サメは沈みながら身体を修復する。
(まだ、俺に死ぬなというのか)
完全に身体を修復した黒サメは再び泳ぎ始める。
敵がいる限り、命令を完遂するまで黒サメは泳ぎ続けた。
一方その頃。別の場所でもう一つの戦いが繰り広げられていた。
黒イカVS巨大タコ・イルカ連合である。
黒イカと巨大タコであれば触腕2本分だけ黒イカが有利。
しかし、苦戦しているのは黒イカである。
イルカの群れの攻撃に触手2本で対応するのは困難を極めた。
それでも黒イカには黒い液体がある。多少の不利でも勝てるはずだがこれには理由がある。激闘の最中タコの足を自身の足で掴み外から支配しようと試みるが巨大タコは馬鹿ではない。黒くなった箇所の自由が利かなくなった事を知ると、すぐさま黒くなった触手を根元から食いちぎる。そして、無くなった触手は瞬時に再生することで再び戦うのだ。
この時、海中ではなく、海面に出て戦うことが出来れば黒鷲の援護を受けることが出来たので戦いの内容が千日手になることはなかったが、巨大タコ・イルカ連合がそうさせなかった。しかし、そんな戦局に突如変化が訪れる。
黒鯨誕生。
巨大鯨が寝返る。これを知った連合側は大混乱に陥った。
巨大な口を開けて周囲の魚達を食べる黒鯨。死んだかにおもわれた黒サメも戦線に復帰したことで状況は連合側不利となり始めた。
連合のまとめ役の寝返りと形勢不利によって、たちまち連合側は崩壊した。
散り散りに逃げていく者達。最後まで戦おうとする者達。2種類いたが後者はほどなく全滅した。
そして、逃げた者達に黒サメが追撃を行い。黒鯨が黒イカVS巨大タコ・イルカ連合の戦いに参戦した。
黒鯨がイルカの群れを引き受けたことで余裕が生まれた黒イカは巨大タコの頭に2本の触手を貼り付けて黒く染め始める。
だんだん自分の身体が何者かに奪われていく感覚に悶えるタコ。
ほどなくして黒タコが誕生した。
それからは早かった。生き残っていたイルカたちは敗北を悟り、逃げることを選択した。
こうして、階層の魔物達の未来は決まった。
◇
すごい速さで画面にNewの文字が表示されているが海の中でそんな激闘があったこと等知りもしない信達はのんびり島へ向かって移動していた。
黒鷲達には島を徘徊しているゾンビ討伐を命じたので今は傍にいない。
静かな海を眺める日々が続いたが、ようやく島へ到着した。
島の港にはゾンビの姿は確認できない。
黒鷲が命令を完遂したようだ。ゾンビを倒し終えたら島に留まるように命じていた。
島へ着陸してから黒鷲を労った。
「なんだかかわいそうね」
「連れて行けないのだから諦めるしかない」
現在島には俺と薫、咲良の3人しかいない。黒鷲達は皆アイテムとなってアイテムボックスの中にいる。
階層の魔物は別の階層へ連れていく事が出来なかった。
しかし、黒鷲達は「ついて行きたい」と鳴いた。
魔物は別の階層へ連れて行くことはできない。だが、アイテムなら持っていく事は出来る。
黒鷲達はアイテムになることを望んだ。そこで、黒鷲達には毒入りの美味い食事を与えて、苦しまず、安らかにアイテムになってもらい。アイテムボックスへ入ってもらった。
それから1週間ほどして黒サメたちが島の港へ集まった。
どうやらこの階層にはもう彼ら以外には存在しないようだ。
そして、彼らも黒鷲と同じことを願ったので、黒鷲と同じようにアイテムになってもらった。
◇
12階層にはセーフティーエリアはなかった。
石造りの洞窟。所々に散りばめられた石が青い光を放つことで神秘的な雰囲気を醸し出している。そんな洞窟の奥から「ワオォォォォォン」という狼の遠吠えが聞こえた。
「この階層の魔物は狼か」
今持っている武器は常闇戦斧。今後はこれを主に使う予定だ。
薫は光を集めるために天光剣。咲良は水土の薙刀を主に使うようだ。
また、2人は屋敷で手に入れた胸当て等を装備している。
「狼なら単独の可能性は低いわ。戦っている間も奇襲には気を付けた方が良いわね」
「とりあえず進んでみよう」
歩き出して最初の分岐点に差し掛かった時、前方から狼男と狼4頭の集団が近づいてきた。
狼男は薫と咲良を見て、腰布で隠れているが一物を立てているのがわかる。
荒い息遣いで今にも襲いかかってきそうだ。
「信、あの狼男をいますぐに殺そう」
「薫、狼の足止めは任せて」
「待て、2人とも。ここは俺に任せてくれないか?」
薫と咲良は今すぐにでも狼男を殺そうとしていたが唯殺すだけではもったいない。
ここは利用するべきだ。どうにか2人を説得し、俺1人で集団と対峙した。
男は邪魔だと言わんばかりに襲い掛かってくる狼男と狼達。
狼達は散開し、側面から攻撃、正面からは俊敏な動きで狼男が襲い掛かってきた。
狼男があと数歩で自慢の爪が届くところに来た時、咲良が薙刀で地面を突いた。
狼男の足元に石の出っ張りが出現し、狼男は片足を引っかけて…盛大に顔面を強打しながらこけた。狼達も石柱に強打されて、吹き飛んだ。
足元でうつ伏せに倒れた狼男。その背中に常闇戦斧を振り下ろす。黒い液体が狼男の身体を黒く染めはじめ、必死に抵抗する狼男であったが抵抗空しく黒狼男として生まれ変わった
立ち上がった黒狼男。俺はあることを命じた。そして、少し離れたところで威嚇を続ける狼達に黒狼男は振り向くと何のためらいもなく自身の一物を玉ごと握り潰した。
「くぅーん、くぅーん」
狼達は黒狼男の行動により戦意が喪失した。威嚇を止めて、尻尾を股に挟み腹をみながら可愛らしい鳴き声で鳴いている。身体を震わせて怯えているので余程怖かったのだろう。
ちなみに黒狼男の潰した一物は再生させないように命じている。
俺は狼達に常闇戦斧を当てた。黒い液体が狼達の身体を包んだが身体が黒くなることはなく、額に黒い菱形が現れただけで他に変化はなかった。
「この子達の去勢はやめてあげて」
「私からも頼む。この子達を玉無しにするのは可哀そうだ」
黒狼達の去勢をしようとしたら、2人に止められた。
つぶらな瞳で鳴き続けた4頭の黒狼の思いが2人の良心を動かした。
元々2人が嫌がると思ってしようとしていたことなので2人が止めるならする必要はない。俺も好き好んでしたくはない。
こうして雄として大事な物を失わなかった4頭の黒狼は支配している俺ではなく、2人に忠誠を誓い、戦闘時以外は常に寄り添い四方を守っている存在となった。
それからほどなくして新たな集団と出くわした。
集団を率いる狼男が俺達の先頭を歩く黒狼男の股間を見て、指を差して大声を出して笑ったが10分後。玉無し黒狼男1体と玉無し黒狼4頭が追加された。
最初の4頭以外は2人から助命がなかったので黒狼男には自分で、黒狼の物は黒狼男に無くさせた。
それから階層を進みながら支配する魔物を増やしていると幸運にも玉無しにならずに死んだ狼男は1㎏の蜂蜜の瓶、狼はラップで包装された1斤の食パンを残した。
偶に狼女と雌の狼4頭の集団と出会うことがあったが、その集団は玉を無くした黒狼男と狼の集団に軽蔑の視線を送っていた。
しかし、彼らはそんな視線を受けても動じない屈強な戦士。
なんのためらいもなく狼女や雌の狼達を攻撃した。
ちなみに狼女は1㎏のローヤルゼリー入り蜂蜜の瓶。雌の狼も雄の狼と同じラップで包装された1斤の食パンだったので同じものかと思ったが食べてみると全然違う。しっとり・もちもちの生地にやさしい甘み、耳も美味しい高級食パンだった。
「うん?」
「何かあったのか?」
「いや、送った魔物が何度も倒されている場所があってな」
「でも、支配した魔物には再生能力があるはずでしょ。そう簡単に負けるとは思えないけど」
支配した魔物が歩いた場所も自分が歩いたと同じようにマップに表示される。
そして、マップには敵味方を識別するため色分けしている。
俺、薫、咲良の3人は青、支配した魔物は緑、敵は赤、その他は黄。
12階層のすべてがマップとして表示されている中で一か所だけ、5つの赤点が表示されたまま消えない。
「直接行ってみよう」
辿り着いたのは両開きの扉。
ここだけ特別に用意されたような、そんな気がする部屋だ。
念のため支配した魔物を全て集結させている。
「扉を開けろ」
黒狼男に扉を開けるように指示する。
扉の先には王冠を被った狼男が豪華な椅子に座って両脇に4体の狼女を侍らせている。
「よく来たな。どうやったか知らないが部下どもにいうことを聞かせているようだが、雑魚を幾ら集めたところで俺を倒すことはできんぞ。我は狼王。この階層を支配する者なり。来るがいいダンジョンに挑む者よ」
王冠を被った狼男はこれまで見てきた狼男より2回りはでかい。だが、薫と咲良を見ての反応は同じだ。傍に居る4体の狼女もこれまで見た狼女よりも1回り大きい。それが般若のような顔で薫と咲良を睨んでくる。
「早く終わらせよう」
「そうね。見ていて気分の良い物ではないし」
「2人とも落ち着け」
臨戦態勢をとる2人を止める。2人を危険にしないために魔物を支配してきたのに2人が前で戦ったら意味がない。
「やれ」
支配下においている50集団に攻撃を命じた。
こうして狼王・側近VS玉無し黒狼男と黒狼達総勢244頭がぶつかった。
「弱い、弱い、弱いわ。貴様ら同じ姿をしておるくせになんと弱いのか。もっと歯ごたえがあると思っていたのだがな!」
黒狼男を殴り飛ばし、黒狼を蹴り飛ばす狼王。
数で押し切れるかと思ったがなかなかどうして、倒すことが出来ないでいる。
(やはり、あれを潰したのは失敗だっただろうか)
黒狼男や黒狼が束になって戦っているのに狼王を倒せない原因を考えていると男として大事な物を失ったことが原因ではないかと思ったが「まさかな」とその考えを否定した。
狼王はこちらが再生することをこれまでに送り込んだ者達を倒した時に知っているのか徐々に数を減らされている。
どちらが勝つかは五分五分と言ったところか。
狼王と離れたところで戦っている側近相手には優勢に戦っている。
こちらは早々に終わるだろう。
「まさかここまで強いとは思わなかったな」
「それはこちらのセリフだ。全くこれだけ傷を負ったのはいつ以来だったか。よもや生きてこの部屋を出ることが出来ると思うなよ!」
まさか狼王にも再生能力があるとは思わなかった。
黒く染まる都度腕を、足を切り落とし、新たに生えた腕や足で戦い続け、支配側近も含めて248頭を殺してしまうのだから。
だが最後の方は再生能力が使えなくなったのか身体の一部を切り落とすことをしなくなった。そのため、黒い液体に徐々に身体を支配されているがどうも速度が遅い。
狼王は全身の毛を自他の血で赤く染めて、所々黒くなっている中で、獲物を狙う獰猛な目をしながら襲い掛かってきた。
その時。狼王の行く手を遮るように4頭の狼が立ち塞がった。
責任感が強く、正義感にあふれる頼れるリーダーの『太郎』。
賢く、どんな状況でも冷静に対応する参謀役の『次郎』。
4頭の中で最も身体が大きく食欲旺盛、どんなものでも噛みついたら離さない『三郎』。
ボールを追いかける事なら誰にも負けない最速の『四郎』。
薫と咲良に忠誠を誓った四狼士が主(薫と咲良)を害する敵に牙を向けながら睨む。
そして、一斉に狼王へ襲い掛かった。
最初に突撃したのは参謀役の次郎。
狼王は足を止めて勢いをつけながら必殺の右のストレートが次郎に迫る。しかし、狼王の行動を予測していた次郎は紙一重で躱す。
石の床を砕く拳、伸び切った右腕。その右腕へ噛みつく最速の四郎。
電流が流れたような痛みに歯を食いしばることで耐えた狼王は痛みの元凶を取り除くため四郎へ左手を伸ばしたがその手に噛みつく次郎。
新たな痛みにとうとう叫び声をあげる狼王。
狼王の意識が逸れ、両腕を噛みつかれて遮る物も無くなった。
その時、待っていたかのように主に不快を与えた諸悪の根源に噛みつく太郎。
これまで感じたことのない全身を貫かれたような痛みが狼王に襲い掛かる。
余りの激痛に襲われ、膝を突き言葉を出せない状態の狼王の喉元に止めとばかりに噛みつく三郎。
狼王はその瞬間目を見開き、自らの死を悟った。
しかし、仮にも王を名乗る物としてこんな狼に負けることはプライドが許さなかった。
狼王の全身を襲う痛みにプライドが打ち勝った時、残る力を振り絞り、左手ごと次郎を床にたたきつけた。“バキッ”と潰される次郎。
左手で四郎が離れにように押さえて身体を右に倒すことで狼王の左手と一緒に潰された四郎。
右手で三郎を喉の肉もろとも引き離し、石床に叩きつけられた三郎。
最後に太郎を右手掴み大事なところと共に引きちぎって石床に叩きつけたところで狼王は力尽きた。血の泡を出しながら「俺がたった4頭の狼に敗れるとは…」と呟いて息絶えた。
「太郎、死ぬな!」
「太郎しっかり!」
戦いは終わった。狼王もアイテムとなってアイテムボックスへ取り込まれた。
残ったのは俺達3人を除いて太郎1匹のみ。
『太郎』も瀕死の重傷を負っている。もう助かる手段はエリクサーを使う以外に方法はない。
黒い液体でも治せない場所がある。それは脳。脳に損傷を負った者を治すことはできない。
そして、支配した者の脳にダメージを受けた場合、再生能力がうまく働かなくなる。
太郎は頭に損傷を受けた。そう長くはない。
駆け寄って必死に声を掛ける薫と咲良。一緒にいたことで愛着が湧いたのかもしれない。
(最後は別れなければならないと知っていただろうに)
連れて行けない魔物に貴重なエリクサーを使うわけにはいかない。
いまは2人の後ろに立って太郎を見送ることしかできない。
「信、助けることはできないか」
「お願い、この子を助けてあげて」
自らの服が血まみれにしながら太郎を抱き上げる咲良と太郎の頭を撫でる薫から助けてと言われたが俺は「それはできない」と首を横に振った。2人もわかっているはずだ。瀕死の重傷を治すことが出来る薬がいかに貴重か。
「クゥーン(信様、お願いがあります)」
「「太郎!」」
「聞こう」
うっすらと目を開けた太郎が弱々しい鳴き声を出しながらする最後の願い。
「クゥーンクゥーン(薫様と咲良様にお伝えください。あなた方にお仕え出来て幸せでしたと)」
「わかった。伝えよう」
「クゥーン(ありがとうございます)」
安らかな顔で満足そうな鳴き声をしながら太郎はアイテムとなった。
太郎が消えてから俺は薫と咲良へ太郎最後の言葉を伝えた。
それからしばらくの間。4頭の狼の死を悲しんだ薫と咲良。
俺は寄り添って背中を撫でてやることしかできない。
「信、行こう」
「絶対にダンジョンをクリアするわよ」
太郎たちの死を受け入れ、悲しみを乗り越えた薫と咲良。
顔をあげた2人を見て、「もう大丈夫だ」と思えた。
俺達は気持ちを新たに13階層へ向けて階段を降りた。
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