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平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第2章学園編
31/33

2-17中央大陸大会④

「お帰りさない、シンは無事に逃げられたようね」


闘技場表彰式会場の隅で霧を発生させていたサラの前にカオルが現れた。

カオルが戻ってきたことを確認したサラは霧を発生させるのを止めたのでしばらくすれば元の状態に戻る。


「カオル…あなた泣いているの?」

「泣いてない。咲良の気のせいだ」


霧がまだ残っているためはっきりとは確認できないが、カオルの目が赤くなっているように見えた。それで確認したのだが、カオルが慌てて目を擦る姿を見て本人は「泣いてない」と言ったが泣いていたことは確実である。

そんな時、私の隣に立っていたリムがカオルに近づき、カオルの右手を両手で包むように握った。

リムはカオルを見上げながら「カオル、我慢しなくていいんだよ」とまるで心を見透かしたように言葉を投げかける。


「リム…ありがとう」


リムの心から心配する思いが伝わったカオルは膝を突いて目から涙を流しながらリムを抱きしめた。

カオルの気持ちは痛いほどわかる

私も同じ気持ちだから。

15年前の皇都陥落。

あの日から数日後。シンを連れて逃げた騎士が遺体で発見された。

騎士の周囲にシンの姿はなく。

その後懸命な捜索が行われたが発見されず、周囲は死んだと判断した。

しかし、私とカオルは信じなかった。シンはどこかで生きている。

だが、当時の私達は幼く。自分で探しに行くことが出来なかった。

生きていると思い続けることしか出来なかった。

学園でシンを見つけた時、私は駆けだしそうになる思いを必死にこらえた。

シンは私の顔を見ても、名前を聞いても。何も思い出さなかった。

その日の夜は一人で枕を濡らしながら落ち込んだ。

でもそれは転生前に運命神から前もって聞いていたこと。

私と薫のためと言われてはどうしようもない。

だから、これから新たな思い出を作っていこうと思っていた矢先、

ようやく会えたあの人と再び別れなければならない切なさ、そして悲しみは言葉で表現できるようなものではない。

しかし、前回と違うことが2つある。

それはシンが生きていると確信が持つことが出来ている事、もう1つは私達が自ら探しに行くことが出来る事。

そのためにはしなければならないことが2つある。

カオルも私の考えに同意してくれると思うけど念のために確認しておきたい。


「カオル、これからの事で話しておきたいことがあるわ」

「咲良の考えていることは大体わかる。私も同じ気持ちだ」


リムから離れて、涙を拭い、顔をあげたカオルの瞳にはゆるぎない決意が見えたことに安心したサラはほっと安堵の息をついた。


「私も、2人について行く」


するとリムは私達の考えが分かったのか。自らもついてくると言い出した。

しかし、それはあまりにも看過できなかった。


「リム、本当にわかっているの?学園生活を続けることが出来なくなるのよ?ご家族に迷惑がかかるわ」

「わかってる。私に家族いない。誰も心配する人…いない。だから大丈夫」


サラはリムが本当に自分たちの考えがわかっているのか確認するために訊ねたのだが、俯きながらリムが言った言葉になんと言葉を返せばいいかわからなかった。

普段から口数が少ないリムは一緒に行動するサラとカオルに対しても学園に来る前のことには口を(つぐ)むためリムの家族構成や出身等は知らない。


(まさか家族がいないなんて…)


入学式の時もリムの家族を見かけなかった。

それは来られなかったのではなく、いなかったのだとわかった時、サラはリムを抱きしめていた。


「ごめんなさい。辛いことを聞いて。でも本当についてくるの?理由を聞かせてもらえるかしら」

「サラとカオルは私に初めて優しくしてくれた。だから2人の力になりたい」


身体を放し、正面から問いかけるサラの瞳をリムはまっすぐ見つめながら言い切った。

その瞳は嘘をついているようには見えない。本心からの言葉を聞いてサラはとてもうれしかった。

カオルも同じであったようだ。リムの頭を優しく撫でている。

私達が皇族だから協力してくれる者は大勢いる。

だけど、そうではないことで協力してくれようとするリムの気持ちがとても嬉しかった。


「わかった。じゃあこれから学園長のいる場所へ行きましょう」


霧が晴れて、ジン講師を捜索するため慌ただしく人が行き交う会場。

サクティ公国の公王が魔神に願ったことについて各国の関係者が問いただしに公王へ向かっている。今後物議を醸すことになる。

私達はそんな騒がしい会場を後にして、学園長を探しに歩き出した。



「君たちの望みはわかった。儂が言った事じゃからな。だが残念で仕方がない。本当に良いのか?」

「はい、手続きをお願いします」

「……わかった。すぐに作るからそこで休んでおれ」


私、カオル、リムの3人は学園長の指示に従い部屋のソファーに座って頼んだ物が出来上がるのを待つことにした。

ここはホテル・オブ・サクティにあるホープン学園の学園長に用意された部屋。


「待たせたのう。ほれ、卒業証書じゃ。全く、『大会競技に優勝すれば学園に出来る願いであればなんでも1つ叶える』とは言ったが、まさか卒業させてくれと言われるとは思ってもいなかった。これからどうするつもりじゃ。まさかとは思うが…追うつもりか?」

「何のことでしょうか?」

「学園長。私達はしたいことが見つかりました。そしてそれは学園ではできない事というだけです」


私達にそれぞれ卒業証書を渡した学園長は探るような目を向けてきたので、とぼけようとしたら、隣に立っていたカオルがフォローしてくれた。


「まあよい。君たちの人生、好きに生きると良い。儂が願うのは卒業生が後悔せぬ人生を送ってくれることだけじゃ。君達が探す相手と再会できることを儂も願っておるよ」


私達は学園長へこれまでお世話になったことへの感謝と別れの挨拶をしてから部屋を後にした。



「カオルから私に会いたいというのは初めてだね。それにサラも一緒とは。だがちょうどよかった2人には伝えなければならないことがある。立ち話もなんだから座ってくれ」


夜分遅くに訪れたにも関わらずローエンは笑顔で出迎え、カオルとサラにソファーに座るように促した。

学園長の部屋を出てからリムを一度部屋に戻してから、カオルとサラは同じホテル内にあるローエンの部屋を訪れた。

日が暮れてからだいぶ時間が経過しているにも関わらずローエンは表彰式の時に起きた一連の出来事についての対応とその最中にもたらされた緊急報告の対処のため未だに起きていた。

少し疲労が見える表情を見てこれから切り出すことによってより心労をかけるとは思っているがどうしても言わなければならないとカオルとサラは気持ちを引き締めた。


「さて、まずは2人の要件から聞くとしよう。表情から察するに何かとても重要な話のようだ」


表情は笑顔、声は優しい。しかし、瞳は研ぎ澄まされた刃のように2人を見つめていた。


「その前に、少し込み入った話をしますので、他の方々には部屋を出て頂いのですが」

「わかった。みんな下がってくれ」


当然ではあるが部屋にはローエン以外にも事務官や護衛の騎士などもいた。

ローエンの言葉で皆退室する。


「これでいいかな」


部屋に3人だけの状況になってから再びローエンは話を促した。

カオルとサラは一度お互いに目線を合わせてから頷き合い。

再びローエンへ視線を戻すとカオルが口を開いた


「はい、ありがとうございます。それで話というのは私とサラの今後についてです」


カオルはここで言葉を切ったがローエンはジッとカオルを見るだけで何の反応も見せない。


「私とサラは皇位継承権を返上します。そして皇族の席から外れるための協力を兄上にお願いしたい」


カオルの発言を聞いてローエンの瞳は鋭さを増した。


「皇族で無くなることがどういう結果をもたらすか。それを承知の上で言っているのか?」


ローエンから笑顔が無くなり、声から優しさは消え、若いと言っても仮にも皇族の1人としての雰囲気をまといながらカオルに聞いた。

貴族との婚姻でない限り、皇族の席から外れるということは平民になるということ。

皇族であったから出来ていたことが全てできなくなり、これまでの生活や人との(つな)がりをほとんど失うことを意味する。

1人の皇族として、又1人の兄として聞かなくてはならなかった。


「わかっています」

「私もわかっています」


カオルの答えを聞いた後にローエンから視線を向けられたサラも同じ答えを口にした。

2人の瞳に揺るぎない覚悟が見えたローエンは重い溜息をついてからしばし目を瞑る。


(これは運命なのかもしれない)


ローエンはこの日この時この内容を話すためにカオルとサラが部屋を訪れたことについて偶然とは思えなかった。

神が手を貸しているのではないか。そう思ってしまう。

ローエンが目を開き、対面に座るカオルとサラに目を向けると2人はまっすぐこちらを見つめていた。それを見てローエンも決断する。


「皇位継承権の返上は個人の判断で出来るが、皇族から席を外す行為は皇帝又はそれに準ずるものしかできないことは知っているね」


確認するように語るローエンに2人は頷いた。


「わかっています。問題は私達を皇族から席を外すこと。これはフィリップ第1皇子の許可が必要です」

「ですから、これをローエン兄上からフィリップ兄上に届けて欲しいのです」


サラが“ドサッ”と音をたてながらテーブルの上に置いた袋。

少し開いた袋の口からは白金の輝きが見えた。

ローエンは袋の中に入っている金額を想像し、どうやって稼いだのかという疑問と同時に金で皇族の地位を無くそうとする2人の妹に内心驚いた。


「皇族の席を外すために金を積むつもりか?」

「フィリップ兄上であれば、これだけ渡せば私達の望みを叶えてくれるでしょう」


サラの答えを聞いて、ローエンは最初込み上げてくる笑いを抑えていたが抑えきれず声を出して笑ってしまった。

カオルは声を出して笑う姿を初めて見たので驚きの表情を浮かべたが、サラは微笑みを浮かべていた。


「はははははっ、いや、久々にこんなに笑ってしまった。実の妹に金で動くと思われている兄というのがあまりにもおかしくてね。確かにフィリップ兄上であれば、それだけの額があれば動くだろう…だが」


そこで言葉を切ったローエンは突然真剣な顔になって2人を見た。


「フィリップ兄上は7日前に死んだ。ポイズ兄上も同じだ。現在は私が兄上たちの代わりをしている」


先ほど東部公爵領経由で届いた緊急報告。

それはあまりにも衝撃的な内容だった。



「城門が開いたぞ。突撃!」

「「「「うおおおおおお!」」」」


中央大陸大会の開会宣言が行われたまさに同刻。

北部公都ミネラールの南門が帝国軍に突破された。

なだれ込んだ帝国軍によって公都中の物が壊されるか奪われて、最後は家に火を点けられた。公都の住民は逃げまどい、涙を流し、悲鳴をあげながら男は殺され、女は嬲られて地面を赤く染めた。

まさに地獄の様相をした公都の中央に聳える城の中ではある兄弟がにらみ合っていた。


「ポイズ。なぜ裏切った」


北部公城内にある謁見の間には一段高くなった場所から弟を睨みながら見下ろす第1皇子フィリップと騎士に取り囲まれ槍を向けられながら兄を微笑みながら見上げる第2皇子ポイズがいた。


「なにを仰いますか。私は別に兄の臣下ではないのですから裏切ったというのは適切ではありません。それに先に約束を破ったのは兄上の方ではないですか」


呆れたとでも言わんばかりに肩をすくめて話すポイズ。

その態度を見て青筋を立てるフィリップはポイズの言葉に聞き捨てならない内容があったので問いただす。


「いつ私がお前との約束を破った」

「はあ、ご自覚がない?全く呆れますね。兄上は私に毒の作成を命じられたとき、私に望むだけの被験体をくださると言ったではないですか。しかし、最近は私が望むだけの被験体を用意してくださらなくなった!」


何を感情的になっているのかと兄を小ばかにしたように笑うポイズは約束の内容を謁見の間にいる者全員に聞こえるほど大きな声で話した。

その内容に動揺を見せる騎士達。

騎士達はまさか自らの主君が国民を被験体として弟に与えていたとは思いもしなかった。

ポイズはそんな騎士達の表情を見て満面の笑みを浮かべる。


「貴様にどれだけ渡したと思っている。すでに1万は越えているのだぞ」


フィリップは苦虫を噛み潰したような顔をして眉間の皺をより深くした。

最初にポイズの力を借りたのは自分だ。皇帝の死と皇都陥落によって、力を結集しなければならない時期に帝国に寝返ろうとする貴族等を粛正するため、毒については皇国内で右に出る者がいない弟ポイズの力を借りた。

その負い目もあって、ポイズの要求を叶えるため、奴隷制度を復活させた。

これまでは犯罪奴隷や利息だけで一生借金が返せない借金奴隷をポイズに渡してきた。

しかし、日増しに要求される数が増えたことで、これまで通りの者達では足りなくなった。そのためポイズに自粛するように話をした。

だからと言って…


「だから帝国軍に引き入れたのか」


帝国軍が突如6万の大軍を北部公都ミネラールに向けて進軍を始めた。

途中の城は全て落とされたが北部公都ミネラールはこれまで幾度も帝国軍を撃退してきた過去がある。今回も短期間の間に出来る限りの備えをして待ち構えていた。

そして、帝国軍に公都が包囲されて、戦闘が開始されようとしたまさにその時、所属不明の1万人のゾンビ兵が公都内部に現れ攻撃を始めた。

ゾンビ兵の対応によって軍を二分された北部公爵軍は帝国軍を防ぎきることが出来ずにまず南門を破られ、侵入を許してしまった。

その結果。公都は火の海となっている。


「帝国軍は私の要求をすべて応えると言ってきました。私を皇帝にする代わりに残りの公爵領も帝国が支配する正当性を認める。代わりに私が望むだけの被験体を与える。帝国の終身奴隷制度を採用すればいくらでも用意できるといわれました」

「貴様!皇国を売るつもりか!」


フィリップは思わず叫んだ。

仮にも皇子という立場にいながら侵略者に国を売り渡そうとする弟に感情が爆発した。


「ポイズ。貴様を弟だと思ってこれまで我慢してきたがもう許せん。貴様は皇子ではない。売国奴だ。騎士達よ。その男を殺せ!」


今の話とフィリップの命令を聞いて、ポイズを取り囲んでいた騎士が一斉に槍を突き出した。


「兄上。私も皇族だとお忘れではありませんか?」


“カランッ”ポイズを貫こうとした槍が一斉に床に落ちた。

騎士達は喉を抑え、悶え苦しみ、口から泡を出しながら倒れた。

ポイズを取り囲んでいた騎士達が全て息絶えるとポイズの背後に紫の甲冑を着た騎士が姿を現した。騎士の身体には鎖が巻きつきまるで生きているかのように動いている。鎖の先端部分は剣のように尖り、そこから紫色の液体が垂れている。


「『(ポイズン)騎士(ナイト)』…」


フィリップは現れた騎士の呼称を呟いた。

ポイズがなぜ皇国一の毒の使い手になれたのか。

その理由があの騎士にある。

皇族の血を持つ者は特殊な魔法が使える。

『契約魔法』。

皇城にある契約の間において英霊や神獣を呼び出し、呼び出した英霊や霊獣の提示する条件を受け入れなければならないが代わりに契約者は契約した英霊や神獣の力を手に入れることが出来る魔法。

ポイズが契約した英霊は『(ポイズン)騎士(ナイト)』。

ある小国で数多の毒を操り、敵を殺してきた英雄。

数多の毒によって幾千幾万の大軍を退けた

しかし当時の王に恐れられた彼は塔に閉じ込められ、火にあぶられて殺された。

(ポイズン)騎士(ナイト)』の顔は焼け爛れて誰もが嫌悪を抱くものとなっている。

そんな『(ポイズン)騎士(ナイト)』の願いは生者に苦痛を与えること。

(ポイズン)騎士(ナイト)』に様々な毒によって苦痛を与えられた者達は最後にゾンビとなり、永遠の苦痛を味わいながら支配される。


「兄上。これでお別れです」


ポイズの言葉を合図にして『(ポイズン)騎士(ナイト)』が身体に巻きついている鎖をフィリップの心臓目掛けて投擲する。


「がはっ」


避ける間もなく突き刺さった鎖から毒が体内に回り始める。

ポイズはどうやら徐々に身体の中が壊死していく毒を使わせたようだ。

じっくりみじめに死んでいくのを見るつもりであることがフィリップにはわかった。

自分は死ぬ。

もう助からないと悟ったフィリップは覚悟を決めた。


「ポイズよ。確かにお前は毒に関しては右に出る者はいない。そして『(ポイズン)騎士(ナイト)』は強い…だがな。お前は俺の契約した英霊を知るまい」

「兄上のですか?確か使えない英霊だったと聞いていますよ」

「使えない…か。そうだな。確かに使えない。たった1度しか使えない英霊だからな。ガハッ」


フィリップは盛大に血を吐きながら膝をついた。

全身を駆け巡る痛み。あまり時間は残されていない。

最後の力を振り絞ってポイズを睨みつけながら口を開いた。


「ポイズ。貴様と我が国を蹂躙し続ける帝国は絶対に許さん。我が英霊『聖者(サンクト―ルーム)』よ!我が命を対価に我が皇国の敵を滅ぼしたまえ!」


フィリップの願いに応えて彼の背後に十字架に手足を太い釘ではりつけにされた男が現れた。


「な、なんだあれは!『(ポイズン)騎士(ナイト)』今すぐ兄を殺せ!」


(ポイズン)騎士(ナイト)』がポイズの指示通りに即死の毒をフィリップの体内に流し込むよりも早く

フィリップの身体が輝きだし心臓に突き刺さっていた鎖を消滅させる。

すでに息をしていないフィリップの身体は光の粒子となって英霊に取り込まれた。

そして、英霊から白い光が周囲に拡がり始める。


「く、来るな。来るなああああああ」


ポイズは光が身体に触れる箇所から消えていく光景を目の当たりにして顔を恐怖に染めながら光に飲み込まれ消滅した。契約者が消えたことで『(ポイズン)騎士(ナイト)』もこの世界に留まることが出来ずに消える。光はその後も拡大を続け、触れた者をことごとく消していった。

光は北部公都ミネラールと包囲していた帝国軍を飲み込んでから一瞬にして消えた。

後に残ったのは半球状に抉られた地面。

この日北部公都ミネラールと包囲していた6万の帝国軍は消滅した。



「どうして、カオル様とサラ様を行かせたのですか!」


カオルとサラが訪室した翌早朝。ホテル関係者しか出歩いていない庭を窓際に立ち見下ろしているローエンにマティアスは強い口調で問いかけた。

ローエンは昨日から一睡もしていない。しなければならないことが多すぎて寝る暇がなかったのだ。今日は午前中に各国の関係者に今後の支援を呼び掛けてから午後には東部公爵領に戻ってしなければならないことが山済みである。

そんな状況の皇族を相手に無礼であることは重々承知しているがマティアスは聞かずにはいられなかった。

北部公都が消滅しただけではなく、第1皇子・第2皇子までも失い皇国は混乱している。

今こそ生き残っている皇族が一致団結していかなくてはならないときに第1皇女カオル様と第2皇女サラ様を皇族の席から外すなど正気とは思えなかったのだ。

今日の早朝カオル様から別れの挨拶をされて、その内容に驚いて確認のためにローエンの部屋にやってきた。


「現在皇国は混乱しております。そんなときになぜカオル様とサラ様を行かせたのか聞かせて頂きたい」

「皇国は混乱している。マティアスの言う通りだ。だから私は2人の皇族の席を外した。これ以上の混乱を防ぐために。なぜかわかるか?」


ローエンは窓に映るマティアスを見つめながら、なぜカオルとサラを行かせたのかマティアスに考えさせようとした。


「わからないから聞いているのです。御二方とも容姿端麗頭脳明晰。武術、魔術にも優れています。今後の皇国のために必要な方々です」


断言するように答えるマティアスにローエンはため息をついた。


「だからだよ、マティアス。君が東部公爵を継ごうと考えているなら、もっと政治を学びなさい。情報を得るために努めなさい」


ローエンは出来の悪い後輩を諭すように話す。

マティアスの言った2人の評価はなるほどその通りだ。

よくカオルとサラを観察している。

だが、個にばかり目が行き、2人が周囲にどのような影響を及ぼすか考えが及んでいない。


「サラは今回亡くなったフィリップ兄上とポイズ兄上の妹であり、同じく亡くなった北部公爵の孫にあたる。北部の貴族や兵士、住民に至るまでサラを旗頭に帝国軍と戦うべしとう流れになっている。そして、北部の貴族はサラこそ次期皇帝にふさわしいと声高に言っている」

「まさか!順番に行けばローエン様が皇位継承権第1位であることは誰もが知るところです。それを…」

「私はまだ学園に通っている若輩者。皇国の貴族の中ではそう考える者は少なくない。だから自分たちが後見となって皇国のかじ取りをしようと考えている。今回サラ自身が皇位継承権を返上すると言ってきた。そして皇族で無くなれば担ごうとする者はほとんどいないだろう」


まったく、意地汚い者達だ。これまで積極的に協力をしてこなかったのに今になって活発に動き出した。

サラを旗頭にした後は勝てば自分かその子供と結婚させて実権を握り、負ければ慰み者として帝国に売り渡す。

長くそういった者達と関わってきたことで彼らの考えていることが手に取るようにわかる。

この国に残っている貴族の中で真に皇国の事を思っている者は片手の指程度しかいない。


「ですが、カオル様は大丈夫なはずです」


マティアスはサラがいると国が割れる可能性があることは理解できたが、ローエン様の実の妹であるカオル様はその心配はない。皇族から席を外す必要はないと訴えた。


「マティアスはまだ東部公爵から教えられていないか」


ローエンはマティアスの言葉を聞いて寂しそうにつぶやいた。

マティアスの今の発言はつまりは東部公爵から正式に後継者として認められていないことを意味していたからだ。


(彼に話すべきか)


話せば東部公爵は彼を後継者としなければならなくなる。

ローエンの独断でそれをしても良いのか迷った。

だが、マティアスはこれまでカオルと同い年ということで何かとカオルを支えてくれた。

このまま理由もわからないと皇族から席を外す決定に納得出来ず、カオルを連れ戻しに行きそうだ。東部公爵の1人息子がいなくなれば東部公爵領が混乱することになる。

今はその方が困る。

振り返ると黙ってローエンの次の言葉を待つマティアスがジッとローエンを見ていた。


「これから言うことは皇帝と公爵当主4人にしか知られてはいけない事だ。他言すれば例え君が次期東部公爵だとしても殺さなくてはならない。それでも聞くか?」

「聞きます」


即答だった。微塵の迷いなく、頷いたマティアス。

マティアスにとってこんな中途半端な説明では納得できない。なぜ、カオル様がいては困るのか。その理由を聞く事が最も重要だった


「マティアスは初代皇帝を知っているか」

「レイ・イレミア様です」


説明がされるかと思えばなぜか質問された。

それも歴史の講義で最初に教えられる内容。


「では初代皇帝の髪の色は?」

「黒です」

「最後に初代皇帝は男か、女か」

「女性です。だから何だというのですか!」


なぜ、初代皇帝の容姿や性別について聞かれるのかわからなかった。

それとカオル様の事とどんな関わりがあるというのか。


「まだわからないか?初代皇帝は黒髪の女性だ」

「………!」

「気づいたようだな。皇国の皇帝を選定する基準はいくつかあるがその中に『皇位継承権者の中に黒髪である者を次期皇帝とする』とある」


マティアスが目をこれでもかと見開いて驚きを露わにしている

以前私自身も東部公爵から聞いた時は驚いた。

まさか、自分の妹の方が本当は皇位継承権が高いという事実。


「カオルは未だ学生であるため伏せられていたことだ。兄である私だけがこの選定基準を教えてもらった。妹の下につく気持ちの整理が出来るようにとね。私はカオルが皇位継承権を返上すると言い出した時は内心ほっとした。これで妹をこの醜く、おぞましい世界から遠ざけることが出来ると。そして、皇族で無くなればカオルを初代皇帝の生まれ変わりとして担ぎ上げようとする輩もいなくなる」


ローエンが思い浮かべるのは西部公爵の肥え太った顔。

あの男にだけは利用させる訳にはいかない。

カオルは幼いころから武術の才能を開花させ、勉学に励み、多様な魔術の才を持っていた、

皇都陥落によって意気消沈していた者達はカオルを初代皇帝の再来として多大な期待を寄せられた。

そのためなのか一部の者以外に笑顔を見せたことがない。

話しかけても笑顔1つ見せないカオルに周囲は「可愛げがない」「不気味だ」と言って距離をとった。それに伴って期待も消え、カオルを皇帝に押す者もいなくなった。

フィリップ兄上が長年統治したことも理由の1つだろう。

しかし、フィリップ兄上が死に、今回の大会でカオルの存在を皇国貴族が思い出した。


「それならば、ご兄妹で統治されればよろしいではないですか。カオル様であればローエン様の事もよくご存じのはず、それぞれの役割を決めればよいではないですか」

「マティアス。皇族であることを止めようとする者に皇国の統治が出来ると思っているのか?」

「そ、それは…」


マティアスは反論の言葉が見つからず下唇を噛む。


(理解は出来ても納得できないといったところか)


感情を相手に読み取られるようでは東部公爵を継ぐのはまだまだ先の話になるだろう。

ローエンは再び視線を窓の外へと向けた。


(それに好いた相手を追いかけようとする妹を引き留める無粋な真似はしたくない)


昨夜カオルとサラが来た目的の裏にあるものが何であるか。2人は言わなかったがローエンには容易に想像が出来た。

学園に入学してからのカオルの行動を聞いて、カオルがシンという少年に想いを寄せていたことは知っていた。

そしてシンという少年がホープン学園に最初に訪れた時の格好とジン講師の格好が酷似していることも調査により判明している。

今回逃走したジン講師が学園に戻る可能性は低い。そして、ジン講師がシンであることを知る者も少なからずいることを考えると生徒として戻ることもないだろう。

それにもう一つ重要な可能性がある。

シン・レイス。死んだと思われているシン・イレミアと同じ名前、同じ特徴を持つ少年

シン・イレミアを連れた騎士が逃げた方角は西。

シン・レイスはイレミア皇国西部にいるウィスダム伯爵の推薦状を持って学園に来た。

これがどういう意味を持つか。

もしも、彼が契約魔法を使えた場合、シン・イレミアは生きていたことになる。

そうなれば皇国はさらに混乱する。

出来れば妹達が彼を見つけてくれた方がこちらとしてもその動向を知ることが出来る。


「会えるといいな」


ちょうどホテルを出て行こうとするカオルとサラに届かないと知っているが声を掛ける。そして、2人と一緒にいる人狼族の少女リム。

リムは一度だけ振り返ってこちらを見た。

すぐに前を向いたがローエンにはそれだけで伝わった。


「頼んだぞ」


3人の少女が見えなくなるまでローエンは窓から少女達を見送った。



「リム、どうかしたのか?」


カオルはリムがホテルの方へ顔を向けたので訊ねると何でもないと首を横に振ったので「そうか」といって今度はサラにこれからの事について聞いた。


「サラは本当に北部へ行かなくていいのか?」

「ええ、遺体すらないのだから行っても意味はないわ。それに、あの家で心を許せた相手は誰もいない。みんな皇女としてどう利用できるかしか考えていなかった。だから、皇国東部にある学園に通うことを決めたのよ。もちろん、カオルと会いたかったしね。それに初代皇帝の言葉に『学生は勉学に励む者。例え保護者であってもそれを邪魔する行為をしてはならない。ただし、学生が学業に励むために必要と判断したならば、自身の判断により相手を選び合意の下で婚姻することは認める』とあるから、親や兄弟から無理に結婚相手を進められることもなかったから楽だったわ」


何かから解放されたような清々しい笑顔で話すサラを見てカオルもそれ以上は聞かなかった。


「カオルもローエン兄さんを1人残してよかったの?」

「むしろこの方が兄も動きやすいだろう。今回私達が皇族で無くなったことで、今確認されている皇族は兄1人。兄が引き継ぐことに異論は唱える者はいないだろう」


初代皇帝が女性であったことを理由に皇国では女性が皇帝になることに対して抵抗はない。むしろこんな時期だから初代皇帝のように強い女帝を望む声が出かねない。


「確かにね。私も北部貴族に担ぎ上げられそうだし、そうなったら内乱が起こるわ。まあ、済んだ話はここまで。どこに向かうかカオルには考えはある?」


シンを探すにしても闇雲に探していたら見つけるのがいつになるかわからないので、まずは行き先を決めようとサラはカオルに候補を聞いたのだが、予想外の答えが返ってきた。


「イレミア皇国西部にある城郭都市プロセディオ。そこにシンの家がある」

「へえ、もしかしていったことがあるの?」


サラはスッと目を細めていまは初めて聞いた情報に「抜け駆けしたのか」と問い詰める様な視線を送った。


「ま、まだ行っていない。今度連れて行ってくれると約束はしてくれていたが…」


少し焦りながら言い訳するように話すカオル。


「そう、まだ…ね。今回は未遂だから見逃すけどこれからはシンの事に関して隠し事はしないようにしましょう。お互いにね」

「わかった。約束する」


ようやく矛を収めて普段のサラに戻ったのでホッとするカオルだった。

その後。公都を出て、近くの茂みに入った3人はカオルの転移によって一度学園に戻り、部屋の整理を終わらせてから城郭都市プロセディオに向けて出発した。


お読みいただきありがとうございました。

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