2-15中央大陸大会②
中央大陸大会6日目。
武術の部の試合が行われている闘技場の選手用控え室では黒い甲冑が照明の光を反射して黒曜石のような輝きを放っているが、甲冑を着ている本人は肩を落とし、暗い雰囲気を醸し出しながら座っていた。
「内容はどうあれ勝ったんだからいいじゃねえか」
シンの隣に座る身体の線がはっきりとわかる黒い革服を着ているソフィアがシンの肩に手を置きながら語り掛ける。
シンは試合に勝利し、先ほど医務室から戻ってきたと思ったら、部屋へ入るなり、声を掛けても返事をせずにベンチに座ると長大息をついた。
これから決勝戦を戦う前にそんな腑抜けな状態で戦われてはかなわないとソフィアは励ますように声を掛けたが効果はない。
確かにこれまで行われた2試合の勝ち方は首を傾げる内容であった。
初戦の相手は身長4m程の混合種族(巨人族・人族)の男。名前はブレーク。
武器は身長と同程度の巨大メイス。ロンドベル学園で講師を務める男は講師でありながら『壊し屋ブレーク』という講師というイメージとは程遠い印象を抱かせる2つ名を持つ講師。
どうして『壊し屋』という2つ名がついたのか試合開始直後に理解した。
ブレークが振るったメイスはなるほどあれを受ければ大抵のものは壊れると思える勢いで、シンはそのメイスを受けて水平に滑空して壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた衝撃により壁の表面が砕け、飛び散り、破片が宙を舞い、シンは試合開始早々何もせずにうつ伏せに倒れた。
しかし、審判の判定はシン(ジン講師)の勝利。
シンが倒れるよりも早く。攻撃したはずのブレークが倒れたのだ。
魔術が使われた形跡がないことから倒れた順番によってシンの勝利が決まった。
武術の部では魔術は使ってはいけないがそれ以外、例えば身体に元々備わっている角や牙、魔術スキル以外のスキルは使用しても良いことになっている。また、使用する武器も魔術以外に制限はされていない。シンが勝利したのも魔術が使用された痕跡がないためそのどれかだと判断されてシンの勝利が宣言された。
形はどうあれ勝利したことは喜ぶべきことであるはずなのに医務室から戻ってきたシンはなぜか落ち込んでいた。
次の試合では獅子の顔と鍛え抜かれた強靭な肉体を持つベスティア学園の最強と呼ばれている学園長と対戦し勝利した。学園長は王族ということもあってかベスティア獣王国らしい強い者には敬意を表し、弱き者には厳しく当たる性格をしていた。シンの初戦内容から装備やスキルに頼る弱い者と考えて、シンが開始早々文字を書こうとしたが書く前に接近し、『獣王拳』と呼ばれる王族に伝わる必殺の拳を決めた後、背を向けて「自らの実力の無さを恨め」と捨て台詞を吐いた直後。攻撃をした学園長自身が血を吐いて倒れた。
ベスティア学園最強の男が敗北したことはベスティア獣王国の王侯貴族や学園関係者等を驚愕させた。
(ま、そのおかげで良い思いが出来たけどな)
シンが倒した2人はどちらも優勝候補だった。つまり、どちらの試合もシンが勝つとはほとんどの者が考えていなかった。
大会運営委員会が胴元になっている賭博ではシンが勝つとは誰も予想していなかったこともあってシンのオッズは200倍近く。私はシンの実力を知っていたので勝つと信じて賭けていた。結果大当たり、良い思いをさせてもらった。
次の決勝戦で優勝すれば学園から優勝賞金分の金も手に入る。
そうなれば、これまで手が届かなかった幻の銘酒『神酔』を買うことが出来る。
それにこれまでの雪辱を晴らすためにも負けられない。
しかし、私の目の前の相手がこんなやる気のなさそうでは勝っても嬉しくない。
「私が勝ったら今日の酒はお前のおごりな」
励ますのをやめて、次行われる試合の勝敗で賭けをすることを提案するとこれまでほとんど反応がなかったシンから答えが返ってきた。
「今日のって、これまで1度しか付き合っていないでしょう。逆に負けたらこれから大会期間中は酒を飲まないでもらえますか。早朝から酔っ払いの介護は疲れるので」
「何言ってんだ。ダダで女の身体に触れられて感謝するところだろう」
介抱させてやっているのになんていう物言いだ。と怒ると。
「寝ている所にいきなりエルボーをしてきたかと思ったら、気持ち悪いと言って服の上に吐しゃするような女性に欲情するほど飢えていませんよ。酔いがさめたら記憶にないってどこの政治家ですか」
「あははは、まあそんなこともあったな」
まったく。根に持つ男はモテないぞ。
私と飲み比べして初めて黒星をつけた男。大会初日の夜に早朝まで飲み明かして、背負って連れ帰ってくれて以降、いくら誘っても断られる。
仕方なく他の講師を代わりに連れて行くとすぐに潰れて私が背負って部屋まで運ばないといけないのでシン以外の奴と飲みに行くと面倒なのだ
「わかった。それなら私が勝ったら大会期間中は飲みに行くとき毎回付き合ってもらうぞ。もちろんお前のおごりでな」
「…わかりました。それなら全力でやらせてもらいます」
ようやくシンがやる気を出したタイミングで、見計らっていたかのように「会場の準備が出来ました」と係の職員が扉をノックする音がした。
◇
(どうしてこうなった)
口には出さず、心の中で長大息をつきながら会場へ続く廊下をシンは歩いていた。
武術の部決勝。初戦敗退とは真逆の現実にシンは落ち込まずにはいられない。
初戦敗退の予定が黒竜甲冑の能力『受けた攻撃の50%を攻撃した相手に跳ね返す』を忘れていたため勝ってしまったことから計画が狂いだした。
2回戦では筆談があだとなってこちらが『降参する』と伝える前に攻撃をされてここまで来たわけだが、これが終われば武術の部は終了する。
すでに観光するにも終わった頃にはいきたかった店はほとんど店じまいしている。
今更考えても仕方がない。それに、この試合は絶対に負けられない。
ソフィア講師と一緒に飲みに行くことは阻止しなければならないし、俺が勝てばこれからの安眠が手にはいる。大会期間中、初日を除いて寝ている時、被害に遭う毎日がようやく終わる。
案内役の職員へお礼を書いて会場へ入ると茜色の空の下、会場中央には審判とソフィア講師が立っていた。
ソフィア講師の手には以前渡した青い光を放つ剣が握られている。
剣を見れば大事に使ってくれていることが分かる。製作者としては嬉しい限りだ。
そのため、ちょっとしたハンデを提案した。
『ソフィア先生。この線の範囲から足が出たらソフィア先生の勝ちということにしませんか』
俺は周囲を削り、半径1mの円を作った。甲冑の能力によってまともに戦えば負けることはないだろうが、この提案を受けてもらえればソフィア講師が勝つ可能性が出てくる。
「ずいぶんと舐めた提案をしてくるじゃねえか。いいだろう。試合の後にそんなふざけた提案をしたこと後悔させてやる」
顔に青すぎを立てたソフィア講師が獰猛な笑みを浮かべて腰を下げて剣を身体で隠すように後ろに構えをとる
審判が「あの…勝手にルールを決めないでもらえますか」と苦言を述べているが両者が納得しているので諦めて「わかりました」と許可を出した。
俺は刀を上段に構えて開始の合図を待つ。
両者の試合準備が整ったことを確認した審判が「はじめ!」と試合開始の宣言をする。
ソフィアは宣言と同時に身体を水平になるほど低くした状態でシンへ向かって駆けたが、間合いに入っていない状況でシンが刀を振り下ろそうとするのを見てゾクッと嫌な予感がしたため咄嗟に横へ飛んだ。
駆けていた勢いを逃がすため転がり起きて、先ほどまでいた場所に目を向けると自身の予感が正しかった事を証明した。
シンの刀は構えた時に比べて明らかに伸びている。あのまま直進していたら斬られていた。
ソフィアは刀が伸びる理由はわからなかったが半径1mの円から出られないから離れれば攻撃できないわけではないことを理解する。
シンは振り下ろした刀を水平にして、避けたソフィア講師に斬りかかる。後方へ飛んで避けようとしたソフィア講師に向けてさらに刀は伸びた。
避けきれないと判断したソフィアは剣を縦にして、刀を受け止めたが飛んでいたため、刀の勢いによって横へ飛ばされる。
再び転がり起きてシンへ目を向けると刀は最初に構えた長さへと戻っていた。
「ずいぶんと面白い武器を持っているじゃねえか。それはいったい何で出来てんだよ」
『秘密です』
「そうかよ!」
ソフィアは再び身体を水平にしてシンへと直進する。どういった武器かわかってしまえば伸び縮みする変わった刀でしかない。再び振り下ろされた刀を剣で受け流しながら近づく。自分が近づくよりも早く伸びた刀が縮んでいく光景を見て速さに自身があったソフィアは自尊心を傷つけられながら剣の間合いに入ったシンへ斬りかかる。
キンッ。キンッと幾度も剣戟音が起こる中、シンは舌を巻いていた。
以前に比べて格段に腕をあげている。さすがAランク冒険者。
本気になればこれほどの実力があるのかと思うほど剣速や一振り一振りのキレが以前とは段違いだ。
「くそ、全然当たらねえ。ほんとに何者だよ。お前は」
ソフィアも全ての攻撃を刀で受け止めるシンに舌を巻いていた。
生半可な実力でAランク冒険者になれるわけがない。20代でAランク冒険者になろうと思えばそれこそ血反吐を吐く程鍛えて数々の難易度の高い依頼を受ける必要がある。
実力と経験、運がなければ若くして到達できない人類最高峰のAランク冒険者の攻撃を全て受け止める自分よりも10歳以上若い少年。
最初出会った時の試合は講師として勤めだしてから難易度の高い長期間してこなかったことで腕がなまったと思った。そのため、1ヶ月間ダンジョンに潜って昔の勘やなまった腕を取り戻すために鍛え直したにも関わらず、結果は未だ鎧に傷の1つもつけることができていない。
そんな現実を突きつけられれば嫌味の1つも言いたくなる。
距離が離れれば刀身が伸びるシンの方が有利なことを理解しているソフィアは距離をあけることなく攻撃を続ける。
しかし、攻撃は全て受け止められ、円から足を出すまでには至っていない。
まるで巨木を相手にしているような錯覚を受けながら剣を振るうソフィアは次第に疲労が蓄積して、剣速が遅くなっているように感じた。
このままでは負ける。
そう思ったソフィアはここで勝負に出た。
鍔迫り合いをしている所で剣を手放し、シンの腕が少し伸びたところで右手首を掴んで飛びあがり、片足を脇の下、片足で首をかるように振り上げて十字固めをきめた。
右手に刀を持った状態で十字固めを決められたシンは決め手を欠いた。
十字固めを解くためにどこかに叩きつけようとしても円の外に出る必要がある。円の中で膝を突いて叩きつけても大したダメージを与えることはできない。
そして何より鎧への攻撃ではないため能力が発動しない。
わかってしたのかはわからないがソフィアがした十字固めは黒竜甲冑の能力対策としては正しい攻撃だった。
だが、ここで体力と筋力の差が現れる結果となる。
十字固めをきめたソフィア講師に対してシンは全力で腕を曲げることで対抗した。
次第に体力と筋力に劣るソフィア講師の方が十字固めをきめる力が無くなったことでシンに右腕を抜かれて十字固めが解けた。
そして、シンはソフィア講師の両足を掴んで円の中で回転し始めた。
「や、やめろ!」
ソフィア講師の悲鳴を聞き流したシンは勢いをつけて放り投げる。
水平に滑空したソフィア講師はバンッと壁に勢いよく背中から叩きつけられ、その場に意識を失いしなだれるように倒れた。
「勝者、ジン」
起き上がらないソフィアに審判はシン(ジン講師)の勝利を宣言した。
これまでまぐれで勝っていたジンの戦いぶりを見て観客は驚愕の表情を浮かべていたが、しばらくして盛大な拍手と歓声が起こった。
そんな観客席のことなどお構いなしに救急隊員に運ばれていくソフィア講師を見送ったシンは会場へ入った出入り口を通り闘技場を出ることにした。
◇
中央大陸大会では試合の表彰などは大会8日目の魔術の部が終わった際にまとめて行うため、今日は試合が終われば自由にすることが出来る。
とは言ってもすでに行きたかった店はしまっているだろう。
闘技場を出た時にはすでに日は暮れ、道には街灯が灯り、闘技場から帰る人で溢れている。闘技場から帰る観客に最後の呼び込みをする屋台の中から分厚い肉がいくつも刺さった串焼きを20本ほど購入する。ホテルに戻れば夕食を食べることが出来るがホテルの夕食は朝食と違って質は高いが量が少ない。リムやソフィア講師程食べるわけではないがそれなりに食べるため夕食の量には不満がある。
さらに今日は思いのほか身体を動かしたので小腹が空いている。無駄遣いだとはわかっているがつい買ってしまった。
立ち食いも良いが人が多く、ぶつかる可能性を考慮して近くにある公園のベンチに座りながら影から出てきた子犬サイズのライと一緒に串焼きを食べていると獲物を見つめる肉食獣のような視線を感じた。
視線がする方へと顔を向けると涎を垂らした4歳~8歳位の子供達がジッとこちらを見つめていた。
子供達の服は所々に汚れや破れが目立つ。食べていないのか男女共に線が細い。
コンシェルジュに聞いた情報では闘技場の近くには貧民街と呼ばれる場所がある。
治安が悪いのであまり近寄らないように言われていたがそこの住人だろう。
手に持った串焼きを右に動かすと子供達の視線も串焼きを追って動いた。左に動かしても同じ。子供達にとっての獲物を袋にしまうと「あっ」と切なそうな顔をするため、手招きすると近寄ってきた。近寄ってきた子供は8人。食べていない串は18本。1人2本は食べられる。
「1人2本だ」
子供達が字を読めるかわからないため口頭で伝えると「やった!」「おじちゃん、ありがとう!」等歓声をあげる子供達。
ここでもおじちゃんと呼ばれ、心にダメージを受けながら1人2本ずつ串焼きを手渡す。
両手に持った串焼きを豪快に食べる子供もいれば、ゆっくりかみしめるように食べる子供もいる。
闘技場がある方へ目を向ける。大金が動く場所がある一方で、日々の糧にも事欠く場所もある。世界が変わっても例え魔術が使える世界であっても変わらない現実がここにある。
子供の可能性は無限にあると言われていても厳しい環境にいる子供の可能性は限られている。可能性を広げるためには子供自身の努力も必要だが周囲の環境が大きく左右する。
サクティ公国は故意に貧民街を作っていることを商業ギルドの情報で知っている。
時に軍事用魔導具の試用や薬等を使った人体実験のために利用している。
サクティ公国の闇を支える貧民街。もしかしたら目の前の子供達も何の抵抗もできずに利用される未来がやってくるかもしれない。
理不尽から抜け出すための力。貧困から抜け出すためのきっかけ。
根本的な原因を解決することはできないが目の前の子供達に貧民街から抜け出すためのきっかけを作ってあげるくらいならしてあげることが出来る。
「君達は今の状況を変えたいか」
俺の問いに子供達は食べる手を止めた。
愚問だったかもしれない。幼い子供はよくわからないという顔をしているが8歳位の子供の目にははっきりといまを変えたいという意思があった。
「こっちへ」
子供達のリーダー的存在の子供を手招きする。
少し躊躇いを見せたが勇気を振り絞って俺の前に来た子供の額に手を置いて【潜在能力発掘】を使用する。
2度目となると慣れたもの。それに子供のため潜在能力も少ない。
すぐに終わり、発掘した才能の内、リーダー的存在の子供に最も適した物を渡す。
「これ本当に貰っていいの?」
渡した何の装飾もない鉄剣を持ってリーダー的存在の子供が聞いてくるので頷いた。
その後他の7人全員に対して同じように【潜在能力発掘】を使用する。
途中自動回復の速度が追いつかずに下級ポーションを使う羽目になったが無事終わった。
「あとは君たちの努力次第だ」
発掘した才能を生かすも殺すも本人たち次第。これがきっかけになって可能性を広げてくれるといいがそれを見ることはないだろう。
子供達が手を振るのを振り返しながら公園を後にし、ホテルへ続く帰路についた。
◇
「ジン先生。今日のご予定は?」
ホテルの食堂で朝食を食べていると左隣に座っているカオルが訊ねてきた。
今日は中央大陸大会7日目。知識の部の試合が行われる。
知識の部は様々なクイズ問題で戦い得点を競うのだが、俺は出場しないので今日は昨日諦めた観光をしようと決めている。
『公都を観光する予定だ』
「私もご一緒してもいいですか?」
「ダメに決まっているだろう」と喉から出かかったが話せない設定のため口には出さない。だが、答えは変わらない。ここは他国なのだ。当然皇族の襲撃や誘拐を警戒してカオルやサラの周囲の警備は厳しくなっている。そんなカオルを連れて行けば護衛の人間もまとめて引き連れることになる。そうなれば観光どころではない。
カオルの言葉に首を横に振ろうとしたらカオルの隣に座るマティアスが代わりに言ってくれた。
「カオル様。お立場をお考え下さい。ここはイレミア皇国ではないのです。今回は様々な理由により護衛をする者達は最小限の人員しか連れてきておりません。ただでさえ公都は人が多いのです。外出される際は護衛する者達の負担も考えてください」
マティアスの言葉に俺は首を縦に振って同意を示す。
「それなら心配いらないわよ。一緒に行くのはジン先生よ。昨日の試合は見たでしょう?ジン先生がいれば何の問題もない。だから、私も一緒に行ってもいいわよね」
だが、今度は右隣に座るサラがマティアスの言葉に反論した。
突然サラも一緒に来ると発言したことでサラの隣に座るミリアが「何を言っておられるのですか!?」と騒いでいる。2人は立場というものをわかっているのだろうか。
皇族2人を連れて公都を観光する?楽しむどころか気疲れする未来しか想像できない。
「サラ様。確かに昨日の試合は私も観戦しておりました。決勝でソフィア講師をくだした実力は否定のしようがございません…が、だからと言ってジン先生1人増えたから安心とは言えません。複数人で来た場合はどうするのですか。それに今回は大会のためにきているのであって観光ではありません。今日も知識の部が行われます。皇族としてイレミア皇国のために戦う講師を応援するべきです」
その通りだ。良く言ったマティアス。俺の中でマティアスの評価が急上昇した。
これで諦めてくれるだろうか。
「あちらです」
カオルとサラが諦めの言葉を言ってくれるのを待っていると食堂の入り口からこちらに近づく一団が見えた。案内をしているのは副支配人のガイウスさん。
集団の先頭を歩いているのは鷹のような鋭い目。銀色の髪をしたカリスマ性を感じるローエン・イレミア。後ろには数人の供を連れている。
「「ローエン様!?」」
ローエンに気が付き、慌てて立とうとするマティアスとミリアにローエンは手をあげることで止めた。
「兄上、おはようございます。食堂に来られるとは珍しいですね。今日は部屋で食べられなかったのですか?」
「おはよう、カオル。妹の顔を見に来たとは思ってくれないのか?」
「そんな時間があれば兄上は他国の王侯貴族や有力商人と会う時間に使うでしょう」
「はは、出来た妹を持てて兄としては嬉しい限りだ。カオルの思った通り、今回来たのはジン先生にお会いしたかったからだ」
カオルの問いかけに笑顔で答えたローエンは観察するような目をこちらへ向けた。
俺に会いに来たと言った。たかが1講師にわざわざ会いに来る理由とは何だろうか?
「初めまして、ローエン・イレミアです。妹が色々(・・)とお世話になっているようでジン先生には前々から兄として一度お会いしたいと思っていました。また、夜間講義の事、そして今回の武術の部での活躍を見て、第3皇子として勧誘にきました。私に仕える気はありませんか?」
目的は勧誘だった。だが、その前に言った言葉の端々で気になる点があった。
妹=カオルの事だろう。色々の中に何が含まれているのか気になるがさすがにダンジョンへ連れて行ったことまでは知らないと思いたい。カオルに視線を送っても首を横へ振っているので大丈夫とは思うが今後は一層注意しよう。夜間講義の事は誰かに聞いたのだろう。夜間講義を担当する講師がこれまでいなかったこともあって学園ではそれなりに有名らしいからな。
それにしても勧誘をされるとは思わなかった。皇族直々の勧誘だ。
喜ぶべきことかもしれないが帝国と戦争をしている国の第3皇子。
誘いを受ければ今回の中央大陸大会でも交通費援助を断るような財政に難のある国で戦に身を投じる人生になるだろう
そんな殺伐とした生活は試練のダンジョンの時だけで十分だ。これからは平穏無事な生活をしながら時々刺激を求めて旅に出る様なそんな生活がしたい。
答えがまとまったところでローエンにはっきりと意思を伝えた。
『お申し出は嬉しいですがお断りします』
丁寧に断ったつもりだが俺の答えに食堂中が騒がしくなる。特にローエンの後ろに控える者達が「ローエン様のお誘いを断るとはなんと無礼な!」「ふん、顔を隠すくらいだ。何かやましいことでもあるのだろう!」等々と言われたがローエンが一言「静まれ!」というと口を閉ざした。
さすが皇族として育っただけはある言葉に力がある。
まあ、皇族直々の誘いを断るとはほとんどの人族は思っていなかっただろうな。
そんな中、両隣とリムはまったく驚いた様子が見られない。両隣は笑顔だし、リムに至っては黙々と食事を食べていて聞いているのかもわからない。
「騒がしくして申し訳ない。出来れば理由を聞かせてもらえますか」
俺の答えにローエンは若干眉が動いた程度で内心の感情を読み取ることはできなかった。
相手に感情を読み取らせないのはさすがだ。
『講師をやめたら平穏無事な生活がしたいと思っている。あなたの近くではそんな生活はむずかしいでしょう』
しばらく静寂が続いたが両隣にいる2人が笑い出した。突然笑い出した2人に俺に集中していた視線が向けられた。
「…そうですか。なるほど。あなたの求めるものを私は出すことが出来ないようです。残念ですが今回は諦めます。もしも気が変わったら私のところに来てください」
ローエンは笑い出した2人にそれぞれ見た後にため息をついてから、諦めて帰っていった。
ローエンの姿が見えなくなってからローエンが来る前よりも騒がしくなる食堂。
カオルとサラは笑ったため目に浮かんだ涙を拭い、マティアスは現実逃避しているのか瞳に光がない、ミリアはいつの間にか姿を消していた。唯1人、今あったことなど全く関心を寄せていなかったリムが「ごちそうさま」と俺がするのを真似るように食後に手を合わせた後、顔を上に向けた。どうしたのかと思い顔を下へ向けてリムと目を合わせた。
「私、優勝した」
恐らく競技優勝をしたことだと思うが褒めて欲しいのか?
とりあえず、頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細めて尻尾を左右に振ったのだが少しして首を横に振り出した。どうやら違ったようだ。
「カオル、サラも一緒に優勝した」
突然名前を出されてカオルとサラが目を丸くしてリムを見たがリムは2人の視線を気にすることなくジッとこちらを見つめて、何も言わない。
(自分で考えろということか)
先ほどローエンが来る前の話といまの言葉を加味すると優勝したのだから観光に連れて行けということだろうと推測できる。
つまり、マティアスとミリアの説得を俺がしろというのか。先ほどまでマティアスとミリアの言っていたことは至極正論で反論の余地はない。説得するのは困難だ。
しかし、いまならマティアスは現実逃避しているため反応がないし、ミリアは姿が見えない。
つまり、説得する必要がない。
以前各競技で優勝した際に祝いの品として自作した装飾品をカオル達には渡したがそれがマジックリミット・ウォーの優勝に対してはまだ何もしていない。
祝うなら早い方が良いし、1人で回るならまた転移してくればいい。
護衛は…ライを使おう。
3人と一緒に公都を回ることを決めたので、現実逃避しているマティアスを置いて食堂を後にした。
◇
(主…助けてください)
(ライ、すまん。俺は口ではその2人に勝てん。後で好きなだけ食べたいものを食べさせてやるから我慢しろ)
(うう…そんなあ)
カオルとサラに交互に抱えて撫でられるライを見て、不憫に思いながらも諦めてもらうしかない。今回1人で3人を護衛するとなるともしもの事がある為、子犬サイズのライを影から出して周囲の警戒をしてもらっている。
カオル達は特別講義の時等にあっているためすんなり受け入れてくれた。
ライはカオルとサラに対して少し苦手意識があるようだが今回は我慢してもらうしかない。
ホテルを出て公都で最も商店が並ぶ場所へ来ていた。
「あれ、おいしそう」
手をつないでいるリムが指さした場所は屋台。あれは綿あめか?
屋台の主人が子供から代金を受け取り、棒に白い糸状になったあめを巻き付けた綿あめを渡している。まさかこの世界に来て綿あめを見ることになるとは思わなかった。
「いらっしゃい」
「4本頼む」
「まいど。ちょっと待って下さいよっと」
カオルとサラも興味を示し、「食べてみたい」というので全員の分を注文してから代金銅貨40枚を支払う。主人は代金を受け取ると綿菓子機に砂糖を入れて、棒を動かしくるくると糸状になった砂糖を巻いていく。
「はい、どうぞ。次もすぐできますから少々お待ちください」
主人はまずリムに出来上がった綿あめを渡すと次の綿あめ作りに取り掛かった。
綿あめを受け取り、歩きながら食べたが普通の綿あめだった。世界が変わっても綿あめの味は変わらない。
しかし、驚いた。飴なら砂糖を溶かすだけで作れるので作られていても不思議ではないがそれを糸状にする発想と専用の機械が作られているとは思わなかった。イレミア皇国内では見たことがない。さすが魔導具作りに力を入れている国だけはある。軍事目的以外にもこういった用途でも作られているのだと感心していると。
コンシェルジュから聞いたサクティ公国最大の魔導具取り扱い商店『アンダーソン商会』が見えてきた。
先ほどの綿菓子機を見て、興味が沸いたので3人の同意を得て、立派な石造り2階建ての店内に入ると高級感漂う店内にはずらりと魔導具が並べられている。
1階は日常生活に使う魔道具、2階には殺傷能力が高い魔道具が並べられている。
どちらも興味があったがまずは1階にある魔導具を見ることにした。
<灯り>の魔術刻印が先端に彫られた短杖もあれば、<放水>の魔術刻印が彫られた鉄製の筒等が置かれている。魔力を流せばどんな魔術も使用することが出来る魔導具は複数の魔術刻印を彫ると単独での使用が出来ない事と魔術レベルが高い魔術程魔術刻印が複雑になること、一部でも魔術刻印に傷が出来たら使えなくなること、未だ発見されていない魔術刻印があること等様々な理由から魔術が使える国では一部の商品を除いてあまり普及していない。
それでも自分が持っていない魔術属性の魔術を利用できることは非常に有用だ。
何より、魔力さえあればどんな魔術でも利用できるのだから。
2階に上がると<火球>や<風刃>等の魔術刻印が彫られている武器が並べられている。
その内で<爆発>の魔術刻印が彫られた棒を手に取っていると恰幅の良い中年店員が笑顔で近寄ってきた。
「お客様はお目が高い。それは魔力を込めて投げると衝撃によって<爆発>の魔術が発動する魔導具です。使い切りではありますが広範囲にいる敵にダメージを与えることが出来ますし、時間が経てば自動的に爆発しますので時限式の武器としても使用できる非常に便利な武器でございます。いまなら1本銀貨10枚するところを10本セット金貨1枚にて販売いたします。いかがでしょうか?」
店員がまくしたてるように話したが内容を聞けば確かに便利だ。威力も詳細鑑定をした限りではダイナマイト1本分の威力がある。しかし、一つだけ納得できない部分があった。
『1セット銀貨10枚なら買おう』
「お、お客様。さすがにそれは。…そんな値段で売ったら店が潰れてしまいます」
店員に原価を提示すると一瞬店員の笑顔が固まり、返ってきた言葉にも動揺が見られた。
『仕方ない。2セット買うから銀貨30枚でどうだ』
そこで購入量を増やして定価の半値を提示する。
「…お客様は武術の腕だけではなく交渉もお上手なようですね。わかりました。今回は勉強させて頂こうと思います。銀貨30枚で2セットお売りいたしましょう。代わりにお客様がこの店で購入をされたことを広めてもよろしいですか?」
さすが商人転んでもただは起きない。いや、本来の目的はこの店で俺が商品を買うことなのかもしれない。
いまの話から俺が昨日武術の部で優勝したことを知っているようだ。そのうえで、俺に安く商品を販売する代わりに集客のために名前を使わせろということだろう。誇張しないのであれば買ったことは事実なので広められても別に構わない。店員にその旨を伝えると感謝を述べて商品を包もうと奥へ行こうとしたところ俺の腕を誰かが引っ張った。
引っ張られた腕を見るとカオル達がそれぞれ気に入った商品を持って立っていた。その目を見て、「一緒に買って」と言っているように思えたので店員を引き留めて、ついでに一階にある魔導具も含めて一緒に会計を頼んだ。
店員は目に涙を浮かべ(中年の男が涙を浮かべても心に何も響かない)、商品を包んでいた。
包んでもらった商品はまとめてアイテムボックスにしまってから店を出ると昼食時だったため、飲食店を探すことにした。
◇
「はいお待ち!」
ドンッとテーブルに置かれた大きな木椀には山のように盛られたカルボナーラ。正式な名前は違うが大量のチーズを使っているので中身は同じだ。山頂から中腹は大量の粉チーズ、中腹から下まで大量のベーコンが盛られている。ぱっと見ではパスタが見えない。リムの胃袋などを考えて公都にある大衆食堂へ入ったのだが、メニューの中に『砂時計の砂が落ちる前に食べ終えたら無料』という項目を見つけて注文した料理がこれだ。
「それでは砂時計を置きますね。では、始め!」
テーブルに砂時計を置いた給仕の女性は他の料理を運ぶために厨房へと戻っていく。
他の席の客が見守る中、椀からカルボナーラを4人で食べ始める。10人前と記載されていたカルボナーラをリムはまるで滝が逆流するかのような速さで口へ吸いこんでいく。そのスピードで食べながらしっかりと咀嚼しているのだから、「すごい」の一言しか出てこない。
俺とカオル、サラは普通に食べているのにリムだけは別世界の人間のような印象を受けた。
そして、砂時計の最後の1粒が落ちるより最後のソースが乗ったスプーンをリムが口に入れる方が早かった。
周囲にいる客から「お~」と感心するような声と共に拍手がほぼ半分を平らげたリムへと送られた。
「凄いですね。あれを時間内に食べきれたのはあなた方が3組目ですよ。おめでとうございます。この料理の代金は結構です。他に何か注文はされますか?」
「これと、これもお願い」
「……か、畏まりました。他にご注文はありますか?」
円卓の右側に座っているリムがテーブルに広げたメニューの中に記載されている『一角牛の香草焼き(4人前)』『闘鳥の丸焼き(4人前)』を指さしたのを見て給仕の女性の驚きながら受け答えをしている。先ほど10人前のパスタを食べたばかりなのにまだ食べるのかと思いながら俺とカオル、サラは黒ポメ茶という太った人から絶大な支持を受けている健康茶を注文した。
その後、デザートに『干し芋』と記載された干したサツマイモのような料理を食べて食堂を後にした。
良く食べたリムがうとうとしだしたので、背負いながら公都の観光名所をいくつか回った。警戒していた襲撃などもなく楽しむことが出来てよかったと思いながら日が落ちる前にホテルに戻ると入り口のところで学園長が駆け寄ってきた。
まるで飛び込んでくるかのような勢いで近づいてくる学園長を視界にとらえた俺は反射的に右足をあげて止めた。
その際に学園長の顔に足形がついたがリムを背負っているため両手が塞がっていたのでしょうがない。
「ジン君、話がある。少し時間をもらえるかのう」
学園長は足形がついた顔をそのままに真面目な表情で話す。
「これは何かある」と嫌な予感がした。しかし、訊ねているようで拒否は許さないと目が言っているのでやむなく、寝ているリムをカオルとサラに任せて学園長についていった。
連れて行かれたのは以前講師の部が始まる前に出場する職員を集めた部屋。
部屋へ入るが誰もいない。どうやら学園長は俺だけに話があるようだ。
「シン君、明日の試合では本気を出してほしい」
俺が部屋へ入ると学園長は部屋の扉を閉めるだけではなく鍵までかけるとジンではなくシンと呼んで頼んできた。
「本気と言われましても、どういうことか説明してもらえますか?」
「君が武術の部で負けようとしたことはわかっておる。じゃが、現状君に勝ってもらわねばならん状況になっておる」
それから学園長は今日の知識の部でサクティ公国が優勝したこと。これによって明日行われる魔術の部でサクティ公国が優勝すれば総合優勝はサクティ公国になること。
だが、サクティ公国は魔術属性を持たない者がほとんどのため魔術の部を優勝するのは難しいと思うのだが…
「今回の大会にはこれまで頑なに出場を断っていたエイサー教授が出場されておる。知識の部で優勝を決めたのもこの方じゃ。そして、エイサー教授は11属性の内10属性を使うことが出来ると言われておる。それも高レベルの魔術を…じゃ」
学園長は俺の思ったことを読んだように言葉を続けた。
内容を聞いてどうして本気を出してほしいと言ったのかわかった。
エイサー教授が何者なのかわからないが10属性を使えると聞いて普通の者なら鼻で笑ってしまうような眉唾な話だが、11属性を使えた祖父を知っているだけに笑えない。
誰にも言っていないが俺も11属性を使うことが出来る。つまり、才能が必要だが不可能ではないということだ。
手を抜いて勝てる相手ではないのはわかった。
そして、総合優勝に手が届く場所にあるだけに学園長も必死になっていることが分かる。
「儂はアレク・レイスの孫であれば本気を出せばたとえエイサー教授が相手でも勝てると信じておる。頼む、お主しかあのエイサー教授に勝てる可能性がある者がおらんのじゃ」
学園長が直角になるほど頭を下げた。
頭を下げる学園長を見下ろしながら俺は苦虫を噛み潰した表情になった。
「アレク・レイスの孫」という言葉を出したということは俺がそれを聞いたら本気を出さざるを得ないと知ったうえで言ったのだろう。
しばしの思考の後、学園長の頼みを頷いた。その代り、この大会が終わったらジン講師はやめることを学園長に伝える。学園長もこの申し出を断ることはせずに大会後やめることを了承した。
ジン講師として戦う最後の日を迎えることになった。
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