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平穏無事な生活がしたい  作者: misuto
第2章学園編
28/33

2-14中央大陸大会①

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

ギィィィ。

日の出を合図に公都サンクティの城門が音を立てて開き始める。

音を合図に昨夜閉門時間に間に合わなかった商人や冒険者達がテントや毛布をめくって身体を起こす。

ガタンッと城門が開き終えると公都の内側から騎士達が出てきた。

騎士達の先頭を歩くのは城門の隊長を務める勤続20年になるベテラン中年騎士ルクス・マーティン。

先月10歳年下の妻が待望の子供を産み、子供の将来を考え一層仕事に励んでいる彼は遠くの方から土煙をあげて近づく存在を捉えた。

目を凝らし、近づいてくる馬と馬に乗る黒い甲冑を着た男を確認したルクスは周囲にいる部下に警戒するように伝えた。

男の着ている甲冑からこの国の騎士ではない事はすぐに分かった。

しかし、だからと言って敵と判断することもできない。今日から行われる中央大陸大会のために各国から様々な王侯貴族とその護衛に多数の騎士が入ってきている。

もしかしたらその関係者かもしれない。

その時、頭によぎったのは先日同僚と飲んでいた時に話題になった帝国皇帝の一族を守護するためだけに存在する軍『黒軍』。『黒軍』に所属する騎士は帝国軍の中でも精鋭中の精鋭で単騎で一騎当千の実力があるらしい。

現在サクティ公国は帝国軍と直接戦争をしていないが戦争をしているイレミア皇国を支援している。

各国の王侯貴族や将来有望な若者が集まる場所を襲撃する可能性はゼロとは言えない。

だが、ルクスはありえないと頭を振る。皇帝を守護する精鋭を間接的ではあるが敵国に単騎で突撃させること等ありえない。それに大会には未だ帝国とは地理的な理由から帝国との戦争に関わりのない国も参加している。そこへ襲撃をすればこれまで具体的な行動を控えていた国も参戦することになる。帝国もそこまで馬鹿ではないだろう。

そこまで考えがいたったところでルクスは馬上の男に向って「止まれ!」と叫ぶ。

男は速度を落とし、目の前まで来ると馬から降りた。

近くで見ると男が来ている甲冑が相当高価な物だとわかった。

これまで国王の出陣式にも立ち会ったことがあるルクスは「国王が来ていた鎧よりも高いのではないか?」と思うほどの甲冑に驚いた。

もしや名のある騎士だろうか?と内心の思いながら、職務上真先に聞かなければならないことを口にする。


「何者だ」


ルクスは答えが返ってくれば声の質などから甲冑の中にいる相手の性格や年齢などを推察しようと考えていたがその考えはすぐに修正しなければならなかった。

男はルクスの問いかけに空中に文字を書いて答えたのだ。


『驚かせてすまない。イレミア皇国ホープン学園の講師、ジンだ。大会に出場するために来た。手続きを頼む』


イレミア皇国ホープン学園。今回出場する学園の名前だ。

男が差し出した学園の講師を示す学園長の印が押された証明書の名前の欄にはジンとだけ記載してある。高価な甲冑を着ている割には聞いたことのない名だ。内心首を傾げながらも部下に大会関係者の名簿と照合させたところジンと言う講師は確かに記載があり、特徴も一致した。いまだ公都へ入っていないこともわかり、ルクスは証明書を返した。


「お待たせしました。確認できましたので、部下に大会関係者が宿泊されているホテルまで案内させます」

『よろしくお願いします』


中央大陸大会当日の朝。ジン講師は公都サンクティへ到着した。



「こちらです」


案内役の騎士が示した場所は国営ホテル『ホテル・オブ・サクティ』。

商業ギルドの資料でしか見たことはないが公国に訪れる王侯貴族のために造られた公国で最も格式高いホテルのはずだ。

中央大陸にあるホテルでは5指に入る最大級の地上5階建てホテル。王侯貴族の身の回りの世話をする者もまとめて泊まれるように設計された収容可能人数最大500人のホテルを今回の大会のために貸し切りにしている。

案内役の騎士がホテルの警備員に説明をしているのを横目にここまでの殺伐とした道中を思い出す。

家から宿に戻った後、宿屋を出ると宿の主人に馬が売られる寸前だったことから始まり、馬を取り戻して旅を再開すると、盗賊や山賊に2日に1回のペースで遭遇した。

ある町に立ち寄れば盗賊の襲撃にあった後で店は閉店。違う村に立ち寄った時は寝ている時に村が襲撃される等々。旅の楽しみ現地の美味しい料理や観光名所を見ることも満足にできなかった。仕舞いには襲撃後の意気揚々と戦利品を持って歩いている盗賊と遭遇して戦闘開始。散々な旅だった。

帰りは何事もないことを祈ろう。


「お待たせしました。説明はしておきましたので私はこれで失礼します」


説明を終えた騎士は警備員の1人を連れて戻ってきた。もう1人の警備員はホテルへと入って担当者を呼んできてくれるようだ。

案内役を務めてくれた騎士を見送った後、警備員に馬の手綱を渡してホテルの入り口に足を踏み入れた。

ホテルに入ってまず目に入ってきたのは広いロビー。座ったら身体が沈みこみそうなソファーにはAクラスの講師達が座って談笑をしている。他にもホープン学園の生徒の姿もちらほら見受けられる。天井にはいくつもの照明がホテル内を隅々まで明るくし、床に敷かれた真赤なカーペットや各所に配置されている高価な壺や置物などの調度品はさすが大陸トップクラスのホテルだと実感させられる。

ホテルの内装に目を向けているとホテルの奥から皺ひとつない黒いタキシード姿の40代後半の男性がこちらにまっすぐやってくる。


「ジン様。お待ちしておりました。私は当ホテルの副支配人を任されておりますガイウス・グレゴールと申します。さ、時間もあまりありませんのでお部屋へご案内する間に当ホテルの事を説明させて頂きます」

『お願いします』


ガイウスさんを後ろについて行きながらホテルのサービスや注意事項を説明してもらった。


「こちらです」


案内された部屋は2階にある2人部屋の1室。3階以上にある個室は全て王侯貴族等が宿泊するため、それ以外の者は2人部屋又は4人部屋へ泊ることになる。そう考えると2人部屋は良い方だ。

だが、部屋の横に書かれている宿泊者の名前を見てガイウスさんに『この内容に間違いはありませんか』と確認した。


「間違いございません。ブラウン学園長様より指示を受けましたがご存知ありませんでしたか?」

『聞いていません』

「…そうでしたか。(わたくし)も詳しいことは…誠に申し訳ございません」

『いえ、それなら仕方ないですよ』


カード型の鍵を受け取り、来た道を戻っていくガイウスさんを見送ってから扉をノックすると部屋の中から声が返ってきた。

少ししてガチャッと開錠音の後に開かれた扉から出てきたのは…


「よお、やっと来たのか。まあ立ち話もなんだ。中で話そう」


黒いタンクトップに太腿の付け根辺りから下がない青いズボンを穿いているラフな格好をした『女性』のソフィア講師だった。



「最初に言っとく。私がこの部屋割を知ったのはここに来た3日前だ」


部屋の中にあるテーブルにソフィア講師と向かい合うように座った俺は今回の部屋割について説明を受けることになった。


「昨日来たじじいに問い詰めたら、原因はお前だ」


俺?ソフィア講師の言っていることがよくわからず内心首を傾げる。


「ジン講師の正体を知っている講師で、かつ大会に来ている講師は私しかいないだろう」


なるほど。

ジン講師の正体がシンだと知っているのは学園長と学園に来た初日にソフィア講師と試合したときにいた4人だけ。学園長はその4人に口止めをしたことでいまのところジン講師の正体を知るのは学園長を含めて5人しかいない。その内大会に出場する講師となるとホセ講師が育休を取ったことでソフィア講師しかいなくなったというわけだ。


「ようやくわかったようだな。お前には良い剣をもらったからな。これぐらいは協力してやるが、もしも寝込みを襲うようなことがあったら容赦なく斬るから覚悟しとけよ」


寝込みを襲う?確かにソフィア講師は『女性』ではある。しかし、寝込みを襲うほど魅力的かと問われると………シャキン。


「いま失礼なことを考えなかったか」

「気のせいでしょう」


喉元にキラリと光る剣先。


「……今回は見逃すが次はないと思え。それよりもそろそろ飯の時間だ。着替えるから早く部屋を出ろ」


剣を鞘に納めたソフィア講師に急かされながら入ったばかりの部屋を追い出された。



「ジン講師。お久しぶりです。いつこちらに?」

「ジン講師、来られていたのですね。おはようございます」


部屋を追い出され、1階の食堂へ行くため階段を下りようとしたとき上からカオルとサラの声が聞こえた。顔を上げるとカオルとサラを先頭に新人の部へ出場する生徒達が階段をおりてくるところだった。


『おはよう。いまついたところだ』


書き終わると生徒達の中からリムがタタタッと目の前まで来ると何かを期待するような目を向けられたため頭を撫でることにした。はにかみながら嬉しそうに尻尾を左右に振っている。どうやら正解だったようだ。


「なんだ。お前ら知り合いだったのか」


着替えを終えたソフィア講師の服装は最初に会った時に着ていた黒い革服姿。

ダメなおねえさんから服装を変えただけで男装の麗人に早変わり、服装だけでここまで印象が変わるとは驚きだ。


「ソフィア先生。おはようございます。私とカオル、リムの3人は光曜日にジン先生から特別講義を受けてもらっていたのです」

「そうだったのか。Aクラスの講義をしている講師が誰も担当じゃないと言っていたからてっきり自主練習でもしているのかと思っていたが…なるほどな」


ソフィア講師が俺を見ながら笑みを浮かべる。なんでそこで俺を見て笑う。


「サラ様。そんな事初めて聞きました。私はてっきりAクラスの先生に教えを受けているとばかり…それをこんなGクラスの夜間講義をしている講師などに教えを乞うなど!」

「ミリア。言葉を慎みなさい。先生に対して失礼ですよ」


サラの後ろに控えていた以前鳥もちを食らってもがいていた忠犬ミリアが噛みついてきた。

サラ(主人)に叱られシュンとなるミリア。そこにカオルの後ろに控えていたマティアスがミリアに追い打ちをかけるように「相手の事を知りもしないのに見下すとはミネラール家も落ちたものだ」とミリアの実家のことだと思うが引き合いに出して非難する。

だがマティアスよ。お前も当初はミリアと同じくGクラスを見下していただろう。

一緒に講義を受けるようになってから大分考え方を変えたようだが、他人を非難するのはどうかと思うぞ。


「マティアス。言葉が過ぎるぞ」

「はっ。申し訳ありません」


カオルに窘められて謝罪の言葉を口にするマティアスだが、心からの謝罪ではないな。

カオルもそれはわかっているようだが、これ以上言っても意味がないと思ったのか何も言わない。

悪くなった空気を変えるため、一緒に朝食を食べないかと誘うとカオルとサラが乗ってくれたので、一緒に食堂へ行くことになった。



ガツガツガツ。パクパクパク。

ホテルの朝食は自らが食べたいものを食べたいだけ皿に盛って食べるビュッフェスタイル。

すでにほとんどの者は朝食を終えて大会の準備のために部屋へと戻る中、3人の宿泊客が食堂に残っていた。

後片付けをしている従業員達から無言の圧力を受けているが、原因となっている2人は全く気にならないのか黙々と皿の上に盛られた料理を胃の中におさめていく。

ガツガツガツ。

1人は向かい側に座るソフィア講師。まるで肉食獣の如く豪快に骨付き鳥から口で肉を剥ぎ取り咀嚼する。

パクパクパク。

もう1人は俺の膝の上に座って食べるリム。まるでリスの如く小さな口を懸命に動かして食べている。口が閉じている時を見計らって時折汚れた口を布巾で拭ってあげる。

皿の上に盛られた山盛りの料理が次第に小さくなる。

ガツガツピタ。パクパクピタ。

そしてとうとう皿の上から料理が無くなったことで動きを止める。

テーブルを拭いている従業員達が手を止めて「終わりだろうか」と期待するように見つめる中、ガタッと立ち上がる2人。そのまま食堂の入り口へ向かう2人に従業員の期待は高まる。

しかし、その期待は2人が入り口付近にある新品の皿を持った時に砕かれた。

肩を落とす従業員はため息をつきながら作業を再開する。

俺もそろそろ付き合うのに疲れてきた。

ここ数日一睡もしていない。それでも体力的には問題ないが精神的に少し寝たい欲求がある。大会初日は開始時間が少し遅いので今から部屋に戻れば15分程仮眠をとることが出来るだろう。

ガタッと立ち上がると帰ることを察したリムが俊敏な動きで戻ってきた。

手を握ってどこで覚えたのか潤んだ瞳で上目遣いに「行かないで」と訴えられる。

これではまるで子供を見捨てる親のようではないか。

ジー。周囲から視線を感じて顔を上げると先ほど肩を落としていた従業員が「女の子を置いて行かないよな」とこちらを睨んでいる。

ここで出て行けば俺が悪者のように思えて「次が最後だからな」とため息をつきながら席に座るとリムは笑顔で料理を取りに行った。

料理を取りに行くリムの背中越しに奥の厨房を見ると食材を切り、料理を作るコック達の姿があった。

彼らの額には厨房の熱による汗かそれとも動かしすぎた腕の痛みに耐える脂汗かはわからないが汗を浮かべて必死に手を動かしている。

その内野菜の千切りをしていたコックの1人が包丁を取り落とした。

コックは慌てて落ちた包丁に手を伸ばした直後。「ぐうおおお」と腕を抑え、歯を食いしばって痛みに耐え、うめき声を出しながら蹲る。

しかし、他のコックはそれを助けない。いや、他のコック達も似たような状況だから助ける余裕がないのだろう。

ソフィア講師とリムの2人がコック達の前に来る直前、1人のコックがあんかけ焼きそばを完成させた。

他のコックも次々と完成した料理を大皿へ盛っていく。

しかし、2人が席に戻るときそれらは綺麗になくなっていた。

綺麗に何もなくなった大皿。

大皿の底は照明の光を反射して白く輝いている。

大皿を見つめていたコックの1人が「うおおおお、またかああああ!?またなのかあああ!?」と発狂したような声を出して頭を押さえながら蹲った。他のコック達は蹲ったコックに同情するような目を向ける。

そこへテーブルを拭いていた従業員が駆け寄り、先ほど俺がリムに言った言葉を伝えるとゆっくりと言葉を復唱したコック達はしばらく沈黙し、感情が溢れて来たのか「うおおおお、ようやく救世主が現れた!?」と歓声をあげた。


(朝から騒がしいことだ)


それから15分ほどで食べ終えたリムは言いつけを守ってフォークを置いた。

同時に食べ終えたソフィア講師も俺達が立ち上がるのに合わせてフォークを置いて、一緒に食堂をでた。

その際、食堂にいるコック・従業員一同から「救世主様、ありがとうございました!」と感謝されたが理由はわからなかった。

後日、ガイウスさんが理由を教えてくれた。ソフィア講師とリムは俺が来るまでコック達が発狂して料理を作れなくなるまで食べていたらしい。そのたびにガイウスさんが「これ以上料理をお出しすることが出来ず、申し訳ありません」と高級ホテルとしてお客様を満足させられないことを恥じながら2人に頭を下げていたらしい。

話の最後にガイウスさんから「今後ともよろしくお願いいたします」と頭を下げられた。


「いや~、食った。やっぱただ飯は最高だな」

「うん。もう少し食べたかったけど。残念」


料理を作る側の事は気にしない2人を連れて食堂を出ると先ほど部屋へと戻っていったカオル達が階段を降りたところだった。


「ジン先生、お疲れ様でした」

「リム、あなたの荷物も持って来たから一緒に行きましょう。先生たちも一緒に行きませんか?」

『そうだな。同行しよう』

「私も部屋に必要な物はないから一緒に行こう」


新人の部へ出場する生徒の内、講義をしたことがある4人以外は俺に対してあまり良い印象は持っていないようだが(特に犬の耳を持った少女からは殺気を感じる)、特に何も言ってこないため気にしないことにしよう。



サクティ公国公王の開会宣言から始まった。

サクティ公国公王はまだ年齢は20代の青年。青年の顔には若くして王となったからだろうか周囲を見下すような雰囲気を持っていた。

中央大陸大会の新人の部及び一般の部は各競技男女に別れて1位から3位の順位に対して100点・50点・30点が与えられる。その得点を集計し、新人の部優勝国・一般の部優勝国を決定し、それぞれに賞金と副賞が与えられる。

講師の部は各部の優勝者が所属する国に賞金と副賞が与えられると同時に優勝した講師が所属する国に100点が加点される。

最終的に総合得点が高い国が総合優勝国として大会開催に伴う収益から経費などを差し引いた残金を丸々受け取れる仕組みになっている。

その額は国によっては年間予算に匹敵する。

各国の王侯貴族や学園長、各国から来た多数の観客が見守る中、大会は滞りなく進み、開催初日から新人の部3競技で大会初・大会新記録を出す者達が現れた。

過去大会でも初日にこれだけの大会初・大会新記録が出て記録はないため観客はおおいに驚き、盛り上がった。

俺としてもそれをなした生徒が特別講義をしたカオル、サラ、リムであったことに講師として嬉しくもあり、また誇らしかった。

カオルはマジック・ラリーで大会初となる対戦相手に1ポイントも与えない完勝を決めた。

サラはアートリビュー・ピラー2回戦目で自身の柱を1つも倒されることなく、対戦相手の柱を全て倒すという大会初となる勝利を決めた。

どちらも俺が大会のために専用のラケットや杖の助けがあったとはいえ、元々多彩な魔術属性を持っており、魔力量も他の出場者を圧倒していたことから大会が始まる前に優勝候補と注目されていた。

そのためカオルとサラの出した結果には周囲もあまり驚かなかったがスピード・コレクトでリムが出した大会新記録を出したことには多くの者が度肝を抜かれた。

リムはAクラスに入るほど優秀ではあったがあまり目立つことがなかったため注目はされていなかった。

スピード・コレクトの台に上がった時、リムが見たこともない奇怪な杖を使うのを見て多くの観客が失笑し、馬鹿にする声も聞こえた。

この世界の杖は片手又は両手で握りながら魔術を発動するのが一般的だがリムが持っている杖の形は簡単に言うと金属部分が全くない火縄銃。

これまで見たことも聞いたこともない杖を見た観客の反応としては当然かもしれない。

しかし、杖を構えたリムが開始の合図とともに引き金部分を引いた瞬間。カオル、サラ以外の出場者と観客の表情が失笑から驚愕へと変わった。

黒い石板に現れた光の点が瞬時に魔球が当たって消えていく光景に観客は言葉を発するのを忘れて食い入るように見つめた。

現れた光の点の数は全部で50。10点満点中、結果は494/500。

全て10点の時点で当てることはできなかったが大会新記録を叩き出した。

これには大会関係者も度肝を抜かれたのか試合終了後杖について詳しい話を聞きにリムへと殺到した。

周囲を取り囲まれたリムは恐怖を感じて彼らの包囲を突破し俺の下へと逃げてきた。

追ってくる集団の先頭にいるのは強面に鋭い眼光。裏社会の人間と言っても信じてしまいそうな胸元に幾つも勲章を着けている緑色の軍服を着た男。

リムを後ろに隠して男の前に立つと、リムに向けていた鋭い眼光が俺に向けられる。


「邪魔をしないでくれるかね」


腹の底から出しているような低い声で話す男。前世でこの光景を見れば裏社会の人間から教え子を守る教師のように…いや、俺の格好はどう見ても教師に見えないか?

ごほん。気分を切り替えて、教え子に詰め寄る集団を見渡し、こちらの立場をはっきりさせる。


『ホープン学園講師のジンです。うちの生徒が怖がっています。お引き取りください』

「おお、これは失礼した。サクティ公国軍将軍バルデス・ゲイザーだ。そちらの生徒が使用した杖は大変興味深い。是非一度手に取って拝見させてもらえないか」


リムの通う学園の講師とわかった途端、鋭い眼光を消して笑顔にしながら話し出す男に対して、『貴重な杖ですのでお見せできません』と答えた。その後押し問答の末、これ以上は試合に影響が出ると言って帰ってもらった。

だが、その日の夜。バルデス将軍は大会観戦のために来ていたイレミア皇国外務大臣の許可印が押された書類を持参してホテルを訪れた。

書類には杖の構造をタダ同然の値段で売ると記載されている。

こちらに何の断りもなく書類を作ったイレミア皇国に憤りを覚えたがここで断ればリムの立場を悪くしてしまう。

せめてもの抵抗として翌日の試合に使うことを理由に部屋から持ち出さない事、今後杖について聞かない事を条件に杖を見せた。

杖の構造自体はいたってシンプル。

スピード・コレクト専用に作成した杖はいかに早く魔球を作り、速くまっすぐ飛ばすかを突き詰めた。

光の点に当たった事を判定してもらえる最小の魔球をイメージでき、かつ、魔球を正確に狙った場所へ速く飛ばせるように杖の内側にらせん状の穴を開けている。

それならなぜ見せないようにしたのかと言うと、それは銃の構造と同じだからだ。杖の構造を知りたがった男は軍人。サクティ公国の国民はほんの一部を除いて大半が魔術適性を持たない者が生まれる。そのため、魔導具の開発に力を入れている。そんな国の軍人に新兵器のアイディアになりそうな情報を与えることを危惧して拒否したのだが、それは思いもしない所から妨害された。

翌日。サクティ公国の生徒が模倣品を使用して自己新記録を出したがリムの出した記録には遠く及ばなかった。

どんなに最適な杖を作ったところで、目標を視認してから周囲の風の状態などの影響を考慮して軌道を予測できなければ意味がない。

道具はどこまで行っても道具は道具。模倣したところで使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

その後もリムに勝てる者はおらず、リムは優勝を果たした。

これによって新人の部内女子が3競技で優勝した。

この他1年Aクラスの女子がウォーター・スライドで2位になったが男子は3位以内に入れたものはおらず事実上の全滅。そのため、明日行われるマジックリミット・ウォーを残した現時点の新人の部の順位と得点は

1位イレミア皇国ホープン学園350点

2位フェイト聖王国フェイト聖教学園320点

3位サクティ公国サクティ魔導学園310点

4位ベスティア獣王国ベスティア学園260点

5位ホリア連合王国ロンドベル学園200点

となっている。

サクティ公国はマジックリミット・ウォーについては開催国としてシード権を持っているため、3位以内は確定。

マジックリミット・ウォーの結果次第ではどの国が1位になってもおかしくない状況のため、明日行われるマジックリミット・ウォーの準決勝までの試合は注目だ。

特に魔術を制限するこの競技は獣人族にとって有利な競技。

男子は1回戦、女子は決勝で戦うことになるベスティア学園に勝てるかが新人の部優勝を大きく左右する。


ちなみに国名と学園名が異なるイレミア皇国とホリア連合王国だが、ホリア連合王国内で最も国土が広く、国力も高いロンドベル王国にあるロンドベル学園に連合王国を形成している各国から最も優秀な人材を集めているためホリア連合王国の代表に選ばれている。

イレミア皇国の場合は皇都が帝国の占領下にあり、皇都にあるイレミア皇立学園が閉園となっているため、現在のイレミア皇国で最も優れているホープン学園が選ばれた。

閑話休題


一般の部では3年Aクラスの生徒が4人優勝するなど好成績を残したが、一方で2年Aクラスと2・3年Bクラスが3位以内に1人も入ることが出来なかったことが得点に響いた

マジックリミット・ウォーを残した現段階での順位と得点は

1位イレミア皇国ホープン学園740点

2位サクティ公国サクティ魔導学園720点

3位ホリア連合王国ロンドベル学園610点

4位ベスティア獣王国ベスティア学園590点

5位フェイト聖王国フェイト聖教学園550点

となっている。

こちらも新人の部同様どの国が優勝するかわからない。

一般の部も明日準決勝まで行われるためその結果を見ればイレミア皇国が優勝できるかおおよその予想は出来る。



優勝を左右するマジックリミット・ウォーを明日に控えた大会4日目の夜。

俺が宿泊している部屋にカオル、サラ、リムが明日の試合についてアドバイスが欲しいと訪れていた。

ソフィア講師は今日も(・)公都の街に繰り出して酒屋巡りをしている。1回付き合ったが朝まで飲んで酔いつぶれたソフィア講師を介抱しながらホテルに戻るのが面倒だったため以後付き合っていない。代わりに他の講師が犠牲になっているようだがそれは断る力が足りないのだ。

だが俺も鬼ではない泣きながらソフィア講師を部屋まで送り届けた講師に表紙に『断る力』と書かれた本を貸してあげた。いまのところ成果は出ていないようだ。

そんなどうでもいい話は横に置いて、マジックリミット・ウォーの話に戻る。

マジックリミット・ウォーは各試合前に出場チームは試合で使用する魔術を運営委員会へ届け出る必要がある。これをしておかないと試合中に相手の使用する魔術を見て有利な魔術を選択できるため、公平さに欠ける試合となることから作られた制度。

試合中に届け出た魔術以外の魔術を使用した場合は失格となるため、勝つためには届け出前に対戦相手の使用する魔術や魔術以外の身体能力などの情報を集めて対戦相手が試合中に使う魔術を予測し、自分たちが使う魔術を決めておく必要がある。

俺は大会初日からマジックリミット・ウォーに出場する生徒達に対して詳細鑑定を行っている。

その結果をカオル達に話したがそれ以上はしない。

試合をするのは彼女たちである。

人に言われたことに従うのではなく自分たちで考えて決めた試合にこそ価値がある。

例えそれによって試合に負けたとしても。


「ジン先生。ありがとうございました」

「助かったわ。これで明日の試合も何とかなりそう」

「ありがと」


夜遅くまで試合について話し合いをした3人を部屋の外まで見送りこの日は何事もなく終わった。



翌日早朝。まだ日が昇っていない時間に扉を開ける音が聞こえたので目を覚ますと顔を赤くした酒臭いソフィア講師が返ってきた大会5日目。

新人の部及び一般の部最後の競技マジックリミット・ウォー。

カオル達の初戦の相手はフェイト聖王国フェイト聖教学園。フィールドは荒野。

聖教学園の少女達は身体の線がくっきりとわかる黄色の服に黒い線が入った動きやすい服を着ている。杖を持った少女が石板の前に陣取り、残りの2人は剣を持ってその前を守る布陣。

対するカオル達は杖を持ったサラが石板の前に立ち、腰に刀を差したカオルと両手足に鋼鉄製の籠手と脛当を着けたリムが敵陣との境界線に立って試合開始の合図を待っている。

フェイト聖教学園は将来の神官又は聖騎士となる者達を養成する聖王国のエリートだけが入ることを許されている。そのため総じて能力値が高く、生徒全員が光属性魔術を使うことが出来る。今回選択した魔術も光属性魔術のどれかだろう。

恐らく杖を持っているのが将来の神官候補、剣を持っているのが聖騎士候補。

両学園の生徒が配置についたことを確認し、審判が試合開始の笛を吹く。

ピィィィという音を合図にカオルとリムが敵の石板に向けて走り出す。

迎え撃つのは聖騎士候補の2人は光を纏わせた剣でカオルの刀とリムの蹴りを受け止めた。

光属性魔術の中でも属性を武器にまとわせるだけの魔術はレベルⅡ。1年生の時点ではかなり優秀な部類に入る。

纏っている箇所は属性の特性を持つだけではなく切れ味や耐久性も向上する。しかし、常時魔力を消耗する欠点を持っている。相手に長期戦を選ばれればいずれ魔力が枯渇し、不利な戦いになる魔術をどうして選んだのか。

だが、戦う光景を見て、理由が分かった。魔術を纏った剣を使っても未だ魔術を使っていないカオルとリムに押されている。

それを見ていた杖を持つ少女が杖を掲げて真上に光の矢が出現させた。


(なるほど、敵の攻撃を防いで、遠距離からが敵の石板を攻撃する作戦か)


悪くはない。自らの石板を守りながら敵の石板を攻撃すれば近接戦に弱い神官候補の少女を危険に晒さずに戦うことが出来る。これは聖騎士候補の2人が必ず防いでくれると信じていないと取れない戦術だが、2つの致命的なミスを犯している。

1つは守っているサラが石板を守る魔術を使わない又は守っても自身の攻撃を防げない場合でなければ成功しない。

光の矢が放たれた直後、サラが杖で地面を突くと地面が隆起し、土壁が光の矢の進路に立ちはだかた。光の矢は土壁を貫通できずに霧散する。

1つはカオルとリムを抑えられると考えた事。

カオルは敵の攻撃をサラが防いだことを確認して<雷属性魔術:雷人化>によって一瞬にして対峙する少女の胴を薙いだ。刃引きされているため、斬られることはなかったが相当な衝撃だったのか少女は白目を向いて倒れた。

リムは以前俺との練習試合の際ランドバローが使用した<土属性魔術:沼地>によって、聖騎士候補の少女は片足が沈み、意識を一瞬リムから逸れ隙が出来た。その隙にリムが懐へ入り、少女の鳩尾をしたからつきあげるように拳を入れた。これによって守りを失った杖を持った少女は抵抗空しく石板を壊され、カオル達の勝利に終わった。

次に行われた第2試合ホリア連合王国ロンドベル学園VSベスティア獣王国ベスティア学園の試合は試合開始直後に全員攻撃に出たベスティア学園の攻撃をロンドベル学園が防ぎきれずに試合開始早々ベスティア学園が勝利した。


ベスティア獣王国ベスティア学園。

ベスティア獣王国の大半を占める獣人族は複数の種族によって構成されている、

獣人族の特徴は人族と比較すれば様々な点で身体能力が優れていること。また各種族固有のスキルを持っている。しかし、魔術に対しての適性を持つ種族は少ない。

そんな多種多様な獣人族を集めて教育する機関がベスティア学園。

見た目が全く異なる獣人族を一緒に学ばせることで各種族の優れている所を知り、お互いの劣っている所を助け合うことで相互の種族の融和を図り、国を豊かにすることを目的とした学園。

閑話休題


第2試合が終了し、カオル達はあまり休憩できない状況で第3試合イレミア皇国ホープン学園VSサクティ公国サクティ魔導学園が始まった。フィールドは草原。

サクティ公国の国民は魔術を使えない者が多いため、特例として、魔術刻印を施された魔導具の魔術を代わりに使うことが出来る。

カオル達の布陣と装備は先ほどと同じ、サクティ魔導学園側は石板の傍にガスマスクと厚手の防護服を着用した少女が腰にダイナマイトのような形をした紫色の筒を多数差している。

他の2名は腰の後ろに短刀を差している以外に見た目からは他に武装があるようには見えない黒装束で顔を隠した少女とこちらは大きな体に太い腕、緑色のガントレットを着けたプロレスラーのような服装と顔へペイントをした少女がカオルとリムと境界線のところで試合開始の合図を待つ。

ピィィィと試合開始の笛の音を合図に先手を打ったのはサクティ魔導学園側。

プロレスラー少女が地面にガントレットを叩きつけると放射状に地面から土の柱が突き出してカオルとリムに襲い掛かる。

カオルとリムは散開して柱を回避したが、柱の攻撃が止んだ直後、土の柱の上を飛んできた黒装束の少女からリムへ向けて黒塗りされた針が投げられる。

体に当たりそうな針は籠手で弾いたが自身に当たらないと思った針には何もしなかった。

だが、それこそが敵の狙いだとは気が付かなかった。急に体が動かなくなったリム。

動けなくなったことを確認した黒装束の少女が短刀を抜いて迫る。

助けに行こうとするカオルの前を土の柱が阻み、間に合いそうにない。

もうダメかと思ったその時、黒装束の少女が地面にスライディングをするように盛大にこけた。草原のためダメージは殆どないはずだが、なぜ突然こけたのか。それはこけた黒装束の少女?の足をみればわかった。草が絡まっている。

そして、倒れた黒装束の少女の周囲にある草が急激に成長してまるで意志を持っているように黒装束の少女の身体に絡まり、動けなくしていく。

必死にもがいても幾重にも重なった草をどかすことが出来ずにとうとう芋虫のようになった。

以前練習試合で使用した草を操る魔術を自分の魔術として修得し、実戦でも使えている。

講師として喜ばしいことだ。

しかし、リムも動けない。リムの影に刺さった針に彫られている魔術刻印の効果は<闇属性魔術:影縛り>。影に刺されば影の持ち主は動けなくなる魔術によって、身動きが取れないようだ。

両チーム1名ずつ脱落した。前線にはカオルとプロレスラー少女のみ。

カオルが土の柱を迂回して、プロレスラー少女に迫る。

プロレスラー少女はカオルの雷人化を防ぐことはできずに気を失った状態で倒れた。

あと一人。その時、ガスマスクと防護服を着用している少女は腰の筒を引き抜き、先端から伸びている紐を引っ張った。

シュ―――。

筒から紫色の煙が吐き出される。筒が空になるとさらに1本と次々に紫色の煙が吐き出され、紫色の煙がフィールド全体に拡散されていく。

カオルは迫り来る煙に嫌な予感がしたのか。リムの影に刺さる針を引き抜き、自分たちの石板近くまで後退し、ジッと煙が無くなるのを待っている。

次に何が起こるのか観客が固唾をのんで待っていると。

紫色の煙から飛び出してきたガスマスクと防護服を着用した少女が紫色の煙を噴き出す筒を持ってカオル達へ突撃を仕掛ける。

詳細鑑定をした結果。煙の正体は気化した麻痺毒。吸い込めば身体がうまく動かせなくなる。多量に吸引すると呼吸困難に陥って最悪死ぬ可能性もある危険な毒だが少量なら許可されている。拡散されているとは言ってもさすがに現在使用されている量はどう考えても多い。どうしてあれだけの量の使用を大会の運営側が許可したのか。

あれでは煙の中にいる黒装束の少女とプロレスラー少女が危険ではないか?

突撃を仕掛けた少女は草に足を取られた後、地面から隆起した土壁に腹部を強打されて、気を失い試合は終了。すぐに煙は消されてサクティ魔導学園の少女達は救護班に運ばれていった。



大会5日目の試合が全て終わり、俺はカオル達に労いの言葉をかけた後、学園長にホテルの1室へ呼ばれた。

呼ばれたのは俺だけではなく、講師の部へ出場講師全員。


「さて諸君。集まってもらったのはほかでもない」


集められた講師全員が座ったところで上座に座る学園長は沈痛な面持ちで口を開いた


「今回のマジックリミット・ウォーの結果は皆も知っていよう。すでに新人の部男子が初戦敗退。一般の部女子も第2試合敗退。明日の決勝までわからんが諸君らが優勝できるかどうかが今回の総合優勝を左右することは間違いない」


学園長の醸し出す重苦しい雰囲気に当てられて集まった多くの講師の顔は暗い。

出場する講師には総合優勝できない場合の予算削減について学園長から話をされている。

予算削減は講師の給料にも影響する。他人事ではいられない。

そんな中、大会が終われば夜間講師をやめようかと考えている俺と隣に座るAランク冒険者のソフィア講師の反応は薄い。

俺は講師をやめれば給料などは関係ないし、Gクラスの境遇はこれ以上悪くなるにしても限界があるため、さほど影響はない。

ソフィア講師もAランク冒険者としての稼ぎの方が学園の給料よりも良いはずなので多少減ったところで痛手ではないのだろう。

学園長の視線にもどこ吹く風。あまり気にしていない。


「そこで優勝者には学園から優勝賞金と同額の臨時ボーナスを出そう」


学園長の言葉にこの場にいる講師全員が驚いた。

講師の部の優勝賞金といえば個人では数年は遊んで暮らせるほどの額。

それはいまの学園にとって決して少ない額ではない。

それほど総合優勝できなかった場合に削減される予算が大きいということか。

本来賞金は国に支払われるため優勝しても講師には一銭も入らない。

そのため、出場する講師のやる気は高くないのだが、今大会では優勝賞金の同額を学園側が支払う。

先ほどまで全くやる気を見せなかったソフィア講師の顔が真剣なものに代わる。

ガタッ。

ソフィア講師が急に立ち上がったかと思ったら学園長に詰め寄った。


「じじい、いまの言葉本当だろうな」


先ほどどうでもよさそうにしていた顔が嘘のように獰猛な肉食獣のような目で学園長にすごんでいる。


「もちろんじゃ」

「よし、それなら本気で優勝を取りに行ってやろうじゃないか。これは楽しくなってきたな」


首を縦に振った学園長を見て、ソフィア講師はやる気に満ち溢れた表情で部屋を出て行った。同室していた他の講師も全員が先ほどの暗い顔が嘘のようにやる気に満ち溢れた表情を浮かべて部屋を後にする。いまから特訓でもするのかもしれない。

俺以外の講師がいなくなり静かになった部屋で「シン君」と決して大きくない学園長の声がはっきりと聞こえた。

顔を向けると真剣な目をした学園長がまっすぐこちらを見ている。


「儂は君に一番期待しておる。頼んだぞ」

「善処します」


こう言っておけば、負けてもいいわけが出来る。

予定としては初戦敗退、残りの大会期間中は観光するつもりだ。

賞金が欲しくないかと言えば嘘になるが、公都までの1ヶ月観光できなかった鬱憤を晴らすため計画を変えるつもりはない。

これ以上話はないようなので早々に退室し、ホテルの自室へ戻った。



翌日。マジックリミット・ウォーの新人の部決勝戦。

イレミア皇国ホープン学園VSベスティア獣王国ベスティア学園。フィールドは森。

魔術を使わない状態で人族が身体強化をしたかのように動ける獣人族を相手にカオル達は一体どんな戦いをするのか。

ベスティア学園はロンドベル学園との試合同様、3人で攻めるようだ。

牛の顔に人の身体をした大柄な牛人族の少女。武器は戦斧。

獅子顔に人の身体をした獅子人族の少女。武器は大剣。

人の身体に熊の耳と尻尾を持った人熊族の少女。武器はガントレット。

対するホープン学園側は石板の前に集まっている。いや少しカオルとリムが前に出ている。

試合開始の合図とともにベスティア学園の少女達が一斉にホープン学園側の石板へ突撃する…が途中でその足取りは次第にゆっくりとなり、首がいたくなるのではないかと言うくらいの角度で上を向いた状態で立ち止まった。

少女達の前に立ちはだかるのは高い土壁。それが石板を囲むように聳え立っている。

上空にキラリと光るものが飛翔し、ドンッと自分たちの石板がある方角から土煙があがった。

直後に試合終了の笛が会場に響いた。

カオル達がしたことは土壁を使って石板を守り、土壁と共に上にあがったリムが上から敵の石板がある位置を確認し、一緒にあがったカオルがその場所に投げ槍を行うというシンプルな作戦。敵が来るまでに魔術を完成させるサラの魔術発動速度、森の中から石板を見つけるリムの目、正確に教えられた場所へ槍を投げるカオルの技術があって初めてできる作戦だった。少し面白みには欠けるが印象には残る試合に自然と拍手を送った。

こうして、サクティ公国は男女ともに3位のため、新人の部優勝はイレミア皇国に決めた。

一般の部では男子はローエン・イレミア率いるチームが優勝したが女子でサクティ魔導学園が優勝を決めたため、結果10点差によってサクティ公国が優勝した。

新人の部及び一般の部終了時点の各国合計得点と順位は

イレミア皇国ホープン学園1290点…1位

サクティ公国サクティ魔導学園1220点…2位

ベスティア獣王国ベスティア学園1100点…3位

フェイト聖王国フェイト聖教学園900点…4位

ホリア連合王国ロンドベル学園870点…5位

となっている。

開催国が優勝することが多い中、現在イレミア皇国が1位につけている。イレミア皇国の得点の約半分に皇族3人が関わっていることから今後他の生徒の実力をあげなければ来年は厳しい結果が待っているだろう。

さて、明日から3日間武術・知識・魔術の順番で行われる講師の部。

初戦から負ける予定なので、いまからどこに行くか調べておかなければ、ホテルに帰ると真先にホテルのコンシェルジュに公都の観光名所などを聞きに行った。

お読みいただきありがとうございました。

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