2-12ダンジョン
休み明け初日。いつもと変わらない講義を終えて、夜間講義も無事に終わった。
生徒のいなくなった屋外訓練場の片づけをしていると誰かが屋外訓練場に入ってきた。
「ジン先生。昨日はお世話になりました」
入り口からは姿を現したのはカタリナさん。
『どうした。夜間講義は終わったぞ』
凸凹になった地面の整地が終わり、これから帰ろうかと思っている時の訪問。
どうしたのかと思っていると突然カタリナさんが頭を下げた。
「ジン先生、私に個人講義をして頂けないでしょうか」
頭を下げているカタリナさんを見ながら、思考はフル回転していた。
さて、どうしようか。困った。非常に困った。
講師として個人に特別な講義をすることはできる。出来るのだがそれは学校側に認められてのことになる。
学校を通さずにしていることがばれたら、どんなに講義をしていたと言っても生徒と個人的にあっていたと噂が立ちかねない。
そうなれば、懲戒処分を受ける可能性がある。
彼女はそれをわかっているのだろうか?
『なぜ学校を通さない』
とりあえず、学校を通してもらうようにお願いをする。
「学校側に支払うお金がありません」
直後に切り返された答えに言葉を失った。
個人講義を学園に願い出る場合は授業料に追加でお金を要求される。
講師へ支払われる報酬と場所を提供する学園側の両方の料金が含まれるため講義回数によるが個人講義は高い。
親からどれだけ支援を受けているかはわからないが、そういう理由なら仕方がないか。
『わかった。明日から夜間講義が終わった後の1時間を君の個人講義に当てよう』
「本当ですか。ありがとうございます!」
講師として生徒から頭を下げられたら断りづらい。彼女の思いをしているからなおさら断るのは気が引ける。仕事と割り切ろう。
こうして夜間講義後の1時間がカタリナさんの個人講義になった。
◇
今週はカタリナさんの事以外特に何事もなく、光曜日を迎えた。
今日の特別講義は先週と同じ平原で行う。講義内容はマジックリミット・ウォーの練習だ。
マジックリミット・ウォーは3対3のチーム戦。
各個人は試合ごとに自らが使える魔術の中から大会が指定する殺傷性が高い魔術や使用により後遺症又は副作用が大きいと認められている一定の魔術以外から1つだけ選択して試合中使うことが出来る。また、殺傷性が高くない事及び魔術付与がされていない武器の使用も認められている。
勝敗はチーム全員が戦闘不能になるか、各チームに与えられる石板を破壊することで決まる。石板自体に特殊な加工はされていないため、魔術を使わなくても破壊することは可能。
そのため石板を破壊されることを危惧するなら、物質強化魔術を使用しなければならないがそうすると1人は戦闘中に有効な魔術を使えない。
どの魔術を選択するかによって勝敗が大きく左右されるのがマジックリミット・ウォーである。
今回の練習のために3体のランドバローを用意した。武装は刃引きした剣。
それぞれに1つ魔術を使えるようにしている。使える魔術については対戦するカオル、サラ、リムには教えていない。
2つの石板を大会規定の距離をあけて置き、両チームが位置についたことを確認して「始め!」と開始の合図をする。
ランドバロー達は石板の前に陣取り動かない。まずは様子見だ。
カオル達はサラを石板の前に残して、カオルとリムが向かっていく。
それに合わせて、ランドバローがそれぞれ1体ずつ迎撃に向かう。
カオルとリムにそれぞれ剣が振り下ろされたがカオルは無刀取りをして投げ、リムは小柄な体をいかして躱した。そして、どちらも対峙したランドバローを放置して石板へ向けて駆ける。
駆ける速さは先ほどまでとは明らかに違う。どうやら身体強化を選んだようだ。
石板を守るランドバローの攻撃も避けて、2人はとうとう石板に向ってカオルは刀を、リムは飛び蹴りを行う。しかし、石板に当たる直前に両方とも攻撃を弾かれた。
石板を覆うように現れた透明な結界。使用中は常時魔力を消費するため長時間の使用はできないが非常に便利だ。
時空魔術が使える者がほとんどいないから、練習として使うのはどうかと思ったが、最初は負けさせて、どんな相手がいるかわからない以上油断しないようにと注意喚起をさせるためにあえて使用した。
結界により攻撃を防がれた2人は危険を感じたのかすぐさまその場から後ろに飛んだ。
直後に石板周囲の草が伸びて2人の足に絡みつこうとするが躱されてしまった。
カオルとリムは攻撃目標を石板から結界を張っているだろうランドバローへ変えた。
しかし、そう簡単には攻撃させない。結界を張っているランドバローの周囲が突然沼地に変わる。沼地にはまった2人は泥まみれでうまく動けないでいる。
その間に2体のランドバローがサラに接近。これで決まったかに思えたが、突風により、2体は開始位置まで吹き飛ばされた。と同時にパリンッと結界が壊される音が聞こえたので、視線を動かす。
泥まみれになっているカオルがランドバローを倒したことで結界が破壊されたようだ。
そして、結界が無くなった石板をリムが殴って破壊した。
(まさか負けるとは…)
自信があっただけに負けたのは悔しいが予想以上に3人は強かった事が分かってよかった。次の試合のためにどうするか考えていると怒った表情のリムと目が笑っていない笑顔を浮かべたカオルとサラが近づいてきた。
「どうした」と聞くとリムが駆け寄り、上着の裾を引っ張りながらジッとこちらを睨んでいる。
白かった服は泥が染み込み黒く染まり、これは汚れを落とすのは大変だとわかる状態になっていた。
しかし、睨んでいる表情も可愛かったので、頭をなでると、一瞬嬉しそうな表情をしたが、嫌々と首を横に振って、再び睨まれた。
(さすがにこれではごまかせないか)
仕方がないので、今日のマジックリミット・ウォーの練習は中止し、先週と同じように各練習設備を作ることにした。
そして、直近の課題である泥まみれになったことについてはアイテムボックスから<シャワールーム>と替えの下着を用意することで許してもらう。
リムサイズの下着は持ち合わせていないので、ぶかぶかではあるが我慢してもらうしかない。
<シャワールーム>を取り出した時にリムは目を丸くしていたがカオルとサラはあまり驚いていなかった。
少し以外だったがもしかしたら似たような魔道具があるのかもしれない。
3人が<シャワールーム>を使用した後は各自練習を行ってこの日の特別講義は終了となった。
「シン、ちょっと聞きたいことがあるのだが今大丈夫か?」
平原を元に戻す作業を終えると、解散後も理由も言わずに残っていたカオルが話しかけてきた。
「大丈夫だがどうかしたのか」
「明日の休みはどうするか決まっているか?」
「…明日はダンジョンに行くつもりだがどうかしたか?」
先週行く予定だったが、サラの件で延期したダンジョンに行く予定を今回は変えるつもりはない。
「それはちょうどいい。では私も一緒にダンジョンへ連れて行ってくれ」
「………は?」
「何言ってんだ」と内心思ったが口には出さないようにした。
そもそも皇女が1人で出歩いていいのか?
「いつも休みの日は1人でいるから心配はいらない」
こちらの聞きたいことを予測したのか。先に回答された。
だが、命の危険があるダンジョンに皇女を連れて行き、もしもの事があれば責任は負えない。
だから断ろうと思ったのだが…
「お願いだ。私をここから連れ出してほしい」
カオルから身体が密着しそうなほど近づいて、上目遣いにお願いされた。
いつも凛としているカオルが甘える様な仕草をしながら懇願されたのですごい衝撃があった。
誤解を招く言い方をするな!と内心思う反面。「1回ぐらいいいのでは?」と頭の中でささやきが聞こえる。
そのささやきに抗い「どうしてそこまでして一緒に行きたい」と聞いたが、すぐに後悔した。
不憫すぎる!理由を聞いて最初に感じた感想がこれだ。
凛としていて女性からの支持も高い、誰からも声がかかると思うが、周囲からしたら近寄りがたい存在と思われているらしい。…確かにそんな雰囲気がある。
それに周囲から期待される視線を常に受けるため、寮の自室からあまり出ることが出来ないそうだ。…注目を浴びるのも大変だな。
近寄ってくる者も皇女という肩書に目がくらんだ者や東部公爵と近づきたい者達ばかりで、ストレスが溜まって発散がしたい。…皇族も大変だ。
「明日の2回目の鐘が鳴る時間に屋外訓練場の入り口で待ち合わせしよう。ただし、誰にも気づかれないようにしてくれ」
「連れて行ってくれるのか!わかった。誰にも気づかれないように行くと約束する」
こうして、明日カオルを連れてダンジョンに行くことになった。
◇
翌日早朝。屋外訓練場入り口。
黒竜甲冑を着て誰にも見られないように隠れていると動きやすい服に胸当てなどの動きを阻害しない装備をしたカオルがやってきた。
姿を現して「カオル、おはよう」と朝の挨拶をすると、一瞬驚いたがすぐに笑顔で「おはよう、シン」と返してくれた。
その後、カオルからどうやって行くのか聞かれたので「転移を使う」と答えた。
昨日カオルと別れてから迷宮都市へ行き、ダンジョンの入り口まで行って戻ってきたので、この場から行ける。
ダンジョンの入り口に近い人気の少ないところに転移する。
迷宮都市には3つのダンジョンがある。
今日入る予定のダンジョンは<森林ダンジョン>。
香辛料や木の実、果実等が手に入る。
ただし、このダンジョンに挑む際には必須の装備がある。
手袋、耳栓、長靴、盾、マスク、の5つ。どの階層まで行くかによるが最下層まで行くならこの5つが必須の装備である。これら持たずに入る者は決してこのダンジョンから無事な状態で生きては出られない。
俺は黒竜甲冑を着ているため問題はないが、カオルには厚手の手袋をつけてもらう。ライにはいまのところ必要ない。
さて、準備は万端入り口で入場料として銀貨1枚が必要になるが従魔は無料なため合計銀貨2枚を係の職員に渡して石で出来たダンジョンへ入る。
入り口に入って石造りの廊下を少し歩くと廊下が終わり、森に出た。
<森林ダンジョン>の1階層で手に入る主に果物が手に入る。
何もせずに通り抜けるだけであれば何もされない階層だが、果実が実っている場所に問題がある。
果実を手に入れるには高さ10m以上をよじ登るか果実を支えている細い枝を撃ち抜いて落として手に入れる必要がある。
もしも、幹や木そのものを切ろうとしたりすると、実っている果実がものすごい勢いで飛んでくる。
そうなれば、命の危険があるだけではなく、果実に傷がつき買い取ってもらえない。
毎年多数の重軽傷者をだす階層だが、慎重に取っていれば殆ど命の危険がないため、人気の階層だ。
今日は時間と労力のわりに報酬が低いため、次の階層へ行く。
第2階層は耳栓と長靴が必要になる湿地帯。
ここでは元の世界でのワサビやニンニク、ショウガと言った香辛料を手に入れることが出来るが抜いた瞬間絶叫するため、毎年気絶者を出す。そして、一定時間動かないでいると足場が沈んでいき、息が出来ずに窒息死する者が出る。
そのため、この階層では絶対に1人で挑んではいけないと言われている。
ライには影に入ってもらい。カオルと二人で、抜いていく。
耳栓である程度の絶叫は聞こえないようになるが「ころさないで―」や「見逃して―」と言った言葉が多少聞こえてくる。
叫び声は試練のダンジョンで何度も体験した事がある。
慣れはしないが耐性はあるので、ある程度順調に抜くことが出来る。
「犯すぞこのアマ―『バシッ』。なにすん『バシッ』。ええかげ『バシッ』。ちょ、調子乗りました勘弁してください」
以外だったことはカオルが問題なく抜いていることだ。大抵の人間は精神的ダメージを受けるのだが、全く気にせずに湿地帯とはいえ、無言で表情一つ変えずに地面に何度も叩きつけて最後には謝らせている。カオルを怒らせないように気をつけよう。
2時間程抜いたところで休憩を挟み、歩きながら食べられるスティックタイプの栄養補助食品を食べながら第3階層へ降りた。
第3階層は一言で言えば戦う植物がいる階層。
高さは種類により異なるが、身体を鞭のようにして攻撃を仕掛けてくる。
2mのシナモンが葉を手裏剣のように飛ばしてくるので、鋼鉄製の盾で防ぎながら近づき、枝を鞭のように使ってきたら切り落として、根元まで近づくことが出来たら輪切りにする。
その他山椒や紫蘇等の植物と戦いながら香辛料を手に入れる。
この階層で一番活躍したのがライ。一瞬で近づき、鋭い爪で切り裂いていた。
第4階層は色々な実が飛んでくる。中でも凶悪なものが1m程ある栗やクルミ、尖った唐辛子。飛んできた実をまともに受けると生身であれば即死する可能性もある。一定間隔で断続的に攻撃が来るため、全身を覆うことが出来るタワーシールドで防ぐ、攻撃が止んだら、実を回収してまた防ぐ。これを実が無くなるまで繰り返す。
階層の難易度が高いため挑む者はほとんどいない。そのため冒険者は第3階層まではいるが第4階層より下にはほとんどいない。今も視界に冒険者の姿はない。
実が無くなり、再び実がなるまでの間に第5階層へ降りる。
第5階層は第4階層までになかった香辛料になる植物が群生している。
この階層でマスクが必要になる。
少しでも吸い込むと危険な香りが漂っているため、念のためにガスマスクを被ってもらう。
普通のマスクの場合は多少であっても吸い込んでしまうため、長時間滞在すると幻覚をみて仲間同士で殺し合うか眠りに落ちて一生目を覚まさない危険な階層だが、ガスマスクを着けていれば当分の間は心配する必要はない。
ここで全種類をある程度確保してから最後の階層である第6階層に降りる。
この階層は少し特殊な階層だ。薬草と毒草、食用キノコと毒キノコが生えている。
どれも似た物が一か所にあるため、間違えて持って帰ると大変なことになるが俺個人としてはどちらも使い道があるので関係なく採取する。
こういった時にアイテムボックスは便利だ、鑑定する必要がなく自動で仕分けてくれる。
最下層まで来たので今度は戻らないといけない。ダンジョン内では転移が出来ないため、降りてきた時と同じように地上へ戻らないといけないことも冒険者が第4階層より下に行かない理由の1つだ。
ダンジョンを出るとすでに夜になっていた。
折角なので、迷宮都市の飲食店で食事をしてから学園に戻った。
「今回採った香辛料は全てシンが貰ってくれ」
カオルに今回採った香辛料などを半分渡そうとしたらこういわれた。
「かわりに再来週から2週間に1度、ダンジョンへ連れて行って欲しい」
その程度の事なら問題ない。カオルはダンジョン内でもしっかりと動けていたから足手まといになることはなかった。こうしてカオルと2週間に1度ダンジョンに行く約束をして別れた。
しかし、なぜ毎週ではなく2週間に1度なのか。何か頭の片隅に引っかかるものを感じたが、あまり深く考えずに寮の自室へと戻った。
お読みいただきありがとうございました。




