2-11特別講義
入学して5日目。
「シン、おはよう」
「おはよう。カオル」
俺達が登校していると必ず通る1号館エントランスホールにカオルとマティアスが待っていた。カオルから「一緒の講義を受けるのだから一緒に登校しよう」と誘われ、今更断っても手遅れと思い頷いた。
1号館を出ようとする時に玄関の横にある赤い石板へ昨日受け取った手紙の返事を書いた手紙を投函する。
「もしかして、昨日の手紙の返事?」とエルに聞かれたので、「そうだ」と答えるとなぜかカオルに「誰からだ」と詰め寄られた。言ったらまずいことになるため、明言を避け「返事をしないと後が怖い相手」と答えた。
俺の答えを聞いてからカオルが考え込み始めた。
カオルが考え事をしている間に1限目『一般常識』が行われる教室へ到着した
◇
学園長室
「これが特別講義で担当してもらう生徒とその生徒が出場する競技じゃ、それと大会規則が書かれたルールブックも渡しておくから目を通しておいてくれ。あとシン君に出場してもらう武術の部と魔術の部のルールブックも一緒につけておくからこちらも目を通しておいて欲しい」
3時限目『魔術基礎』の際に、リーナ講師が意図的に俺と顔を合わさないようにしていた以外、特に何事もなく、全ての講義が終わり、明日の休講日を前に学園長から呼び出しを受けた。
ソファーに座った直後に机に置かれた生徒の情報が書かれた6枚の紙と冊子が1つ。
「なぜ出場が1つではないのですか?」
「あのアレクの孫で、ソフィア君と互角以上に渡り合えるのじゃから、当然2つじゃ」
1つかと思っていたら2つも出場されられるとは予想外だった。これはさすがに無報酬では納得できないと思っていたら、気持ちを読んだように学園長から「当然学園からも報酬を出す」と言われた。
「報酬と言っても学園にたいして金はないし、珍しいアイテムもない。う~む。何か欲しいものはあるかね」
腕を組みながら、うねる学園長はちゃっかり報酬にできない物を提示している。金もアイテムもダメとなると他に思いつくのは…
「それなら、学園の卒業証書と学園の図書館にある本をください」
「…それは、大会後に講師をやめるということかね」
「状況次第です」
「図書館にある本とはどれくらいじゃ」
「生徒が殆ど見ない本等を貰いたいと思います。例えば『老後生活のすゝめ』等です」
学園長は「背に腹は代えられないかのう」と言って、魔力を帯びた紙を2枚取り出し、それぞれの紙に魔力を含んだインクで文字を書いていく。最後に自身のサインをしてからこちらに差し出した。
「この内容でよければサインをしてくれるかのう」
学園長からペンを受け取り、紙に書かれた内容を読む。
先ほどまで話していた内容について書かれている。
学園長が書いたのは重要な商売でよく使う魔術による効果付きの契約書。
今回の場合は『特別講義及び大会への出場を条件に卒業証書と図書館にある生徒がほとんど見ない本等を報酬として渡す。違反した場合、報酬は自動返還される』。
細部まで読んでからこの内容なら問題ないと判断し、サインした。
契約書の片方と学園長の署名入り卒業証書を懐に入れて、学園長室を出る。
次に向かったのは図書館。契約書の通り、地下1階、2階に蔵書されている禁書や学術論文、講師用の専門書を全てアイテムボックスへ入れて、地上3階にある『老後生活のすゝめ』を抜き取り、寮に戻った。
夜間講義のために屋外訓練場に行くと、昨日までいなかったマティアスが参加していた。
「うおおおおお!」
「頑張れカルロス!お前なら出来る」
素振り用の木剣を使い、腕が震えているが懸命に素振りをするカルロス。その額には大粒の汗。その横で握りこぶしをしながら声援を送るマティアス。彼の手には革製の水筒。
中身はもしや…
昨日の武術基礎から仲良くなった2人は一緒にいるところをよく見かける。
カルロスは相変わらずだが、マティアスの方は…いや、まさかな。
頑張ることは良いことだ。カルロスもここ数日で少しずつ筋力の数値が上がっている。
この調子でいけば、卒業までにはDか、もしかしたらCまでいくかもしれない。
その後、夜間講義の開始時間になったので、マティアスの試合を見ることにしたのだが、Aクラスとまともにやり合えるのがカオルとサラしかおらず、マティアスがカオルとは戦えないというのでサラにお願いしたら、開始早々介入することになり試合は終了。
マティアスは弱くはないはずなのだが、サラとの実力差がありすぎて試合にもならなかった。これでは実力や癖等の判断できない。結局、俺自身が相手をすることになった。
マティアスはよく言えば、全てが優秀。大抵のことはできるが、個性がない。
誰かに教えられたマニュアル通りの動きをしているようだった。
カオルやサラとは違った意味で教えることがない。
次回の面接時に本人の考え方に合わせて講義内容を調整しよう。
その後、面談を終えるとカオルとサラに捕まり、2対1の試合をさせられた。
(この2人の動きどこかで見たことがあるような気がする)
攻撃を受け流し、時に躱しているとそんな考えが頭をよぎったが気のせいだろうと頭から考えを追い出して、飛んでくる攻撃に集中した。
結局、今日も午後11時まで講義をすることになり、部屋に戻るとシャワーを浴びて、ほとんど外に出してやれないライを影から出してブラシで梳いてやる。
「主、明日は外に出てもいいですか?」
「そうだな。講義の間大人しくしているならいいぞ」
「本当ですか!?もちろん、主の迷惑になるようなことは致しません」
明日の特別講義は学園都市の外で行うため、最近影の中でじっとしていることが多いライの気分転換には良いだろう。
「シン。僕もライちゃんを撫でてもいいかな?」
「お前は主をいじめるから嫌だ!」
「『ライ』、俺は気にしていないから少しぐらい触らせてやってもいいだろう」
「…主がそういうなら」
「シン、ありがとう!ライちゃーん」
「お前!調子に乗りすぎだ。決して僕はお前を許した…クーン」
触ってもいいと言った直後、エルがライに突撃。俺が撫でている光景を見ていた為、ライの弱点を知っているエルの猛攻を防ぐことが出来ずにライは最終的に痙攣するほど撫でられたり、揉まれたりした。
目に涙をためて震えるライを慰めながら明日に備えて寝ることにした。
◇
この世界の暦は1年360日、1ヶ月30日、1週7日。
1週は火曜・水曜・風曜・土曜・雷曜・光曜・闇曜により構成され、学園では火~雷は講義日、光・闇は休講日にしている。
そして、光曜日に朝から夕方まで行われる特別講義。必要な道具を学園から借りて、講義が行われる学園都市の外に広がる平原に来ていた。
「いくぞ、ライ」
「ワン!」
開始1時間前に来た俺とライはまだ誰も来ていない平原で木を削って作った円盤を俺が投げて、ライがとるという遊びをしていた。
最近遊んでやれていなかったので、この機会にしっかり遊んでやろう。
投げてはライが空中でキャッチして、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら戻ってきてはまた投げる。それを何度も繰り返している時だった。
俺が投げた円盤を突如ライの横を通り過ぎキャッチする存在が現れた。
頭の上には狼の耳、スカートの下からふさふさの尻尾の先が見える飴色ショートヘアーの女の子。
身長が俺の臍ぐらいしかない女の子は両手を伸ばしてキャッチ円盤を大事そうに両手で抱えて、トコトコと近づいてくる女の子。
目を丸くして、顎が外れるのではないかと思うくらい口を開けながら固まっているライの横を通り過ぎて、目の前にやって来た女の子は円盤を差し出した。
その姿が小動物のように可愛かったので、つい頭を撫でてしまった。
嬉しそうに目を閉じている姿にほっこりしていると後ろから視線を感じた。
撫でる手を止め、恐る恐る振り向くと、犯罪者を見る様な目をしたカオルとサラがいた。
「これはちが……」
しまった。咄嗟に声が出てしまった。
よりにもよって夜間講義に来ている2人の前で…
『2人とも、よく来た。これで全員揃ったので早速自己紹介をしよう。といっても2人とはすでに夜間講義でしているので必要ないか』
ここは先ほどの事はなかった事として話を進めよう。
俺が担当する生徒はここにいる3人。
新人の部は5つの競技(マジック・ラリー、ウォーター・スライド、アートリビュー・ピラー、スピード・コレクト、マジックリミット・ウォー)が行われる。
マジックリミット・ウォーは男女各3名の6名、他の4競技は男女2名ずつの計16名が出場できる。
1人が最大2つの競技に出場できるため、今回の新人の部出場者はAクラス全員と足りない2名分をBクラスから選別するため、出場者は12名。
さらに各競技の補欠として5名がBクラスから選出されるため最終的に計17名の1学年生徒が大会に行くことになる。
当初はその内、男女合わせて6名の生徒を担当することになっていたが、男子生徒3名が夜間講義でGクラスの生徒を教えている講師だと知り、担当変更願いを出したと今日の朝、学園長から学園郵便が届いた。担当変更願いを出した男子生徒達は他のAクラスを担当している講師の下へ移るらしい。
残った3人が出場するのはウォーター・スライドを除いた4競技。
先ほどの女の子の名前はリム。この子もたった10人しかいないAクラスの生徒の1人。
優れた動体視力と身体能力を持っているためスピード・コレクトとマジックリミット・ウォーに出場する予定だ。
初回の特別講義が平原になった理由は元々の担当であったソフィア講師とホセ講師が練習用施設を利用するためにしていた予約が担当変更により、全てキャンセルになり、キャンセル待ちをしていた他の講師に利用権が移ってしまったためだ。現在学園長が利用権を得た講師と交渉中だが、キャンセル待ちをしていた講師の担当が一般の部の生徒のため、得られるポイントを考えると一般の部を優先する可能性が高いと学園長はこぼしていた。
そこで、今いる平原を利用する許可をもらった。
練習する場所がない?それなら作ればいい。
さて、取り掛かろう。
「ジン先生。声が出ていますよ」
正面に立ったサラから、声に出して説明していたと指摘された。
「ジン先生。いや、シン。もう手遅れだ」
肩に手を置かれて、諭すようにカオルから語り掛けられる。
「なぜ…俺がシンだとわかった」
「一緒に講義を受けてたくさん話しただろう?多少声が変わってもわかる」
まさか、学園長が危惧した通り、声でわかったというのか?
どうする。これがばれると今後の平穏な学園生活に支障が…
「ちょっと、カオル。一緒に講義を受けたってどういうことよ。約束が違うわ」
「ふん、サラこそ。シンに手紙を出していたではないか。明日にでも一緒に出掛ける予定でもしたのではないのか?」
「な、なんでそのことを…」
「手紙の存在を知った時からお見通しだ」
2人が何やら言い争いをしているが、俺はそれどころではなかった。
膝を突いて、四つん這いの状態で落ち込んでいる傍にトコトコとリムが近づいてきた。
リムは俺の背中を優しく撫でてくれる。甲冑を着ているため、直接撫でられていないが、慰めようとしてくれる気持ちは伝わってくる。
俺は起き上がり、リムの頭をなでながら傷ついた心を癒す。
ふうっと、少し気分が落ち着いてきた。
顔を上げて周囲に目を向けると言い争いを続けているカオルとサラ。
そして、カオルとサラを見つめながら耳をペタンと倒し、尻尾を股に挟んで震えているライ。
ライが震えている所を見たのはこの世界に来て初めてだ。
どうしてあの2人を見て震えているのだろうか?
「じゃあ、そういうことにしましょう」
「そうだな」
握手をする2人。言い争いは終わったようだ。
さて、だいぶ時間を取ってしまった。早速作業に取り掛かろう。
地面に両手を置き、作りたいものをイメージする。そして、一気に魔力を流した。
ゴゴゴゴゴゴゴと平原が隆起していく。
最初は外から見えないように周囲を囲うように高い壁。
次に22本の柱と全ての柱を見ることが出来る2つの台を壁内の中央に作る。
柱は左右に3本・4本・3本の順番に並んだ11本柱が聳えたち、両端にある台に選手が登り、制限時間内にどれだけの柱を倒すことが出来るかを競うアートリビュー・ピラーの試合会場が出来上がった。
11本の柱は全て色が違う。それぞれの柱に11属性が付与されており、それぞれの柱に効果的な攻撃をすればそれだけ早く倒すことが出来る。
魔術スキルを多く持っている者の方が有利ではある。しかし、スキルのレベルや魔力量なども関係するため、単純に多数の魔術スキルを持っている者が勝てる競技ではない。
ホープン学園にもこの競技を練習できる施設が一つだけあるが、一度に膨大な魔力量が必要なため、一日一回しか使用できない。
環境は作った。この競技に出場するサラに自主練をするように伝えて、次は壁の右端に移動する。スピード・コレクト用の黒い石板を設置して、そこから直線で50m離れた地点に白い粉で丸い円を描く。円の中にリムが入るのを確認してから石板に魔力を流す。
スピード・コレクトは黒い石板に次々に現れる光の点を制限時間内にどれだけ魔術で作った球『魔球』によって撃ち抜けるかを競う競技。球の種類は何でもよい。
光の点が現れる場所はランダム。光は動きながら徐々に大きくなるが小さい光に当てた方が高いポイントを獲得することが出来る。
5分間の5セットを交互に行い、より多くのセットを取った方が勝利する。時間が経つほど現れる光の数と動く速度が速くなるので、どれだけ早く魔球を作り、離れた場所から、正確に光にあてることが出来るかが問われる。
魔力を流す役としてライを残して、最後にカオルと一緒に壁の反対側に移動する。
最後に作るのは一回り大きなテニスコート。
マジック・ラリーとはラケット状の杖を使い、魔力への耐久性が高い素材を使った球を打ち合う競技。先に3セット先取した方が勝利する。
使用するのは大会規定のラケット。魔術を無くせばテニスをするのと変わらない。
カオルのサービス。高く投げられたボール、振るわれるラケット。飛んでくる球からは青白い線がほとばしり、ズドンと地面を抉り、後ろの壁まで跳ねた。抉れた箇所は焦げて黒くなっている。
マジック・ラリーは身体能力に圧倒的差があれば別だが普通は常に身体強化をした状態で臨まなくては打ち合いにもならない。そのため、魔力を常時消費する。
加えてボールに自身が使える属性に変換した魔力を流すことが出来るため、先ほどのように雷属性魔術が使えるカオルは雷球を飛ばすことが出来る。
球を打ち返すときはラケットを魔力により強化していないと最悪ラケットが折れる。
対戦相手が球に込めた属性を瞬時に読取、対応する判断力と魔力消費を少なく抑える技術を必要とする。
カオルが次のサービスのため、ボールを高く投げる。ラケットから打ち出された球は光球のようだ。光り輝く球は実体の大きさを正確にとらえることが出来ない。
高速で飛んでくる光球を今度は身体強化により、強化された視力が球を捉え、着地点に移動して、ラケットに闇属性に変換した魔力を流した。
光球を打ち返す際、光球の魔力を闇属性の魔力で打ち消し、次に球へ自身の魔力を流す。
このように相対する属性を使うことが出来れば最も魔力消費を少なく打ち返すことが出来る。
それから、何度も属性を変えながら練習を繰り返した。
◇
日が沈み、灯りが通りを照らす時間になった頃。
特別講義を終えて、カオル達が学園都市へ帰った後、壁の撤去などの後片付けをしてから、学園都市に戻ってきた。
(本当にここなのか?)
目の前には学園都市でも超がつく会員制高級レストラン。入り口には黒いスーツにサングラスをかけた強面の警備員が2人。
ジン講師としての秘密を他言しないようにするための口止め料として今日の夕食を奢ることになり、指定された場所に来たのだが、自身の服装(甲冑)が非常に場違いな印象を受ける。
店の前に突っ立っていると警備員が近づいて職務質問を受ける羽目になった。
身分証を提示するように言われたが、持っている身分証の名前は全て『シン』。最初に聞かれた時に名乗った名前は『ジン』。『ジン』と記載された身分証は持っていない。
身分証を出せずに黙っていると警備員の1人が都市警察を呼びに行こうとしたまさにその時、1台の馬車がやってきた。
馬車は店の前に止まると、御者が踏み台を扉の前に設置すると扉を開いた。
中から現れたのは白いシャツに黒いタキシードを着たカオルと赤いドレスを着たサラ、白いドレスを着たリムだった。
カオルはなぜドレスではないのだろうか?と思いつつもドレスコードしている3人にどうして先に教えてくれなかった!と思いながら警備員と共にその光景を見ていると、こちらに気が付いた3人が近づいてくる。
「ジン先生が何かしたのですか?」と警備員にサラが聞いてくれたので、警備員が「サラ様のお知合いでしたか。失礼いたしました」と引き下がってくれた。
こうして、危機を脱した俺はカオルとサラが警備員に提示した会員証により、入店することが出来た。
「いらっしゃいませ。4名さ…まですね」
店内に入ると、高い天井に磨き抜かれた石の床、高そうな調度品。そして、出迎えたのは笑顔を浮かべたエル。
黒いメイド服に白いエプロン、他の女性店員も同じ服装なので恐らくこれが制服なのだろう。胸のあたりに『エル』と名札を付けているので間違いない。
「私はエルトリーシャと申します。席にご案内します。どうぞ、こちらへ」
エルはサッと名札を外して、ポケットにしまい。自己紹介をしたが、すでに手遅れだと思う。
無理に笑顔を保っている為か頬がピクピクしている。何とか表情に出さないようにしているが逆に不自然だ。
仕事をしている。これ自体に問題はない。しかし、性別を偽っていることが学園にばれるのはまずいのだろう。
カオル達は特に何かいう事も聞く事もせずにエルの後をついていく。
気が付いていないのか、わざと聞かないのかどちらだろうな。
席に案内された後に、メニューを取りに行こうとしたエルを「注文してもいいかしら」とサラが止めた。
「この店で一番高いコースをお願いできるかしら」
バッと思わず、サラの方を見てしまった。
「いいわよね」と聞かれると頷かざるをえない。俺が頷くと、「炭酸水もお願い」と追加で頼まれた。
エルは「承りました」と言って、同情するような目を向けて、奥へと去っていった。
会員制高級レストランの一番高い料理を4人分。いくらになるのだろう?
こんな高級店に入ったことがないため、庶民的な金銭感覚の俺にはハードルが高い。
高い口止め料になったと思いながら、料理が来るのを待っていると、タキシードを着た初老の男性が「失礼します」と現れた。
「当店の支配人をしております。ジョゼフと申します。皇族の方々にお越しいただけるとはこれほど光栄なことはございません。本日は何なりとお申し付けくださいませ」
どうやら、皇族であるカオルとサラへ挨拶をするために来たようだ。
ジョゼフ氏は少し話をしてから、すぐに帰っていった。
それからダンジョン産の走る魚と叫ぶ根菜を使った前菜と石柑という石のように硬い皮をしたオレンジを絞った炭酸水が持ってこられた。
それから全8品のコース料理を食べ終えて、俺はコーヒーを飲んでいると、正面に座るリムが「もっと食べたい」と発言した。その発言に「そうね。味は良かったけど、量が足りないわ」「追加で頼むか」とサラとカオルが答えた。
支払いをする俺を抜きにして話が進み、店員にメニューを持ってこさせて、追加で注文をしていく。
運ばれてくるいかにも高そうな料理たち、俺は店で一番安いドリンクのコーヒーを頼んだ。
「お会計は金貨3枚になります」
言われたお金を支払い。店を出る。3人が馬車で帰るのを見送り、俺は満天の星空を眺めながら、先ほどまでの事を思い出していた。
(リムがあんなに食べるとは思わなかったな)
3人とも遠慮がなかった。若干カオルが控えているように感じたが、それでも俺の倍以上は食べている。サラも上品に食べていたがナイフとフォークが動く速さは最後まで一定に保っていた。
そして、一番多く食べたのはリム。口をリスのように膨らませながら食べていた。
可愛いとは思ったが、頬張っていたのはハーブ暴れ牛の厚切りタンステーキ、銀貨10枚。
もう少し味わって食べてもいいのでは?と思ったが可愛く首を傾げられたら何も言えなかった。
最終的に体積と同じ量の料理を食べているはずだが、不思議と体型が変わっていない。なぞだ。
たった一晩で金貨3枚も飛んでいくとは思いもしなかった。
夜の遅い時間にもかかわらず、遊んでいる生徒達を横目に1人路地裏に行き、周囲に人がいないことを確認して、転移を使って部屋へと帰った。
その後、甲冑を脱いで、汗を流し、綿の服に着替えたところで、エルが仕事先から帰ってきた。
無言で近づいてきたエルは突然抱き着き、耳元で「今日の事、誰かに言ったら潰すから」と俺の股間に握り、笑顔で脅迫してきたこと以外、特に変わったことなく眠りについた。
◇
学園都市にはデートなどの待ち合わせ場所としてよく利用される噴水広場がある。
休講日には多くの若い生徒同士のカップルが良く待ち合わせをしている。
そんな場所にわざわざ7日の内唯一の休日に来て噴水の傍にあるベンチに座り、ワークキャップを目深にかぶっているのには理由があった。それは…
「シン、もう来ていたのね」
視線を上に向けると白いワンピースに白いキャペリン。白い日傘を差したサラが立ってこちらを見下ろしていた。
遡ること3日前。一通の手紙が届いた。
そこには今日の昼12時を知らせる鐘の時間にこの噴水で待っていますと言うものだった。
しかも、手紙の最後に『サラ・イレミア』と書かれていたら、手紙を受け取った前日の面談の内容が頭によぎり、無視することが出来ず、また、断ったらその後どんなことが起こるか最悪の事態を考えて、最終的に苦渋の決断として了承した。
俺に出来ることは誰にもサラと一緒に居たと言う事実を知られないように努めるしかない。
ベンチから立ち上がり正面からサラを見ると絹のような金髪と白い服装が光を反射し、まるで天使のような印象を受けた。蒼い瞳と目が合い、思わずドキリとしてしまったが顔には出ていないはずだ。
ベンチの前で向かい合って見つめていると「おい、あれサラさまじゃないか?」「うそ、隣にいるの誰よ?もしかして彼氏!?」「まさか。サラ様は皇族だぞ!?」と周囲が騒がしくなったので、ここでは人目を惹くと思い、「行くぞ」と手を握って、足早に噴水広場を後にした。
◇
「どこに連れて行ってくれるの?」
噴水広場から離れて、学園都市で最も多くの店が立ち並ぶ通りを特に目的もなく歩いていると、隣を歩くサラから質問をされた。
皇族のエスコートをしろと言われてもどうすればいいかわからない。
そういえば、皇族が1人で出歩いていいのか?
「サラは1人で出歩いていいのか?」
「良くはないわね。でも、たまには自由に動いてもいいと思わない?」
頭を抱えたくなった。先ほど、広場で一緒に居たところを見られている。
一応は誰かわからないように帽子を目深にかぶっているが大丈夫だろうか?
とりあえず、普通の女の子に接するように服やアクセサリーを扱う店等のサラが行きたい店に入り買い物に付き合う。
途中、普通のレストランで昼食をとり、テラスのある喫茶店でたっぷりの果実とクリームが乗ったホットケーキを食べて、最後に公園にある屋台のクレープを買ってベンチに座って待っているサラに手渡す。
「ありがとう」言ってクレープもどきを落とさないように両手で持ってからかぶりつくサラを見ながら隣に腰かけ、自分の分を食べ始める。
(こういうのも悪くない)
当初はダンジョンに行く予定だったが、こうやって誰かと出歩くのも悪くないと思い始めていた。
―ドドドドドドドドド
視線の先に土煙を起こしながら何かが近づいてくる。
次第に近づくその存在はよく見ると犬の耳を持った少女。
どこかで見たことがある気がする少女だが、どこで見ただろうか。
考えている間に少女が飛び蹴りをしてきた。黙って受ける気はないので、風で吹き飛ばし、落下地点に鳥もち弾を少女が白いミノムシになるまで打ち込んだ。殺してはあとで問題になる可能性がある為、顔には当てないように気を付けた
「くそおオオオ、これはなんだ!」
少女は必死に鳥もちを取ろうとするが全く身動きが取れないでいる。
「ミリア。何をしているの?」
サラがクレープを食べ終えて、鳥もちにくるまれた少女の傍に行き、見下ろす状態で、ミリアに話しかける。
「何をして、ではないです!突然いなくなったと思ったら、噴水広場で男と会っていたというではありませんか。お探していたのです。さあ、帰りましょう。貴様、サラ様に何もしていないだろうな!」
思い出した。入学式の日にサラの後ろにいた少女だ。なるほど、連れ戻しに来たのか。
それより、俺は呼び出された側だというのにまったく失礼な少女だ。
俺もクレープを食べ終えて、サラの隣でミリアを見下ろす。
白い鳥もちのくるまれた少女、これだけなら助けようと思うが、先ほどの失礼な発言から助ける気は失せている。
とりあえず抜け出される前に逃げるか。
「とりあえず、逃げましょうか」
「気が合うな。俺もそう考えていたところだ」
サラも同意見だったので、鳥もちにくるまれた少女をそのままに、公園から出て、通りに戻る。後ろでミリアが何か叫んでいるが無視だ。
その後夕食を食べて、学園に入る直前に別れた。
一緒に学園に戻ると確実に誰かにばれる可能性が高い。
別れ際、サラは手を振りながら、「次は再来週に同じ時間と場所で待ち合わせね」と言って帰っていった。
ちょっと待て、いまなんと言った。次?
「まて!俺にも予定がある」と声にした時にはすでに声が届かない程、遠くにいる。
次回の特別講義のときにでも話をしよう。
―ゴーンゴーンゴーン
都市の中央にある巨大な時計塔から鐘の音が響く。時計塔は3・6・9・12時の時に鐘がなる。3時はゴーンと1回だけなり、数が大きくなるごとになる鐘の回数が増える。
今回なった回数は3回、今の時間は夜9時。少し時間があるので、一度時計塔の一番上まで上がってみよう。
転移で部屋に戻り、黒竜甲冑に着替えてから、姿を隠して、時計塔まで移動した。
「これは絶景だな」
思わず、呟いてしまった。
時計塔の頂上からは学園都市を一望できる。まだ、空いている店も多いため、家や店、通りの灯りが宝石のように輝いている。
入学試験前に一度都市を散策したが、地上からではわからない都市の細部まで一望出来る。
場所を変えながら360度全ての方角から都市を眺めていると、以前散策したときには見つけることが出来なかった広場を見つけた。
どうやら都市の端にある為、気が付かなかったようだが結構広い。目を凝らしてみてみると広場にたった1人、剣を振っている少女がいた。
その少女には見覚えがあったので、興味本位で行ってみる。
転移で広場に一番近い路地裏に移動してから、広場まで駆ける。
到着した時にはまだ剣を振っていた。今日が休講日とはいえ、こんな遅い時間まで自主練をしているとは感服する。
剣を振る少女。動きやすい綿の服を着たカタリナさんは本当にGクラスなのかと疑ってしまいたくなる程洗練された動きをしている。ステータスを見ても思ったが、3年のBクラスの生徒よりも強い。
どうしてこれだけの実力があるのにGクラスに留まっているのだろうか?
ちょうど、動きの止まったところで、隠れるのをやめて、カタリナさんに近づきながら称賛の拍手を送る。
「誰だ!?」と剣先をこちらに向けたカタリナさんに空中に文字を書くことで答える。
先日の苦い経験を反省して、今回は声を出さないように注意する。
『驚かせてすまない。俺はジン。学園の夜間講義を担当している』
「あなたが今年から常任夜間講師になられた方でしたか。失礼しました。私は3年Gクラスのカタリナと言います」
講師とわかり、カタリナさんは剣を引いてくれた。
ホッとマスクの内側で安堵していると「ジン先生。少し、ご相談したいことがあります」と思いつめた表情で話しかけられた。
先日の面談時のような結婚や恋愛相談でないことを祈りながら頷いた。
広場の端にあるベンチに座ると、隣に腰を下ろしたカタリナさんが話し始めた。
「先生は先ほどの私を見てどう思われましたか?」
『Bクラスであれば余裕で入ることが出来るだろう』
先ほどの動きを見ても比較対象の3年生徒の動きを直接見た事がないため、ステータスでの判断だが、3年Bクラスであれば余裕で入ることが出来るだろう。
「そうですか…Aクラスの生徒と比較してはどうですか?」
Aクラス。この学園にたった10人しかいない限られた存在。
現在の3年Aクラスは最優の世代と言われている。
毎年Bクラスの生徒が数の多い少ないはあるがAクラスに移ることが出来ている。
しかし、今年の3年Aクラスは1年の頃から変わらず10人。
現在の生徒会長であるローエン・イレミアを筆頭にAクラスの生徒は何かしら他者より優れたものを持っている。ゆえに最強ではなく最優。
下位のクラスが戦いを挑むと、受ける側の上位のクラスの生徒が試合の内容を決めることが出来る。そして、過去現在の3年Aクラスに挑んだ全ての者が敗北している。
カタリナさんはそんなAクラスに最後の挑戦権を使うつもりなのか?
『Aクラスの誰に挑むかによるが、これまで挑んだ者達がどうなったか知っているだろう。どうしてAクラスにこだわる。Bクラスなら確実に入れるだろう』
学園の卒業時のクラスは将来の就職などに大きく影響する。
Gクラスから抜け出すことを考えれば確実に入れるBクラスの生徒に挑むべきだ。
講師なら誰でも言うであろう言葉にカタリナさんは俯きながら「Bクラスではダメなんです」と呟いた。
両手を太腿の上で強く握り、下唇を強く噛んでいるのを見て、自分の言葉が軽率であったと悟った。
うまい言葉が見つからず、見つめていると。カタリナさんは顔を上げて、こちらを見た。
「ジン先生。私は頑張ればGクラスの生徒でもAクラスになれることをみんなに見せたいのです」
こちらを見つめる真摯さを感じる瞳。
自分のためではなく、他人のために自分の将来がかかった1年でたった1回しかない挑戦権を使おうというのか…
『新入生諸君歓迎会』の時の事を思い出す。カタリナさんはあの時、1年の男子生徒から「これまでなんで上がってねえ」と言われたが何も言い返さなかった。もしかしたらこれまでずっとAクラスに挑み続けていたのではないのだろうか?
言葉ではなく、形で最上位のクラスにも頑張れば行けることを示そうとしている。
もっと、楽な方法があるだろうに…こんな遅くまで剣を振り続ける少女に俺は何がしてあげられるだろうか。
『俺に2時間だけ君の時間をくれないか』
今の時刻は夜の10時。あと2時間で今日が終わる。
考えた末、カタリナさんに今日が終わる残り2時間を貰えないか聞いてみた。
俺が力を与えれば恐らくAクラスの生徒に勝つことは容易だろう。
しかし、カタリナさんはそんなものは望まない。自身の力、自身の努力で勝利を得るところを他のGクラスの生徒に見せたいと思っている。それなら、俺に出来ることはその背中を少しだけ押してやることだけだ。それをこの2時間でしてみせる。
カタリナさんが頷いたので、彼女の額に右手を置く。突然の事に目を見開いているが手をどかされることはなかった。
そして、俺は初めて【潜在能力発掘】を使用した。額に置いた右手を通して彼女の全ての情報が頭に流れ込み、黒く硬い岩盤につるはしを打ち込むようにして彼女の才能を掘り起こす。同時にカタリナさんの全身から金色の光が放たれる。
【潜在能力発掘】:対象のこれまでの人生や遺伝子から未だ現れていない能力やスキル等を掘り起こす(本人には使用不可)
掘り起こす物の質や量によって、自身のHPを消費するため、HPが見えないダンジョンでは使えなかったスキル。だが、いまはステータスが見えるため、死ぬ心配がない。
HPが尽きる前に現状引き出せる能力は全て掘り起こした。手を除けると光が止んだ。全身を触って何もないことを確認しているカタリナさんを横目にマスク内でポーションを飲みHPを回復する。
後は実際に使ってもらうとするか。上がった能力値と新たに手に入れたスキル等を実際に使って確かめてもらうため、残りの時間は試合をすることにした。
2時間が過ぎ、時刻は深夜0時鐘が4回なったのを合図にすべきことは全て終わった。
あとは反復していくしかない。
『お疲れ様。俺に出来るのはここまでだ。あとは自分で繰り返し練習をすれば、Aクラスの生徒に勝つこともできるだろう』
いまの彼女のステータスであれば、戦闘を得意とするAクラスの生徒何人かと互角の勝負をすることが出来るだろう。
しかし、今日出来るようになったばかりで、使えるまでにはまだまだ、練習が必要だ。
「ジン先生は夜間講義に行けば会えますよね」
『講師だからな』
目の前にいるカタリナさんが突然夜間講義について聞きだした。
それに暗いためよく見えないがどこか顔が赤いような…
時間は深夜。今日はだいぶ冷えている。
(俺の所為で遅くなっただから、送るくらいはしよう)
黒竜ローブでカタリナさんを包み、ひょいっと抱き上げた。
「え、先生!?」と言って暴れるが、抱く力を強くすると大人しくなった。
誰かに見られないために、姿を隠し、寮に向って駆ける。
途中、道をショートカットするため家の屋根に飛んで、建物の屋根をつたいながら学園に向かった。移動中カタリナさんが目に涙を浮かべて悲鳴をあげていたが、少しの間なので、我慢してもらおう。
◇
5号館の入り口に着地した。カタリナさんを下ろしてローブをとると、顔をまっ赤にして涙目で睨まれた。
少し、荒っぽい移動だったかもしれないが勘弁してもらうしかない。
視線を回避するため、右へ一歩移動すると、それに合わせてカタリナさんの視線が動く。
見えないはずなのだが正確にこちらの位置を捉えている。
そういえば、先ほどの【潜在能力発掘】で<直感>スキルを取得していたな。
先日の学園長の時も思ったが、<直感>スキルを持っている相手には注意する必要がある。
『これでお別れだ。風邪を引かないように注意してくれ』
最後に空中に文字を書いて彼女が見えない位置に移動してから転移で部屋に戻った。
エルはすでに寝ているため、起こさないように注意しながら、シャワーを浴びてベッドに横になると去り際にカタリナさんがつぶやいていた言葉を思い出し、何事もないことを祈りながら目を瞑り、眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。




