2-10友
面談翌日。
俺はいつものメンバーで5号館を出て、広場を通り、1号館のエントラスホールに入った時だった。
「シン・レイス君。あなた宛てに手紙が届いているわ」
入寮申請をしてくれたメガネをかけた40代半ばの恰幅の良い女性から手紙を渡された。
受け取った手紙にはあて先は書いておらず、裏に『S.I』とだけ書かれている。
(S.I?)
この学園には冒険者ギルドを通した手紙の配達とは別に、学園独自の郵便システム『学園郵便』が存在する。主な利用は講師間の書類のやり取りだが、講師が送る際には専用の封筒に入れた状態で内容物について記載があるし、今回は手紙。
(送り主は講師ではないのか?)
学園の郵便は学生も使用することができる。そのため、学生からの可能性もあるが入学してまだ日が経っていない俺に誰が送るのだろう。
手紙を開いて瞬時に内容を読むとすぐに閉じた。
「学園郵便が生徒に届くなんて珍しいですね」
「誰からだったのか教えろよ、シン。もしかしてもう女でも出来たのか?」
「そんなわけないだろ!」
「…なんで、エルが否定するんだよ」
手紙については「たいしたことは書いてなかった」と言葉を濁した。
エル達は気にはなっているようだが、深くは聞いてこなかったので、そのまま校舎へ向かう。
◇
「おい、なんであの人がこんなところに…」
「知るかよ。他のクラスの生徒は俺達と講義を受けたくないと言ってさけていると先輩から聞いたぞ」
男子生徒からは戸惑いと驚き。
「まさかこんな間地かにあの凛々しいお姿を見ることが出来るなんて、今日はついているわ」
「Aクラスの生徒が何でここにいるのよ。嫌味?」
女子生徒からは好感と嫌悪。
1時限目『武術基礎』。
屋外訓練場には様々な感情が入り乱れていたが、視線は一か所に集まっていた。
視線の先には学園推奨の体操服を着たAクラスのカオル。
これまで他のクラスの生徒がGクラスの生徒が出席する講義に参加することはなかった。
この学園のGクラス以外の生徒にとってGクラスはあまりものとして、差別意識が高い。
Gクラス以外のクラスにとって、Gクラスの生徒が受講する講義は選択しないことが暗黙のルールとなっている。
しかし、Aクラスのしかも学年1位の生徒がいることはGクラスの生徒に衝撃を与えた。
「お前たち、さっさと並べ!今日は身体だけでなく心も未熟なお前たちのために!障害物競走をしてもらう!」
テイン講師は誰がいようと変わらず、いつも通りのテンションで授業を開始する。
講師の後ろには軍隊訓練に使用するような障害物が並べられている。
「障害物競走は3人1組のチームになって走ってもらう!そして!最下位のチームには俺が足りないと判断した物を補充する!それではチームを組め!」
講師の合図により、受講生は友人・知人で集まり始めた。
誰と組むかなと思いながら周りを見る。
知り合いはエルとカルロス、ジェスぐらいしかいないが、そうなると1人余る。
「シン、僕と組もう」
エルが早速声を掛けてくれたので、1人は決まりだ。もう一人は…
「おい、シン…後ろ」
カルロスが目を見開きながら俺の後ろを指さしている。そういえば周囲が騒がしい。
「シン、私と組まないか?」
後ろから声を掛けられたので振り向くと、カオルが俺の方へまっすぐ近づいてくる。
カオルと顔を見せた状態で合うのはこれで2回目。
なぜ?と思わずにはいられない。そのため、自然と「どうして俺なんだ?」と訊ねると「ダメか?」と逆に訊ねられた。
「ダメではないが…」
学年1位のカオルから誘われたことにより、他のGクラスの生徒から注目を浴びている。
出来るだけ目立つのは避けたい。しかし、うまい断り方を思い浮かばない。どうするか…
「なら、よろしく頼む」
俺がうまい断り方を考えている間に、カオルに断る機会を消されてしまった。
「カオル様がチームに入ってくれるなんて感激です!僕はエルと言います。よろしくお願いします」
「よろしく、エル。私の事もカオルと呼んでほしい」
「そ、そんな恐れ多いです」
「一緒のチームになるのだから様付けをされると私の方が気を使ってしまうから普通に名前で呼んでくれ」
「わ、わかりました。よろしくお願いします。…カオル」
いつの間にかエルとも仲良くなっている。これではさすがに断れない。
(まあ、仕方ないか)
カオルが加わることでチームが決まり、他のGクラスの生徒もチームが出来始めたときだった。
「カオルさまあああああ」
屋外訓練場の入り口からカオルの名前を呼ぶ声が近づいてくる。
叫んでいるのは白のジャージ姿の…名前が……マンティコアだったか?
訓練場に現れ、オルの方へ駆け寄ってくるが、それを阻むようにテイン講師が立ちはだかる。そして…
「講義に遅れるとは何事かああああああ!」
「うわあああああ」
テイン講師の<咆哮>により吹き飛ばされる。
しかし、空中において姿勢を整え無事着地する。
「なぜ僕の邪魔をする!」
「講義を受けに来たのか。そうでないのならされ」
落ち着いたテイン講師の声。腕を組んで威圧する姿はこれまでとは全く違うインパクトをGクラスの生徒に与えた。
「……講義に参加しに来ました」
「よし、それなら今回だけ遅刻したことは不問にしよう。名前は」
「マティアス・オステンです」
マンティコアではなかったか。まあ、話すことは殆どないだろうし、どうでもいいか。
「よし!マティアスよ!これからチームを組んで障害物競走をしてもらう!孤独なカルロス!」
「はっ、孤高のカルロスはここにおります!」
テイン講師に呼ばれ、満面の笑みを浮かべたカルロスが俊敏な動きでマティアスの傍へ移動する。
Gクラスの生徒の人数は135名。本来3で割ると余りはなく、45組出来るはずだった
しかし、カオルが加わったことで、1人余りが生まれ、ジェスに見捨てられたカルロスは1人チームにより、障害物競走に挑むしかなかった。その時に現れたのがマティアス。
カルロスにとってはこれほどうれしいことはないだろう。
だが、孤独と言われたことをさりげなく孤高に変えているあたり、不憫に思った。
「俺はカルロス。よろしくな。マンティコア!」
先ほど聞いたばかりで間違えるとは狙っているのか?
「マティアスだ!それにGクラスの生徒と仲良くするつもりはない」
「まあ、そう些細な事を気にするなよマンティコア。孤独なお前の俺が最初の友となろう」
先ほどまで孤独だったカルロスがマティアスを孤独と評するとは…
マティアスの肩をポンポンと叩きながら可哀そうな人間を見る眼で見つめるカルロス。
「名前を間違えることが些細なものか!?それに僕は孤独ではない。友達ならいる」
「孤独な者程自分は孤独でないと言い張る。認めたくないのはわかる。認めるのは辛いからな。ならば聞こう悩みを打ち明けることが出来る友はいるか」
「そ、それは…」
「いないだろう。それがこた「いつまで話している!さっさと並ばんか!」イエス!マイ・ティーチャー!」
悟りを開いたかのように落ち着いて話していたカルロスがテイン講師からの叱責により、元の調子に戻って駆けだした。マティアスもカルロスに手を引っ張られて走り始めた。
全員集まったところで改めてテイン講師から障害物競走についての説明がされる。
障害物競走はチームがまとまって走り、1人でもその障害物を越えられない場合は連帯責任としてチーム全員が腕立て30回を行わなければならない。
他者への妨害及び魔法の使用は禁止。禁止行為をしたチームは全員が最下位と同様の取り扱いとなる。
最下位のチームがされることについての詳細はレース終了後に伝えられる。
スタートラインにはチームごとに別れた生徒が並ぶ。
生徒全員の腕にはブレスレットが装着されている。このブレスレットには特殊な魔術が付与されているらしいが説明はなかった。「チームメンバーを大切にし、協力している限りは発動することはない」とテイン講師は意味深な言葉を言っている。テイン講師の性格を短い間ではあるが実感しているGクラスの生徒は唾をのみ込み、絶対にチームメンバーを置いて行かないようにしようと心に決めた。
「それではこれより!障害物競走を開始する!よーい!」
パァンと音を合図にしてスタートラインから一斉にスタート。先頭を走るのはカルロス・マティアスのペアチーム。
カルロスの俊足:Bにマティアスもついて行っているさすがAクラス、スペックが高い。圧倒的速さで後続を引き離していく。
しかし、足が速いだけではこの障害物競走を完走することはできない。
「ぬおオオオ」
最初の障害は160㎝の壁を登ったり、下をくぐったりする。
マティアスは難なくクリアしたが、カルロスの筋力はG。最初の障害から苦戦している。
その間にも俺達や他のチームが追いつき、追い越していく。カルロスはそれでも確実に進んでいた。しかし、そんなカルロスなどいないかのように先に進むマティアスはコースの中間、地点を越え、コースも終盤に差し掛かり、カルロスとだいぶ距離が離れたときだった。
「なんだ。急に体が重く!」
突然水たまりに設置された有刺鉄線の下を匍匐前進でくぐっているマティアスが鉛を背負ったかのように動きが遅くなった。先ほどまでの俊敏な動きではなくなり、Gクラスの生徒の誰よりも遅い動きになっている。
「愚か者!仲間を見捨てるとは何事か!貴様のように心が未熟な者にはこの障害物競走を完走するまで全ての能力値はGだ!その状態で心身を鍛え直すがいい!」
近づいたテイン講師がマティアスを見下ろす。恐らくブレスレットに付与されていた魔術<弱体化LV.Ⅹ>が発動したのだろう。いまのマティアスは赤子並みの能力値しかない。
「くそオオオ」
先頭を走っていたマティアスは懸命に身体を動かすが能力値の低下により、亀のようにのろのろとしか進むことが出来ない。そして、2mの垂直の壁を前に登ることが出来ず、何度も登ろうとしては落ちを繰り返す。
その間に、後続から俺達や他の生徒達にも追い越されていく。
「マティアス。君が仲間を大切にしないとは思わなかった。しっかり反省するのだな」
カオルも仲間を見捨てたマティアスに冷たく接した。
敬愛していたのだろうカオルからの言葉に心を抉られ、ずぶ濡れの身体もうまく動かない。
そんな時だった。彼の右肩に手が置かれた。振り向くとそこには笑顔のカルロス。
「俺は友を見捨てない」
すでに全てのチームがゴールを決め、最下位が確定したカルロス・マティアスペア。
ゴールを決めた他の生徒が見つめる中、カルロスは立ち上がり、テイン講師へ向かって叫んだ。
「テイン講師!マンティスが越えなければならない障害の数だけ俺が腕立て伏せをします!ですから、どうか。マティアスを棄権させてやってください!」
カルロスは行った後テイン講師に向って直角になるほど頭を下げてお願いをする。
泥により全身を黒くして、立っているのも辛いだろう身体の限界を迎えているにも関わらず、自らを見捨てたチームメンバーのために自らを犠牲にするその姿勢にテイン講師の心が動いた。
「カルロス!お前の心意気しかと受け取った!よかろう!残りの障害は3つ!腕立て180回すればマティアスの棄権を認めよう!」
「あざーす!」
そして、その場で腕立て伏せを始めるカルロス。幾つもの障害を乗り越え、限界に近いその身体をさらに酷使し、濡れた服を着た状態で腕立て伏せをするカルロス。
顔は泥にまみれ、彼が見つめる地面には数え切れないほどの汗の粒が落ちる。
何度も持ちあげることが出来なかった身体が地面に激しくぶつかる。
しかし、彼は止めない。何度も起き上がり、腕立て伏せを続けた。
その姿に屋外訓練場にいる誰もが見つめていた。
俺は腕を組んでその姿を見つめるテイン講師に進言した。
「テイン講師。俺が腕立て伏せをするのでカルロスの棄権を認めてください」
「カルロスの分を君がするのか」
頷くと、俺に続くようにエルやジェス、カオル等多くの生徒がテイン講師の前に立つ。
「お前達…よかろう。全員が腕立て10回をするなら認めよう」
「ありがとうございます」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
俺達は早速腕立て伏せを始める。そして、全員が10回を終えたとき、パァンと音がなった。
「これにて障害物競走を全ての生徒が完走したと認める!全員集合!」
カルロスとマティアスはGクラスの生徒達に担架で運ばれながら、受講生全員がテイン講師の前に集合した。
「全員よくぞこの障害物競走を完走した!見事完走したお前たちを俺は誇りに思う!どんなに力が強くても!どんなに足が速くても!心が強い奴が生き残る!お前たちは弱い!しかし仲間がいる!お前たちは1人では生きて行けないのだと理解するように!」
テイン講師が熱い演説をしているがポーズ決めながら言われると真剣に言っているのか疑ってしまう。
「それではこれより最下位のチームに足りない物を補充する。カルロス!」
「はい!」
ぼろぼろの身体になりながらも木の棒を支えに立ち上がるカルロス。
「お前は筋肉が足りない!よって!プロテインフルコースを食べてもらう!」
「あざーす!」
テイン講師の声を合図にして、屋外訓練場へと筋骨隆々のたくましい身体をしたコック達が入ってきた。コック達はテキパキとテーブル・椅子を設置する。それが終わるとテーブルの上に幾つも料理を並べて帰っていった。
(あれが全てプロテインなのか?)
あのコックが何者であるか非常に気になるが、触れてはいけない気がする。
並べられた料理は元々普通の料理のようだが、そのすべてにプロテインだと思われる白、黒、黄色等様々な色のソースが掛けられている。食欲がわく料理には見えないが、手や顔を拭いたカルロスは椅子に座り、猛烈な勢いで食べていく。
「つぎ!マティアス!」
「は、はい!」
マティアスはブレスレットの魔術から解放されたことで、特に疲労は見られない。
「お前は今日、一人ではこの障害物競走を完走できなかった自覚はあるか!」
「くっ、あります」
「お前がいま!すべきことはなんだ!やってみろ!」
テイン講師に言われ、マティアスは猛烈な勢いで食事をするカルロスに頭を下げた。
「カルロス。君のおかげで助かったありがとう」
「ゴクン。友達なんだから当然だ」
先ほどあったばかりの相手に自然と笑顔で答えるカルロス。
マティアスはそんなカルロスを見て、言葉が出ないでいた。彼にとって周囲にいるほとんどの同級生は自身を利用しようとする者ばかりで利害に関係なく助けてくれる友人はいなかった。
「カルロス。改めて僕と友達になってくれないか」
「何言ってんだ。最初から俺達友達だろう。マティアスもプロテイン料理どうだ?」
自然と笑顔を浮かべるマンティス。それに答えたカルロスは白いプロテインあんかけ焼きそばをマティアスに差し出すが「それはいいよ」とマティアスは顔を青くして断っていた。
カルロスもあっさりと引いて「美味しいのに」と食事を再開した。
マティアスはカルロスの次に俺達にも「君達も助けてくれてありがとう」と頭を下げ、最後にカオルの前に行き「カオル様のお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
カオルはそんなマンティスに「これからは肩書にとらわれることなく、人に接するように」と言われ、彼は真剣な表情で「はい」と頷いた。
「今日は早めに切り上げる!全員2時限目に泥が付いた姿で受けないように!」
全員がシャワーを浴びる時間を確保するため、講義が早めに切りあがる。
殆どの生徒がシャワー室に向かう中、ジェスがメガネをクイッと上げながらテイン講師に質問をした。
「テイン講師。マティアス氏には何もしないのですか?」
ジェスが気になって訊ねた事は確かに俺も気になっていた。
カルロスはプロテインフルコースを食べさせた。
しかし、マティアスに何かしたようには見えなかった。
テイン講師はジェスにいつもと違う優しい笑顔を向けた。
「したさ。俺が彼に補充したものは人の優しさだ」
「人の優しさですか?」
「彼は人に対しての優しさが足りなかった。それを補充したのさ」
話をするテイン講師はいつも見せている人を睨むような目ではなく、優しさを持った目をした、講師らしい一面を見た。
◇
「カオルは『一般常識』も受けるのか?」
「先ほどの講義で分かったが基礎を学ぶことはとても大事なことだ。これからはシンと一緒に講義を受けたい…ダメか?」
「もちろん良いに決まっています!そうだよね、シン」
「ああ、そうだな」
今更断ったところですでに手遅れだろう。こうなれば、流れに身を委ねよう。
「カルロス、僕も一緒に受けるからな」
「おう、よろしくな!」
後ろの席でカルロスとマティアスが今後も一緒に講義を受ける約束をしていた。
2時限目『一般常識』の講義が終わり、昼食時間。
俺達はカオルとマティアスと一緒にわけで5号館の食堂にやってきたことで、一時騒然となった。
一部の生徒が飛びかかろうとしたが食堂のおばちゃん「食堂で問題を起こす生徒には食事ぬきだよ」と言われて、大人しく引き下がった。
食堂のおばちゃんを敵に回すのは避けよう。
俺・カオル・カルロスはもやしたっぷりちゃんぽん。エル・ジェス・マティアスはもやしチャーハンを食べ終え、3時限目の『魔術基礎』も何事もなく終わり、今日は図書館に行ける!
そう思っていた…
「シン君ちょっとついてきてくれるかな~」
リーナ講師に手招きされて、俺は皆と別れて第2屋外訓練場へと連れてこられた。
連れてこられた理由は大体わかる。さっさと終わらせよう。
「それではリーナ先生。術返しを教えますので、手を出してください」
「は~い」
差し出された手を握り、術返しを行使する。無機質な魔力が黒く変質し、自身に襲い掛かる魔術を飲み込むイメージをすることで形を作り、属性と性質を変えた魔力を握られた手を通して、リーナ講師に流した。
これで術返しの感覚がつかめたはずだ。後は自身で反復練習あるのみ、俺がいる必要はない。魔力を終えて、さあ帰ろうと手を放したところで、リーナ講師がふらっと倒れそうになった。
「大丈夫ですか!」
慌てて支えたが、気を失っているだけで、規則正しく息をしていることから命に別状はない。恐らく魔力酔いだろう。
ホッと安心のため息をついた後に、現在自分が危機的状況に置かれていることに気がつく。
この状況はまずい。
第2屋外訓練場にはいま誰もいない。俺とリーナ講師の二人きり。
この状況で気絶したリーナ講師を俺が支えている状況を誰かに見られたらどうなるか。
仮に見られなかったとしても、放置はできない以上、保健室に連れて行くことになる。
その姿を誰かに見られたら…
(急がなければ)
<アイテムボックス>から黒竜甲冑を取り出し装備後自身を隠す。次に黒竜ローブでリーナ講師を包んで隠し、抱えるように持って保健室へ直行する。
道行く生徒や講師を躱しながら、保健室に到着する。
そーとドアを開けて中を確認。目に見える範囲に人はいないが、ベッドの1つがカーテンに遮られているので誰かいるのだろう。
空いているベッドに素早く移動し、カーテンを閉じる。
そして、ベッドにリーナ講師を寝かせて、包んでいたローブを回収。
後は撤収すれば、ミッションクリア…
「シン君。儂は節度を持った行動をするように言っていたはずじゃがのう」
静かに開けたカーテンの先には優しい表情をした学園長が立っていた。
ガシッと姿が見えないはずなのに両肩に手を置かれ、落ち着いた口調で話しかけられる。
どうして俺だとわかったのか疑問だが、ここは逃走を選択した…のだが。
(なぜ動かない!)
細い腕のどこにこれほどの力があるのかと思えるほどの力で握られているため、逃げることが出来ない
「ちょっと顔を貸してくれるかのう」
「はい…」
学園長はしっかりと目を見つめながら話しかけられ、逃走は不可能と判断し、学園長の後ろを売られていく子牛のような気持でついていった。
◇
学園長室
「シン君、どうして、ああなったか教えてくれるかのう」
それからリーナ講師に先日約束した魔術を教えるところから順に説明した。
「わかった。この件についてはこれ以上追及することはやめよう。代わりにこちらのお願いを聞いて欲しいのじゃ」
「お願い…ですか?」
学園長から孫娘を気絶させてしまった後でお願いをされたら断りづらい。
どんなお願いをされるかわからないが、いまできることは被害を最小限に抑える事のみ。
学園長の口からどんな言葉が出てくるのか傾聴する姿勢になったところで話を切り出された。
「うむ。それでじゃ。シン君には3か月後に行われる中央大陸大会の出場者兼特別対策講師になってもらいたい」
中央大陸大会
大層な名前だが、出場国はイレミア皇国・サンクティ公国・ホリア連合王国・ベスティア獣王国・フェイト聖王国の5国が参加する。
大会には各国学園高等部に通う生徒のみ出場できる学生の部と学園講師のみが出場する講師の部の2つが行われる。
学生の部は新入生の部と一般の部に分かれている。
新入生の部には高等部1年のみ、一般の部には2・3学年が出場できる。
講師の部は将来の人財育成にどれだけ有能な者を採用しているか示す。
武術の部、魔術の部、知識の部に別れて、各学園は各部に2名の講師を参加させることが出来る。
各部での優勝国には優勝賞金と副賞として珍しいアイテムが与えられる。
5国と多数の商会がスポンサーとして多額の資金が出るため、名誉だけではなく、多額の賞金や高価なアイテムを巡って毎年各国がしのぎを削っている。
開催国は順番になっており、今年はサンクティ公国において行われる予定だ
閑話休題。
「俺はGクラスの生徒です」
中央大陸大会の競技は新入生の部5種目・一般の部10種目。そのため毎年出場者にAクラスの生徒とBクラスの上位者が出場している。
「わかっておる。じゃから、シン君はジン講師として休講日に行う予定の講義内容を大会出場者への特別講義に変更し、君自身は講師の部に出場してもらう」
学園長はGクラスのシンではなく、講師ジンとして大会に出場させるつもりのようだ。
「高く評価して頂いているのは光栄ですが、他に優秀な講師の方がおられます。その方々にお願いしてはどうですか?」
学園に入学して数日しか経っていない講師になぜ、学園の今後を左右する特別講義をさせようとするのかわからないし、国の威信がかかった大会の出場者にしようとするのもよくわからない。ここは正論で論破しよう。そう思っているとドンッと学園長が机に拳を振り下ろした。
「儂もそうしようと思っておったのじゃ。しかし、Aクラスの講師が軒並みいなくなり、新入生の部に出場する生徒へ教えることが出来る相応の実力を持った講師がおらんのじゃ。頼むこの通りじゃ」
深々と頭を下げる学園長。
それからぽつりぽつりと語られる現在の学園が置かれている状況を聞いて、「この学園大丈夫か?」と思うようになり、学園長に同情してしまっている自分がいた。
事の発端は今日。学園長室に届いた3つの紙。
1枚目は現在の皇国トップの第1皇子から届いた手紙。
今年の大会で総合優勝できなければ翌年からの予算を大幅に減額すると書かれていた。
総合優勝とは各部の順位により与えられるポイントの合計がトップであること。つまり、学生の部と講師の部両方で高い得点を獲得する必要がある。
手紙を見てこれはまずいと思った学園長は至急Aクラスの担当講師に大会対策用の講義内容に変更するように指示しようと扉に近づいた時だった。
学園長が扉を開けるよりも先に開かれた先にはホセ講師。
「ちょうどよかった。お渡ししたいものがあります」と差し出された用紙は『育児休暇申請書』。「昨日子供が産まれたので育休を取ります」と言って帰っていく。突然の事に固まっていたがハッとして止めようとしたときにはすでにホセ講師の姿はなかった。
育児休暇の期間は1年。まだ打診はしていなかったが大会では魔術の部に出場してもらう予定だったがこれでは出場させることはできない。
呆然と先ほどホセ講師から渡された用紙を見ていると、次にソフィア講師が「お、ちょうどよかった。これ受理してくれ」と差し出された3枚目の用紙は『有給休暇申請書』。
理由を聞くと先日シン君から貰った剣が使い勝手がいいのでダンジョンに行ってくると言うものだった。
それも2か月。大会について聞くと「武術の部には出場するから申請はしといてくれ」と言って帰っていった。
どちらもAクラスの担当講師ではあるが同時にAクラスの冒険者。優秀な人材を繋ぎとめるための制度やある程度の自由を認めている。それが今回裏目に出た。
「儂はソフィア君が帰っていった後に、倒れてしまっての。保険医からは過労と過度のストレスによるものと診断を受けたのじゃ」
保健室のベッドにいたのは学園長だったのか。
さすがに今の話を聞いて断ることが出来ずに引き受けることになった。
学園長室を出た時にはすでに日がだいぶ傾いていた。
夜間講義の事を考えると今日も図書室に行くことは諦めたほうがよさそうだ。
◇
今日の夜間講義も昨日と変わらず、面談を行った。
部屋に入ってきたのはジェス。
「よろしくお願いします」
『よろしく』
ジェスが席に座るのを確認して、早速最初の質問をすると、「僕は使える魔術を増やしたい」と答えが返ってきた。
ジェスは<水属性魔術LV.Ⅰ><土属性魔術LV.Ⅰ>と2つの魔術スキルを持っている。
レベルが低いこと、MP:D以外の能力値が悪いことから、Gクラスになったのだろう。
ジェスの講義内容をMPの増加と魔術レベルのアップ以外に、使える属性魔術の増加と複合魔術の習得も加えよう。
ジェスとの面談が終わり、次に入ってきたのは、先日Dクラスの少女達に囲まれていた緑髪の少女。少女の耳は人族より少し長い混合種族(エルフ族、人族)だ。名前はエルトリアと名簿には書かれている。
「よろしくお願いします」
『よろしく』
早速、席に座るのを確認してから質問をすると「もっと自分に自信を持ちたいです」と答えがあった。
ステータスの履歴を見る限り、エルトリアはあがり症と軽度の対人恐怖症があるため、肝心なところで緊張してうまく話すことが出来ないことを悩んでいた。
以前見たときはうまく言い返せないのではなく、うまく言葉に出せなかったのだろう。
過去に混合種族であることにより、失敗や叱責を受けたことが理由にあるようなのでカウンセリングが必要だが俺はできないしどうしたものか。
他にもエルトリアは<森の呪い>という呪いスキルを持っている。
<森の呪い>は本来MPと魔術の強さに関係する精神が3ランクダウンさせる。
そのためMPと精神がA→Dになっているため、試験ではよい点数が出なかったのだろう。
これについては対処できるので、右手を出してもらってから目を閉じてもらう。あとはエルの時と同じように指の先を黒の短剣を少し斬るように動かす。
これで本来のMPと精神に戻った。
エルトリアの講義内容もジェスと同じように使える魔術を増やしていきながら自信を着けてもらう事にしよう。あがり症と軽度の対人恐怖症については医者ではないので、保険医に相談することを勧めて面談は終了した。
それからは特に変わりがなく、いつも通り午後11時まで講義を行った。
やる気があるのは結構だが、たまには早く終わりたい。
お読みいただきありがとうございました。




