2-7魔物襲来後の各所の対応
魔物の大群がいなくなった日の夜。
領主の寝室に訪れたフォルス・ウィスダム領主代行はベッドに横になっている。父であり、領主であるフォンテイン・ウィスダムに今回の魔物襲来が終息したことを報告した。
「そうか。無事終息したか。重畳じゃ」
報告を聞いて、喜んでいる父をフォルスは冷めた目で見つめる。
「父上は今朝、西の城壁に現れた者が何者であるかご存知ですね。」
「なぜそう思う」
「今朝、西部公爵領から手紙が届き、援軍が間に合わないことをお伝えしました。そして、早急に住民の避難許可を頂きたいと申し上げたとき、父上は『半日待て』と仰いました。直後にそこにいる侍女が城から出たことはわかっていますが途中から足取りがつかめていませんでした。どこへ向かったのですか?」
部屋の隅に控える40代後半の侍女へと目を向けるが、侍女はすました顔で立っている。
侍女の正体が父上直属の諜報部隊の長であることまでは把握しているが、視線の先にいる侍女が何者であるか。諜報員が誰で、どこにいるかはわかっていない。
視線を戻すと父上がこちらを見ていた。
「そこの侍女には花瓶を買って来てもらったのじゃ。ほれ、そこに花を活けておる花瓶がそうじゃ」
父上が動かした視線の先には机に置かれた白い花瓶が確かにある。
「どこで買ったか教えようか?」
「結構です」
恐らく、事実だろう。そして完全なアリバイ工作をしているはずだ。
これ以上、聞いても求めている答えは返ってこないだろう。
領主の寝室を退室し、執務室に戻る途中、騎士団長としての仕事で忙しいはずのガウスが通路の壁にもたれかかりながら待っていた。
聞かれる内容は予想がつく、案の定「どうだった」と聞かれたが、私は首を横に振ったことで「そうか」と肩を落としている。
「今朝まで都市内にいたことは間違いない。転移が使えることを考えるとまだいるかわからないが都市内を探してみよう」
「わかった。出来るだけ捜索に人員を回せるように調整する」
お互いに捜索内容について話し合いが終わると、現在最重要課題である都市の復旧のために動き始める。
◇
バタンッと扉が閉まり、フォルスが出て行った寝室にはフォンテインと侍女の2人だけとなった。
「フォルスにも困ったものじゃ。それにしても運が良かった。シン君が戻っていなかったら都市を放棄せねばならなんだ。それでジェシカよ。シン君に行きつくようなことはないようにしておるか」
「抜かりなく、手は打っております。それにしても驚きました。聞いてはおりましたが彼があれほどの実力を持っているとは」
ジェシカ自身が手紙を誰にも見られることなく、シン・ルイスに届けるようにとフォンテインから指示を受けた。本来諜報部隊の長であるジェシカが直接動くことはまれで、よほど重要な要件でなければ動かない。
手紙を渡された時、シン・ルイスについて多少説明を受けてはいたが、半信半疑なところがあった。しかし、蓋を開けてみれば、なぜそこまで隠そうとするのか理解できた。
「シン君は友人の孫であり、これから伸び伸びと生きてもらいたい。今回は儂の力足らずの結果。力を借りねばならなくなったが、これ以上迷惑はかけられぬ」
フォンテインは鑑定スキルを持っている。そのため、シンの実力の一端を知っていた。
アレクの孫と言われても納得してしまうほどの才能を見ていたのだ。
そして、試験の合格の知らせをするためにわざわざ訪問に来て、入学式までの1ヶ月をこの城郭都市プロセディオに滞在すると聞いていた。
「シン君が学園に戻った後も、家に近づく不審者には対処するように」
「承知いたしました」
こうしてシンが思ってもいない所から家が守られることになった。
◇
北部公爵領
北部公都ミネラール
第1皇子執務室
北部公爵領はあらゆる金属の鉱山を持ち、さらにそれらの鉱山は尽きることがない。掘ったら掘った分だけ翌日には回復する。理由はわからないが記録にあるだけで千年間続いている。そのため財貨や武器に困ることがなく、15年間戦い続けることが出来ているが、彼我の戦力差を覆すことはできていないため、高い防御力を持つ皇都を取り戻すことはできていない。
「この報告は本当か?」
シンが学園に戻った同時刻にインフォマ皇国情報局局長がもたらした情報に第1皇子フィリップは歓喜した。
報告書には『都市の城門が破壊させそうになった時、突如現れた白銀の騎士と2匹の獣が数刻で魔物の大群を殺しつくし、白銀の騎士はその後、ドラゴンを一撃で倒した』と書かれていた。
「これがわが軍に加われば、皇都奪還も夢ではないな」
「はい、現在白銀の騎士について情報を集めるため、城郭都市プロセディオへ多数の人員を派遣いたしました」
「それでよい。良い報告を期待している」
「お任せください」
インフォマ皇国情報局局長が退室をした後。椅子の背もたれにもたれかかり、皇都奪還するときを想像していると、会いたくない来訪者がやってきた。
扉の前で何か言い争いをする声が聞こえて、バンッと音をたてながら現れた第2皇子ポイズに「もう少し静かに入ってこい」と注意をするが気にすることなく、執務机の前まで来るので、扉のところからこちらを見ている衛兵に扉を閉めるように伝える。
「それで何のようだ」
あまり話したくないので単刀直入に用件を聞くことにする。
「はい、実は実験に使っていた被験者が減ってきましたので補充をしたいのです。何とかご用意いただけませんか」
「先月各都市から集めた犯罪奴隷を100人渡しただろう」
「はあ、兄上。私は兄上に言われた通り、特定の者にしか効果がない毒を作らされました。私は傷ついた心を癒すためにも実験は必要なのです」
わざとらしく悲しむ演技をしているポイズを睨む。
確かにこのポイズは呼び出した英霊の力により多種多様で強力な毒を操ることが出来る。そして、求心力を保つためにそれを利用して統治に役立てていたのも事実である。
俺は毒を利用し、こいつは俺の立場を利用している。
俺が毒の対価に渡したのは人。こいつは実の弟ではあるが、悪魔のように人を使った実験をしている。出来るだけ合法的に集めるために導入した奴隷制度だが、要求される数が年々増えて行くため、さすがに奴隷で賄うにも限界に近い。しかし、統治のためには…
「わかった。大切な弟の頼みだ。何とか来週までには用意しよう」
まだ利用価値があるポイズに笑顔で答えると、望む答えがもらえて満足したのか満面の笑みを浮かべながら「急いでくださいね。私も気が長くないので」と部屋を出て行った。
―ドン
大きな声を出してもポイズに聞こえないだろう時間が経ってから、フィリップは執務机に握った拳を振り下ろした。
「あのくそやろうが!調子に乗りよって何様のつもりだ」
「フィリップ様。今は耐えてください。先ほどの白銀の騎士が見つかれば皇都奪還もかないます」
これまで黙って控えていた補佐官の女性がフィリップの前に紅茶を置きながら話しかける。
「そうだな。少し感情的になっていた。必ずあの帝国軍から皇都を奪還してみせる」
少しぬるめの好みの温度の紅茶を飲んで心を落ち着けながら、改めて皇都奪還の決意をするフィリップであった。
◇
元イレミア皇国皇都
皇城皇帝執務室
フィリップ第1皇子がインフォマ皇国情報局局長から報告を受けていた頃。
現在皇都を支配している帝国軍イレミア皇国方面最高司令官であるバクス将軍は椅子に座りながら目の前の副官から渡された報告書に記載されている内容に頭痛を覚えていた。
「まったく、やっと『35日間の悪夢』から軍の再編が軌道に乗り出した時だというのに、今度は白銀の騎士だと、それも『35日間の悪夢』の当事者かもしれないとある。どこまで信憑性がある」
「はい、騎士団が消えた村や町の近くで、白銀の狼と白い虎の目撃情報があります。そして、今回現れた白銀の騎士と一緒に白銀の狼と白い虎が戦っていたと報告にありましたので、可能性は高いと思われます」
副官の言葉に再び報告書に目を向け、「ううむ」と唸り声を上げる。
「この情報が正しければ早急に対応する必要がある。すぐに城郭都市プロセディオの間者を増員し、人物の特定に当たらせろ」
「見つけた場合はいかがいたしますか?」
「排除しろ」
即答した。これまで奴に受けた被害は尋常ではない。それに取り込んだ場合に起こる内部からの反発を考えると取り込むという選択肢はない。
「返り討ちに合う可能性がありますが」
「『獣爪』を使え、どうせ使い捨ての奴隷の集団だ」
「承知いたしました」
バクス将軍は帝国が国教と定めた人族至上主義を掲げる教会の熱心な信者である。そのため、人族以外の兵士への扱いは非常に軽い。
『獣爪』とは身体能力が高い獣人を教義に則り強制的に奴隷にした獣人で構成された戦闘集団である。常に前線に立たされて戦いを強いられるため損耗が激しく、一年以上生きられる可能性は1割にも満たない。
閑話休題
「それと例の件向こうの反応はどうだ」
「あちらもこちらの条件に乗り気になっています。狙うならいまでしょう」
「そうか。では、準備を始めろ。やっとこの長かった戦いが終わり、故郷に帰れるな」
この作戦が成功すれば15年続いた戦いに終止符が打たれ、晴れて英雄として母国に帰ることが出来る。バクス将軍は凱旋する自分の姿を想像しながらほくそえむ。
お読みいただきありがとうございました。




