2-6魔物襲来
―ドンドンドン
翌朝。朝食を食べていると玄関から扉を叩く音が聞こえた。
『ヘレナ』が立ち上がり、来訪者の確認に向かうと戻ってきた。
「シン様。プロセディオ警備隊のオリーギと言う方がお見えです。玄関で待って頂いておりますがいかがいたしましょうか?」
「わかった」
なぜ、プロセディオ警備隊が来たのかはわからないが出たほうが良いだろう。
玄関の外にはプロセディオ警備隊の腕章をつけた人間が5人と甲冑を着た騎士が2名、騎士の後ろに隠れて昨日襲ってきたオークのような男が顔を出してこちらを覗いていた。
大体の事情は把握できたので、一番前にいる警備員に目を向けた。
「朝から失礼します。私はこの都市で警備長をしております。オリーギと申します。本日お邪魔したのは昨日、こちらのゲハード氏からあなたに襲われ、金品を奪われたという被害届が出されました。また、襲われたと思われる場所の住人から目撃証言もあります」
オリーギという茶髪を短く刈りこんで髭を生やした40代前後の男性が昨日の襲撃について尋ねた。
ゲハードに目を向けると「ひぃ」と言って騎士の後ろに隠れる。
オリーギに視線を戻すこちらに疑いの目を向けていたので事実を伝えた。
「昨日そこの男とその護衛にオークション会場からの帰り道に襲われた。それを返り討ちにしただけだ。その際、手持ちの物を渡すから許してくれと言われて受け取ったが何かまずいことでもあるか?」
「貴方の証言には証拠がありません。ゲハード氏から襲撃したという証拠がなければあなたを逮捕しなければなりません」
ゲハードを見ると騎士に隠れながら勝ち誇った笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
「証拠があればいいんだな?ルシア!」
「はい!どうしました?」
青いワンピースを着たルシアが奥から出てきた。
ゲハードたちは現れたルシアを見て、顔を赤くしながら見つめている。
俺は気にせずルシアに紙を渡しながらやってもらいたいことを伝えた。
「ルシア。昨日、俺達が襲撃された時の場面を【描写】で紙に写してもらえるか?」
「はい、わかりました」
騎士に隠れる男がいることに気が付き、状況を理解したルシアは渡された紙に襲撃された時の状況を写した。
「出来ました」
「拝見します」
ルシアが写した紙をオリーギに渡すと、驚いてそこに写っている男とゲハードを見比べた。
「ありがとうございました。こちらの紙は頂いてもよろしいですか?」
頷くとオリーギは頭を下げてから、ゲハードの前に立ち
「ゲハード殿、あなたを殺人未遂の容疑で逮捕します」
「な、何を言っているのだ。私はその男に金品を奪われたのだぞ!」
オリーギは先ほど受け取った紙をゲハードにつきつけた。
「この後ろに写る人物はあなたですね」
ルシアが紙に写したのはシンを切り付けるようとする護衛の男と後ろで指示を出すゲハードの姿だった。
「こんなのはでたらめだ。こんなものが証拠になるか!そうだ。あの近辺に住んでいる者に証言させよう。金さえ積めば…」ゲハードは途中からぶつぶつと考え事が口に出ていることも気が付かず独り言をつぶやいていたが、それを聞いていたオリーギは他の騎士に指示を出し、ゲハードを連行しようとする。ゲハードは喚いて抵抗しようとしたが両脇を抱えられて引きずられるように連れていかれた。
去り際に「ご迷惑をおかけしました。ご協力に感謝します」と頭を下げた。
護衛の男達も取り押さえられてゲハードと共に連行されていく。
オリーギ達が去り、冷めてしまった味噌汁を飲み干し、鮭の塩焼きなど朝食を平らげた。
今日は定休日。店が休みのこの日に色々と手続きとルシアにこの都市を案内する予定だったが予想外の出来事で時間を食ってしまった。
家の事はオートマタ達に任せて、玄関へ行くと後ろを歩いていたルシアに待ったをかけられた。
「シン、その甲冑姿で街を歩くのですか?」
「?そうだが、何か問題でもあるか?」
ルシアが「はぁ」とため息をついた後「ちょっと来てください」と、腕を引っ張られて俺の部屋に連れてこられた。
ベッドと机以外何も置かれていない部屋。それ以外は全て防犯上の理由から<アイテムボックス>にしまっている。
「甲冑以外の服をここへ出してください」
ルシアがベッドを指さしながら言うので、言われた通り甲冑以外の服をベッドの上に出していく。
「これだけ…ですか?」ルシアが唖然とする視線の先には、道着・下駄、<天馬洋服一式>、麻の服 以上。
3つの選択肢の中から「これに着替えてください」と<天馬洋服一式>に着替えることになった。着替えようと甲冑を脱ぎ始めると、「ちょっと待ってください」と顔を赤くして慌てて部屋を出て行くルシアを見送ってから<天馬洋服一式>へ着替えた。
部屋を出ると真剣なまなざしでルシアから「今日は服屋に行きましょう」と言われたので反射的に頷いてしまった。
◇
「うわぁ、活気がありますね」
「そうだな」
家を出てから西へ進み、北大通りで行われている朝市にやってきた。
従魔達は人が多いため、影の中に入ってもらっている。
城郭都市プロセディオの北大通りでは毎朝朝市が開かれ、その日水揚げされたばかりの新鮮な魚や採れたての野菜や果物が並ぶ朝市には多くの住民がやってくる。
これからはここで野菜や肉を仕入れないといけない。
なぜなら<飢えない食卓>で食べられるものが限られているからだ。
15年以上森の中で暮らしたため、前世の料理をほとんど忘れてしまっている。
そのため、出来るだけ自作できるように今から動いておかなければならない。
「いらっしゃい!うちの野菜はすべて今日の朝とれた新鮮な野菜だよ」
朝市に並ぶ露店の1つに立ち寄り、店に並ぶ野菜を鑑定すると収穫後数時間しかたっていないので店主が言うようにすべて鮮度が良い。
「では、銀貨1枚で店主が選んでくれないか?」
「野菜買うのに銀貨1枚って、あんた変わっているねえ。隣にえらい別嬪さんがいるがもしかして貴族様かい?まあいいや、ちょっと待っていてくれ」
店主が並んでいる野菜を袋いっぱいに入れて渡してくれた。
鑑定でみた適正価格の合計が銀貨1枚よりも高かったので店主が割り引いてくれたのだろう。
これからも贔屓にしていこうと思いながら、渡された袋を持っている綿の袋経由で<アイテムボックス>に入れて買い物を続けた。
朝市を回りまだ買っていない肉や魚、東部公爵領にあるダンジョンでとれる香辛料等の買い物が終わると「さあ、次は服屋に行きましょう」と服屋に連れていかれた。
ルシアが色々な服持ってきてはコーディネートしてくれるのだが、俺はあまり服にこだわりがないので、話を逸らすためにルシアも自分の服を買うように言ったのだが「どちらが良いでしょうか?」と服を選ぶたびに聞いてくる。会計が終わり、店を出た時には日差しが真上から地上を照らしていた。
昼食は屋台で済ませて、本屋にきた。新しい本を物色しながらルシアには好きな本があればまとめて買うから持ってくるように伝えている。かごに欲しい本を入れていると、ルシアが1冊の料理のレシピ本を抱えてやってきた。「それでいいのか?」と聞くと、どうやら家で料理を作りたいらしい
ルシアが持ってきた本をかごに入れて会計をすると割引して白金貨2枚と金貨6枚。この世界の本は高いと改めて実感した。
本屋を後にしてからは各ギルドで、奴隷用のカードを発行してもらう。これは奴隷に買い出しをさせるギルド員に配慮して、奴隷が買い出しに来ても同じだけの割引を受けることが出来る。
これからの事を考えると発行しておく必要のあるカードを各ギルドに発行してもらい帰路に着いた時だった。
「きゃああああ」と少女の悲鳴が通りに響いた。
悲鳴が聞こえた方を見ると6歳前後の少女が鎧を着た青年にぶつかり尻もちをついていた。
(なんだ。あの実用性皆無の鎧は…)
青年の着ている鎧には所々に金や宝石で飾り付けられており、実戦では無駄でしかなかった。
「貴様!この鎧に傷がついたらどうしてくれる」
「ゲース様。当たったところに傷が!」
「な~に~、この白金貨1枚もする鎧に傷だと!くらっ」
「ゲース様。お気を確かに。おい、そこの小娘なんということをしてくれたのだ。親はどこだ!」
ゲースと呼ばれた男が白目を向き倒れそうになったところを両側にいた2人の御付きが支えて少し離れたところにマントを敷いてゲースをその上に寝かせた。
「すみません。退いてください!」
「あ、おかあさ~ん」
「アンナどうしたの。なにがあったの?」
異変に気が付いて駆け付けた20代前半の母親に少女は泣きついた。母親は少女に事情を聴いているが泣いているため、状況を理解できずにいた。
「貴様が母親か。貴様の娘がゲース様にぶつかり鎧に傷を付けた。どう責任を取るつもりだ」
「そんな。傷なんて…」
御付きの男がゲースの鎧についた傷を指さすが、母親からは見えないため戸惑っていた。
「こ、ここは」
横になっていたゲースが目を覚ました。
「お気づきになりましたか」
「確か鎧を…そうだ、鎧を傷つけおってどう責任を取ってくれるのだ!」
「ゲース様。あそこにいるのが鎧を傷つけた小娘の母親です」
ゲースが御付きの者に支えられながら起き上がると
「ほお、なかなかに美人ではないか。よし、お前が身体で払うなら許してやろう」
少女の母親の容姿を見て怒りが欲望に変わった。
「そ、そんな…、傷なんてどこにも」
母親には少し離れているとはいえ、立ち上がったゲースの鎧に傷があるようには思えなかった。
「うるさいぞ。こちらのゲース様は錬金ギルド総本部長であるアゲーロ様のご子息だぞ。そんな方の鎧に傷を付けたのだ。責任を取らねば、これから薬やポーションは手に入らないかもしれないぞ」
母親の表情からこのままでは埒があかないと思ったのか御付きの脅しの文句を言った。
御付きの者の脅しに母親はどうしていいかわからず、泣き続ける娘を強く抱きしめた。
シンはその光景を見てから、周囲を見渡した。
(それで周りは見るだけで止めようとしないわけか)
周囲はこの光景を見て、拳を握る者、唇を噛みしめる者様々だったが、一貫して介入しようとはしていない。
ただ、偉いものの息子であることはわかったが、それだけで誰も動かないことを疑問に思ったので隣で見ている者に理由を聞くと、錬金ギルド本部の長の息子であることが要因らしい。
この世界では怪我や病気をした場合、治癒魔術か薬やポーションで治療する。
治癒魔術はどんな怪我や病気を治すことができるが使い手が少なく教会がほぼ独占しているため、高額でとても普通の市民では受けられない。
一方、薬やポーションはランクが低い物ならば庶民でも買うことができるため、市民の生活にはなくてはならない物である。
しかし、その薬やポーションを作る錬金術師が売ってくれなくなったら怪我や病気になった時助からない可能性が高くなる。
そのため、明らかに言いがかりとわかっていても止めることができないらしい。
これは警備の騎士にも言えることのようで、視線の先に誰かが呼んだのだろう警備員も遠巻きにこちらをうかがっていた。
(ばかばかしい)
説明を聞いてあまりにも腐ったこの国の裏にあきれていた。
そしてなおもゲース達の言いがかりを受ける母娘に向けて歩き出した。
「ルシアはここで待っていろ」とルシアに声を掛けた後。影の中から出ようとする従魔達も出てこないようにと命じる。
「何だったら、その娘にも「おい」貴様なんの用だ」
「少し黙っていろ」
ゲース達に黙るように言ってから、上着のポケットから取り出すような仕草をしながら母娘の前にまで行き膝を折って目線を合わせた。
「腕が擦りむいているな。これを飲め」
少女が倒れた時に腕を擦りむいているようだったので<アイテムボックス>から取り出した下級ポーションを差し出した。
少女は恐る恐る受け取り、飲み干す。
飲み干した直後から傷口が塞がり、傷ができる前の状態に戻った。
後ろから騒ぐ声がするが無視して、母娘を見ていたが、傷が消えたことに驚いていた。
「ありがとうございます。こんな貴重なものを頂いてなんとお礼を申し上げてよいか」
「おにいちゃん。ありがとう」
母親が頭を下げ、娘が笑顔を向けてきたので、こちらも笑顔を向けて「気にするな」と答えた。
そして、立ち上がって後ろで騒ぐゲース達の方に振り向いた。
「貴様。どういうつもりだ。いきなり着てその小娘の傷を癒すなど」
「見ていて見苦しかった。それだけだ。そんな目を凝らさないと見えない傷で騒ぐなどお前の親はどういう教育をしてきたのか」
「貴様!パパをバカにするのか」
「ゲース様。この男武器を持っていないようです。ここで切り捨ててしまいましょう」
御付きの男達がこちらを見て武器を持っていないことを確認してから剣を抜いた。
「いま謝るなら、もしかしたら許してやるかもしれないぞ」
ゲース達が嫌らしい笑みを浮かべてこちらに聞いてくる。
周囲は剣が抜かれた為、息をのんで状況を見守っていた。
警備の騎士もさすがに死者が出ると厄介なのでいつでも介入できるように剣に手をかけた。
それらを見て、シンは剣を抜いた御付きの男達に問うた。
「剣を抜いたからには死ぬ覚悟は出来ているのだろうな?」
「なにを言っているのだ。まだ、自分の立場が分かっていないようだな。お前たちやってしまえ」
一瞬御付きの男達の足が止まりかけたが、ゲースの言葉により、止まることなく近づいてくる。
(忠告はした。それでも剣を抜き近づくというのなら…)
男達は剣が届く距離まで近づく、相手は俺が武器を持っていないことで怖気づいていると思っているのか余裕の表情をしている。振り上げられた剣を振り下ろそうとしたとき、俺は動いた。
男達の背後に移動し、首に手刀を入れて首の骨を折る。その後、ゲースの目の前に移動していつでも潰せるように喉を握った。
ゲースは現状に理解が追いつかず、しかし、喉を抑えられた痛みと呼吸ができない苦しみで呻いていた。
「だ、だずげで」
必死に手を叩くので、両肩を外す。「ぎゃああああ。だずげでえええ」と近くで助けを求めるが顎を無くすと話せなくなるので残しておいた。
しかし、シンの口から出た言葉は求めていた答えとは程遠い無情なものだった。
「さて、俺に剣を向けた者には一生動けないようにした。そのままにするといずれ死ぬだろう。お前は俺を殺そうとした。この落とし前をどうつけるつもりだ」
ゲースは脳へ酸素が届かず思考停止の状態に陥っていたが、体は無意識に喉を掴む手を外そうとするが肩が外れているため首を軸に身体を揺らす姿は滑稽だ。
周りもその光景をただ見守ることしかできないでいたが、職務によるものかそれともゲースが死んだ場合の自身の将来のことをおもってか警備員がはっとして動き出す。
警備員が間に入り、「手を放しなさい。このままだと死んでしまう」と言うので仕方なく、手を離したが、むせて蹲るゲースから片時も視線を離さない。
「君、少し落ち着いて。さすがにやりすぎだ」
警備員が俺の行動を行き過ぎと注意する。
「貴方は、今まで何をしていた。後ろにいる母娘を助けることもせず、俺が斬られそうなときも動かなかった。何もしないなら、最後まで動くな」
俺はゲースから視線を離さずにこれまで動かなかった警備の騎士を非難した。
警備員が息を飲んでいる。この程度の言葉で言葉に詰まるなら最初から間に入るなと思うが今はそんなことはどうでもいい。
「それで、どう落とし前をつけるつもりだ」
動かなくなった警備員を無視して、まだ満足に息ができないゲースに再度訊ねる。
「ぎ、ぎざま、ごんなごどをじでだだでずむど…ひぃぃぃぃぃ」
上目遣いにこちらに恨み言をいうゲースに一歩近づくと地面に座った状態で後ずさりながら距離を取る。
ゲースの顔は悪魔を見るように恐怖に彩られていた。
さすがに不味いと思ったのか警備員がゲースを隠すように間に入ってきた。
どうするか。視線の先にいる警備員を殺すことはたやすいが後で面倒事になる可能性が高い。どうやってこの邪魔者を面倒事にならずに排除するか考えていると、誰かが右腕にしがみついたので、冷や汗をかいて青白い顔をしている警備員から視線を外し、右腕を見ると先ほどポーションを上げた少女がしがみついて涙を流しながら見上げていた。
「おにいちゃん。もういいよ。わたし、おにいちゃんのおかげでなんともないよ?もうこわいおにいちゃんはみたくない。えがおのおにいちゃんがいい」
少女の目と言葉を聞いて、この場は少女に免じて矛を収めることにした。
「怖いものを見せてしまったね。もう大丈夫だから、お母さんのところにお戻り」
膝を突き、少女の目線まで視線を下げ、頭を撫でながら笑顔を向ける。
少女が頷き、母親の所に戻っていくのを笑顔で見送りながら警備員だけ聞こえるように告げる。
「この場はあの少女に免じてあなたに預けよう。もし、そこの男に正しき裁きがなければ、俺が裁きに行こう」
それだけ言うと立ち上がりゲーロの方へ歩く。
止めようとする警備員に「何もしない」と手を振り、おびえて動けないゲーロの横に立ち「2度はない」と告げてからルシアが待つところへ戻り、その場を後にした。
その後風の噂でゲーロは殺人未遂の容疑で逮捕され、奴隷落ちとなったと聞いた。
◇
家に戻った直後。影から小さいサイズの『ライ』と『アイシャ』と飛び出てきた。
そして俺の前に座り、見上げる。その瞳には怒りが宿っていた。
「主!なぜ我々を出して下さらないのですか!」
「そうです。私達は寂しいです。もっとかまってください!」
「『アイシャ』!そうではないだろう」
言い出した直後に仲間割れを始めた2匹を撫でる。揉む。櫛を出して毛を梳かした。
「シン様。そこ、そこです~」
「主!僕が言いたいのはクーン」
1時間。これまでで一番長かった。2匹は眠ってしまったので、俺のベッドの上に連れて行った。
『アイン』と『ヘレナ』から家を出ている間に変わったことはなかったと報告を受けてから、ギルドを回った時に買付けた素材と魔力をタンクに補充してから、黒竜甲冑に着替えて、今日は一人で森の中へ行き鍛錬をした。
森から自室へ戻ると2匹が起きていた。
「僕達は主にとって必要なのだろうか?」
「『ライ』は気にしすぎだよ。シン様は私達の事を大切に思ってくれているよ」
「本当にそうだろうか…」
2匹がベッドの上で何やら話し合いをしていた。『アイシャ』が右の前足で『ライ』の背中を優しく叩きながら慰めている。
俺は気配を消して2匹へ近づき抱きしめた。
突然の事に暴れる2匹に「俺だ。安心しろ」と言うと大人しくなった。
「いまの話。聞かせてもらったよ。寂しい思いをさせてすまないな」
「主にとって僕達は必要ですか?」
不安そうに見上げる『ライ』に「当然だ」とはっきりと言ってやる。
2匹は一番長い付き合いの家族。これからもそれは変わらない。
昔したようにガシガシ撫でてから「いくぞ」と声を掛けて夕食を食べに部屋を出ようとすると「ワン!」と元気な声で鳴いて駆けよってきた。
『ライ』の後ろ姿を『アイシャ』が優しい目をして見つめていた。
◇
部屋を出るとちょうどルシアが「夕食ができました」と呼びに来た。しかし、どこか落ち込んでいるように見えた。
リビングに行きテーブルを見ると少し形が崩れた金目鯛に似た魚を使った焼き魚が置かれている。
席につき全員で静かに食べているとルシアが両手を膝に置いて哀愁を帯びた表情で下を向いている。
「すみません。うまく作ろうとしたのですが…」
「最初からうまく事はほとんどない。これから頑張っていけばいい」
ルシアが呼びに来たとき指に布が巻かれていたので理由を聞くと初めて包丁を使ったそうだ。
初めてでも俺のために頑張ろうとしている者を責めるつもりはない。
下級ポーションを渡して傷を治すように伝えた。
塩を使いすぎた焼き魚を口に入れた後にパンを食べて、塩の薄い野菜スープで流し込んだ。
(最初から手の込んだ料理に挑戦しなかったのでよしとしよう)
ルシアの初めての料理を食べ終わった後、食後のお茶を飲みながら、昨日伝え忘れていたルシアにしてもらいたい仕事を伝えた。
「ルシア、【描写】スキルを使って店の商品へのロゴのつける作業とこれまで食べた料理を紙に写してくれないか」
これまで1つ1つ刻印をしていくのは手間がかかる為、【描写】スキルで作業の効率化をしようと思っている。
また、<飢えない食卓>を使う際には料理をイメージする必要がある。そのため、紙に写してもらうことによりイメージしやすくする。
俺が仕事内容を伝えるとルシアが眉を顰めている。
「シンはいつ私のスキルを知ったのですか?」
どうやら仕事内容に不満があるようではないよだ。
「言っていなかったか?俺は鑑定のスキルを持っている」
<詳細鑑定>とは言わない。神スキルを持っていることが分かると不審に思われるかもしれない。
「そうでしたか…【鑑定】スキルを持っている者はほとんどいないため各国が保護しようとします。今後は相手が話していないスキルは言わない方が良いですよ?」
そうだったのか。講師の仕事の際などに使うつもりだったので、先に指摘してくれて助かった。
ルシアに料理を【描写】するための紙を渡すと「今日の夕食は描写しなくてもいいですよね?」と恥ずかしいのか顔を赤くして聞いたので頷いておいた。
◇
―グガァァァァァァ
―ブチ、ボリボリ
シンとルシアが朝市に行った同時刻。1匹のドラゴンがシルバ大森林に住み着いた。
ドラゴンはこの世界でも最強種であるが、シルバ大森林は中央に行くほど強い魔物が住んでいる。
それはドラゴンよりも強い。
やってきたドラゴンはそれを感じ取り自分より強い魔物のテリトリーに入らないギリギリのところに住み着いた。
しかし、そこにはもともと住んでいた魔物がいた。
グレートワイルドベアー。グランドベアーよりもさらに4m大きい魔物である。
しかし、ドラゴンの前では歯が立たず、今まさにドラゴンに頭から食べられて地面に血を飛び散らせている。
他の魔物は恐怖した。次は自分たちだと、自分たちより強いグレートワイルドベアーが食べられている。あのドラゴンに束になって襲っても食べられるだけだろう。
いままさに胴体部分を食べられているグレートワイルドベアーを見て本能が「逃げなければ、次は自分だ」と訴えかける。
それからは早かったその近辺の魔物が森の浅い方へと移動を開始した。
森の奥にする強い魔物が弱い魔物に近づくとどうなるか。
弱い魔物はさらに弱い魔物の方へ逃げる。
そして、徐々に森から出てくるものが現れる。
奇しくもその方向は城郭都市プロセディオであった。
◇
「シン、お茶にしませんか?」
「そうだな」
鍛冶部屋のベンチで新作の剣を見ていると、ルシアがお盆にお茶とお茶菓子を乗せてやってきた。
ルシアと朝市に行ってから7日。ルシアは<料理>スキルを取得し、今は普通に美味しい。店の経営はいまのところ問題なくこなせている。
ルシアには店と料理、『アイン』『ヘレナ』には料理以外の家事等、力仕事と厄介事の対処は戦闘用オートマタ『ウォーリア』シリーズ陸戦型『ランドバロー』1~3がする。
その間。俺は鍛錬や物づくり等気ままな生活を送っている。
(それも入学式までだけどな)
学園に通うようになれば、こんなのんびりとした生活はできなくなるだろう。
「その剣は何で出来ているのですか?」
お盆を挟んだ所に座ったルシアから新作の剣について質問された。
「これは魔鉄製の剣だ」
インゴットを作る際に大量に魔力を使用することで魔力含有量の多い『魔』シリーズの金属が出来上がる。
『魔』シリーズの特徴は空きが多いこと。
例えば、剣に火の魔石をはめ込むと剣から火を出すことができ、付与魔術により<斬撃力上昇>を付与すれば、切れ味が上がる。
それらの効果を加えることが出来る量が普通の武器に比べて多いこと以外は普通の武器と変わらない。
「そういうわけで、この剣には<斬撃力上昇×10><強靭性上昇×10><伸縮性×10>が付与している。この剣なら大抵の相手は斬ることが出来るだろう」
付与魔術のレベルに応じて1度に付与できる質や量が変わる。レベルⅠなら<斬撃力上昇>だがレベルⅩなら<斬撃力上昇×10>になる。
剣を脇において、感心しているルシアと一緒にお茶とお茶菓子を食べていると『アイン』がやってきた。
「シン様。この都市に魔物の大群が押し寄せているようです」
どうやら、入学式に行く前に面倒事の予感がする。
◇
城郭都市プロセディオ 領主執務室
「領主代行。シルバ大森林から魔物が群れをなして襲来いたしました!」
領主代行フォルス・ウィスダムは手元にある入港許可証に承認印を押してから、執務室に慌てて入室した騎士に目を向ける。
「それで規模は?」
過去にも魔物の襲来はあったが、数日で対処できる程度の規模であったため、慌てることなく入室した騎士に訊ねることが出来た。
「平原を覆いつくす程です!」
ガタッと椅子から立ち上がったフォルス領主代行。
「第一補佐官。直ちに騎士団を西の城門へ向かわせろ。それと冒険者ギルドに冒険者の派遣要請。鍛冶ギルドと錬金ギルドに武器とポーションを拠出するように伝えろ。次に第ニ補佐官。魔術ギルドに魔術師の派遣要請。それと港の封鎖及び市民へ外出禁止令を出す。蔵を解放し、食料は配給制とする。行け!」
「「はい!」」
2人の補佐官が執務室から出た後、フォルス領主代行は一通の手紙を書き、封をした。
「君、名前は」
「カールであります!」
「君にはこれから快速船を使い、西部公爵にこのことを知らせてもらう。この手紙と快速船の使用を許可する札を渡す。必ず届けてくれ」
「はっ、この命に変えましても届けます!」
バタンッと扉が閉まり、誰もいなくなった執務室。フォルス領主代行は自らの椅子に腰を下ろし、目をつむる。これから起こるであろうことを思うと自然と、はぁ、とため息をついた。
3時間後。
「フォルス様。ご指示通り、各ギルドへの支援要請を行いました。結果、冒険者ギルドはDランク以上の冒険者とパーティー、クランに強制依頼を出すと返事がありました。鍛冶ギルド及び錬金ギルドからも武器・ポーション等の支援を取り付けました。一方、魔術ギルドは各ギルド員への参加は本人の意志に任せると。商業ギルドも港の閉鎖について抗議が来ています」
フォルス・ウィスダム領主代行は執務机に座り、補佐官の報告を聞いていた。
魔術師は傲慢でいい加減なものが多い。やる気のある者だけでも参加してくれればよい。
商業ギルドの抗議は無視だ。現状港の封鎖を解除したら港から全ての船がなくなるだろう。
最悪船を強制徴収して、脱出時に使用する。
「失礼します。ガウス騎士団長が報告に来られました」
「通せ」と言うのと同時に分厚い鎧を着た熊のような男が入ってきた。
「フォルス。あれはやばい」
フォルスとガウスはホープン学園の同級生であり、友人。
体格の優れ、豪快な性格と短く刈りこんだ赤髪、顔と身体が熊のようなガウスと金髪を後ろに梳いて顔が良く、水属性魔術の使い手として冷静に物事に対処するフォルスは当時学園では有名であった。
「ガウス。お前は話を端折りすぎる。どうやばいのかを言わないか」
「おう、すまん。いまは足の速い魔物が城壁に辿り着いているが、後ろに大柄で、力の強い魔物がいる。あいつらが城門に辿り着いたら持つかわからん」
「何日もちそうだ」
「参加する冒険者や魔術師の数によるが、早ければ5日、どんなに持っても7日だろう。いま城門内側の補強作業をしている」
「そうか。冒険者ギルドからDランク以上の冒険者が応援に向かう。魔術師はわからん。参加したい者だけが参加する」
「魔術ギルドはいつも通りか。わかった。来たら仕事を割り振ろう。それじゃあ、城門にもどるわ」
「頼む」
ガウス騎士団長は右手を振りながら、部屋を出て行った。
5日。ちょうど西部公爵へ送った手紙に最短で返事をした場合にこの都市へ届く日数と同じだ。
(最悪、この都市を放棄することも考えておかなければ)
関係各所に先ほどの情報を共有するように伝えた後、フォルス父であり領主である男の部屋へと向かった。都市放棄の決定は領主しかできない。
皇国では皇帝の承認がなければ領主の交代は原則認められていない。唯一、領主が死亡した場合は承認を得ることなく交代が可能であるが、父親であるフォンテイン・ウィスダムが生きているため領主の仕事のほとんどを行っていても領主代行と名乗る必要がある。
閑話休題。
◇
―ドンドンドン
魔物の大群が押し寄せて来た日から5日目の朝。
領主から外出禁止令が出ているため、俺は店を閉めて、リビングのソファーに座り、のんびり過ごしている。
食糧は配給制になっており、決まった時間に広場に取りに行く必要がある。しかし、俺の家では食糧には困っていないため、配給権をマリアさんに渡した。
現在どうなっているかわからないが、もしもの時は転移で逃げることが出来るため、ゆっくりしていたのだが、突然玄関から強く扉を叩く音が聞こえた。
『アイン』が玄関へ向かい、封をされた1通の手紙を持って戻ってくる。
「シン様。フォンテイン・ウィスダム氏に仕える侍女がこの手紙を渡してほしいと言って帰っていかれました」
差し出された手紙の封を開けて中を読む。
読み終わると手紙を閉じ、自室にあがる。
革服から転生して以降着ていなかった<神龍甲冑>へ着替えて、リビングへ戻るとルシアが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「どうされたのですか?」
「少し出てくるから家の事は任せる」
「は、はい。行ってらっしゃいませ。どちらまで行かれるのですか?」
「西にいる魔物の大群」
止めようとするルシアに「心配ない」と頭を撫でる。
玄関を出ると外出禁止令が出ている為か、通りには誰もいない。
「『アイシャ』」
「グルゥ」
俺が跨ると、『アイシャ』が空気を掴みながら、天に向かって走り出す。
目指すは西の城門。魔物の大群と戦っている場所だ。
俺がいなくなった家の傍、1つの影が領主の城へ向かって消えた。
◇
城郭都市プロセディオ西門。
シルバ大森林から魔物の大群が都市に入るために押し寄せ、警備隊・騎士等と激戦が城壁を挟んで行われている。
「矢が切れた。矢の補充はまだか!」
「城門に粉犀が取りついたぞ。魔術師迎撃しろ!」
「魔力切れだ!魔力回復ポーションはまだか!」
「まずい。城門がそろそろ持たない」
昼夜問わず絶え間なく行われている魔物の攻撃に、城壁にいる者達は皆、疲弊していた。
いつ終わるかもわからない現状に心身ともに限界に近い。
(まずいな)
指揮を執るガウス騎士団長は現状では明日までが限界だろうと判断していた。
西部公爵からの援軍が来る可能性もあったが今朝援軍を送るには10日かかると手紙をよこしてきたと連絡があった。
(なぜ。まだ避難が開始されていない!)
このままでは持たないと進言したはずだ。しかし、まだ都市の住民に避難勧告を出さない友人に怒りを覚えていた。
「騎士団長、このままでは…」
「わかっている」
補佐を務める騎士からの進言に答えながら、どうするか考えていた。
「城門の閂にひびが入ったぞ!」
予想していたよりも早い事態の急変に対応するため、指示を出そうとしたとき、視界の端に白銀に輝く鎧を着た人影が魔物の大群の真ん中に落ちて行くのが見えた。
「おい、人が落ちて行くぞ!」
「騎士団長!魔物の大群に人が!」
「わかっている!」
どこから現れたのか。突然の事に驚いていると、さらなる驚愕すべき事態に戦闘中にもかかわらず意識の多くを白銀の騎士に向けていた。
◇
―ドスン
―ブス
「グガアアアアアア(いてええええええ)」
俺は魔物の大群の真ん中で立ち上がって偉そうに腕を組んでいた魔物。『グレートワイルドベアー』の上空に辿り着くと『アイシャ』の上から飛び降りた。
そして、8mの大きさを誇る『グレートワイルドベアー』の真後ろに着地した俺は降りる間に取り出した<常闇戦斧>の先をちょうどいい高さにあったお尻に突き刺している。
着地の瞬間音が出た事とお尻の痛みで俺の存在に気が付いたようだ。
腕が迫るので、お尻から<常闇戦斧>を引き抜きながら斜め後方に飛ぶ。
そこへ絶妙なタイミングで現れた『アイシャ』の背に乗り、上空へ退避する。
『グレートワイルドベアー』の体毛が茶色から黒へと変色していき、全身が黒くなると突然隣にいた『ワイルドベアー』へ攻撃を行う。
魔物の大群で最大最強種の『グレートワイルドベアー』が味方を攻撃した。
魔物達が混乱する中、別の場所にいる『グレートワイルドベアー』の下へと向かい、同じように降りたのだが今度は避けられた。前方へ器用に避けた『グレートワイルドベアー』と正面から対峙することになってしまった。
ちょうどいい実戦の機会の機会だ。切れ味を確認するため魔鉄製の剣へ変えよう。
「グガガアアア(死ねやあああ)」
武器を変えた直後。グランドワイルドベアーが巨大な右腕を振り下ろす。
俺は後ろでも横でもなく前に行く。股下をスライディングしながらよける。
ドカンと巨大な腕による一撃は大地を抉り、周りにいた魔物達に無数の土の塊が襲い掛かる。
背後に回り込んだことで相手の視界から消えたことを利用して背後から2振り、両足のアキレス腱を切り裂いた。
潰れたか確認するために腕を上げようとしたところだったため、踏ん張ることが出来ずに、「グガ!?(なに!?)」と驚きながら四つん這いになったグランドワイルドベアー。
その背中に飛び乗り、駆ける。背中の真ん中辺りで飛びあがり、真下にある後頭部に剣を突き立てた。
◇
黒い穴に取り込まれていくグランドワイルドベアー。
周囲を見渡すと足がすくんでいる魔物ばかりだ。
そんな中、ガキンッ、ザシュッとわき腹に衝撃があった。
衝撃があった箇所を見ると『ブラックレパード』という3m級の黒豹が甲冑に牙をたてた状態で死んでいた。
影から『ライ』が顔を出して喉に噛みつき、口内から頭にかけて剣状になった甲冑の一部が飛び出している。
甲冑の自動防衛より早く攻撃をあてることが出来たことに称賛を送る。
全身を出した『ライ』の頭を撫でながら黒い穴に取り込まれていくブラックレパードを見送った。シュタッと『アイシャ』が空いている俺の隣に降り立った。
「さあ、狩りを始めよう」
俺は2匹の従魔に声を掛け、周囲を囲む魔物達に襲い掛かる。
その直後。自分たちの中でも強者中の強者が何もできずに殺され、その矛先が自分たちに向いたことを理解した魔物達は我先にと森へ逃げ始めた。
しかし、逃がすつもりはない。一匹残らず狩りつくす。
逃げる魔物を後ろから次々と殺して行く。それからは戦いではなく、虐殺が始まった。
◇
先頭を走る3m級サーベルタイガーは何度も後ろを振り返った。その度に後ろを走る者達の数が次第に減っていく。サーベルタイガーは恐怖を抱いた。ドラゴンから逃げるためにここまで来たのになぜこんな化け物がいるのかと。目の前の化け物から逃げるため悲鳴を上げている足を意志の力でさらにスピードを上げて「もうすぐ森にたどり着ける!」と思った時、首を刎ねられて黒い穴に取り込まれた。
城を攻めることに夢中であったサルの魔物には先ほどから違和感があった。弱い自分たちに攻めさせて後方で城門が壊れるのを待っている強者たちの気配が時間を経るごとに減っていることに。最初は魔物同士で殺し合いでも始めたかとも思っていたため気にしなかったが、気配がほとんどなったので気になって後ろを振り向いた。目に入るのは森へ逃げていく強者たち。それも数はほとんどいない。
「ウキ?」
そして逃げていく魔物たちは1人の人族と巨大な狼と虎によって殺されて、黒い穴に取り込まれていく。
「ウキキ?」
最後のサーベルタイガーの首が人族によって刎ねられたとき、見も毛もよだつ恐怖に襲われた。
「ウキ!?」
サルの魔物は信じられなかった。あれだけいた強者たちがたった1人と2匹に殺されたのかと。
そして、次に狙われたのは少し離れた門の辺りを攻めているオーク。
身体を半分にされて黒い穴に取り込まれている姿を見て、慌てて森の方へ逃げた。
この英断がサルの魔物の命を助け、今回の襲撃により魔物が消えた地域において王として君臨する『キングコング』に進化を遂げる。
◇
城壁の上から『グレートワイルドベアー』や『ブラックレパード』が黒い穴に取り込まれる光景をガウス騎士団長は指揮しながら見ていた。隣にいる騎士も同じだった。
森に逃げ込もうとした討伐ランクAの3m級サーベルタイガーの首を刎ねて止まった白銀の騎士と白銀の狼と白い虎。最初に『グレートワイルドベアー』の色が変わり、周囲にいる魔物を攻撃し始めて、頭を噛みつかれて死んだのを見たときも驚いたが、あの1人と2匹が城を攻めていた魔物の半分を殺したことの方がもっと驚いた。
「彼はいったい誰ですか…」
「わからん。しかしあれほどの実力を持った者がこの都市にいるとは聞いたことがない」
今回の戦いにAランクパーティーが参加してくれているが、一緒に城壁の上で戦っていた。話している間に白銀の騎士と2匹の獣は城壁を攻める最後尾の魔物達に襲い掛かり、死体は黒い穴に取り込まれている。
(誰かは知らぬがこれならばなんとかなる)
白銀の騎士が誰かは知らないが、魔物を攻撃している以上こちらの味方だ。城壁にいる兵士達に白銀の騎士と2匹の獣は攻撃しないように伝令を出した。
◇
(こんなものか)
これまで見たことも戦ったこともなかった魔物と戦えて楽しかった。
グランドワイルドベアーは巨体と力を使った一撃、ブラックレパードの奇襲。どれももしかしたら俺は傷を負っていたかもしれない攻撃だった。しかし、それ以降俺に戦いを挑む魔物は現れず、今は目の前で背中を見せる魔物を斬る作業になっている。
戦うことは好きではあるが、好んで戦いたいとは思はない。平和で穏やかな生活が一番だと思う反面、どこかで誰かと戦いたいと刺激を求めている自分がいる。そんな自分を追い払いながら、城壁を攻めている最後尾のオークに向かって駆けた。
それからしばらくして城門を開けようとしていた分厚い瘤のような頭をした犀の首を切り落とし、城門の無事を確認してから残りを一掃、城壁にとりついている魔物も一掃した。途中から城壁の兵士達もこちらの援護をしてくれるようになったがウィスダムさんから何らかの指示があったのかもしれない。
(これで最後だ)
最後のオークの首に剣を突き刺した。これで終わりかと一息ついたところで、「ドラゴンだ。ドラゴンが来たぞ~!!」と城壁の上から空に向かって叫ぶ声が聞こえた。
空を見上げると赤い鱗のドラゴンが城へ飛んでくるところだった。
ドラゴンは城壁の近くまでやってくるとホバリングをしてから息を吸い込み、火球を城壁の上にいる人族に向かって飛ばした。
「た、退避~!!」
城壁の上にいた騎士が火球から逃げるように指示を出した
―バン
火球が当たった場所は無くなり無くなった箇所周辺は黒く焦げている。
「誰かあのドラゴンに攻撃しろ!」
「無理だ。あんなところまで届く魔法などドラゴンに効くはずがないだろう!」
城壁の上では上空にいるドラゴンへの対応について有効な手段がなく、冒険者の中には逃げ出すものまで出ていた。
(これは楽しめそうだ)
俺は<重力魔術:過重力>により、ドラゴンに飛べない程の重力をかけた。
―ドスン
ドラゴンが地面に叩きつけられたが、何が起こったのかわからずにいるドラゴンへの重力を解除して近づくとドラゴンは俺に気がつき、自身に土をつける屈辱を与えられた仕返しのつもりなのか火球を放ってきた。
同じ強さの火球を放つことで相殺し、その後に放った<複合(光・時空)魔術:時限光球>がドラゴンの目の前で弾け、視界を白く染めた。
―グガァァァァァァァァァ
悲鳴を上げるドラゴン。俺は高く飛びあがった。そして昔黒竜の首を落としたように<斬龍刀>を振り下ろした。
刀の重さにより地面が割れる。その後にドラゴンの首と胴体が倒れる音が周囲に響いた。
(これで終わりか)
<斬龍刀>を黒い穴に取り込み、ドラゴンの死体も取り込みが終わった。
これ以上生きている魔物はいないので、従魔達を影に入れ、<時空魔術:転移>で家に帰った。
◇
城壁の上にいた者は皆、茫然と白銀の騎士が消えるのを見送った。
「何者だったのでしょう…」
「俺が知るか!」
ガウス騎士団長は感情の制御が出来ずに怒鳴るように答えたが、それは仕方のないと周りにいた誰もが思った。
ドラゴンは討伐ランクS。つまり人族にとっては最強種。都市や国の存亡にかかわる存在が、たった1人によって死んだ。それも一刀によって首を斬られた。巨人族でも使わないような武器を使いドラゴンを殺した者が何者であるかこの場にいる誰もが知りたいことだろう。
ドラゴンを殺した白銀の騎士は間違いなく都市を救った英雄であり、一人で魔物の中に飛び込んだ勇者だ。
興味が沸かないわけがない。血がたぎらない男がいるだろうか。あれほどの人族が存在する。教えを請いたい。どうやってあれほどの力を手に入れたのかを知りたい。
しかし、そう思う反面。あれほどの者を野放していいのか?自由にしていいのか?と恐怖している。
(あとでフォルスに聞いてみるか)
物知りな友人にこの後報告の際に聞くことにして、城壁周辺の復旧のために指示を出すことにした。
◇
自室に戻り、ルシアが選んでくれた黒い革服に着替えてから、リビングへ向かうと、椅子に座っていたルシアが立ち上がり、抱き着いてきた。
「シン、おかえりなさい」
「ただいま」
抱き着いて離さないルシアの頭を撫でている。
顔を上げると『アイン』と『ヘレナ』からも「シン様。お帰りなさいませ」と言われえたので「ただいま」と答えた。
視線を下げて、いつまでも離れてくれないルシアに目を向けるとルシアも俺の顔を見上げていた。
「シン。心配しました」
「そうか。心配させてしまったか」
「これからはあまり危険なことはしないでくださいね」
「善処する」
はあ、とため息をついたルシアは「食事の用意をしますね」とキッチンに向かった。
「シン様。ルシア様はずっとシン様の身体を案じておられましたよ」
「これからはお体ご自愛下さい」
「善処する」
はあ、とため息をついて離れて行く『アイン』と『ヘレナ』。
最近学習してきたためか人間味が増しているように感じた。
それから入学式前日までは何事もなく時が過ぎた。
「行ってくる」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。無事のおかえりをお待ちしています」
「シン様、『ライ』。いってらっしゃい。『ライ』はシン様の事頼んだからね」
「任せて、主は僕が護る!」
今回『アイシャ』はルシアの護衛として残ってもらうことになっている。
一応<スキル創造>と<付与魔術>により<雷属性魔術LVⅠ>と<時空魔術LVⅠ>をルシアに付与したことで<複合(雷・時空)魔術:電子メール>を使うことが出来るが、迅速に対応できるため従魔である『アイシャ』を護衛につけることにした。
「「シン様。いってらっしゃいませ」」
「行ってくる。家のこと、頼んだ」
「「はい、お任せください」」
長いようで短かった1ヶ月間を終えて、俺は学園にある寮の自室へ転移した。
「え!?」
寮にある自室に戻るとちょうどシャワーを終えて、頭を拭いているエルがいた。
隠せていない2つのふくらみ、男ならあるはずの場所には何もなく、毛が生えていないため真ん中にはわれ「グフッ」。
みぞおちにめり込む拳。くの字になる身体。いつもなら甲冑を着ていたため防げていた一撃も最近はルシアに言われて普通の服を着るようになったことがここにきて仇になるとは…。
そして、「頑強がSのはずなのになぜこれほど痛みを感じる?」と考えてしまった。そう、考えてしまったことで白くスッと伸びた綺麗な足が横から迫っていることに気が付かなかった。綺麗に顎へ入った蹴りは俺の意識を奪い。床に身体を預けた。
お読みいただきありがとうございました。




