2-4入学試験
ホープン学園 学園長室
「申し訳ない!」
ホセさんが頭を下げる。
「気にしていません。貴重なAランク冒険者と戦えたとむしろ感謝したい」
「ほほほ、まあ誰でも勘違いはある。ホセもあまり思い詰めるな。シン君、学園の講師が失礼をした」
立っているホセさんの前にいるソファーに座る老人に視線を向ける。
湯呑のお茶をすすりながら穏やかに話す老人がマルティン・ブラウン学園長。
豊かな白い髭に後ろに梳いた白い髪。目は細く、閉じているように見える。
「それで、君は高等部の入学試験を受けに来たと」
「はい、ウィスダムさんから推薦状を頂いています」
学園長にウィスダムさんから受け取った推薦状を渡した。
推薦状を読み終えた学園長は「わかった。手続きをしておこう」とホセさんに手続きをするように申し付けた。ホセさんが学園長室から手続きのために退出した後。
「儂もアレクとは友人での。良かったら、あやつの事を聞かせてくれんか」
学園長もアレクじいちゃんの友人だったのか。こちらもアレクじいちゃんについて聞かせてもらう事を条件に俺が知る限り15年間の話を学園長にした。
「そうか。あやつの死に顔は穏やかであったのか」
学園長は昔を懐かしむように呟き、「惜しい男を無くした」とため息をついた。
「あやつにはこの学園で、半年間だったが教員として働いてもらった。先ほどまでいたホセや闘技場で戦ったソフィアもあやつが才能を開花させた」
アレクじいちゃんは次の講師が来るまでの繋ぎとして半年間。この学園の講師として働いていた。
半年間ではあったが、伸び悩んでいたホセさんや無能としていじめられていたソフィアさんの隠れた才能を掘り起こし、今ではAランクの実力を手に入れるきっかけを作ったと高く評価されている。
そんなアレクじいちゃんの影響なのか。ホセさんとソフィアさんはAランク冒険者でありながら、学園の講師として働いてくれているそうだ。
「ところで、シン君に入学試験について説明しておこう」
話がひと段落したところで学園長から入学試験について説明を受けた。
推薦状を持っている者は身元照会の必要がないため本来は1月前までに申し込みしなければ試験を受けられないが例外として申請可能になっている。試験は筆記100点、魔力測定・体力測定の各200点の計500点満点で採点される。魔力・体力測定はプライバシー保護のため区切られたスペースにおいて個別に測定。測定時には専用の機械が採点を行う。最低合格基準点は100点。それ以上なら合格としている。
試験の点数と構成等に応じてA~Gクラスに振り分けられる。Aクラスに最も優秀な生徒が集められ、Gクラスに最も劣った生徒の集まりとして3年間を過ごす。
しかし、下位クラスの生徒が上位クラスの生徒に戦いを挑み、下位のクラスの生徒が勝てば、負けた生徒と同じクラスに行ける制度がある。ただし、各生徒は1年に1回挑戦権が与えられる。
「入学試験についての説明は以上じゃが。何か質問はあるかの?」
「学生は寮ですか?それとも下宿ですか?」
「高等部はどちらでも構わんよ。だがシン君の場合は友人を作りに来たのだろう?それなら寮暮らしにする方が儂は良いと思う。合格発表の日から申請を受け付けておるから合格後に行ってみなさい」
「わかりました。ありがとうございます」
「ああ、それと普通の服を着なさい。学園で甲冑を着ていたら友人など出来んぞ」
「……わかりました」
これで聞きたいことは聞けたので帰ろうとしたら止められた。
「まだ何か?」
「最後にシン君、講師もやってみんか?」
これから入学試験を受けようとしている俺が講師?
◇
入学試験当日。快晴。
学園の試験受付で受験票を渡し、代わりに受験番号が書かれた札を受け取った。札を服につけて受験番号が書かれた張り紙を見て教室の扉を開ける。教室に入ると先に席に座っていた30人程度の少年少女が一斉にこちらに目線を向けた。
昨日は学園長室を退出した後、ホセさんから受験票を受け取り、その足で、学園都市の服屋で普通の服を買ったのだが…
「おい、あいつの貧相な服装を見ろよ。同じ受験生なのか?」
「クスクス、良くあの服装でここへ来れたわね」
「あんな奴、中等部にいたか?」
昨日学園長に指摘されたので、普通の服を買いに服屋へ行くと、「育ちは」と聞かれたので「森の中」と正直に答えるたら、麻の服を出された。学園都市に来る前に見た農村の住民と同じ服だったのでこれで良いのか?と思ったが、あまり人と関わってこなかった為、育ちによって服が決まるのか?と思い、購入したのだが…
今度こそ平穏無事な普通の学生生活を送ろうと思っている。しかし、出だしからしくじったかもしれない。
俺が教室に入ってすぐに試験官と思われる30代後半の男性講師と助手の20代前半女性講師が教室に入ってきた。「早く席に着きなさい」と言われて、受験番号と同じ紙が貼られている机の席に座った。
「皆さん。これより高等部の入学試験を行います。最初は筆記試験です。問題用紙と解答用紙を配ります」
男性講師と女性講師が裏返しにした問題用紙と解答用紙を配りはじめ、最後尾まで届いたことを確認すると、男性講師が「試験時間は60分です。それでは始め!」と砂時計を引っ繰り返した。
一斉に問題用紙と解答用紙を表にして試験を開始した。
机に置いてあったペンを持ち、俺も解答用紙を埋める。
問題用紙には歴史・地理・魔術・計算・国語の問題が20問ずつ、計100問が記載されている。
60分後。「やめ!ペンを置いて解答用紙を裏返しにしてください」の言葉により、受験生はペンを置く。
以外と簡単な問題が多かったように思う。これなら期待できそうだ。
問題用紙と解答用紙が回収された後は、肌をこんがり焼いたタンクトップ姿の男性講師に屋内訓練場へ連れてこられた。
屋内訓練場にはある白い板により10のブースが作られている。
すでにブースには受験生が並び、入り口の布をめくり一人ずつ中に入っている。
俺達が最後の受験グループらしい。好きなブースに並んでよいそうなので、入り口から一番右にあるブースに並んだ。
屋内訓練場にはざっと見て500人はいる。ブースの中に1人1人入っていくのを最後尾から観察していると、俺のように麻の服を着ている受験生もいるが、上等な絹の服を着た少年や宝石で着飾った少女など金持ちの受験生が多い。
昔の学園都市は学生の入学金・授業料を無償化にしていたが、皇都が陥落して今の第1皇子が統治するようになってから制度が見直され、貧しい学生は学園都市に高い入学金・授業料を払わなくてはいけなくなった。そのため、一般的な家庭以下に生まれたほとんどの少年少女は受験の段階で諦める。
閑話休題。
観察する受験生がいなくなったころに俺の番がやってきた。
入り口の布をめくり、ブースに入ると目の前にダンジョンの最初の場面を思い出す黒い石板。外からの見た目より広い空間に測定器具がずらりと円を描くように並んでいる。
石板には『それでは体力測定を開始します』と表示されていた。
俺が近づくと『この空間では魔術は使えませんのでご注意ください。→に沿って測定を始めてください』と表示が切り替わったので、→に沿って移動すると『握力測定』と張り紙がされた木の台の上に2台の握力計。それぞれの握力計には『右』『左』と印字された白いテープが貼られている。
高校の体力測定を思い出すな。これは試験なので全力で取り組む。
そして、Aクラスに行こう。
Aクラスなら闘技場で戦ったソフィアさんのような強い人たちから学ぶことが出来る。
そんなことを考えながら『右』と白いテープが貼られた握力計を握る。
―ベキベキバキ、ボトリ
握った部分を残して、握力計が落ちた。
「………」
落ちた『右』と白いテープが貼られた握力計を元の位置に戻し、今度は『左』と白いテープが貼られた握力計を握る。
―ベキベキバキ、ボトリ
握った部分を残して、握力計が落ちた。
「………よし、次だ」
落ちた『左』と白いテープが貼られた握力計を元の位置に戻し、次の体力測定は『ハンマー投げ』。木の台に乗っている鉄球を投げた。
―ズドーン
壁にめり込んだ。
「………よし、次だ」
次は黒い石板の前に丸い円が書いてある。石板には『垂直飛び』と表示されているので円から上に飛んだらいいのだろう。
―バコッ
首から上が壁にめり込んだ。壁の奥には黒い空間が広がっている。
空気がないため息が出来ないので、壁を押して首を引き抜いた。
無事円に戻ってきた俺は大きく深呼吸をして、次の測定場所へ向かった。
『上体起こし(1分間)』と表示された黒い石板の前に青いマットが引かれている。横になるとマットから鉄板が現れ、足首を固定する。『開始』の合図とともに上体を起こす。
―バキッ
足首を固定していた鉄板が壊れた。その直後、『終了。お疲れ様でした』と表示された。
これで終わりなのか?と疑問に思ったが石板の文字は変わらない。次の測定場所へ移動する。
石板には『反復横跳び』と表示されている。これなら大丈夫だろうと始めたのだが…
―バン、『終了。お疲れ様でした』
最初の一歩目に地面が沈んだ。陥没した地面と放射上に出来たひび。
再測定はされなかった。
その後も測定は続き、
『走り幅跳び』『立ち幅跳び』→飛んだ後に壁へ激突。
『50m走』『1500m走』→タイムボードの表示『00:00:00』。
機械にいくら再測定はできないかと言っても表示された『終了。お疲れ様でした』の文字は変わらない。
『最後に魔力測定を行います。水晶玉の上に手を置いてください』
体力測定は終わり、黒い台に表示されている言葉に従い、水晶玉に手を置いた。
―ピキピキッパリ―ン
手を置いた場所を中心にして、放射状にひびが広がり最後には粉々に砕け散った。
「………」
『魔力測定は終了しました。これで全ての測定は終了です。お疲れ様でした』
水晶玉が割れたことについて説明を求めたが、何の反応もなかったので、布をめくり外へと出た。
すでに俺以外に屋内訓練場に残っている受験者はいないようだ。試験官が後片付けをしている。
ブースの入り口に立っていると試験官の男性が近づいてきた。
「測定はうまくいったか?今年は例年にないぐらい優秀な受験生が多いようだから期待しているぞ。なんていっても皇女様が今年は2人も入学されるからな。一昨年は第3皇子が入学されたし、もし入学したらその人たちと肩を並べて学べるお前たちがうらやましい」
試験官は俺の肩を叩き、答えを聞く前に片付けに行ってしまった。
取り残された俺は試験官がブースの中に入り「なんじゃこりゃ!」と叫んでいたが気にせず屋内訓練場を後にした。弁償とか言われないよな?
◇
翌日。試験合格者名と合格後のクラス書かれた紙が掲示板一面に張り出された。
紙には1位カオル・イレミア 472点『Aクラス』、2位サラ・イレミア470点『Aクラス』、3位マティアス・オステン457点『Aクラス』……。
ズラリと並んだ合格者達を1位から順番に読み進めているが自分の名前が見当たらない。
503位エル・ファイアス112点『Gクラス』。504位カルロス・フィリップ108点『Gクラス』、シン・レイス100点『Gクラス』以上。
最後に名前が記載されていた。推薦状を書いてもらった手前、落ちるのは申し訳ないと思っていたが、なんとか合格を勝ち取ることが出来た。しかし、俺より結果が良い人間が500人以上いるとは何てハイレベルな学園だろう。
掲示板の横に設けられたテントで学生証と学生服×2着、文房具が配られている。学生証は白銀のカードに名前とクラスが印字されている。学生服はクラスによって色が違う。例えばAクラスは白。Gクラスは黒だ。文房具はペンやノート等勉強するうえで必要な物が入っている。
受け取る際に入学金金貨1枚。1年間の授業料金貨2枚を支払う必要がある。ここに来るまでに商業ギルドで手に入れた情報によると金貨1枚は一般家庭なら半年は生活できるお金らしい。それを3枚一括支払い。一般家庭の少年少女が学園に通うことの難しさを改めて理解した。そして貴族や裕福な家庭の受験生が多い理由が分かった。
テントで金貨3枚を手渡し、学生証と学生服と文房具が入った綿の袋を受け取る。
(次は寮だな)
学園内にある高等部生用の寮へ学園内に設置されている地図を見て向かうと、磨き上げられ、光を受けて反射している石造3階建ての寮に到着した。
開いている扉をくぐると広いエントランスホールにはすでに俺と同じように綿の袋を持った少年少女がたむろしていた。
「お前も合格者だよな。俺はカルロス・フィリップ。カルロスと呼んでくれ。」
「シン・レイス。俺もシンでいい」
「シンか。お前もGクラスか。一緒に頑張ろうぜ」
「ああ」
それからいくつか話をしてから、カルロスと分かれて、入寮申請を行う。
「君の部屋は5号館の3階B号室。相部屋だから仲良くね。はい、鍵。なくさないようにね」
メガネをかけた40代半ばの恰幅の良い女性から鍵を受け取り、部屋へ向かおうと振り返る。先ほど別れたカルロスが柱に背を預け、待っていた。
俺の手続きが終わったことを察して手を上げながら近づいてくる。
「終わったみたいだな。俺は5号館3階A号室。シンの部屋はどこになった?」
「俺は5号館3階B号室になったよ」
「お、隣じゃん。一緒に学校行こうぜ」
部屋に向かいながら寮の奥へ向かう。寮は正面に1号館奥に行くと広場があり、右側に2、4号館。左側に3、5号館が建っている。2号館は1号館に比べてやや輝きが無くなり、3号館ではただの石造り、4号館は木造、5号館は木造で一部壁がはがれている。
部屋割の原則A=1号館、B=2号館、C・D=3号館、E・F=4号館、G=5号館で分けられている。
1階は3年生、2階は2年生、3階は1年生で部屋割が決まっている。
俺達は広場を通り、5号館に入った。
パーンと扉をくぐると左右からクラッカーの音が俺達を出迎えた。
「ようこそ。新入生諸君!私は5号館寮長の3年Gクラスのカタリナ・ルイスだ。これからよろしく!」
前から近づいてくるのは金髪ショートヘアの溌溂とした印象を受ける少女。俺とカルロス、両方と「これから一緒に頑張ろう」と握手をした後、散らかったエントランスホールをサッと片付けて、「それじゃあまた、夕食の時に会おう」とカタリナさんが去っていくとそれについていくクラッカーを鳴らした集団からも「これからよろしくな」と肩を叩かれた。
「「………」」
俺達はあまりの展開の速さに思考が付いていかずに、玄関口で固まっていた。
「とりあえず部屋に行くか」
「そ、そうだな。綺麗な人だったなあ」
俺が声をかけて歩き出すと、カルロスはボーっとカタリナさんが去っていった方へ見つめながら歩き始めた。
「それじゃあ、俺はここだから」と一度壁にぶつかり現実に戻ってきたカルロスが階段を上がってすぐの傍にあるA号室に入った後、俺もB号室の鍵を開けて扉を開け…そっと閉めた。「ちょっと待ってくれるかな!」と中から声がするが、俺は階段を降りて1階に設置されている共同風呂場の脱衣場で学生服へ着替えてから夕食時まで1人で先程の事を考えようと思い、広場のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいると「君は何をぼーっと座っている」
歩いてくるのは黒曜石のような瞳と漆黒の髪。髪はポニーテールにしてまとめている16歳前後の少女。白い学生服を着ているのでAクラスの学生のようだ。少女の顔を見てどこか懐かしい印象を受けたが気のせいだろう。
「少し考えごとをしている」
「ほお、合格発表初日から考え事か。先が思いやられるな」
「言ってろ」と俺が答えると少女は勝手に俺の隣に腰かけた。
それから名前や出身、親について聞かれたが、名前を「シン・レイス」と答えた以外は「拾われたから知らない」と答えた。少女が「そうか」と言ったとき、赤銅色の短髪をした少年がこちらに駆け寄ってくる。少年も白い学生服を着ている。
「カオル様!勝手にどこかへ行かれては困ります。もう少しご自分のお立場をお考え下さい。それに隣にいるのはGクラスの生徒ではないですか。さあ、1号館に戻りましょう」
「マティアス。クラスがどこかで人を判断するのは良くないと前から言っているだろう」
「何を言っているのですか。Gクラスなど筆記・魔力・体力どれもギリギリのたまたま合格できた者達の集まりではないですか!」
「…すまない。気分を悪くさせてしまったな。私はもう行くよ。話せて楽しかった。またどこかで話そう」
カオルと呼ばれていた少女はマティアスという少年を連れて1号館へと帰っていった。
俺も話をしていた為、そろそろ夕食時になっていた。
ベンチから立ち上がり、5号館に向けて歩き始める。
俺が玄関に入った時だった。玄関口に男性用の黒い学生服を着た銀髪の学生が俺を待っていたかのように近づいてくる。女性と間違えてしまいそうな綺麗な顔と透き通るような肌をした学生に「ちょっと来てくれるかな」と笑顔で話しかけられたが、目がまったく笑っていない。右腕を引っ張られて、俺が入る予定の3階B号室へと連行される。
鍵を閉めて、部屋の奥までやってきてからようやく右腕を解放してくれた。
「僕はエル・ファイアス。君は?」
「シン・レイス」
お互いの自己紹介が終わった後、長い沈黙が部屋を支配した。
エル・ファイアスは下を向いているため、表情は見えないが耳が端まで赤くなっているのはわかる。
「君は!」と沈黙を破ったエル・ファイアスは顔を上げて俺の目を見た。耳と同じく顔も赤い。熱でもあるのではと思っていると。
「さっき、部屋に来たようだけど何か見たかな!?」
訴えかけるように聞かれた問いに、着替え中のところを見てしまったことを言っているのなら見たので俺は正直に頷いた。嘘をついても仕方がない。
足の力が無くなったかのように、膝を突き、四つん這いになって落ち込んでいる。
「どうするつもり?」
顔を上げたかと思ったら目を潤ませながら顔を上げて上目遣いで聞かれた。
「どうしてほしい」と聞き返した。
お気づきのように目の前のエル・ファイアスという男性用の学生服を着ている生徒は少女である。
俺としてはどちらでもいい。むしろ好都合なため、個人的にはこのままでいいと思っている。
なぜならこれから部屋にいることはほとんどないからだ。
城郭都市プロセディオの店の経営・学業・鍛錬・講師の仕事。しなければならないことが多すぎる。それに休みの日は近く(『ライ』往復1時間、『アイシャ』往復40分)のところにある『迷宮都市』に遊びに行く予定だ。寝る以外にいる機会がない。
最近店の美容化粧品の売れ行きが凄すぎて補充してもほとんど追いついていない。そのため、7日に1回は魔力を補充しないといけない。本来なら数か月に1回と見積もっていたが見通しが甘かった。
学園長に頼まれた講師の仕事。学費を稼ぐために昼間働いている学生のために夜間講義と1週7日間のうち1日休講の日に行われる参加任意の講義を行うことになっている。講師が長い戦争のために不足していることとソフィアさんに互角以上の戦いが出来たのだからと頼まれた。
もちろんただではない。給料も出るし、入学後半年以上継続すれば卒業に必要な単位をくれる条件を引き出した。
余程講師が足りていないようで、現在のようなクラス分けをしなければ学園の学力維持と国や上流階級等からの予算や寄付がもらえないのだと身も蓋もない実情を聞かされ、これも経験かと了承した。
学園では1週7日の内2日を休講にしている。その間に何をするのも自由となっている。これは学生の自主性を尊重すると言っているが、講師不足も背景にある。
そんな理由で、少女と一緒の部屋になっても俺は一向に気にしない。
エルさんは俺の言葉を聞いて姿勢を正し、土下座をしながら「黙っていてください」と言われたので、「わかった」と答える。
「え?いいの」と上げた顔には書いてあったがこれ以上何を言えばいい?
部屋に静寂が訪れようとしたとき、扉がノックされた。
「シン、飯食いに行こうぜ」
カルロスが夕食の誘いに来てくれたようだ。「いま行く」と返事をして扉に向かうと、後ろから立ち上がり、近づいてくる音がした。「僕も一緒にいいかな?」と聞かれたので、頷いて扉を開けた。
カルロスは「え?女の子?」と最初エルさんを見たとき呟いていたが、服を見て「ごめん、いまの言葉は忘れてくれ!」と言って俺を置いて食堂へ行ってしまった。
「私の事はエルって呼んでいいから、シンって呼んでいいかな?」とエルに聞かれたので頷いてから夕食を食べに1階の食堂に降りた。
◇
パーンと多数のクラッカーの音が食堂に響いた。
食堂入り口には『新入生諸君歓迎会』と書かれた垂れ幕がされている。
食堂に入るとすでに多数の黒の学生服を着た学生が席についていた。
入り口からざっと見渡した数は200人近い。全員席に座っている。カルロスもすでに座って入ってきた俺達に「こっち、こっち」と手招きしてくれている。
近づくと俺達の席を確保してくれていたようだ。今日の主役が新入生のためか、何列も並べられた長机の真ん中に移動すると俺達が最後だったようだ。最初に出迎えてくれたカタリナさんが木製のコップ片手に前に立ち食堂の端まで響く声で「みんな静粛に!」と叫ぶと途端に食堂にいる上級生含めて静かになった。
「みんな。集まってくれてありがとう。今日新たな仲間がこの寮にやってきた。我々は1人1人の力は弱いかもしれないが結束力ではどこにも負けないと自負している。さあ、今日は飲んで騒ごうじゃないか!みんな目の前のコップを持ってくれ。これからの新入生の門出を祝って乾杯!」
「「「「「「乾杯」」」」」」
カタリナさんの音頭により場が盛り上がっている。
飲み物は黒豆茶と同じ味がした。
広場での事もあったのでGクラスはあまり他のクラスから良く思われていないようだが、この食堂ではあまり気にしている様子は見られない。恐らくカタリナさんの力が大きいのだろう。
しかし、全員がGクラスを受け入れているわけではないようだ。
ドンッと長机に両手を振り下ろした新入生の男子生徒は「何が嬉しくてGクラスに入って喜ばなくちゃいけない!」と突然席を立ちあがり食堂から出て行った。
途端に静まり返る食堂に「そうだよな」「俺達これから最底辺のクラスだからな」「あいつの言うとおりだよ。なんか流されちゃったな」と他の新入生の中からも同調する者達が現れた。
「君たちは何をそんなに落ち込んでいる!人生は長い。今はGクラスだが、上がるチャンスも「あんたらは上がれてんのか!」……」
カタリナさんの話を遮って新入生の席に座っていた男子生徒が立ち上がり、カタリナさんに詰め寄る。
「あんたは3年だよな!今年で卒業だ!これまでなんで上がってねえ。どうせ俺達は上には上がれねえんだよ!」
「それは…」
詰め寄った男子生徒も食堂にいる者全員の視線にいたたまれなくなったのか「くそっ」と言って食堂を出て行った。幾人もの新入生がそれに続く。
新入生の半分近くが出て行った食堂で、カタリナさんが「さあ、歓迎会を再開しよう!」と言うと上級生たちは騒ぎ始めた。
「まったく、空気が読めない人たちですね」
カルロスの横に座る少年が右手の中指でメガネのブリッジを上げながら先ほど出て行った少年達に苦言を呈する。
「シンには紹介していなかったな。こいつは俺と同じ部屋の住人ジェスだ。ジェス、こっちにいるのが今日友達になったシン・レイスと…「エル・ファイアス」そうエルだ」
「よろしく、ジェス」
「ああ、こちらこそ」
俺はジェスと握手をしてから、目の前の料理に手を付けた。その間にエルとも握手をしてからカルロスを交えて話に花を咲か「エルって女みたあべしっ」せていると思う。
カルロスの頬がモミジの形に張れているがあれもスキンシップだ。
(これはもやしか!)
日本では安くて栄養価が高いもやしをここではふんだんに使われている。
野菜炒め、焼きそば、サラダ、漬け物等々。全ての料理にもやしが使われている。
久しぶりに食べたもやし料理を食べていると新入生全員に声を掛けている様子のカタリナさんが俺達のところに来た。
「楽しんでくれているか?」
「そりゃあもちろんですよ。カタリナさんのおかげで暗い気持ちで寮生活を送らなくて済みそうです。ところでカタリナさんは今付き合っている人がいますか?」
「それはよかった。これからも頼んでくれ。付き合っている男性はいないよ」
「ならぜひ俺と付き合ってください!」
カルロスのテンションが高い。いきなり告白をするとは…勇者なのか馬鹿なのか判断に迷う。「出会ったばかりの君の気持に応えることはできない」とあっさりと振られてしまったが「俺は諦めませんから!」と言っている。カタリナさんは苦笑しながら「それじゃあ、この後も楽しんでくれ」と別の生徒のもとへ向かった。
「カタリナさんって綺麗だよな。クールだし、誰に対しても優しいし、シンもそう思うだろう?」
「それほど関わっていないからわかん」
カタリナさんが去ってからもカルロスのテンションが高い。ジェスは我解せず、エルは冷たい目でカルロスを見ていた。
最初は色々あったが歓迎会は無事お開きとなった。各々部屋に戻る者、風呂へ行くもの等様々。寮には集団で入れる大きな風呂と各部屋にシャワーが設置されている。
俺は皆と別れて、寮から離れた誰もいない所まで移動し、黒竜甲冑に着替えてから<時空魔術:転移>により店に戻り、タンクに魔力を補充してからシルバ大森林の家の近くで『ライ』『アイシャ』と共に鍛錬をする。それも終わったので、寮にある3階B号室に戻ったのだが「キャあうぐっ」5号館の男性エリアに女性の悲鳴が響きそうだったので、慌てて右手でエルの口を塞いだ。
女であることを隠しているくせにばれる様な事をするとは何を考えている!
そんなことを思ったが、目線の先には白銀の髪から水滴が滴り落ち、白いタオルで身体を隠したエルが床に座って「ウッ…ウッ…」と下を向いて泣いているので酷い罪悪感を覚えた。黒竜ローブを取り出し、エルの身体にかける。
陶器のような白い肌にさらしを巻いていたのか胸元には女性を思わせる2つのふくらみ。いまの状況を見れば女以外には見えない。
とりあえず、現状エルを放置すると風邪をひきそうなので、タオルを取り出し、頭を拭く。
「え、なに!目の前が真っ暗に!」と突然視界が無くなったことに戸惑っているようだ。次に拭いた後の頭に<風属性:送風>で風を送りながら櫛で梳いた。
(終わったな)
一仕事終えた俺は自分のベッドに座り、影から小さいサイズの『ライ』と『アイシャ』を出して今度はそれぞれの専用の櫛を取り出し、順番に梳いてやる。「クーン」「グルゥ」と気持ちよさそうに身も心も任せる2匹にかまっている光景をエルは目を白黒させて見つめていた。
「あなたは誰ですか!?」
現実に戻ってきたエルが戸惑いながら聞いてくるので、そういえば着替えていないことに気が付いた。マスクを取ると「シンだったのか!」とわかってくれたようだ。
目の前にいるのが俺だとわかると自分の今の姿を思い出したのか慌てて、シャワー室の脱衣場に服を取りに行った。
10分後。服を着たエルは全身を赤くして自分のベッドに腰かけ、まっすぐ俺を睨んでいる。その瞳には「説明してくれるね」と訴えていることが分かった。
仕方がない一緒に生活していればいずれはわかることだと思い、俺の現状を出来るだけかいつまんで説明した。
最初は涙し、次に驚き、最後に絶句したエルが現実に戻るまで待ち、戻ったと思ったら「絶対シンの講義に行くから、その時はよろしくお願いします」と頼まれた。
講義への参加は本人次第で俺が決めるようことではない。俺はあえて「そうか」としか答えなかった。
俺も鍛錬をして汗をかいているのでシャワーを浴びて出てくると、エルが『ライ』と『アイシャ』を撫でたり、抱きしめたりしていた。俺が出てきたことで2匹は俺に近寄ってくる。
「その2匹はシンの何なの?」
エルの疑問は当然だろう。突然影から出てきたのだから、エルに2匹が俺の従魔であることを説明すると「僕も欲しいな」と言っていた。出来ないことはないがあまり自分の秘密を知られるとどんなことが起こるか前世で知っているので言わないことにする。
入学式に参加する親達に配慮し、入学式は1ヶ月後に行われる。それまでどのように過ごしても良いそうなので、『城郭都市プロセディオ』に戻る予定だ。
予定が決まり、『教え方 無口な男編』を読んでから眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。




