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そんな指示は受けていない。けれど、確かにセレフィナは上司である。部下の成果は部署の成果なのだから、そういうものなのかもしれない。
会議が終わると、ノアが声をかけてきた。
「うまくいきましたね」
「はい」
「僕も途中で数字見たとき、ちょっと変だと思ってたんですよ」
初めて聞いた。
「そうだったんですか」
「ええ。だからリーゼさんが調べてるって聞いて、やっぱりなって」
それが何を意味するのかはわからなかった。
翌日、別部署の人から、「輸送費の見直し、セレフィナさんとノア君と三人でやったんだって?」と言われた。
「……三人で?」
「ノア君が言ってたよ。大変だったって」
リーゼはしばらく黙った。
「そうですか」それしか言えなかった。
失敗だけは、もっとわかりやすかった。セレフィナの確認待ちで止まっていた案件が遅れたとき、「リーゼさんからの催促が少し遅かったので」と説明された。
ノアが処理を忘れていた案件は、「リーゼさんが全体を見ていると思っていました」になった。
取引先から仕様変更が来ていたことをセレフィナが共有し忘れたときは、「リーゼさんも、もっとアンテナを張っておかないと」と言われた。
アンテナというものをどこに張れば、セレフィナの机に届いた通信の内容がわかるのだろう。以前なら、少しおかしいと思ったかもしれない。このころには、そういう考えが浮かんでも、自分の性格が悪くなっているような気がして打ち消すようになっていた。
ある日、ノアが机の横へ来た。
「リーゼさん、ちょっと抱え込みすぎじゃないですか?」
「そうでしょうか」
「もっと僕に振ってくださいよ。僕、手伝いますから」
その言葉を聞いて、少し迷った。
「以前お願いした技術部への確認が終わっていなかったことがあったので、それ以降、急ぎのものは私で対応しています」
ノアが目を丸くした。「え? それ、僕がやることになってましたっけ?」
「お願いしました。確認事項も紙でお渡ししました」
「ああ……あれ」思い出したらしい。
「でも、僕が全部やるって意味でした?」
「『やっておきます』とおっしゃったので」
ノアは困ったように笑った。「いや、そういうの、ちゃんと指定してもらわないとわからないですよ。僕だって仕事ありますし」
「……そうですね」
「リーゼさんって、結構思い込みで進めちゃうところありますよね」
その日の午後、セレフィナに呼ばれた。
「ノアから聞いたんだけど」
嫌な予感がした。
「あなた、仕事を頼んだつもりになってることがあるみたいね」
「技術部への確認の件でしょうか」
「ほら、やっぱり何かあったんじゃない」
「確認をお願いして、ノアさんからも『やっておきます』と回答をいただいたのですが」
「だから、そうやって人のせいにするのやめようよ」
「人のせいということではなく、経緯を――」
「リーゼさん」
また、ため息。
「仕事って、誰が悪いかを決めることじゃないでしょう?」
「はい」
「ノアは普段からあなたをフォローしてるんだから、お互い様じゃない?」
「……はい」
「もう少し感謝した方がいいと思う。老婆心ながら」
リーゼは席へ戻った。
何に感謝すればいいのか、考えた。
早朝に来てくれたこと。
資料を見てくれたこと。
自分の仕事を見て「大丈夫そうですね」と言ってくれたこと。
たしかに、何もしてくれていないわけではない。
自分が細かいことにこだわりすぎているのかもしれない。そう考えると、少し楽だった。自分が悪いのなら、自分が直せばいい。相手を変えるより、その方がずっと簡単だった。
***
二十一歳の終わりごろ、リーゼは初めてベネディクトへ業務量について相談した。思いつきで訴えていると思われないよう、担当している案件を一覧にした。期限、作業内容、今後発生する見込みの仕事まで書いた。どれを誰かへ移せば負担が減るか、自分なりの案もつけた。
「このままですと、いずれ遅延が出ると思います。一部を分担していただけないでしょうか」
ベネディクトは一覧を見た。「うん。大変なのはわかるよ」
その一言に、少し安心した。やっと伝わったと思った。
「ただ、セレフィナはまだ余裕があると言ってたけど」
「……私の業務量について、セレフィナさんがですか?」
「うん。それに、ノアがかなりフォローしてるって聞いてるよ」
また、フォローだった。
「実際には、ノアさんに担当していただいている業務はほとんどありません」
ベネディクトが困ったように笑った。「リーゼさん、そういう言い方はよくないよ」
「事実関係を確認したいだけなのですが」
「ほら。そういうところなんだと思う」
どういうところなのだろう。
「ノアだって、君を助けようとしてるんだから。あまり、やってくれてないとか言わない方がいいと思うな」
「……はい」
「セレフィナには相談した?」
「しました」
「何て?」
「まだ余裕があると」
「じゃあ、もう少し様子を見ようか」
リーゼはベネディクトを見た。何のために、ここまで一覧を作ったのだろう。
「でも、実際の担当件数を見ていただければ――」
「うん。だから大変なのはわかってるよ」
「では――」
「セレフィナも状況を見てるから。彼女に任せておけば大丈夫だよ」
話は終わったらしい。
部屋を出たあと、持ってきた一覧を見た。
数字は何も変わっていない。
仕事も一つも減っていない。
それでも相談はした。
ベネディクトは話も聞いてくれた。
だから、これ以上何を求めればいいのかわからなかった。
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