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完結まで全話書き上げ済のため、昼、夕方、夜と複数話ずつ投稿していきます。
最初は、わざわざ訂正するほどのことでもないと思った。
ノアが早朝に来てくれたのは事実だったし、リーゼがその時間に来られなかったのも事実である。何をしたかと聞かれれば、実際には朝食を食べてセレフィナを待ち、リーゼが前日に揃えた資料を確認しただけなのだが、そこまで細かく説明するのも妙な気がした。
だから、その話はそれきりにした。
ところがノアは、その後もよくリーゼを助けようとした。少なくとも、本人はそう言った。
「リーゼさん、大丈夫ですか? 何かあったら僕に振ってくださいね」
そう言われたのは、北部の魔導具工房から届いた見積書を確認していたときだった。新型の暖房用魔導具で、技術的な仕様が多い。リーゼには判断できない部分があったので、技術部へ確認を取る必要があった。ちょうどノアが声をかけてきたので、頼んでみることにした。
「では、こちらの三点を技術部へ確認していただけますか。回答が来たら私に回してください」
「わかりました。やっておきます」
「明日の午後までに先方へ回答する予定です」
「大丈夫ですよ」
頼んだ内容を簡単に書いて渡した。
翌日の昼になっても返事がないので、ノアのところへ行った。
「昨日お願いした技術部への確認ですが、回答はありましたか?」
「ああ」ノアは書類から顔を上げた。
「まだです」
「まだ回答が来ていないということでしょうか」
「いや、まだ聞いてないです」
一瞬、意味がわからなかった。
「昨日お願いしたと思うのですが」
「そうでしたっけ」
「こちらをお渡ししました」
昨日渡した紙を示すと、ノアは「ああ」と笑った。
「これか。すみません、あとでやろうと思って忘れてました」悪びれている様子はなかった。
「今日の午後に回答予定ですので、今からお願いできますか」
「もちろんです」
ところが一時間経っても席を立たない。リーゼは時計を見て、結局自分で技術部へ向かった。
担当者に事情を説明すると、その場で回答をもらえた。戻って見積書を修正し、先方へ送るころには予定より少し遅くなっていたが、その日のうちには終わった。
翌朝の打ち合わせで、ベネディクトが進捗を確認した。
「北部工房の件はどうなった?」
リーゼが口を開くより先に、ノアが答えた。
「昨日、回答まで終わってます。技術部への確認が必要だったので、僕も入って整理しました」
リーゼは顔を上げた。整理。何を整理したのだろう。
「そうか。助かったよ」ベネディクトが頷く。
セレフィナも満足そうだった。
「ノアは周りを見て動けるのよね。そういうところ、大事よ」
「いえ、僕は別に。リーゼさん一人だと大変そうだったんで」
「……」
訂正しようと思った。
技術部へ行ったのは自分だ。ノアには頼んだが、忘れていた。そこまで口に出しかけて、やめた。案件は終わっている。今ここで「ノアさんは何もしていません」と言えば、成果を自分一人のものにしたがっているように聞こえないだろうか。
以前セレフィナから、もっとチームとして考えるようにと言われたばかりだった。その程度のことにこだわる方が、視座が低いのかもしれない。
リーゼは何も言わなかった。
それが一度目だった。
二度目は、取引先へ提出する一覧表だった。
複数の工房から届いた見積もりを一枚にまとめる必要があり、リーゼは二日かけて数字を揃えた。ノアが途中で机を覗き込んできた。
「大変そうですね」
「工房ごとに条件が違うので、揃えるのに少し時間がかかっています」
「見ましょうか?」
「では、数字に転記漏れがないか確認していただけますか」
「いいですよ」ノアは一覧を受け取り、しばらく眺めたあと、「大丈夫そうですね」と返した。それだけだった。
翌日の会議で、その一覧表を見たベネディクトが、
「これは見やすいね」と言った。
リーゼが礼を言うより先に、ノアが笑った。
「二人で整理したんです」
嘘ではないのかもしれない。ノアも見た。一応、確認もした。けれど、二人で整理したと言われると、リーゼが考えていたものとは少し違う。その少しを説明するのが難しかった。
三度目には、「僕の方でも結構フォローしてます」になった。
いつの間にか、「リーゼさん、真面目なんですけど、ちょっと一人で抱え込みやすいんですよね」まで加わった。
誰かが決めたわけでもないのに、ノアはリーゼを助ける人になっていった。そしてリーゼは、ノアに助けてもらっている人になった。それが困るようになったのは、ノアの仕事までリーゼに回ってくるようになってからだった。
ある朝、セレフィナに呼ばれた。
「リーゼさん。西部騎士団の納入、どうなってるの?」
「西部騎士団、ですか?」
「そう」
「ノアさんの担当案件でしょうか」
それしか思い当たらなかった。
セレフィナの顔が変わった。
「そういうところなのよ」
何がだろう。
「申し訳ありません。詳細を把握していないので確認したのですが」
「自分の担当じゃなければ関係ないっていう考え方、やめた方がいいと思う」
「そういう意味ではありません」
「じゃあどういう意味?」
「担当者がノアさんでしたので、私には進捗がわからないという意味です」
「だから」セレフィナが大きく息を吐いた。「チームでしょう?」
「はい」
「ノアはあなたの仕事をいつもフォローしてるよね?」
リーゼは返事に迷った。
「……一部、確認をお願いすることはあります」
「ほら」
何が「ほら」なのかわからない。
「自分は助けてもらってるのに、ノアの案件は知りません、っていうのはどうなのかな」
「知りませんとは申し上げていません。進捗を把握していないので、まずノアさんに――」
「言い訳しないで」
また最後まで言えなかった。
「老婆心ながら言うけど、そういうところに仕事への姿勢って出るのよ。自分の担当だけ終わればいいじゃなくて、もう少し周囲を見ないと」
横にいたベネディクトも頷いた。「そうだね。チームなんだから、お互い助け合わないと」
その言葉を聞いて、リーゼは一瞬だけ腹が立った。
助け合う。では、なぜノア本人に聞かないのだろう。
けれど、その考えはすぐに引っ込めた。
「申し訳ありません。ノアさんに状況を確認します」
結局、西部騎士団の案件は発注が一件抜けていた。
ノアに聞くと、「あれ、リーゼさんも見てると思ってました」と言われた。
「私は資料を受け取っていません」
「でも、同じ部署ですよね」
「同じ部署ですが、すべての案件を相互に確認しているわけではありません」
「じゃあ、これからは共有した方がいいですね」
まるで二人で改善点を見つけたような言い方だった。抜けていた発注は、その日のうちにリーゼが工房へ頭を下げ、何とか予定に間に合わせてもらった。
翌週の会議でセレフィナが言った。
「西部騎士団の件、間に合ってよかったわね。今後はリーゼさんも、もう少し全体を見るようにしてください」
ノアには何も言わなかった。
それどころか、「ノアもリーゼさんのフォローばかりして、自分の仕事が疎かにならないようにね」と笑った。
ノアも、「気をつけます」と笑った。
リーゼだけが、笑えなかった。
そのころから、仕事が少しずつ増え始めた。
最初に渡された案件だけではない。退職した職員の担当、誰が持つか決まっていない案件、セレフィナが途中まで見ていたもの。気づけばリーゼの机へ置かれている。
「これは私の担当でしょうか」
一度確認したことがある。
「担当とか、そういう線引きにこだわるのやめない?」セレフィナに言われた。
「いえ、今後の対応者を明確にした方が、漏れがないかと思いまして」
「誰がやるかじゃなくて、仕事を終わらせることが大事でしょう?」
それはそうだった。だから引き受けた。しばらくして、リーゼの担当一覧を見た別部署の職員が驚いた。
「これ、一人で持ってるの?」
「はい」
「多くない?」
言われて初めて数えた。
王宮へ入ったころの倍近くになっていた。
それでも仕事は回っていた。
遅くまで残る日が増えたが、何とか期限には間に合わせていた。成果も出た。大口商会との輸送条件を見直したときは、年間の費用をかなり減らすことができた。もともとは請求書の数字に小さな違和感を覚えたのが始まりだった。過去の契約まで調べ、輸送商会と何度も交渉して条件を整理した。
報告会でセレフィナは上層部に説明した。
「以前から、この契約は見直す必要があると考えていたんです。リーゼさんにも確認するよう指示していたのですが、ようやく形になりました」
リーゼは隣で聞いていた。
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