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『王宮を辞めたら、話が通じるようになりました ~「それくらい常識」と言われ続けた私が、もう一度仕事を好きになるまで~』  作者: なみゆき


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17/19

17ーベネディクト

全話書き上げ済のため、本日完結まで投稿していきます。

 ベネディクトの異動先は、王宮文書逓送室だった。王宮内を行き交う文書を受け取り、内容と宛先を確認し、適切な部署へ回す。

役職はつかなかった。部下もいない。最初にそれを聞いたとき、ベネディクトはむしろ少し安心した。


第三管理室では責任者だったため、いろいろな問題が最後には自分のところへ来た。今回のことだって、結局は責任者だからという理由で自分まで処分されたところがある。もう管理をしなくていいのなら、その方が楽かもしれない。そう思った。


「こちら、本日分です」初日の朝、机に書類の束を置かれた。


「これは?」


「各部署へ回してください」


「私が?」


文書官が不思議そうに見た。「はい?」


書類を運ぶだけなら簡単だと思った。

一通目は財務局。

二通目は人事局。

三通目で止まった。

宛名には『北方交易関連部署御中』としか書かれていない。


「これは、どこへ?」


近くの文書官へ聞いた。「内容をご確認ください」


開いて読む。北方街道の修繕に伴う輸送計画の変更について。


「第三管理室かな?」


「そうお考えなら、そちらへ」


「いや、聞いてるんだけど」


「ですから、内容をご確認のうえご判断ください」


「間違っていたら?」


「戻ってきます」


「それでは困るでしょう」


「ですので、正しいと思われる部署へ回してください」


ベネディクトはもう一度読んだ。

第三管理室のような気もする。

国土管理局かもしれない。

輸送局という可能性もある。


以前なら簡単だった。セレフィナ、これどこだと思う?そう聞けばよかった。今はいない。


「確認してもらえないかな」書類を文書官へ差し出した。受け取ってもらえなかった。


「担当はベネディクト殿です」


「だから、判断材料がなくて」


「文書に記載されています」


「どこに?」


「内容です」文書官は次の仕事へ戻ってしまった。


昼前には、机の上に書類が溜まっていた。処理できたものより、止めているものの方が多い。


室長が通りかかり、足を止めた。「これは?」


「宛先の判断が難しいものがありまして」


「朝の便ですよね」


「はい」


「なぜまだここに?」


ベネディクトは少し困ったように笑った。

第三管理室では、この笑い方をすると大抵誰かが助けてくれた。


「確認してから回した方がいいかと思いまして」


「誰に確認を?」


「それを今――」


「ベネディクト殿」


室長は穏やかだった。「あなたが確認して、あなたが判断する仕事です」


「ですが、間違った部署へ送るわけにはいかないでしょう?」


「もちろんです」


「だから、詳しい方に確認してから」


「必要であれば確認してください」


「では――」


「誰に何を確認する必要があるかも、ご自分で判断してください」


ベネディクトは黙った。また判断だった。


翌日は、至急文書を通常便へ回しかけて止められた。「それは急送です」


「ああ、そうなの?」


「封筒に記載されています」


見ると、右上に赤い印がある。「こういうものは先に教えてもらわないと」


思わず言うと、文書官が首を傾げた。「昨日、手順書をお渡ししました」


「あれを全部読むの?」


「はい」


分厚かった。


「必要なところだけ説明してもらった方が早いと思うんだけど」


「どの文書が来るか事前にはわかりませんので、最初に全部お読みください」


正論だった。反論しづらい。


一週間経っても、仕事は速くならなかった。迷うたびに誰かへ聞いた。聞かれた相手は、答えを知っていれば教えてくれる。


けれど最後には必ず、「最終判断はベネディクト殿で」と言われた。


それが一番困った。


ある日の午後、とうとう室長へ相談した。「少し、業務の進め方について相談があるんですが」


「どうぞ」


「私には、この仕事はあまり向いていない気がするんです」


「どのあたりが?」


「判断することが多すぎるというか」


室長は少し黙った。「文書を各部署へ振り分ける仕事ですから」


「それはわかっています。ただ、もう少し誰かに確認できる仕組みがあった方がいいと思うんです」


「確認は禁止していませんよ」


「でも、聞いても最後は自分で決めろと言われます」


「担当者ですから」


また、それだった。


「以前の部署では、こういう細かな判断は部下がしてくれていたんです。私は最終的な管理をする立場だったので」


室長が初めて少しだけ表情を変えた。「そうですか」


理解してもらえた気がした。


「それで、第三管理室があの状態になったんですね」


ベネディクトは顔を上げた。


室長はもう書類へ視線を戻していた。「相談は以上ですか?」


「……はい」


「では、午後便をお願いします」


机へ戻ると、また書類が増えていた。

一通手に取る。内容を読む。宛先を考える。誰も決めてくれない。


ベネディクトは初めて、自分が第三管理室にいたころ、一日に何回「セレフィナは何て言ってる?」と聞いていたのかを考えた。


数えるのは途中でやめた。

お読みいただきありがとうございます。

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