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『王宮を辞めたら、話が通じるようになりました ~「それくらい常識」と言われ続けた私が、もう一度仕事を好きになるまで~』  作者: なみゆき


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16/19

16ーセラフィナ

全話書き上げ済のため、本日完結まで投稿していきます。

 最初に異動を命じられたのは、セレフィナだった。異動先は王宮典礼調整室。

王族の式典、外国使節の受け入れ、高位貴族を招く晩餐会。席次から馬車の到着時刻、食事、贈答品、招待状の敬称に至るまで、細かな決まりが山ほどある部署だった。


左遷だと聞いたとき、セレフィナはひどく憤慨した。

「どうして私が?」監査報告について説明を受けても、最後まで納得しなかった。


「私は必要な指導をしただけです。仕事ができない人に、できないままでいいなんて言えないでしょう?」


誰も、そんな話はしていなかった。


「言い方が厳しかったことは認めます。でも、それは私だけの問題なんですか? 教わる側にも、教わる姿勢というものがあるでしょう」


結局、最後までそこだった。


異動初日、典礼調整室の室長から分厚い冊子を三冊渡された。


「基本規定、外国使節対応規定、王族行事規定です。こちらが索引になります」


その横には、さらに薄い冊子が二冊置かれた。


「こちらは昨年度の改訂事項と、現在検討中の変更点です。正式決定していないものには印をつけていますので、混同しないようにしてください」


セレフィナは冊子の山を見た。「全部、読むんですか?」


室長が顔を上げた。「もちろんです」


「いつまでに?」


「基本規定は今週中に。ほかは業務と並行して覚えてください。わからないところがあれば聞いていただいて構いません」


手順書がある。期限もわかる。質問もしていい。

リーゼに与えなかったものが、最初から全部あった。それでもセレフィナは、少し配慮が足りないのではないかと思った。異動してきたばかりなのだから、もう少し丁寧に説明してくれてもいいのではないか。


三日目、翌週に予定されている晩餐会の招待状の確認を任された。一通ずつ、名前、爵位、敬称、同伴者の有無を確認する。途中で先輩職員に書類を返された。


「こちら、敬称が違います」


「どこがですか?」


指されたところを見る。


侯爵夫人の名前が書かれている。


「侯爵夫人で合っていますけど」


「これは御本人宛ではなく侯爵家宛ですので、こちらの敬称を使用します」


手順書の頁を示された。確かに書いてある。「……内容は通じますよね?」


先輩職員が顔を上げた。「はい?」


「ですから、誰宛かはわかるでしょう。そこまで細かく直す必要がありますか?」


「あります」即答だった。

「正式な招待状ですから」



「でも、この程度のことで差し戻していたら仕事が進まないでしょう?」


「間違ったまま進める方が困ります」


セレフィナは口を閉じた。


翌日は、署名の位置を直された。

その次は、文字の大きさだった。「これ、大きすぎませんか?」


自分が誰かに言った言葉と同じだとは、すぐには気づかなかった。


「規定ではこの大きさです」


「でも、こちらの方が読みやすいと思います」


「規定どおりにしてください」


「誰が読むかを考えて、少し調整しただけです」


先輩職員は不思議そうにセレフィナを見た。


「そのために規定がありますので」


何を言っても、手順書が返ってくる。腹が立った。もっと臨機応変に考えればいいのに。そんなことまでいちいち決められたとおりにするから、仕事が遅くなるのだ。そう思った。けれど、ここではセレフィナの「常識」より、書いてある規定の方が強かった。


一週間ほど経ったころ、机に二つの仕事が置かれた。


「こちらは十六の鐘まで。こちらは十八の鐘までにお願いします」


セレフィナは書類の量を見た。「両方、今日中ですか?」


「はい」


「この量を?」


「はい」


「少し現実的ではないと思います」


担当者は予定表を確認した。「では、業務量について室長へ相談してください」


「あなたから伝えていただけませんか?」


「なぜです?」


聞き返されて、言葉に詰まった。


「同じ部署なのですから、それくらい――」


そこまで言って口を閉じた。相手がイラッとしているのが分かった。


「それくらい?」


「……何でもありません」


「そうですか。では、十六の鐘までの方を先にお願いします」


優先順位まで明確だった。何も曖昧ではない。それでも仕事は多かった。忙しい。無理だと思った。


翌朝は、外国使節の受け入れで六の鐘から出勤するよう言われた。


「六の鐘ですか?」


「はい」


「その時間は、まだ馬車がありません」


「遠方ですか?」


「王都の西側です」


「でしたら、今夜は宿直室を使用してください。申請はこちらでしておきます」


「宿直室?」


「はい。必要なものを取りに戻る時間はあります」


セレフィナは相手を見た。


「そこまでして出勤しなければならないのですか?」


担当者が少し考えた。「難しいですか?」


「難しいというか……」


できない理由を言う前に、どうしたらできるか考えて。不意に、自分の声が頭の中でした。セレフィナは黙った。


「何か問題があれば、室長へ相談できますが」


「……いいえ」


「では、よろしくお願いします」


担当者は去った。机の上には手順書がある。わからなければ質問できる。優先順位も決めてもらえる。早朝出勤が必要なら、宿泊場所まで用意される。それでもセレフィナは不満だった。


こんなに細かいことを毎日言われたら疲れる。もう少し本人のやり方に任せてくれてもいいのではないか。業務量だって、異動したばかりの人間に多すぎる。その考えが浮かんだところで、なぜかリーゼの顔が頭をよぎった。すぐに追い払った。


あの子とは状況が違う。何が違うのかまでは、考えなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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