16ーセラフィナ
全話書き上げ済のため、本日完結まで投稿していきます。
最初に異動を命じられたのは、セレフィナだった。異動先は王宮典礼調整室。
王族の式典、外国使節の受け入れ、高位貴族を招く晩餐会。席次から馬車の到着時刻、食事、贈答品、招待状の敬称に至るまで、細かな決まりが山ほどある部署だった。
左遷だと聞いたとき、セレフィナはひどく憤慨した。
「どうして私が?」監査報告について説明を受けても、最後まで納得しなかった。
「私は必要な指導をしただけです。仕事ができない人に、できないままでいいなんて言えないでしょう?」
誰も、そんな話はしていなかった。
「言い方が厳しかったことは認めます。でも、それは私だけの問題なんですか? 教わる側にも、教わる姿勢というものがあるでしょう」
結局、最後までそこだった。
異動初日、典礼調整室の室長から分厚い冊子を三冊渡された。
「基本規定、外国使節対応規定、王族行事規定です。こちらが索引になります」
その横には、さらに薄い冊子が二冊置かれた。
「こちらは昨年度の改訂事項と、現在検討中の変更点です。正式決定していないものには印をつけていますので、混同しないようにしてください」
セレフィナは冊子の山を見た。「全部、読むんですか?」
室長が顔を上げた。「もちろんです」
「いつまでに?」
「基本規定は今週中に。ほかは業務と並行して覚えてください。わからないところがあれば聞いていただいて構いません」
手順書がある。期限もわかる。質問もしていい。
リーゼに与えなかったものが、最初から全部あった。それでもセレフィナは、少し配慮が足りないのではないかと思った。異動してきたばかりなのだから、もう少し丁寧に説明してくれてもいいのではないか。
三日目、翌週に予定されている晩餐会の招待状の確認を任された。一通ずつ、名前、爵位、敬称、同伴者の有無を確認する。途中で先輩職員に書類を返された。
「こちら、敬称が違います」
「どこがですか?」
指されたところを見る。
侯爵夫人の名前が書かれている。
「侯爵夫人で合っていますけど」
「これは御本人宛ではなく侯爵家宛ですので、こちらの敬称を使用します」
手順書の頁を示された。確かに書いてある。「……内容は通じますよね?」
先輩職員が顔を上げた。「はい?」
「ですから、誰宛かはわかるでしょう。そこまで細かく直す必要がありますか?」
「あります」即答だった。
「正式な招待状ですから」
「でも、この程度のことで差し戻していたら仕事が進まないでしょう?」
「間違ったまま進める方が困ります」
セレフィナは口を閉じた。
翌日は、署名の位置を直された。
その次は、文字の大きさだった。「これ、大きすぎませんか?」
自分が誰かに言った言葉と同じだとは、すぐには気づかなかった。
「規定ではこの大きさです」
「でも、こちらの方が読みやすいと思います」
「規定どおりにしてください」
「誰が読むかを考えて、少し調整しただけです」
先輩職員は不思議そうにセレフィナを見た。
「そのために規定がありますので」
何を言っても、手順書が返ってくる。腹が立った。もっと臨機応変に考えればいいのに。そんなことまでいちいち決められたとおりにするから、仕事が遅くなるのだ。そう思った。けれど、ここではセレフィナの「常識」より、書いてある規定の方が強かった。
一週間ほど経ったころ、机に二つの仕事が置かれた。
「こちらは十六の鐘まで。こちらは十八の鐘までにお願いします」
セレフィナは書類の量を見た。「両方、今日中ですか?」
「はい」
「この量を?」
「はい」
「少し現実的ではないと思います」
担当者は予定表を確認した。「では、業務量について室長へ相談してください」
「あなたから伝えていただけませんか?」
「なぜです?」
聞き返されて、言葉に詰まった。
「同じ部署なのですから、それくらい――」
そこまで言って口を閉じた。相手がイラッとしているのが分かった。
「それくらい?」
「……何でもありません」
「そうですか。では、十六の鐘までの方を先にお願いします」
優先順位まで明確だった。何も曖昧ではない。それでも仕事は多かった。忙しい。無理だと思った。
翌朝は、外国使節の受け入れで六の鐘から出勤するよう言われた。
「六の鐘ですか?」
「はい」
「その時間は、まだ馬車がありません」
「遠方ですか?」
「王都の西側です」
「でしたら、今夜は宿直室を使用してください。申請はこちらでしておきます」
「宿直室?」
「はい。必要なものを取りに戻る時間はあります」
セレフィナは相手を見た。
「そこまでして出勤しなければならないのですか?」
担当者が少し考えた。「難しいですか?」
「難しいというか……」
できない理由を言う前に、どうしたらできるか考えて。不意に、自分の声が頭の中でした。セレフィナは黙った。
「何か問題があれば、室長へ相談できますが」
「……いいえ」
「では、よろしくお願いします」
担当者は去った。机の上には手順書がある。わからなければ質問できる。優先順位も決めてもらえる。早朝出勤が必要なら、宿泊場所まで用意される。それでもセレフィナは不満だった。
こんなに細かいことを毎日言われたら疲れる。もう少し本人のやり方に任せてくれてもいいのではないか。業務量だって、異動したばかりの人間に多すぎる。その考えが浮かんだところで、なぜかリーゼの顔が頭をよぎった。すぐに追い払った。
あの子とは状況が違う。何が違うのかまでは、考えなかった。
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