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『王宮を辞めたら、話が通じるようになりました ~「それくらい常識」と言われ続けた私が、もう一度仕事を好きになるまで~』  作者: なみゆき


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全話書き上げ済のため、本日完結まで投稿していきます。

 「交易管理補佐?」書類を見て首を傾げた。「そんな仕事してるんだ」おベネディクトが言う。


セレフィナは面白くなさそうだった。「アデライン様のお口添えでしょう」


「でも、辺境伯家だよ?」


「だからこそでしょう。昔からお知り合いだったみたいですし」


その言い方に、ノアが笑った。「いいですよね。そういうつながりがある人は」


誰も、リーゼが十五歳から積んできた仕事については話さなかった。ベネディクトはそれを聞いて、少し安心した。なるほど。そういう事情なら、王宮を辞めてすぐ仕事が見つかったことにも説明がつく。


「じゃあ、正式に面会をお願いしようか」


「そこまでするんですか?」ノアが聞いた。


「辺境伯家の職員なんだから、勝手に呼び出すわけにはいかないでしょう」それくらいのことは、ベネディクトにもわかった。


王都の辺境伯邸へ面会の申し込みが届いたのは、それから数日後だった。


家令がアデラインの執務室へ書状を持ってきた。

「王宮魔術院第三管理室より、当家のリーゼとの面会を希望する旨が届いております」


アデラインは書類から顔を上げた。「リーゼに?」


「はい」


「用件は?」


「第三管理室の業務に関する確認事項があるとのことです。責任者ベネディクト殿、セレフィナ殿、ノア殿の三名での訪問を希望されています」


アデラインは書状を受け取り、最初から最後まで読んだ。


「王宮を辞めた人間に、三人がかりで業務の確認?」


家令は何も言わなかった。


「リーゼを呼んで」


しばらくして、リーゼが執務室へ来た。


「お呼びでしょうか」


「これ」


書状を渡された。差出人を見た瞬間、指先が少し冷たくなった。内容を読むと難しいことは何も書かれていない。第三管理室の業務に関し、退職前に担当していた案件について確認したい事項があるため、面会の機会をいただきたい。それだけだった。


「どうする?」アデラインに聞かれた。


「どうする、とは」


「会うか、断るか」


「私が決めていいんですか?」


アデラインが眉を上げた。「あなたに会いたいんでしょう?」


「ですが、王宮からの申し入れですし」


「辺境伯家への命令じゃないわよ。面会のお願い」


リーゼはもう一度書状を見た。断る。その選択肢が最初から頭になかったことに気づいた。王宮から言われたのだから、会わなければならないと思った。


「会いたくないなら断るわよ」


「……三人とも来るんですよね」


「そう書いてあるわね」


ベネディクト。

セレフィナ。

ノア。

名前を見ただけで、胸の奥が少しざわついた。けれど同時に、聞きたいこともあった。第三管理室へ戻りたいわけではない。謝ってほしいと思っているのかも、自分ではよくわからない。ただ、一度だけ、あの人たちと今の自分で話してみたいと思った。王宮にいたころは、いつも途中でわからなくなった。

何の話をしていたのか。

何を聞きたかったのか。

最後には自分が謝って終わった。

今なら、最後まで話せるだろうか。


「……会います」


アデラインがリーゼを見た。「本当に?」


「はい。一度だけ」


「わかった」それ以上は何も言わなかった。


「では、家令に返事をさせるわ。場所はこの屋敷。日時はこちらで指定する」


「はい」


「面会中、私もいた方がいい?」


少し考えた。


「いえ」


今度はすぐに答えられた。「私が話します」


アデラインは少し笑った。「そう」


その笑い方は、昔、保温魔石について調べると言ったリーゼを見たときと少し似ていた。


***

 面会の日、三人は指定された時刻より少し早く到着した。辺境伯家の王都邸へ入った途端、ノアは普段より口数が少なくなった。案内された応接室も、王宮の一般職員が気軽に使うような部屋ではない。


「リーゼさん、こんなところで働いてるんですね」

小声で言った。


セレフィナは返事をしなかった。


家令が三人を席へ案内した。

「リーゼは間もなく参ります」


呼び捨てだった。

当家の職員なのだから当然なのだが、セレフィナはほんの少し眉を動かした。


やがて扉が開いた。

リーゼが入ってきた。


王宮にいたころと大きく変わったわけではない。

服装も質素だ。ただ、顔色がよかった。


「お待たせいたしました」


家令が確認する。「リーゼ。こちらの方々との面会を、このまま進めてよろしいですか」


ベネディクトが一瞬、家令を見た。

リーゼに確認するとは思っていなかったらしい。


「はい。お願いします」


「何かございましたらお呼びください」


「ありがとうございます」


家令は三人にも一礼して部屋を出た。

扉が閉まる。


少しの沈黙のあと、ベネディクトが笑った。「久しぶりだね、リーゼ」


「お久しぶりです」


「元気そうでよかったよ。体調はもう大丈夫?」


「はい。おかげさまで」


「そうか。それは本当によかった」


まるで見舞いに来たような口調だった。誰も、リーゼがなぜ体調を崩したのかには触れなかった。


セレフィナが部屋を見回した。「随分いいところで働かせていただいているのね」


「はい。皆さんによくしていただいています」


「そう」微笑んでいる。


「アデライン様とは、昔からのお知り合いだったものね」


何となく、その言い方が引っかかった。


「以前勤めていた商会のお客様でした」


「ご縁って大事よね」それだけ言った。


リーゼが辺境伯家で何の仕事をしているかは聞かなかった。


ベネディクトが咳払いをした。「それで、今日はね。第三管理室の仕事について少し確認したいことがあって」


「書状で拝見しました」


「君が担当していた案件で、まだ整理できていないものが結構あるんだ」


「退職時に、進捗一覧と関連資料の保管場所は残しました」


「うん。それは見てるよ」


「では、何がわからないのでしょうか」


ベネディクトが少し言葉に詰まった。以前のリーゼなら、相手が困っていると気づいた時点で何か言葉を足しただろう。今回は相手の言葉を待った。


「やっぱり、一覧だけじゃわからないところがあってね。実際にやっていた本人じゃないとわからないこともあるだろう?」


「たとえば?」


「たとえば……」ベネディクトがセレフィナを見た。


やはり見るのだ。


セレフィナが引き取った。「北部商会の見積もり処理とか、冬季輸送の条件とか。過去資料だけでは判断できないものがあるの」


「私が着任した際も、過去資料しかありませんでした」


セレフィナの表情が少し固まった。「それはそうだけど、あなたは三年やってたでしょう?」


「着任した日は一日目です」


ノアが視線を逸らした。「最初は私も、過去の記録を確認するようにと言われました。手順書も引き継ぎ書もありませんでしたので」


「だからって」セレフィナの声に、少しだけ昔の調子が戻った。


「今の状況とあなたが入ったときでは違うでしょう?」


「どこが違うのでしょうか」聞いた。


セレフィナが黙った。


「いえ、責めているわけではありません。違うのであれば、その違いを教えてください」

昔なら、こんな言い方はできなかった。質問したあとに黙って相手の答えを待つこともできなかった。沈黙が怖くて、自分から何かを足してしまった。今は待てた。


「とにかく」セレフィナが先に目を逸らした。「現実として仕事が止まっているのよ」


「そうですか」


「そうですか、って」


「はい」


「あなたが担当していた仕事でしょう?」


「退職するまでは」


「だったら、もう少し責任を持ってもいいんじゃない?」


その言葉に、リーゼは少し驚いた。腹が立ったのではない。本当に、驚いた。

「退職後も、ですか?」


セレフィナは言葉に詰まった。


ベネディクトが慌てて間に入った。「まあまあ。今日は責任の話をしに来たわけじゃないから」


では、何の話なのだろう。


「僕としては、いろいろ行き違いもあったと思ってるんだ」


「行き違い?」


「うん。リーゼも大変だっただろうし、セレフィナも忙しかった。ノアもまだ若かったしね。僕も、もう少し間に入ればよかったと思ってる」


謝罪に似た形をしていた。けれど、何についての話なのかは一つも入っていなかった。


「それでね」ベネディクトは少し身体を前へ寄せた。


「一度、第三管理室に戻ってきてもらえないかな」


リーゼは彼を見た。聞き間違えたのかと思った。


「戻る、とは?」


「もちろん、いきなり以前と同じようにということではないよ。まずは今止まっている案件を整理してもらって、その後のことは相談しながら。王宮としても、君の経験は評価してるんだ」


誰も謝らなかった。そこまで話して、まだ誰も。


「お断りします」自分の口から出た言葉に、リーゼ自身が少し驚いた。


ベネディクトも驚いたようだった。「いや、リーゼ。最後まで聞いて」


「戻るつもりはありません」


「条件の話だってできるよ」


「条件の問題ではありません」


そこでセレフィナが口を開いた。「リーゼさん」聞き慣れた声だった。


「はい」


「老婆心ながら言わせてもらうけど、そうやって最初から拒絶するのはどうかと思う」


来た。昔なら、その一言で背筋が固くなった。今は、不思議なくらい何も起きなかった。


「王宮もあなたに戻ってきてほしいと言っているのよ。普通ならありがたい話でしょう?」


「そうでしょうか」


「そうでしょうか、って……」セレフィナが小さく息を吐いた。やはり、ため息をつくのだ。


「もちろん、私も反省しているところはあるのよ。あなたに期待していたから、少し厳しく言いすぎたところはあったかもしれない。でも、それはあなたに成長してほしかったからでしょう?」


リーゼは黙って聞いた。


「それに、あなたにも、もう少し周囲とうまくやれたところはあったと思うの。そこはお互い様じゃない?」


お互い様。その言葉を頭の中で転がした。「ですので、セレフィナさんとしては、何について謝罪されているのでしょうか」


セレフィナの顔が止まった。「……謝罪?」


「はい」


「だから、私も言い方が厳しかったところはあったって言ってるでしょう?」


「それについて謝罪されているということでしょうか」


「リーゼさん」声が低くなった。


「そういうふうに、言葉尻を捉えるのやめた方がいいと思う」


ああ。これだった。話の中身を確認しようとすると、最後は自分の態度の話になる。昔はここで、自分の聞き方が悪かったと思った。


今は違った。


「わかりました」


セレフィナの顔が少し緩んだ。「わかってくれた?」


「いいえ。謝罪ではないことがわかりました」


セレフィナが黙った。

お読みいただきありがとうございます。

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