↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『王宮を辞めたら、話が通じるようになりました ~「それくらい常識」と言われ続けた私が、もう一度仕事を好きになるまで~』  作者: なみゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/19

第十二話

全話書き上げ済のため、本日完結まで投稿していきます。

 一方、リーゼがいなくなった第三管理室は、最初の一週間ほどは何事もなく動いていた。少なくとも、三人はそう思っていた。


「まあ、ノアがわかるでしょう」リーゼの担当していた案件について、セレフィナはそう言った。


「大丈夫ですよ。僕、ずっとフォローしてましたから」ノアも笑った。


ベネディクトは安心した。「じゃあ、しばらくノア中心で見てもらおうか。セレフィナもサポートしてあげて」


「もちろんです」


三日後、「ノア、北部商会の見積もりは?」セレフィナに聞かれ、ノアは資料を見た。


「どれですか?」


「冬季輸送の」


「ああ。あれはリーゼさんが担当だったので」


「でも、あなたフォローしてたんでしょう?」


「補助はしてましたけど、細かいところまでは」


「どこまでわかるの?」


「どこまでって言われても……」


結局、過去の通信を探すことになった。


一週間後、回答期限を過ぎている案件が見つかった。


「これ、誰が見てたの?」


「リーゼさんです」


「もういないでしょう?」


「じゃあ誰が引き継いだんですか?」


二人でベネディクトを見た。


「え?」ベネディクトも二人を見た。「セレフィナが割り振ったんじゃないの?」


「私はノアがわかると思っていました」


「僕はセレフィナさんが指示してくれると思ってました」


三人とも黙った。


翌週には発注漏れが見つかった。

さらにその次の週には二重発注。

取引先から、『担当者が変わってから回答が遅いという苦情まで来た。


セレフィナの機嫌は日に日に悪くなった。「リーゼ、何やってたのよ」


ある朝、書類を机へ置きながら吐き捨てた。

ベネディクトが顔を上げた。「リーゼはもういないよ」


そこで初めて、部屋が静かになった。


「それはわかってます」セレフィナは苛立ったように答えた。


「でも、こんな状態で辞めるなら、もっとちゃんと引き継ぎするのが普通でしょう?」


ノアも頷いた。「僕もそう思います。途中の案件多すぎますよ」


ベネディクトは少し困った顔をした。「でも、一応一覧は残してるよね」


「一覧だけじゃわからないんです」セレフィナが言った。


「実際にどう処理してたかとか、細かいところが全然」


「手順書は?」ベネディクトが尋ねた。


セレフィナが彼を見た。「ないですよ」


「ないの?」


「前からありません」


「じゃあリーゼはどうやってたの?」


その質問に、誰もすぐには答えなかった。


「過去の資料を見てたんじゃないですか?」ノアが言った。


「そうね」セレフィナも頷いた。


「だったらノアもそれを見ればいいんじゃないかな」ベネディクトが言うと、ノアの顔が引きつった。


「全部ですか?」


「リーゼもやってたんでしょう?」


「でも、量すごいですよ」


セレフィナがため息をついた。「それくらい自分で考えてよ。私だって忙しいんだから」


ノアは黙った。


その日の午後、新しく応援に入った職員がセレフィナに尋ねた。「この案件ですが、過去に二通りの処理があります。判断基準はどちらでしょうか」


「それくらい自分で考えて」


「わかりました。では、過去の事例からこちらで判断します」


翌日、その職員が処理したものを見て、セレフィナが言った。「なんでこっちにしたの?」


「昨日、自分で判断するようにとのことでしたので」


「だからって、勝手に進める?」


職員は少し黙った。


「では、今後は事前に確認します」


「毎回確認されても困るんだけど」


職員は今度こそ黙った。


少し離れたところで、ノアがそのやり取りを聞いていた。どこかで見たことがある気がした。

けれど、思い出す前に自分の仕事へ戻った。


第三管理室が本格的に止まり始めたのは、そのころだった。王宮の仕事は、一つの部署だけで完結するものではない。第三管理室の回答が遅れれば、別部署の手続きも止まる。発注が遅れれば工房が困り、契約確認が遅れれば商会が困る。


最初は小さな遅れだった。

それがいくつも重なった。

そして、上の部署から確認が入った。

「担当者が一人退職しただけで、なぜこれだけ処理が止まっているのですか」


ベネディクトは答えた。

「引き継ぎに少し不備がありまして」


その言葉が、後になって自分たちの首を絞めることになるとは、そのときはまだ誰も思っていなかった。


***

「引き継ぎに不備があった、というのは?」


そう聞き返されて、ベネディクトは少し言葉に詰まった。第三管理室の処理遅延について確認に来たのは、王宮魔術院の業務監督官だった。別に監査というほど大げさなものではない。少なくとも、そのときはまだ、誰もそう思っていなかった。


「退職した職員が担当していた案件が多くありまして、一部、後任への引き継ぎが十分ではなかったようです」


「引き継ぎ期間は設けなかったのですか?」


「体調面の問題もありましたので」

ベネディクトが答えると、監督官は手元の紙に何かを書いた。


「では、退職者が残した引き継ぎ資料を見せてください」


セレフィナが持ってきたのは、リーゼが退職前に作った進捗一覧だった。案件名、相手先、現在の進捗、次に必要な処理、関連する記録の保管場所まで書かれている。


監督官は一通り目を通した。「かなり詳しく残されていますね」


「一覧としては、です」セレフィナがすぐに言った。


「ただ、実際の処理方法までは書かれていません。そこが問題なんです」


「処理方法は、通常どこに記載されていますか?」


「どこ、と言われましても」


「業務手順書は?」


「ありません」


監督官が顔を上げた。「ない?」


「ええ。これまで口頭で引き継いできましたので」


「では、退職したリーゼ氏が着任した際には、誰からどのような引き継ぎを受けたのですか?」


セレフィナは少し考えた。「私が指導しました」


「引き継ぎ資料は?」


「ですから、口頭で」


「どの程度の期間?」


「必要に応じて随時です」


監督官はまた何かを書いた。「では今回も、同様に後任へ口頭で指導すればよいのでは?」


セレフィナの表情が少し固くなった。「それはもちろんしております。ただ、リーゼさんは自分で判断して進めていた部分も多かったので」


「自分で判断できるようになるまで、どのような教育を?」


「……教育?」


「はい」


「経験者採用でしたから、一から十まで教えるようなことはしていません。過去の資料を確認すればわかることも多いですし、自分で考えてもらうことも必要ですので」


「なるほど」監督官は頷いた。


「では、現在の担当者にも同じように過去資料を確認し、自分で考えて処理してもらえばよいですね」


セレフィナはすぐには返事をしなかった。「ただ、リーゼさんの場合は三年近く担当していましたから」


「最初から三年の経験があったわけではないでしょう」


部屋が少し静かになった。監督官は責めるような口調ではなかった。ただ、わからないことを確認しているだけだった。それがかえって答えにくかった。


「今回の遅延については、もう少し確認が必要ですね」そう言って帰っていった。


ベネディクトは扉が閉まるのを見届けてから、ため息をついた。「大ごとにならないといいけど」


セレフィナは不満そうだった。「そもそも、辞めるならもう少しきちんと引き継ぐのが普通なんです。あの子、最後までそういうところが――」


「でも一覧は残ってるよね」ベネディクトが珍しく口を挟んだ。


セレフィナが彼を見た。「一覧だけでは仕事はできません」


「じゃあ、リーゼはどうやって覚えたの?」さっき監督官にも聞かれたことだった。


「だから、私が教えました」


「じゃあノアたちにも教えれば?」


「教えてます」


「でも止まってるよね」


セレフィナの顔が強張った。「私一人で全部面倒を見るのは無理です。私にも自分の仕事がありますから」


ノアが黙って二人を見ていた。


ベネディクトは困ったように眉を下げた。「じゃあ、どうしたらいいかな」結局、それだった。


セレフィナが答えを出すまで待つ顔をしている。「……まず、リーゼさんに確認できるものは確認した方が早いと思います」


「辞めた人に?」


「このまま取引先へ迷惑をかけるよりいいでしょう」


ベネディクトは少し考えたあと、頷いた。「そうだね。一度連絡してみようか」


ノアもほっとしたようだった。「僕もそれがいいと思います。リーゼさんなら、自分がやってた仕事ですし」


三人の中に、リーゼへ迷惑をかけるのではないかと言う者はいなかった。


けれど、すぐに連絡できるわけではなかった。

リーゼはもう王宮職員ではない。しかも現在は、北方辺境伯家に雇われている。個人的な魔導通信で呼びつけられる相手ではなかった。


第三管理室から問い合わせを出そうとして、そこで初めてベネディクトは正式な所属を知った。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。