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都合の良すぎる古文書は、だいたい偽物です。~新米記録官ルカの地方支局事件簿~  作者: 音平つむぎ
第二案件 消えた羊十頭を食べたのは、どうやらこの台帳のようです。

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8/18

第八話:六十頭いました。羊は五十頭でした。

 羊は、数えればいい。

 先任どのはそう言って、わたしを北へ送り出した。

 朝の牧草地で、わたしはもう一度、羊を数えていた。

 遠目には、六十頭いた。

 近づくと、その印象が少しずつ崩れていく。

 斜面の下のほうに集まった群れは、まぎれもなく羊だった。丸い体、短い脚、地面に顔をつけて草を食む、いつもの羊。

 けれど、斜面の端に固まった十頭ほどは、様子が違った。

 背中に、布の覆いが掛けてある。羊毛を縫いつけた、厚い胴衣のようなものだ。覆いのおかげで体は丸く見える。遠目なら、確かに羊に見えた。近くで見ると、覆いの下からのぞく脚が、ほかの羊より細く、硬い。顔つきも、どこか尖っている。覆いの陰になって見えにくいが、額のあたりに、羊のものではない角の気配があった。


「記録官どの」

 ステファン村長が、わたしの隣に並んだ。

「その十頭は、病み上がりでしてな。夏に体を悪くしたもので、冷えると応えます。覆いを掛けて、暖を取らせております」

 村長は、間を置かずに続けた。

「六十頭、揃っております。台帳のとおりです」


 数は合っている。病み上がりの羊に覆いを掛けることも、北の村では珍しくないという。遠くから頭数を照らし合わせるだけなら、六十頭として終わらせられる。

 わたしは、帳面に十を数えるごとに行を変えて、数を記していた。あと一行で、六十頭になる。

 これで帳面を閉じれば、今日のうちに帰り支度ができる。一泊の予定なのだから、それで何も悪くない。早く書いてしまおう、と羽ペンを進めた。


 進めた、その手が止まった。

 覆いの十頭は、群れない。ほかの羊が斜面の下へ寄っていくのに、その十頭は、ばらばらに、思い思いの方を向いている。

 一頭が、ふいに後ろ脚で立ち上がって、低い枝へ口を伸ばした。ほかの羊より、ずいぶん身軽い。

 もちろん、台帳に歩き方を書く欄はない。


 牧夫は、わたしと目を合わせなかった。村長のほうも見なかった。ただ、足元の霜を、長靴の先でつついていた。

 怪しい、では記録にならない。

 わたしは家畜の見分け役ではなく、記録官だ。見た目だけで、羊ではないとは書けない。


*


「村長どの。村の控えを、見せていただけますか」

 ステファン村長の頬が、わずかに動いた。

「控え、と申しますと」

「現物と台帳が合っているかは、村の控えとも引き比べます。決まりですので」

 決まりです、と言うと、たいていの相手は引く。嘘ではない。本当に、決まりだ。


 村長の家の一間で、控えの束を開いた。

 羊毛の出荷控え。毛刈りの手間賃。干し草と塩の買い付け。どれも、支局で見た台帳と同じだった。羊毛は五十頭分。毛刈りも五十頭分。

 ステファン村長は、一間の入口の柱にもたれていた。茶を勧めるでもなく、急かすでもなく、ただ、わたしの手元を見ていた。

 その束の、後ろのほうに、別の控えが挟まっていた。

 食堂への、乳の納品控え。

 秋口から、急に数が増えている。それまでほとんど空欄だった欄に、毎日のように乳の量が書き込まれていた。


 もう一枚、めくった。

 乳桶の修繕費。これも、秋口から。新しく桶を仕立てた費えまで、控えに残っていた。

 わたしは、羊毛の控えと、乳の控えを、卓に並べて置いた。

 羊の毛は、五十頭分しか刈っていない。

 それなのに、乳は、秋口から急に増えている。

 少なくとも、ホルナー村の共有羊は、毛を刈るために数えられている家畜だ。秋口から急に乳が増えて、桶まで新しく仕立てる帳面にはならない。


 念のため、わたしは村の食堂にも寄った。

「帳面を、見せていただけますか」

 食堂の女将は、すぐに書類籠を出してくれた。山羊だ羊だとは、何も言わなかった。ただ、秋口からこちらに乳が増えて、助かっている、とだけ言った。

 乳は、確かに納められていた。控えのとおりに。


 服を着せられて羊のふりをしたなにかは、どうやら乳までは羊のふりをしてくれなかったらしい。


*


 わたしは控えを束ね直して、村長の家へ戻った。

 ステファン村長は、一間の入口で待っていた。

 わたしは、羊毛五十頭分の控えと、秋口から増えた乳の控えを、もう一度、卓の上に並べた。

 羊と、羊でないものを、紙の上で分けて置いた。


「村長どの」

 わたしは、できるだけ静かに言った。

「あの十頭は、羊ではありませんね」

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