↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合の良すぎる古文書は、だいたい偽物です。~新米記録官ルカの地方支局事件簿~  作者: 音平つむぎ
第一案件 都合の良すぎる古文書は、だいたい偽物です。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/19

第三話:羊皮紙の途切れるところ

 資料室の空気は、外よりさらに湿っていた。雨の日に来る場所じゃない。

 棚のあいだに窓はなく、持ち込んだ蝋燭の光だけが揺れている。奥ではマルクさんがもう別の作業に戻っていて、棚の向こうに小さな灯りが見えた。

 まずは棚の番付を確かめながら、三十年前の東村あたりの記録を探す。今の台帳は年代と地区で整理されている。三十年前なら、この区画の、この棚の――

「おい、新米。何を探している」

 棚の奥からマルクさんの声が飛んできた。地獄耳である。

「東村成立期の記録です。三十年前の分を」

「そこじゃない」

 足音がして、マルクさんが棚列の端から顔を出す。

「今の番付は数字で整理されてるが、三十年前は違う。もっと奥の古い区画だ。地名の頭文字で分けてある」

「……知りませんでした」

「当然だ。教えてないし、教わってないんだから」

 責めるでもなく、また奥へ引っ込んだ。フォローなのか皮肉なのか、いつも判別がつかない。わたしは番付を確かめ直して、奥の古い区画へ向かう。


*


 古い区画は、棚が高かった。

 最上段はわたしの頭よりはるか上。ラベルを拾い読みして目当ての地名を探したら、よりによって手の届かない棚にあった。世の中はこうできている。

 背伸びしても指先がかすりもしない。蝋燭を棚の隙間に押し込んで両手を空け、下の棚に片足をかけて体を持ち上げる。棚が、ぎ、と鳴いた。麻紐で縛った束の縁にどうにか指をかけて、引き出す。重い。抱えたまま降りようとして蝋燭が傾きかけ、壁に肩を当ててなんとか足を床に戻した。

 上から埃が降ってきた。最悪。

 束を抱えて棚列の外に出ると、少し開けた場所がある。そこに下ろして、麻紐を慎重に解いた。


*


 三十年前、東村が正式な村として扱われはじめた頃の記録は、確かにこの束の中にあった。

 当時の支局が、南村と東村のあいだで水車の利用順と日数を整理し直した形跡も読める。確認用紙に書き写しながら、同じ時期の他の文書と照らし合わせていく。

 一枚、また一枚。

 近い時期の文書には、必ず受付控えと支局控えの両方が揃っていた。受付番号が振られ、受理した日付があり、相手方に渡った記録があり、処理がひと続きになっている。ちょうどこの時期、支局では区域の記録整理をやっていたらしく、きちんと書式が揃っていて、欠けがほとんどない。

 なのに――ヨハンさんの羊皮紙に対応するはずの控えが、どこにもない。

 見落としかもしれない。同じ時期の束を頭から見直す。近い番付の区画も確かめる。別の棚に紛れている可能性もつぶしたい。


 ない。

 ……いや、と自分に待ったをかける。それは記録上の話だ。紛失したのかもしれない。当時の書記が処理を漏らしたのかもしれない。決めつけるには早い。


 もう一度、同じ時期の束をめくる。

 記録整理の時期だからこそ、書式が揃っていた。近い日付のものは、受付番号がきれいに連続している。もし何かが失われたなら、その連続のどこかに乱れが出るはずだ。

 乱れは、なかった。

 番号は飛んでいない。書式は整っている。あの羊皮紙が正式に処理されたなら、この束のどこかに、対応する番号と痕跡が残っていなければおかしい。

 失われたんじゃない。最初から、ここを通っていない。

 確認用紙に書く。「支局側の控えに対応する処理痕なし。同時期の他記録との連続性から、紛失ではなく未経由の可能性が高い」

 書いてから、羽ペンを置いた。

 束を元の順に戻し、麻紐を結び直して棚に返す。蝋燭を持って、マルクさんのほうへ。


「マルクさん。受付控えが見当たりませんでした」

 マルクさんは古い帳面から目を上げない。

「支局側だけじゃ足りんな。南村が持ってるはずの当時の利用控えと突き合わせなきゃ、どこで記録が途切れたか分からん」

「はい。南村への要請書を書きます」

「書け」

 また帳面に目を落とす。わたしは資料室を出た。


 廊下に出ると、雨の音がまた近くなる。蝋燭の炎が、外の空気に揺れた。

 玄関のほうで、濡れた外套を払う音。巡回支局長だ。朝から管轄先を回っていたらしく、肩から雫を落としている。今日は戻りが早いほうかもしれない。

「ルカ。東村の件、まだ続けてるのか」

「受付控えがありませんでした。これから南村の控えと突き合わせます」

「控えが無いなら、東村の話は通らん。それで返せばいい」

 外套を掛けながら、軽く言う。

「出所の知れん紙一枚のために、古い南村に控えを出させて、波風を立てることもないだろう」

 言われたとおり閉じれば、楽だ。

 返事をしかけて、確認用紙の自分の字に目が止まった。

「控えが無いだけでは、紛失なのか、最初から通ってないのかは、まだ別の話です。南村の控えと突き合わせて、はじめて言えます」

 支局長はわたしを見て、小さく息を吐いた。

「……照合だけだぞ。裁定はするな」

「はい」

 奥へ消える背中を見送って、確認用紙の「未経由の可能性が高い」という自分の字に目を落とした。

 南村への要請書を、新しい用紙に書き始める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。