第十六話:果たし状を書いてくれ
収穫祭が近いと、支局にも普段とは違う相談が増える。
祭りが終われば、商家の年次取引控えを台帳と照合して締めなければならない。紅樽蔵なら醸造量と仕入れ材料、藍染亭なら染料と布地。どちらも当主か番頭の判が要る。
今朝のうちに両家へ寄ってみた。
紅樽蔵では、
「今は無理だ。祭りが終わってからにしてくれ」
と追い返され、藍染亭でも、
「また来てくれ」
で終わった。
年次の照合は、一行も進まなかった。
支局へ戻って、控えの写しに向き直る。
その合間にも、井戸の使用順を決めたいという相談が一件。貸した荷車が返ってこないという相談が一件。 順番を決める。
誰のものか確かめる。
どちらも支局で扱える。
午後の最初の客は、少し違った。
「果たし状を書いてくれ!」
戸を開けるなり、そう言った。
背が高く、肩幅のある若者だった。髪は赤茶けている。
声が大きい。
たぶん本人に大きいつもりはない。
「……支局の業務をご説明いたします」
わたしは帳面を閉じた。
「果たし状は、正式な申立書ではありません」
「だから、ちゃんとしたやつを書いてほしいんだ。お前のところ、代筆をやってるだろう」
「代筆はします。申立書、譲渡証、覚書。記録に残せる文書なら」
「果たし状は残せないのか」
「残せます」
若者の顔が少し明るくなった。
「ただし、果たし状が一通あった、という記録になるだけです。相手を呼び出すことも、あなたを勝たせることもできません」
「……ただの紙か」
「はい」
若者は口を閉じた。
「お名前を伺っても」
「アレシュ。紅樽蔵の」
今朝、追い返された造り酒屋だった。
「お歳は」
「二十二」
帳面に書く。
「アレシュさん。果たし状で、相手に何を伝えたいのですか」
「あいつに、思い知らせたい」
「『思い知らせたい』を、記録できる言葉に直すと?」
「……は?」
アレシュは何度か瞬きをして、口元を引き締めた。
左右の人差し指を立てる。
「あいつが勝手に並べたんだ。俺の名前を、あいつの名前の横に」
立てた指を二つ並べた。
「収穫祭の、花籠だ」
花籠。
わたしはその二文字を帳面の隅に書いた。
果たし状と花籠が、同じ相談に並んだ。
「花籠がどう関わるのでしょう」
「贈ったんだよ。俺が。ミレナさんに」
ミレナの店なら分かる。
広場に面した、酒も出す食堂だ。祭り前の届け出や場所の覚書で、店の名は何度か見ている。
その名も書く。
「それが、あいつのと並べられた。二人で出したみたいに」
「その『あいつ』、とは?」
戸が開いた。
入ってきたのは、アレシュより細い若者だった。
布地のいい上着に、青い帯。髪もきちんと整えている。
「やはりここにいたか」
若者は静かに言った。
「アレシュ。先に駆け込むとは、ずいぶん急いだな」
「ボフダン!」
「どうも、藍染亭のボフダンです」
若者はそう名乗った。
今年二十一になる、布と染め物の家の者だという。
「記録官どの。この男が何を書かせに来たかは見当がつきます。果たし状でしょう」
「お前こそ、何をしに来た」
「わたしは申し立てに来た」
ボフダンはアレシュを見ずに言った。
「花籠の札に紅樽蔵の名が先に出ている。あれはわたしが先に頼んだものだ。順序が違う」
二人が同時に喋り出した。
片方は声が大きい。
もう片方は、言葉が細かい。
どちらも同じ花籠について怒っている。
わたしは帳面を見た。
果たし状。
花籠。
掲出。
順序。
二つの名前。
どうやら、果たし状を書いている場合ではなさそうだった。




