↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合の良すぎる古文書は、だいたい偽物です。~新米記録官ルカの地方支局事件簿~  作者: 音平つむぎ
第三案件 お弁当を置いていたこの石、もしかして大事なものなんですか?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/18

第十三話:消えた根っこ、止まる帳簿

 翌日も、よく晴れた。

 わたしはまた泥の畦道を歩いていた。

 先代の桑がどこに立っていたか分かれば、二十歩の起点を戻せるかもしれない。

 枯れて植え替えたのなら、根株の跡や掘り返した土くらいは残っているだろう。

 少なくとも、わたしはそう考えていた。

 考えていたのである。過去形だ。

 二代目の桑の根元に立ち、南へ二尺ほどの地面を見下ろす。南村の古株が「先代はもっと南寄りだった」と言っていた辺りだ。

「……ここ、ですか」

 しゃがんで、指で土を軽くなぞる。

 土の色は、まわりと変わらなかった。

 窪みも、ない。

 代わりに、固く踏み固められた一筋の轍が走っていた。荷車の通り道だ。

「ああ、そこかい。そこは去年あたりから、荷車の抜け道に使ってるんだよ」

 近くで草を刈っていた村人が、鎌を止めて教えてくれた。

「以前は、何かありませんでしたか。切り株とか」

「さあ。切り株なんてあったかね。畦の端を広げたときに、ついでに均しちまったかもしれん」

 均した。

 根株があったとしても、もう地面からは分からない。


 気を取り直して、東村の古株が指したもう一方の場所へ移った。

 ニコさんが先に歩き、エリーズさんがそのあとをついてくる。

 そちらの地面には、新しい黒土が盛られていた。

「そこは春の長雨で畦が崩れてね。みんなで土を入れ直したんだ」

 別の村人が、すまなそうに言った。

「いえ。直さないわけにもいきませんから」

 畦は直すものだ。

 ただ、直された地面から三十年前の木の跡を探すのは難しい。

 午前いっぱい、候補になりそうな場所を見て回った。

 根株は出なかった。

 土の色も、決め手にはならなかった。

 手に入ったのは、泥のついた膝だけだった。


 立ち上がろうとしたとき、草を刈っていた村人が、思い出したように言った。

「そういや記録官さん。あの二代目の桑な、二代目って言うけどよ」

「はい」

「先代が枯れたあと、最初に植えた若木も、根づかずに一度枯れたんじゃなかったか。いまの木は、その次に植え直したやつだった気がするんだが」

 わたしは、手についた土をゆっくり払った。

「……では、今の木は三本目ですか」

「たぶん」

「たぶん」

 木札を取り出す。

 『現存桑、植替回数不詳』

 一本だったはずの起点が、いつの間にか何本あるのかすら分からなくなっていた。

 これでは二十歩を測り直しようがない。

 無理だと分かるために、半日かけて泥まみれになった。

 割に合わない。


*


 支局へ戻ると、執務室から呼ばれた。

 先任どのは、山積みの書類から視線を上げずに言った。

「現場へ二日通って、起点は出たのか」

「……出ませんでした。先代の桑の跡は、荷車道と畦の補修で確認できません。それどころか、いまの桑が何代目なのかも分からなくなりました」

「では、境界は引けないな」

「はい」

 先任どのは、そこでようやく顔を上げた。

「お前のところでペンが止まると、こちらの帳簿も止まる」

 机の上の書類を指先で叩く。

「あの境界の確認が終わらないと、今年度の東村と南村の収穫割が締められない。共同水路の修繕負担も決められん」

「……はい」

「境界を決めろとは言っていない」

 もう一度、書類を叩いた。

「帳簿を止めるな。閉じる理由を書け」

 境界は決められない。

 けれど、今年の帳簿は閉じなければならない。

「……ひとつ、提案があります」

 先任どのの目だけが、こちらを向いた。

「今年度の収穫割と修繕負担は、前年通りの数字で一時処理します。境界そのものは確定しません」

「それで」

「来秋、両村立会いでもう一度確認します。古い基準点を復元できなければ、その場で新しい基準点を定めるところからやり直します」

 先任どのは、しばらく黙っていた。

「昔の線を、分からないまま引き直すのではなく?」

「はい。戻せないものを戻したことにはできません」

 羽ペンが手に取られた。

「先送りと、保留は違う」

「はい」

「理由を書いて保留するなら、帳簿は閉じられる。次に何をするかまで書いておけ」

「書きます」

「ただし」

 ペン先が、控えの束をとん、と突いた。

「現在の石を境界標として扱えない理由を、現場の話だけで終わらせるな。記録の側からも一つ足せ」

「記録の側、ですか」

「正式に境界標を立てたなら、金が動く。石工を呼んで刻ませた費え、据えた人足、立会い。何か残る」

 もう一度、控えの束を指す。

「台帳だけで足りないなら、畦や道を扱った古い作業日誌を当たれ」

「……分かりました」

「急げ」

 先任どのは、もう次の書類を見ていた。

 話は終わったらしい。


*


 資料室へ戻ると、マルクさんが古い地誌の綴じ糸を直していた。

 わたしの泥だらけの靴を一瞥する。

「現場は、無駄だったか」

「……無駄ではありませんでした。無理だということは分かりました」

「そうか」

「それで、石や畦を扱った古い作業日誌を探したいんですが」

 マルクさんは綴じ糸から手を離さないまま、顎で資料室の奥を示した。

「旧区画」

「旧区画」

「畦や道や石を、いつ誰が動かしたか。いくら払ったか。そういうのは、あっちだ」

「ありがとうございます」

 それきり、マルクさんは手元へ戻った。

 どの棚かまでは言わない。

 いつものことである。

 わたしは泥のついた靴を脱ぎ、灯りをひとつ手に取った。

 資料室の奥へ入る。

 今度は、足ではなく帳面で探す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。