↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合の良すぎる古文書は、だいたい偽物です。~新米記録官ルカの地方支局事件簿~  作者: 音平つむぎ
第二案件 消えた羊十頭を食べたのは、どうやらこの台帳のようです。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/18

第十話:書いてあれば、羊は誰かのものです。

 村長の家に、もう一夜泊めてもらうことになった。

 翌朝、村長の家の戸を、誰かが遠慮なく叩いた。

 村長が出てみると、共有羊の持ち分を持つ村人の一人だった。わたしも呼ばれて玄関へ出ることになった。

 村人は名乗りもそこそこに、用件を並べる。今年の毛刈りの取り分が、去年より目減りしている。十頭ぶん、どこかへ消えた。羊は狼に食われたと聞いたが、食われるほど目を離していたのは牧夫の不始末ではないのか。だとしたら、その分は牧夫に弁償させるべきではないのか。

 顔も洗っていない朝のいちばんに聞かされる話としては、ずいぶん欲がはっきりしていた。わたしは、朝いちばんに人の欲を仕分けられるほど、できた記録官ではない。

 村人は言いたいことだけ言って、帰っていった。

 弁償を求められているのは、牧夫だった。


*


 牧草地へ行くと、牧夫は犬と一緒に、覆いを外した山羊のそばにいた。

 昨日まで目を合わせなかった人が、今朝は、わたしを正面から見た。

「弁償しろと、言われましたか」

 先に言うと、牧夫は短く笑った。笑うところではないのに、笑った。

「狼になんか、食われちゃいません。あの十頭は、わたしが歩かせて連れていったんです。北奥まで」


 牧夫は、その夜のことを、ぽつぽつと話した。

 村長に言われて、雪の前に、十頭の羊を北奥へ追っていったこと。残っているのは三軒きりで、干し草はとうに尽きていたこと。痩せた羊を見た北奥の老人が、声を出さずに、何度も何度も頷いたこと。

「連れていったのは、わたしです。なのに帳面の上では、その十頭は狼の腹の中だ。狼に食わせた間抜けな牧夫、ということになっている。――まあ、どっちにしても、わたしですよ。連れていったのも、しくじったことにされたのも」

 わたしは牧夫に頭を下げて、村長の家へ戻った。


*


 台帳を開いた。

 まず、「狼害 十頭」の太い字。

 これは、消さない。消してしまえば、なぜ十頭ずれたのか、あとから分からなくなる。

 わたしはその一行に、細い取消線を引いて、横の余白に書いた。


 ――狼害の事実なし。前記載を取消。共有羊十頭、村長判断により北奥仮開拓地へ無届で移送。移送実施者は牧夫。村長指示による。


 次に、共有資産台帳。

 北奥へ移した十頭について、書かなければならないことが、ひとつずつ出てくる。

 誰が、いつ、何頭を、どこへ。

 返すのか、返さないのか。

 冬に死んだら、誰の損か。

 仔が生まれたら、誰のものか。


 わたしは、それを村長に一つずつ尋ねながら書いた。

 村長は、一つずつ答えた。

 羊そのものはホルナー村のものとして、北奥に預けるつもりだったという。

 なら、貸与になる。


 共有資産台帳に、貸与として記載した。

 山羊は、別の紙に移す。村が買った、村の資産だ。買った相手、買った値。乳の代金も、羊の収益から外して、山羊の帳面へ送る。


 羊のふりをしていた山羊が、ようやく山羊の欄に収まった。

 覆いは、もう要らない。


*


 最後に、もう一枚。

 冬越し扶助の申請用紙だ。

「羊を返してもらったら、北奥はまた裸になります」

 村長が言った。

 わたしは、申請用紙を村長のほうへ差し出した。

「村が黙って羊を回すと、こういう年は、毎回どこかで嘘が要ります。でも、北奥が困っていることを、村の名前で申請すれば、それは正式な記録になる。通るかどうかは、わたしには分かりません。決めるのは、上の支局です。――通らなくても、申請は残ります。来年また同じことが起きたとき、今年の書類が効きます」

 村長は、申請用紙を両手で受け取った。


*


 帳面を閉じる前に、ひとつだけ確認しておく。

「狼害と書いたのは、書き間違いではありません。虚偽の記載です。これは、わたしから支局へ報告します。村長どのには、上の支局から、たぶん注意があります。庇いはしません」

「……受けます」

 ステファン村長は、背筋を伸ばした。

「父なら、どうしたか。それは、もう考えません。わたしのやったことは、わたしが受けます」

 わたしは帳面を閉じた。


*


 帰り支度をしていると、子供が部屋の入口から覗いていた。

「記録官さん」

「はい」

「ぜんぶ、書けた?」

 ゆうべの問答を、覚えていたらしい。

「書けました」

 わたしは答えた。

「書いてなかったものを、どこに書くか、ぜんぶ探しました。羊は羊のところに、山羊は山羊のところに。困っている人がいることは、困っていると書く紙に」


 子供は、分かったような分からないような顔をして、それから、少しだけ笑った。

「記録官さんって、やっぱり、悪い人は捕まえないんだね」

「捕まえません。場所を、探すだけです」

 荷馬車で村を出るとき、牧草地の脇を通った。

 牧夫が、犬と並んで立っていた。

 今度は、目を逸らさなかった。


 わたしが頭を下げると、軽く下げ返して、覆いの取れた山羊のほうへ、ゆっくり歩いていった。

 その山羊の一頭が、また後ろ脚で立ち上がって、低い枝に口を伸ばしていた。

 今度は、誰も慌てなかった。


*


 支局に戻ると、先任どのが顔を上げた。

「数えてきたか」

「数えました」

 わたしは、綴りを机に置いた。

 狼害の取消、貸与の附記、山羊の登録、乳の別帳、北奥の扶助申請。

 行きには薄かった綴りが、帰りには、少し厚くなっていた。

「ただ、数える前に、何が羊なのかを決めるところからでした」


 先任どのは、綴りをめくって、太い字の隣の細い字を、しばらく見ていた。

「……羊皮紙のほうが、まだ楽だったか」

「どちらも、楽ではありませんでした」

 通用口のほうから、リネットさんの声がした。

「あら、戻ってこられたのね」

「戻りました」

 リネットさんの目が、わたしの荷物に止まった。

「……その包み、まさか」

「いただいたパンです」

「まだ残ってるの?」

「はい。長くなりそうだったので」

 リネットさんは、しばらくわたしを見た。

「そういうときは、ちゃんと食べなさい」

「はい」

 持たせてもらったパンは、すっかり固くなっていた。


(服を着た迷い山羊の申立案件:了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。