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第2章:異界の吐息 ―― 松山・道後公園の夜

フェリーが夜明けの高松港へと接岸する。バイクのエンジンを始動させ、いよいよ四国の地へとタイヤを進めた。


すぐに私は愛車の向きを西へと取った。目指すは、愛媛の松山市だ。


今のように、この頃の四国には快適な高速道路などない時代、頼るべきは一本の国道11号線だけだった。


おむすびのような形の山々を眺めながら走る道中、ワインディングロードが私の旅を彩った。


ナビなどない時代、ロードサイドから旧道へと入り、さらに年季の入った看板を頼りに暖簾をくぐる。


当時はうどん屋というより「製麺所」といった佇まいで、コシの強い本場の味に唸り、店ごとの出汁の違いを楽しみながら、気づけば三軒のうどん屋をハシゴしていた。


西条を過ぎ、大型トラックが黒煙を上げる「桜三里」の険しい峠を越えると、いよいよ松山の街へと滑り込む。


そこで何より私を驚かせたのは、アスファルトの街の中を、バイクと並んで電車が走っている光景だった。


路面電車が日常に溶け込む松山の街並みは、東京から来た私にとって、まるで異国に迷い込んだかのような新鮮な衝撃だった。


日の傾き暮れた後、名湯・道後温泉本館の熱い湯で一息ついてから、私は今夜の寝床として、近くの道後公園へと向かった。


当時のそのシチュエーションには、今の洗練されたアウトドアでは絶対に味わえない、昭和の旅人特有の「スリルと怪しい空気感」が満ちていて、どこか少し興奮していた。


そこは、本物の「城跡」の気配を濃厚に残す場所だった。


現在の道後公園は遮るものがなく綺麗に見通せるのだろうが、当時は中世の土塁や古い木々がそのまま残る、うっそうとした場所。


街灯もまばらで、一歩奥へ入ると完全な闇だった。東屋あずまやの柱の影が、街灯で長く伸びて見えるような不気味さがあった。


遠くの温泉街の気配、お城の周囲を取り囲むお堀からは、夜通しカエルや虫の声がうるさいほどに響いている。


ふと遠くに耳を澄ますと、温泉街の酔客の笑い声や、スナックから漏れてくるカラオケの音がかすかに聞こえるものの、公園の中だけは完全に隔離された異界のようだった。


東屋のすぐ近く、木の陰に、夜露に濡れる愛車をそっと忍ばせて、荷物のゴムロープを解く。


冷えていくエンジンの「キン、キン……」という金属音だけが、私を励ます相棒の語りかけのように、静寂に響いていた。


時計の針は、真夜中の12時を少し過ぎた頃。

遠くから、微かな足音が響いてくる。


段々と近づくそれを聴きながら、暗闇に目を凝らしても何も映らない。私はただ息を殺し、じっとしていた。


わずかな街灯の明かりが周囲に歪な影を作る、異様な雰囲気。……いや、きっと自分と同じように、ここで野宿をしようとしている同類に違いない。


そう自分に言い聞かせ、私は眠りに落ちていった。


――私は夢を見ていた。


十年前に他界した、母の夢だった。


実家の居間に私がいて、母は台所で料理を作っている。


「ご飯支度できたよ!」


母の懐かしい声が聞こえた。


「今、行くよ!」


そう答えようとした、まさにその瞬間だった。


右耳のわずか数センチ横から、ねっとりとした吐息が吹きかかり、低く太い男の声が響いた。


『今、行くよぉ……』


私は狂ったように飛び起き、暗闇に向かって身構えた。


夢ではない。あの太い男の声は、確かに、私の耳元で鳴り響いていた。


はずだった、が、しかし周りには誰も居ない。眠った時と変わらないカエルと虫が鳴く音だけだった。


寝不足なのに、眠れない長い夜の時間が流れる。浅い眠りからふと目を覚ますと、時計の針は4時を回っていた。


空が少しだけ白み始め、街灯の少ない、うっそうとした道後公園の「完全な闇」が、ほんの少しだけ和らぎ始めていた。


 早朝、松山市を出て国道56号線をひたすら南下、宇和島までたどり着く。


そこで、うどんではなく「ちゃんぽん」を食べた記憶がある。


 その後、国道320号に入り、四万十川を縫うようなワインディングを楽しんだ。やがて視界が開け、海が見え始める。


南国ならではのヤシの木が並ぶ海岸線を走っているだけで、まるで異国にいるような気分になった。


 四万十町を越え、須崎のあたりだっただろうか。潮の匂いがしてきて、どこか懐かしさを感じていた。その夜は、予約していた木造2階建ての古い宿屋へと上がり込んだ。


ギシギシと鳴る木の階段を上がり、通された2階の和室は角部屋だった。


お風呂でバイクの振動と潮風にまみれた体を洗い流し、温かい晩ご飯でお腹を満たす。


それから商店街の白熱電球の明かりの中を少しだけ夕涼みして、部屋に戻り、宿の玄関から靴を脱ぎ、スリッパに履き替え受付の日捲りカレンダーを見ると、8月15日だった。


畳の上に地図や時刻表を広げ、XL250Sのキーを枕元に置いて、明日のフェリーの時間、ルートを調べながら布団に入り、目を閉じる――。


疲れもピークなので、今回はバス停はやめてここにした。


ま〜色々有ったからだが。


眠りについて、また夢を、見た。


話せば、何のことは無い、この宿の玄関が開いて、この部屋を目指して足袋を履いている女性が、小股ですたすたとやって来て、階段の上がり口で私は目覚める。


それだけなのだが、不思議と鮮明だった。

翌日、目が覚めた時は、疲れが飛んで爽快な気分だった。


この日は、はりまや橋を見て高松から、宇高国道フェリーで玉野を経由し岡山市内から有料道路を、料金は確か200円とかだったと思う。


ブルーライン、まだ、真新しいルートだった。


そこから望む海の景色、牡蠣の養殖。キラキラと輝いて綺麗な光景は、今でも脳裏に焼き付いている。



備前、赤穂を通る道で、節だらけの板を張り付けた、ちょっと煙草の煙とソースの匂いのする、掘っ立て小屋のようなお好み焼き屋に入ったのを思い出した。


そこから少し走って、今夜の宿を探すのであった。



しばらく走ると、大きな鳥居が目に入った。神社のすぐ脇にあるバス停だった。


時刻表を見ると、最終バスはとっくに出た後だった。


「神様のそばで眠るのなら安心だろう」


周囲は街灯に照らされて見渡せる。 そう思い、私はバス停のベンチに横になった。


だが、朝方になって再び夢を見た。


しかも、それはあの須崎の宿屋で見た夢の続きだった。


顔は見えないが着物姿の女性は、階段を一段、また一段と、ミシ、ミシ……私の部屋へ。


数段上がったところで、私は恐怖で目を覚ました。


全身から汗が噴き出していた。


すでに辺りは明るくなっている。


うっすらと霧が立ち込め、世界は静寂の中に溶け込んでいた。


つづく

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