資料調査② 地図と消失集落
こんばんは、無記名です。
これまで掲載してきた記録について、
複数の方から
「場所を特定できないか」
という連絡をいただいています。
今回は、
その中で提供された
古い地図資料について記録します。
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提供されたのは、
昭和後期から平成初期頃に発行された
住宅地図、
林道地図、
自治体資料など複数です。
いずれも、
熊本県山間部周辺を記録したものでした。
最初は、
単なる廃村調査の参考資料だと思っていました。
ただ、
比較していくうちに、
妙な点が見つかりました。
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まず、
ある年代の住宅地図に、
現在存在しない集落名が確認できます。
ただし、
印字が非常に薄く、
完全には判読できません。
『──沢』
もしくは
『──帰』
そう読めなくもありません。
提供者によると、
インク滲みではなく、
元々こういう印刷だった可能性があるとのことです。
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地図上には、
数軒程度の建物記号があります。
また、
川沿いに一本、
細い橋の記号も確認できます。
ただ、
次の年代の地図では、
その橋が消えています。
道だけが残っている。
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さらに、
別年代の林道地図では、
逆に橋だけが存在しています。
ただし、
周囲の道が存在しません。
橋だけが、
孤立したように記載されている状態でした。
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最初は、
単純な測量ミスかと思いました。
山間部では、
古い地図に誤差が出ることは珍しくありません。
ただ、
不自然なのは、
橋の位置です。
資料ごとに、
橋の位置だけが微妙に違う。
数メートル程度ではありません。
地図によっては、
川の上流側へ移動しているものもありました。
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また、
さらに古い自治体資料では、
該当地域そのものが
空欄になっています。
空白地帯のように、
地名だけが抜けている。
ただし、
道路、
川、
等高線は
普通に存在しています。
つまり、
“場所”はある。
しかし、
“名前”だけが無い。
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資料の一部には、
手書きの修正跡も確認できます。
赤鉛筆で、
地名部分だけを
塗り潰したような痕跡です。
ただ、
誰が、
何の目的で修正したのかは分かりません。
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提供者の一人は、
昔、
測量関係の仕事をしていた方でした。
その方によると、
過去、
該当地域の再測量が
何度か行われていたそうです。
ただ、
毎回、
地図データが一致しなかった。
道の位置。
橋の位置。
集落の配置。
資料ごとに、
微妙にズレる。
「測量ミスにしては変だった」
と話していました。
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また、
興味深い点として、
複数の古地図を重ねると、
ある共通点が見えてきます。
現在の地図には存在しない細道が、
全て、
同じ方向へ伸びている。
そして、
その先には、
必ず橋の記号があります。
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個人的に気になっているのは、
どの資料でも、
橋を渡った先の情報だけが
極端に曖昧な点です。
地図によっては、
橋の先だけ
空白になっているものもありました。
印刷ミスかもしれません。
ただ、
別資料でも
同じような欠落が確認されています。
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さらに、
提供された住宅地図の裏面には、
小さく鉛筆書きが残されていました。
『帰る道』
筆跡は古く、
いつ書かれたものかは不明です。
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念のため、
現在の地図会社にも
問い合わせを行いました。
返答としては、
「該当地域については、
一部古い資料の欠損が確認されている」
とのことでした。
ただし、
具体的な欠損理由については、
回答を得られていません。
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また、
自治体史料館にも確認を行いましたが、
該当地域についての記録は
ほとんど残っていませんでした。
奇妙なのは、
“存在しない”のではなく、
「記録が途中で途切れている」
ように見える点です。
人口記録。
道路整備記録。
学校関連資料。
いずれも、
ある時期を境に
急に空白になっています。
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前回掲載した校歌についても、
地図資料との関連を調査中です。
現在、
古地図内で確認された橋の位置と、
歌詞中の地形描写を比較しています。
ただ、
一致しているのは、
地形そのものではなく、
「帰る」
という表現だけです。
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個人的な話になりますが、
最近、
地図を見ていると、
妙な感覚があります。
知らない場所のはずなのに、
道順だけが分かる気がするんです。
特に、
橋の位置だけは、
何度見ても
「ここだった」
という感覚が残る。
気のせいかもしれません。
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現時点での整理:
・複数の古地図に
存在不明の集落痕跡が確認できる
・橋の位置のみ、
資料ごとにズレが存在する
・橋の先の情報だけが欠落しやすい
・地名そのものが
空欄化している資料が存在する
・古い記録ほど、
“帰る”という表現が増えている
なお、
これらの情報は断片的であり、
正確性は保証できません。
引き続き、
古地図、
自治体資料、
地域史料などをお持ちの方は、
情報提供をお願いいたします。




