3たまには、うまくいくこともある
スージーの仕事が休みの日に、エスメラルダが城へやってくることになっていた。2人でおしゃべりでもしよう、という文言でスージーは彼女を誘ったが、一番の目的はセドリックとの進展をどうしていくか説得することだった。
スージーはエスメラルダを迎えるためにお茶やお菓子の用意を持って廊下を歩き、自分の部屋へ戻っていた。すると、エスメラルダとその父親が2人で廊下の窓から外を眺めているのが見えた。エスメラルダの父親は、無念そうに深くため息をついた。
「…本当にアルベリック様はお城からいなくなってしまわれたのだな。以前、パーティーでアルベリック様のお姿はなく、フェリックス様が次期国王のような扱いを周りからされていた。…夢であればいいとこれほどまでに思ってしまうとは…」
父親の言葉に、エスメラルダは気まずそうに目を伏せる。
「…お父様、そんなことをここでもおっしゃらずとも…」
「フェリックス様に不満があるわけではない。真面目で実直な方だ。信頼できる。…ただ、アルベリック様は人望も才能も、それになにより国王としての器もあった方だったからなあ…」
腕を組むエスメラルダの父親がそう呟く。スージーはそんな彼に、このゲーム上の設定を思い出す。フェリックスはいつも、アルベリックと比べて劣ると言われ続ける設定だった。国王になる気のないアルベリックが本当に王座につかなかったときのためのスペアとして、彼はいつも努力して、努力して、その結果いつも兄には敵わなかった。周りからアルベリックより下だと言われ続けて、それでも自由奔放な兄が拒否したために国王にならざるを得ず、そして周りからアルベリックの方がよかったのにと言われ続ける。
そんな心ない言葉に曝されて傷つく彼を見つめながら、いつも葉子は、親に必要とされなかった自分をかさねていた。
「…それにしてもエス、いつまでお見合いを断り続ける気だ」
エスメラルダの父が苦々しい顔で言う。エスメラルダは目を伏せる。
「このオータス家に見合う家柄の子息が何人もお前との縁談を望むのに、お前はちっとも首を縦に振らない」
「…」
「まさか、好きな男でもいるのか?」
父の言葉に、エスメラルダは言葉をつまらせる。そんな彼女を見据えると、…いたとして、私に言い出せないような家格の相手か、と呟く。エスメラルダは唇を緩く噛む。エスメラルダの父は小さくため息をつくと、腕を組んだ。
「由緒正しきオータス家の人間ならば、それなりの家格が必要だ。そのしょうもない家の男も、お前ほどの家の娘をもらっても困るだろう。頭を冷やせ」
「…」
「そろそろ学生時代の友人との約束の時間か?待たせてはいけない、早く行きなさい」
エスメラルダの父はそう言うと彼女の前から去った。エスメラルダは父に何も言えずに黙って俯く。スージーは、そんな彼女に、親に怒鳴られて何も言えなかった自分を思い出す。
「…あっ、スージー」
こちらに気がついたエスメラルダはそう声を漏らすと、スージーの方へやってきた。スージーは、久しぶり、と微笑むと、エスメラルダは、ほんとうにね、と嬉しそうに笑った。
「なんだか、恥ずかしいところを見られちゃったかしら」
エスメラルダは誤魔化すように無理やり笑う。スージーは笑い返さずに、ううん、と頭を横に振る。
「色々思うところはあるけれど、とりあえずね、えめたまにお断りを入れる恥知らな男が存在してなかったことに安堵してるの」
「うん…、うん?ど、どういうこと…?」
エスメラルダは困惑した顔をする。スージーは、エスメラルダの手首をつかむと、話があるから、と言って彼女の手を引いて自分の部屋に向かった。
「セドリックと一度、お出かけしてみない?」
お茶とお菓子を並べたテーブルについて、スージーは真顔でエスメラルダに伝えた。エスメラルダはもともと大きな瞳を更に大きくして、息を止めた。しばらくの間の後、ええっ!と口元に手を当てて動揺した。
「なっ、ど、どういう話の流れ…?」
「だから、えめたまとセドリックが一度デートしてみたらどうかって話よ」
スージーは大真面目に言う。困惑したエスメラルダは目を泳がせて、ええと…、と呟く。
「そんな…そんな急に…」
「いきなり二人きりが難しいなら私もついていくから。ね、一度くらい出かけてみましょうよ」
スージーはそうエスメラルダに勧める。エスメラルダは目をオロオロとさせる。
エスメラルダは入学当初からセドリックに気がある設定である。シナリオの中で主人公がセドリックを選ばなければ自動的に2人は結ばれるのだが、今回はスージーとエスメラルダが友情エンディングを迎えているため、セドリックはエスメラルダに気持ちはない。そこを今から、エンディング後だけれど軌道修正するのである。
「(セドリックがエスメラルダを好きになる素養はある。だから、ちょっとしたきっかけを作れば2人はきっと上手くいく。なんたって私、はこのゲームの主人公だったのだから。だからきっと大丈夫…のはず…)」
「…そんなこと言ったって、スージー、セドリックと特別親しくなかったじゃない」
「そこは大丈夫!そのための侍女だから!言ったでしょう?」
スージーは得意気に言う。しかしエスメラルダは不安そうに瞳を揺らす。
「それに、いきなり私なんかに誘われたって、セドリック、引いたりしないかしら…」
「そこは無問題だから。えめたまなら大丈夫だから」
スージーは当然のように言う。エスメラルダは更に困惑する。スージーは、エスメラルダの瞳をまっすぐに見つめる。
「お願い、私に任せてみて。大船に乗ったつもりで…!」
そして私に推しカップルの幸せイベントおがませてください、という言葉をスージーは飲み込む。エスメラルダは長い間戸惑ったあと、おずおずと頷いた。
エスメラルダと会った次の日、スージーは仕事の合間にお城の事務室に向かった。そして、ちらりと執務室の中を覗いた。そこには、20名ほどの貴族の若い子息たちが熱心に仕事をしている。
「(まわりからうっすら聞いた情報によれば、優秀な若者がここに集められて、ここで認められるとさらに出世していく…というシステムらしいわね…。ここでセドリックが出世すれば、えめたまと見合うようになるんじゃないの?そうしたらあの頑固そうな父親も認めてくれるんじゃないの?違うの?)」
そんなことを考えながらスージーは部屋の窓から懸命にセドリックの姿を探す。エスメラルダからの許可ももらったため、自身を持って彼に彼女の話ができる、と気を強く持ってきたけれど、彼の姿はなかった。
「(うーん残念…。なかなか会えないな…、仕方ない、日を改めようかな…)」
「もしもし」
背後から肩をたたかれた。振り向くと、少しパーマがかった焦げ茶色の髪をして、少しタレ気味の目で、右目の下にほくろのある男性がいた。このゲームの登場人物ではなさそうである。スージーは首を傾げる。
「なんですか?」
「誰かに用があるんですか?僕が取り次ぎましょうか?」
初対面の自分に対して親しげに微笑む彼がとても軟派そうで、スージーは学生時代の一軍陽キャ男子軍団の中にいた、彼らと一緒になって馬鹿騒ぎはしないものの、彼らの中心的存在だった男子を思い出して嫌な気持ちになる。スージーは頭を横に振る。
「いいえ大丈夫です」
スージーはそう言うとこの場から立ち去ろうとした。すると、ねえ、と呼び止められた。スージーは嫌そうに彼に振り向く。
「何ですか?」
「君、最近ジェニファー様の侍女になった子だよね?」
男はスージーの前に立つと、そう言って見下ろした。スージーは怪訝そうに見上げて、ええまあ…、と返した。
「どうして君が?経緯は何?」
「それは…」
フェリックスからの口利きらしい、というロドニーからの情報を開示してもよいものかと考えて、スージーは口ごもる。
「(こんな見ず知らずの、私怨だけれど過去の嫌いな陽キャを思い出すこの男にペラペラ話したくない…)…私にはよくわかりません。侍女になれたと通知をもらっただけですから」
「ふうん…」
「それでは」
スージーはそう言い逃げして彼の前から去った。廊下を歩きながら、いや、あの陽キャにセドリックの取り次ぎを頼めばよかっただろうか、と後悔をした。
スージーは、先輩侍女からまたジェニファーの本棚の本の入れ替えを申し付けられたため、図書室に来ていた。
スージーは腕に抱えられるだけの本を抱えて、図書室の中を歩き回る。目的の本棚にたどり着いた時、その本棚の前で何やら本を探すフェリックスの姿があった。スージーは咄嗟に身を隠すと、本棚の影からフェリックスを見つめた。
「(…顔がとんでもなく小さくて、足がとんでもなく長い…)」
引きでまじまじと見ると、いやまじまじと見なくてもわかる彼のスタイルの良さに、スージーは感嘆のため息をつく。そして今日も顔が良い、と心の中でつけ足したとき、おい、と声がした。え、と声を漏らして彼の方を見ると、フェリックスは上の方の棚に手を伸ばしながら、何をそんなに見ている、と冷たく言った。スージーは辺りを見回すけれど、他に人はいない。ようやく自分に対して言われているのだと気がつくと、あ…、と気まずそうに声を漏らした。
「あのごめんなさい…。本を返しに来たらフェリックス様がいたのでつい…」
「…ならさっさと返せばいいだろ」
そう冷たく返されて、スージーはかなり居心地の悪い空気を吸い込みながら、なるべく音を立てずに本棚に近づくと、フェリックスの横で持ってきた本を棚に返し始めた。すると、とある一冊の本が一番上の棚に返すものだと気がつく。脚立(的なもの)が図書室の入り口に置いてあったはずだから、それを持ってくればよかった、と後悔しながら入り口に戻ろうとした時、隣にいたフェリックスがこちらに手を差し出した。スージーはよくわからずにその手を見つめる。
「…えっと、長くて綺麗な指を自慢してくださっている…?」
「…本を代わりに返してやると言っている」
「(いや、言ってた…?)」
固まるスージーの手にある本を、フェリックスが持つと、軽々と一番上の棚に戻してしまった。スージーはそんな彼を見上げる。
「(せ、せ、背が高い…!)」
画面の中にいた推しを立体的に、そして身近に改めて感じて、スージーは胸が高鳴る。
「(…原作通り優しい…)」
スージーはそう心の中で呟く。頭が固くて、怖そうに思われがちだけれど、本当は彼は優しいのだ。そんなことを改めて思い出して、スージーは胸がきゅんとする。現実世界で生きていて苦しいとき、辛い時、この彼へのきゅんにどれだけ助けられたか。癒されたか。救われたか。
呆けながら見つめていると、フェリックスが怪訝そうに眉をひそめた。そんな彼に、スージーは慌てて頭を下げる。
「あの、ありがとうございました…」
「…君は、そんな風だったか?」
「え?」
「学生時代と今と、えらく印象が違うな。頭でも打ったのか」
フェリックスにそう言われて、スージーは閉口する。確かに、このゲームの主人公はこのスージー・ノートのような性格ではない。スージーは目を泳がせて、言い訳を探す。
「あの…、実は私、内弁慶でして…」
「はあ?」
「ずっと猫をかぶっていたんです。学生時代ずっと。その借りてきた猫を、返してきたというか…なんというか…」
「…」
スージーの釈明を、よくわからない、という顔でフェリックスが聞いている。スージーは、あ、お、お忙しい所失恋致しました、と頭を下げると、その場から去った。
エスメラルダと約束してからセドリックに何度も会いに行ったが、会えなかった。
その上、お見合いは相変わらず連戦連敗だった。城で侍女をしているということで印象はかなり良いように取られるようになったが、しかし、中身が伴わず、結局断られてばかりだった。
断られるたびに、相手のことを自分だって好きでもないくせに傷つくことになった。自分のなかでの自分の価値が、もともと高くなかったはずなのにどんどん下がる。なぜ自分はこんなことをしているのかと今さら考えれば、それはこの世界の親が言うからだという答えに帰結する。
スージーの親は、そんな彼女に対して日に日に失望していった。とにかく早く、そしてなるべくいい人と結婚しなさい、と厳しく彼女に言った。役立たずだ、と言いたげな彼らの瞳に、スージーは、生きていた頃の自分の両親を思い出して胸の傷が疼く。
うまくいかないことばかりでなんとなく気持ちが沈み、スージーはふらふらと鍛錬場に向かった。あの明るいロドニーとミレアに会えば気持ちが晴れるような気がしたからだ。
鍛錬場には、ロドニーの姿はなかったけれど、ミレアはいた。スージーに気がついた彼女は、人懐っこい笑顔を浮かべて近づいてきてくれた。
「スージー殿!来て下さったんですね」
そう言って微笑んでくれるミレアに、スージーは彼女の好きキャラランクが更に上がるのを感じる。
「ごめんね、練習中に」
「いえいえ!応援していただけると、自分、やる気が出ますから」
では頑張ってきます!とミレアは言うと、また他の騎士たちのもとへ走って向かっていった。その背中を見つめながら、スージーは彼女をうらやましいと思った。
「(…女の子だけど騎士として働けるだけの力がある…。私なんて結婚することしかできないのに。いや、結婚もできてないけどさ…)」
男性たちに交じって鍛錬に励む彼女を見つめて、スージーは小さくため息をつく。自分の意思を持って、自分のしたいことをする彼女を、うらやましいとスージーは思う。
「(…生きていたころも私は、親から早く働いて家に金を入れろと言われたから、言われた通り地元の会社に就職して…)」
そんな過去を思い出して、腹の奥が嫌なふうにねじ曲がる。もう死んでしまったのだから前世のことは忘れようと、スージーは頭を振る。
すると、別の鍛錬場からスージーのいる休憩場にフェリックスがやってきた。休憩をしにきたらしいフェリックスは、スージーに気がつくと少し驚いたように目を丸くした。
「…こんなところで何をしている」
「あ…、ミレアの頑張っているところを見に…」
そう答えながら、まさかフェリックスの姿も見られるなんてラッキーだ、という本音をスージーは飲み込む。その時、フェリックスの顔に鍛錬中についたらしい傷があることに気がつく。
「…あの、ここ、傷がついてますよ」
スージーは自分の頬を指さして伝える。フェリックスは、別に、と呟く。
「これくらいすぐに治る」
そう淡々と返したフェリックスに、スージーは口元を覆う。
「そ、そ、そんな儚げな美人顔の人から漂う武人のにおいはいくらでも嗅ぎたいです…!」
「…はあ?」
「ああいえ…、あっ、前にいたお付きの方…はいないんですね。代わりに手当の道具持ってきます」
「別にいい」
「でもほら、小さな傷でも化膿したりしますから」
「…どういうつもりなんだ」
フェリックスはそうスージーの目を見て尋ねる。スージーは、え、と声を漏らす。
「どういう、つもり…?」
「俺を異様に肯定して、何の腹づもりだ?」
「肯定…?いや、推しは全肯定が基本ですから…」
そう口に出してから、困惑した目をするフェリックスを見て、スージーは口をつぐむ。前に図書室で、頭でも打ったのかと言われたことを思い出す。
「(…スージー・ノートならなんていうのだろう…)」
そんなことを考えてみるがわからない。自分は確かにこのゲームのプレイヤーだったけれど、主人公そのものではないのだから。
困ったスージーは、腹づもりなんて…、ととりあえず否定をする。そんなスージーに、フェリックスはさらに怪訝そうな顔をする。
「…なら、何のつもりなんだ」
「何…?裏の考えなんてありません。私にとってフェリックス様は…、フェリックス様は…、呼吸しているだけで正解ですから!」
スージーの言葉に、フェリックスは困惑を通りこしてぽかんとする。この返答は不正解だったかとスージーは焦り、あの、あ…、さようなら…!とフェリックスの前からまた逃げ去った。
「(…だめだ…最近何もうまくいかない…)」
ジェニファーの部屋の花瓶の水を替えた帰りに、スージーはそんなことを考えて落ち込む。
現世で人生がうまくいっていたかといえばそうではない。けれど、今みたいな他人との軋轢や齟齬はあまりなかったかのように思う。これまで避けてきたストレスにさらされて、スージーは、だからこれまでこういうことを避けてきたのに、なんてことを改めて思う。
「(…こんなことなら、えめたまとセドリックのカップリング成立は諦めてしまおうかな…。尊い2人が見られないことは重大な損失とはいえ、ここまで私に負荷がかかるのならもうやりたくない…)」
スージーはげっそりしながらそんなことを考える。とはいえ、カップリング成立事業を中断したとて、親から強いられる婚活事業はなくならない。スージーは何度目かのため息をつく。
花瓶を抱えてジェニファーの部屋に戻ると、なにやらいつもと空気が違った。侍女たちが頬を赤らめて何やら浮足立っている。なんだろう、と思いながら部屋の奥に進んで花瓶を元の位置に戻した時、ジェニファーと向かい合ってお茶をしているフェリックスの姿があった。
「(なっ、な、何事…?!)」
「あらスージー、ご苦労さま」
ジェニファーは優美な笑みを浮かべる。スージーは、あの、いえ…、とどもりながら、控える侍女たちの後ろに立った。フェリックスは静かにティーカップを持ち上げると、それに口をつけた。昼下がりの太陽の光が窓から差し込み、彼のきれいな髪に当たる。それがまるで幻想物語を見ているかのように美しくて、スージーは口元を手で押さえる。
「(…うーん、゛美゛…)」
「それにしても、珍しいこともあるものですわね。いつもお忙しいお兄様が、私の部屋でお茶がしたいだなんて」
ふふ、とジェニファーが微笑む。フェリックスは一瞬固まったあと、たまには構わないだろ、と早口で返す。
フェリックスを見つめながら、侍女たちは小声ではしゃぐ。それに紛れてスージーもはしゃぐ。
ジェニファーは侍女たちの中からちらりとスージーを見ると、そういえば、と話し始めた。
「スージー、この間のお見合いはどうなったの?」
「え?あの、丁重にお断りされてしまいました」
スージーはけろりと返す。ジェニファーには時折お見合いの結果を聞かれていたからだ。スージーの返事に、侍女たちは顔を見合わせて嫌な笑い声を響かせる。
スージーは頬に手を当てると、まあ、と眉を下げた。
「こんなに素敵な方なのに、なにが駄目なんでしょう。ねえ、お兄様?」
ジェニファーはにこりとフェリックスに微笑む。フェリックスは彼女から軽く顔を背けて、そっけなく、知らん、と返した。あら、とジェニファーは口元に手を当てて兄の様子を伺う。
「侍女としてよく働いてくださってますし、そろそろ私の方からも何か良い御縁がないかあたってみましょうか?」
「えっ?」
「はあっ?」
ジェニファーの言葉に、スージーは目を輝かせ、フェリックスは眉をひそめた。ジェニファーはフェリックスの方を見ると、あら、と小首を傾げた。
「お兄様に何か不都合なことでも?」
ジェニファーはフェリックスの反応を伺う。フェリックスは軽く咳払いをすると、ティーカップを無意味に持ち上げた。
「…君は人の世話を焼いている場合なのかと、まだ自分の縁談も決まらないのに他人の縁談の世話だなんておかしな話だと、そう思っただけだ」
「お兄様、今日は随分早口ですのね」
「普段からこれくらいの速度で俺は話す」
「あらまあ、お兄様の周りの方は優秀な者ばかり集められているんですわね。さすがですわ」
ジェニファーは微笑む。フェリックスは苦々しそうに目元をしかめたあと、ゆっくりティーカップをソーサーの上に戻した。スージーは、この兄妹のやりとりが珍しくて、食い入るように聞いていた。
「(…妹と話す時、フェリックス様はこんな感じになるんだ…)」
「そうだ、たとえばお兄様ならどういった方がよろしいんですか?」
ジェニファーはそう尋ねる。フェリックスは、はあ?と眉をひそめる。スージーを含めた侍女たちは、興味津々にその話に耳を傾ける。ジェニファーは、だって、と微笑む。
「お兄様、たくさんの縁談のお話があってもいつも受けられないから、このままでは国家の危機でしょう?一度ご自分の好みを整理されたほうが良いのではと思って」
「…それは余計なお世話という」
「そんなことありませんわ。妹として、お兄様に早く素敵な相手が現れないかと心配しておりましたから」
ジェニファーの言葉にフェリックスは固まる。スージーは目を輝かせて彼の言葉の行く末を待つ。
フェリックスは一瞬スージーの方に視線を動かす。すると、興味津々な様子で自分の返事を待つ彼女の顔が見える。フェリックスは一瞬唇が揺れる。
「(…つまり、やはり彼女は俺のことが…)」
「殿下、そろそろ会議の時間です」
ドアをノックする音のあと、セドリックがやってきた。スージーは、あっ、と小さく声をもらす。すると、セドリックがスージーに気が付き、彼もあっと声をもらした。
「スージー、君、事務室に何度も来てたよね。何か用でもあった?僕で良ければ取り次ぐけれど」
セドリックの言葉に、スージーは目を輝かせる。願ってもないチャンスが振り注いできたと、胸が踊る。がしかし、目を丸くした侍女たちがくすくすと笑いながら始めた内緒話が聞こえて、スージーは閉口するしかなかった。
「事務室にいる貴族の男性まで狙ってるのね」
「そこにいる方たちって出世株だし、家柄がいい方が多いから」
「いくら焦って必死になってるからって、自分の家に見合った方との縁談も上手くいかないのに、高望みよね」
そんな笑い声に、スージーは、こんな人たちの前で可愛いエスメラルダの恋心を晒すわけには行かないと瞬時に考えた。がしかし、こんなまたとない好機を見逃したくなくてうずうずする。
「(ああもう、せっかくのチャンスを逃したくない…!逃したくないのに…!)…あ、そうだ、今度お手紙を持っていくから、受け取ってもらえる?」
スージーのお願いに、セドリックは、もちろん、と快く頷いてくれた。そんな彼に、スージーは、さすがえめたまの好きな人は素敵な人だ…、と感動した。
「僕、今週はずっと午後は事務室にいるから、いつでも来てよ」
「ありがとう、セドリック」
スージーは目を輝かせて彼を見る。セドリックは、にこりと微笑む。
侍女たちは、必死過ぎて何だか可哀想だわ、と笑う。そんな声を聞き流して、スージーは、これでエスメラルダとセドリックのカップリングへの第一歩が踏み出せたと感動する。
「(上手くいかない上手くいかないと思ってたけど、なんとかなることもあるんだな…!)」
スージーはそう、じんとする胸を感じながらかみしめる。
セドリックは、殿下、とフェリックスの方を見た。
「行きましょう、お時間ですよ」
「……」
「……殿下?」
セドリックは、固まるフェリックスの目の前で手を振る。がしかし彼は反応しない。セドリックは、ええ?と困惑する。
「殿下…殿下?」
セドリックは少し焦った様子でフェリックスに呼びかける。そして、ちらりとスージーを見たあと、はあ、とため息をついた、
セドリックと約束を取り付けた翌日の午後、スージーは早速手紙をしたためて事務室へ向かった。
事務室の窓を覗き込んでセドリックの姿を探していた時、もしもし、と呼ばれた。振り向けば前にも声をかけてきた陽キャがいた。スージーは少し眉をひそめると、…どうも、と軽く会釈をした。
「前も来てたよね、君。名前は確か…、スージー」
「…」
「侍女達から話には聞いてるよ、お見合いに全力投球だって。でも、なかなか上手くいってないんだって?」
「…」
侍女たち、という言葉に、あの悪役令嬢ムーブをかましてくるあの先輩侍女たちを思い出す。カースト上位仕草をする彼らのひと笑いのネタになっていたと気がつけば虫酸が走る。スージーは彼らと深くかかわりたくなくて、ええまあ、と軽くあしらった。
「僕はマルコ。マルコ・ユーリス」
「はあ…」
「やっぱり、君、僕のこと知らない?」
少し驚いたように言う彼に、どうやらこの男は自分が有名人だと自認しているとスージーは気がつく。
「ごめんなさい、よくわからなくて(ゲームに出てこないし…)」
「ああいや、知らないほうが都合がいいんだ」
「え?」
「それよりさ、君、そんなに相手が欲しいなら、僕と一度恋愛してみる?」
マルコは余裕そうな様子でスージーを見下ろす。その涙ボクロがやたら小憎たらしく見えて、スージーは、はあ?と怪訝そうに眉をひそめた。
「恋愛は結構です」
「え?」
「私がしたいのは恋愛じゃなくて、結婚です。゛結婚゛」
スージーはマルコにそう言い放つ。惚れた晴れた、好かれた嫌われた、等という自分ではコントロールできない他人の恋心にやきもきして心身を蝕む精神に不衛生な営みをしたい訳では無い。断じてない。スージーがしたいのは、このゲーム上の両親が文句を言わない状態である、結婚という他者との形式的な結びつきであるである。
よくわからない、という顔をするセドリックを一瞥した時、スージー、というセドリックの声がした。
「来てくれたんだね」
セドリックは優しく微笑むとスージーの前に来た。そして、ちらりとマルコを見ると、彼女は僕に用がありますので、の伝えた。マルコは、あ、ああ…、と言うと、事務室へ戻っていった。彼の姿が消えるのを確認してから、セドリックは真剣な顔でスージーを見た。
「ねえまさか、彼に取り次ぎを依頼したいんじゃないよね?」
「え?ううん、違うけど…」
スージーが頭を横にすると、そっか…、と安堵したような顔をセドリックはした。スージーがきょとんとしていると、ああいや気にしないで、とセドリックは笑った。
「ああそうだ、これ」
スージーは持ってきた手紙を取り出した。セドリックは、わかった、とそれを受け取ろうと手を伸ばした。スージーはそんな彼をまっすぐに見つめる。
「もしもあなたに、好きな人や付き合ってる人がいないのなら、会ってほしい人がいるの」
スージーの言葉に、セドリックの手が止まる。そして、目を丸くして、えっ、と声を漏らす。
「取り次ぐ相手って、まさか僕?」
「そう」
「そして、スージーの話ではない?」
「そうそう」
セドリックは瞬きを繰り返したあと、ゆっくり手紙を受け取った。スージーは、まじめな顔で彼を見上げた。
「私、この話を進展させるためにここに来たの」
「え…、ええ?そ、そうなの?自分の縁談のためじゃなく?」
「それももちろんある、けど、メインはこっち!…それよりセドリック、あなたこの手紙を受け取ったってことは、恋人も好きな人もいないわけね?そういうことね?」
スージーはそう詰める。セドリックはその覇気に後ずさりながら、え、う、うん…、と頷く。彼の返事に、スージーは満足そうに微笑む。
「それならいいの」
スージーはにんまり口角を上げると、それじゃあよろしく、と念を押した。
「(好きな人も恋人もいないのなら、あのえめたまを好きにならない理由はない。この勝負もらった…!)」
「…ねえスージー、君ってさ、…殿下のことどう思ってるの?」
セドリックはおずおずと尋ねる。スージーは、え?と首を傾げる。
「どう…?」
「学生時代のこと、殿下けっこう…、かなり、根に持ってるみたいだからさ」
セドリックは苦笑する。スージーは彼の言葉に背筋が凍る。
「ね、根に持つ…?」
「君が殿下と親しくしてた頃も、君が殿下から離れていった頃も見てたけど、…殿下結構傷ついてたみたい。君に悪気がなかったのは見てて分かるけど、…あんまり傷つけないであげてね。殿下、ああみえて結構繊細だから」
セドリックはそう言うと、それじゃあ手紙また読んでおくから、と告げて事務室に戻っていった。
スージーはぼんやりと事務室のドアを見つめる。
「(…そ、そうだったんだ…)」
これまでずっと、フェリックスの気持ちをはかりかねていたけれど、どうやら恨んでいたらしいということがわかった。
「(シナリオの中盤頃といえば、友人関係くらいのものだったけど、…むあそこから急に疎遠になったら普通に腹立つか…)」
スージーは腕を組み考え込む。これまで人との接触を疎ましく思って避けてきたから、だからあまり他人の心の機微について考えられなかった。
「(…深く考えなくてもいいや、と勝手に決めつけてたけど、そう言われるとかなり反省する…)」
スージーは、罪悪感が湧くのを感じる。自分を悪者にしたくなくて考えないようにしていたけれど、セドリックから聞かされたフェリックスの気持ちを聞くと、考えずにはいられなくなる。
「(…そうは言っても、どうしたらいいのか…。謝ればいいの?だとしたらどうやって?何を言えば?)」
考えてもわからず、スージーは深くため息をついた。




