2侍女のお仕事、開始
そうして、スージーは実家から離れて城へやってきた。馬車を降りて荷物を持ち、大きな城を見上げる。たくさんの人々が出入りする姿を眺めながら、なんだかすごいところに来てしまった、と心のなかでつぶやく。
城で働く侍女の仕事が決まったとき、両親ものすごく喜んでいた。
「お見合い相手はこれまでどおり探すから、あなたはお城でのお仕事頑張ってね!そのなかで素敵な人に出会ったらすぐ連絡をちょうだいね!」
満面の笑みを浮かべる母は、家を出るスージーにそう言いつけた。自分のことよりも、エスメラルダとセドリックのことをなんとかしようと思っていたスージーは、曖昧に両親に微笑むと、2人にしばしの別れを告げた。
「(…私は、フェリックス様の妹、ジェニファー様の侍女をするのよね…)」
スージーは、馬車を降りた少し先にいた城の使用人に連れられて、この城に用意された自室に向かった。持ってきた荷物を片付けながら、ジェニファー様か…、とつぶやく。
彼女の存在は、本編では仄めかされていた程度で、どんな見た目なのか、性格なのか、それはわからない。彼女についての情報は母親がアルベリックと同じ、というものくらいである。スージーは、ジェニファーが学園に入学するまでの1年弱、彼女の侍女をするらしい。
「(…とにかく、セドリックと接触しなくては…)」
スージーはそう意気込む。すると、メイドがやってきて、ジェニファー様のお部屋へご案内します、と言いに来た。
メイドに連れられて、スージーはジェニファーの部屋にやってきた。メイドが扉を開ける間に、スージーは自分の髪を軽く直した。扉が開くと、豪華な内装の部屋の奥にあるソファーにこひかけた、アルベリックと同じ金髪、そして青い目をした美しい少女がいた。彼女の周りには3名の侍女たちが控えていた。ジェニファーらしきその少女は、小さく口元を緩めてこちらを見ている。スージーはしばらくの沈黙の中ようやく自分の自己紹介をしなくてはと気がつくと、はっと息を吸った。
「あっ、…はじめまして、スージー・ノートといいます。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
スージーはジェニファーの前に行くと、そう頭を下げた。ジェニファーはスージーを見上げて、じっと見つめた後、ゆっくり目を細めた。
「…はじめまして。どうぞよろしく」
自分より3、4歳ほど年下とは思えないくらい落ち着いた少女に、スージーは緊張する。
ジェニファーの周りにいた侍女たちは、スージーを一瞥すると、意地悪そうな顔をしてお互い目を見合わせた。
彼女たちの空気に、スージーは違和感を察した。1人の侍女が、ジェニファー様、そろそろ家庭教師が来ますから、と部屋を移動するように促した。その侍女につれられて、ジェニファーは部屋を出た。
2人の侍女と部屋に取り残されたスージーは、彼女たちにぎこちなく笑ってみせた。2人の侍女は、品定めをするようにスージーを眺めたあと、口元を片手で隠し、くすくすと笑い、そしてお互い顔を見合わせた。
「(…なんか、こんなことあったなあ…)」
スージーは、作り笑いのために上げた口角を少し震わせながら彼女たちを見た。小学生の時、または中学生の時、高校生の時もあったかもしれない、クラスの気の強い女子たちが固まって、馴染めないクラスメイトをあんな風に笑っていた。ああやって笑われるのが怖くて、馴染もうと必死になった時期もあったけれど、結局疲れて、友達を作ろうと努力することさえやめてしまった。
「…どうしてあなたが、ここの侍女になれたの?」
「ほんとよねえ。ノート家って、そんなに大きな家だったかしら」
スージーに聞こえる音量で彼女たちは言う。スージーは、彼女たちを順番に見つめる。
「(…とは言え、ここは恋愛ゲームの世界で、そして私は主人公なわけだから、これは例のよくある、悪役令嬢にかよわい主人公がいじめられるシーン、と言えるのか…)」
そう思えばいい経験ができたとも言えなくもない、ような気もする。スージーはそう考えを変えようとしながら、彼女たちにまたぎこちない笑顔を見せた。
「あの、…私は何をしたら…」
「…」
「…」
2人の侍女はまた顔を見合わせた。そして、1人の侍女が本棚を指さした。
「ジェニファー様の読まれる本の入れ替えをして」
「図書室に新しい本があるから」
2人はそう言うと扉の方に向かった。スージーは、図書室の場所が聞きたかったけれど、そんな暇もなく、彼女たちは居なくなってしまった。
「…とりあえずやるか…」
スージーは意気込むと、本棚に向かった。
持てるだけの本を重ね、スージーは廊下を歩いた。無謀にも歩き出したけれど、この広い城の中から、1人で歩きながら図書室を見つけ出すのは不可能だと今更悟る。周りにいる人たちはみな忙しそうに歩いていて、初めてここに来たスージーが呼び止めることは難しい。
「(…この重い本を持って歩き回るのも限界があるし…)…あ…」
途方に暮れながら廊下を歩いていたスージーは、向こう側から家臣たちを引き連れて歩く人物に立ち止まる。あの輝かしいオーラと良すぎる顔面、フェリックスである。
「(わ、わ、あわわわ、フェリックス様だ…!)」
スージーは硬直する。すると、周りのメイドたちが彼の歩く道をあけるために廊下の端に避けて立っているのに気がつく。スージーも周りの人たちに倣って廊下の端で立ち止まる。
フェリックスは、家臣たちと何やら難しそうな話をしながら、颯爽と廊下を歩いていく。スージーは、呆然と彼を見つめる。
「(…顔が良い…)」
呼吸が止まりそうなほど胸が高揚している。フェリックスはスージーの前を通り過ぎていく。その時、フェリックスは一瞬スージーの方を見た。スージーは体を硬くして生きが止まる。フェリックスは一瞬冷たい視線を彼女に突き刺したあと、すぐに前を向いた。
「(…睨んでた?いや、まさか…)」
ふとスージーは、この世界線の自分が、ストーリー中盤ごろまで彼と仲良くしていたことを思い出す。
「(…ストーリー中盤でしょ?友達として仲良くなってきた、かも、くらいの感じだったはず…。まあそれ以降えめたまルートに行ったなら音沙汰なしだっただろうし、好感度も初期状態に戻ってるんだろうな…)」
スージーは考え込む。睨んでいたと感じたのは、生であの初期のツンを見ると画面越しより迫力があるだけだろうか。
ふと、誕生日パーティーの時に周りにいたご令嬢たちが、なんだか怒ってる?と口々に言っていたことを思い出す。
「(…このデータの私、何かいらんことしてる?いらんことしてたりする…?!)」
そんな予感に震え上がるけれど、そうだとして何もできることはない。スージーは嫌な予感に嫌な気持ちになるけれど、とにかく今は忘れて本を図書室に持っていこうと考え直す。
「おっ、早速働いてるな!」
背中を叩かれて、振り向くとロドニーがいた。スージーは、救世主が来たと思い目を輝かせた。
「ロドニーお願い、図書室の場所を教えて?」
「図書室?こことは違う塔だよ。もっと向こうにある。結構遠いぜ?」
幼馴染のよしみで案内してやるよ、と言うと、スージーの手から本をさっと受け取り、ロドニーは歩き出す。自然に荷物を持ってくれた彼に、スージーは不意にときめく。
「(…私の中の好きキャラランキング、ロドニーがぐいぐい上がっていく…!)…あ、ありがとう」
「いいよ、これくらい」
ロドニーはそうなんでもないように言う。スージーは小さく微笑んだ後、そうだ、と言った。
「あなたが、私を侍女にしてくれたんでしょう?ありがとう、頼りになるのね」
「え?」
「ほら、前に相談したから」
「ああ、俺じゃなくて殿下。俺が殿下に無理を承知で聞いてみたら、最初は断られたけど、なんか急に許可くれたんだ。殿下がお前を侍女にねじこんでくれたんだから、またお礼言っておけよ」
ロドニーの言葉に、スージーは固まる。
「…フェリックス様が?」
「そう」
「…なんで?」
「さあ。俺が、お前の悲惨なお見合い状況を訴えてやったからかもな」
あはは、とロドニーは笑う。スージーは、あ、あはは…、と苦笑しながら、嫌な予感が拭えない。あの規律に厳しく真面目で堅物な彼が、例外的にスージーを侍女にねじこむ行為をしてしまう、なんて、普通ならばあり得ない。普通ならば、だ。
「(…やっぱり私、フェリックス様に何かしちゃってるんだ…。一体何をしたんだろう…)」
「おっ、ついたぞ」
吐きそうなほど考え込むスージーに、ロドニーが話しかけた。スージーは彼から本を受け取り、ありがとう、と頭を下げた。ロドニーは、いいや、と笑った。
「それじゃ、頑張れよ新人!」
「うん…、あっ、一つ聞いてもいい?」
「ん?なに?」
「セドリックって、どこで働いてるの?」
「セドリック?大抵事務室じゃないかな…、なんで?」
「事務室、ね…。あ、ううん、彼お城で働いてるって言ってたから、知り合いが多いほうが心強いし」
「知り合い?お前、セドリックと仲良かったっけ?」
「た、ただの同級生だけどさ…」
スージーはそう誤魔化す。ロドニーは特に気にしていなさそうに、あっそ、じゃあな、と手を振って去っていった。スージーは改めて、本当にありがとう、と彼の背中にお礼を言うと、図書室に入った。
図書室には、ちらほら人がいて、調べ物をしたり、作業をしたりしていた。
スージーは、持ってきた本を本棚に戻し、そして新しい本を借りていく。
「(…これをあと何往復しなくちゃいけないんだろう…)」
はあ、とため息を付くものの、なにもやることがないよりはいいか、と考え直す。スージーは、腕の中にある本をまた一冊、元の場所に戻す。
「(…よく考えてみれば、私、中盤までフェリックス様にちょっかいかけておいて、急に疎遠になった、ってことよね)」
ゲームの仕様上、エスメラルダとのエンディングを迎えたければ、フェリックスと関わりすぎることは御法度である。最初は馴れ馴れしく関わってきたくせに、中盤から急に彼に見向きもしなくなった薄情な女というふうにフェリックスからは見えている可能性が高い。なんだこの変な女は、と怪訝に彼が思っていてもおかしくない。
「(…だからあの冷たい視線だったのかな…)」
スージーは非常に居心地の悪い気分になる。ゲームをしていた自分に悪気などはないし、まさかそのデータに転生することになるなんて夢にも思っていなかった。スージーは、はあ、とため息を付く。
「(…でも、侍女にはしてくれた。…嫌ってる人にするかな?嫌がらせをするためとか…、いや、そんなことをする人ではないし…。本当に、お見合いが失敗しすぎてる私を不憫に思っただけかな…)」
フェリックスの考えがわからずに、スージーは困惑する。謝ったほうがいいのか、それとももう関わらないほうがいいのか、そもそも彼は何とも思っていないのか。スージーは考えてもわからず、ため息をつくことしかできなかった。
「(…もうやめよう、考えてもわからないし。…それに、人と関わるとこう言うのがあるから嫌なんだって…)」
スージーは、相手の気持がわからずにもやもやすることが億劫で、考えることを放棄した。自分の言動が相手にどんな風に受け取られたか、相手が喜んだか悲しんだか、そんなことを悩むのがもう、スージーには面倒くさかった。スージーは諦めると、無心で本棚に本を戻す仕事を再開した。
フェリックスと会った時に謝ったほうがいいのか、何も触れないほうがいいのか、そうスージーが悩もうが悩みまいが、そもそも彼女と彼がこの城の中で会うことはほとんどなかった。たまにすれ違ったとしても家臣に囲まれているし、一介の侍女がとても話しかけられるような雰囲気ではない。どちらにしろ彼との接触は無理だという事実に、スージーはむしろほっとした。
そして、セドリックについても接触は難しかった。時間があるときに城にある事務室を覗いても、セドリックをそこで見かけることは少なかった。ようやく見つけたと思っても、常に何やら忙しそうにしており、エスメラルダとデートしてみませんか?なんて話しかけられるような状況ではなかった。そもそも、そんな話をエスメラルダの許可なくしてもいいのかがわからず、スージーは何の進展もさせられないもやもやした日々を送った。
「あーあ…、どうしたら…」
スージーは、ジェニファーの部屋から出て廊下を歩きながら悩む。とりあえず、いったん部屋に戻ろうか、と歩いていた時、見覚えのある赤髪の少女の姿を見かけた。
「あっ、ミレア!」
スージーはその少女の背中に声をかけた。赤い髪をポニーテールにして、騎士の格好をしたその少女は、スージーの方を振り向いた。
「…ああ、スージー殿!」
ミレアと呼ばれた少女は笑顔でスージーのほうへ駆け寄った。
彼女はミレア・ゴートナーという、侯爵家の令嬢で、スージーと同じ学園を出た同い年の少女である。ほんわかとして、そしてさっぱりした性格で、騎士になることを夢見ている運動神経抜群の少女だ。ロドニーを攻略する際は、彼女がライバルキャラとなる。
「卒業式以来ですね。お元気でしたか?」
ミレアは爽やかな笑顔でそうスージーに話しかける。スージーは、うん、と頷く。
「ミレアも元気にしてた?王国の騎士団に入ったの?すごいね!夢を叶えたんだね!」
「はい、ありがとうございます!…でも自分、スージー殿に夢の話をしたこと、ありましたっけ?」
ミレアは首を傾げる。彼女の様子に、このデータの自分は彼女とそれほど親しくしていなかったことを悟る。スージーは慌てて、や、やだなあ、とごまかす。
「ミレア、騎士になりたいって、いつも言ってたじゃない!」
「そうでしたっけ?ああでも、そうです、そうなんです。叶えました!やりました!」
さっぱりとした性格の彼女は、スージーの不可解な言動にさして気にした様子なく、笑顔を見せた。彼女のこの性格に助けられながら、スージーは胸をなで下ろす。
「ところで、スージー殿はなぜお城に?」
「ああ、先週からジェニファー様の侍女として働いてるの」
「そうなんですね。それじゃあ、これからスージー殿と頻繁に会えるんですね。自分、とっても嬉しいです!」
ひとなっこく笑うミレアに、スージーは胸がきゅんとする。好きなキャラランキングで、ミレアのランクがぐぐと上がる。
「それじゃあ自分、今から鍛錬に向かいますので!」
「鍛錬…騎士団の?」
「はい。お時間あれば、見学されますか?」
「えっ、いいの?」
「もちろん!自分の剣技、スージー殿にぜひ見て頂きたいです」
そうミレアに誘われて、特にすることもなかったスージーは、見学したい!と手を挙げた。ミレアは微笑むと、じゃあ行きましょう、と歩き出した。
城の中をひたすら歩き、鍛錬場にたどり着いた。王国付きの騎士団員達が、それぞれ自身の鍛錬を行なっている。剣を振るうもの、筋力トレーニングをするもの、持久力トレーニングをするもの。皆筋骨隆々な男たちばかりで、細腕かつ女性なのはミレア一人しかおらず、完全に浮いていた。
「このムキムキの人たちに混じって騎士をやってるなんて、ミレアは本当にすごいね…!」
「身体つきは敵いませんが、他の部分では負けませんよ!では自分、ウォーミングアップに行ってきます」
ミレアはそう言うと、スージーから離れてジョギングを始めた。先に始めていた騎士たちに、ミレアはすれ違う度に快活に挨拶をしている。彼らも彼女に気持ちのいい挨拶を返しており、彼女がここで上手くやっていることが伺えた。
「あれ、スージー」
声がして、振り向くと騎士の格好をしたロドニーがいた。ロドニー、と声をかけたとき、彼の隣にロドニーと同じ格好をしたフェリックスがいる事に気が付き、スージーは硬直する。
「(きっ、騎士フェリックス様とは…!不意打ちすぎてやばいが過ぎすぎているっ…!!)」
「ほら、殿下に言うことがあるだろ」
ロドニーはぽんっ、とスージーの背中を叩く。スージーはフェリックスを見上げながら、へあっ!と腑抜けた声を漏らす。長年推し続けた彼を前にして、スージーの顔がどんどん紅潮していく。頭が真っ白になり、目が回りそうなほど混乱する。
「あっ、えっ、…び、ビジュが良すぎて、」
「はあ?お礼だろ、お礼!」
「え?あっ、フェリックス様には、こ、この世にお生まれいただいて本当に感謝しか…」
「侍女の話だよ!前に言っただろ?」
ロドニーが呆れたような顔をする。スージーは、あ…あ…、と推しが目の前にいる興奮と混乱からよくわからない状況に陥る。
フェリックスはスージーを冷めた目で見据えると、彼女から視線をそらし、もう行く、とだけ言うと、鍛錬する騎士たちの方へ向かって行ってしまった。
「あーもう馬鹿。殿下に会える機会なんてそうないだろ?」
「あ…うん…」
離れていくフェリックスを見ながら、そういえば彼には過去の自分が何かしてしまった疑惑があることを思い出す。
「(…画面上の彼を推してた頃はすごく楽しかったのに、彼と因縁があるかもしれないと思うと、なんか憂鬱な気持ちになる…)」
原因があるとしたら自分だけれど、その原因を作った自分はこんなふうになりたくてしたわけではない。悪気がなければいい、という話ではないだろうけれど、そもそも転生できるなんて夢にも思っていなかったのだから、自分に罪はないとスージーは思いたかった。
騎士たちの中にフェリックスが入ると、一対一の剣での試合が始まった。模擬の剣を使ったものではあるが、それに当たれば当然痛そうである。王子相手とはいえ周りは加減せず、(もちろんそんなことをフェリックスは望んでいないだろうけれど)、どんどんフェリックスに剣が打ち込まれていく。フェリックスは向かってくる騎士全員を倒していくが、試合数を重ねればもちろん攻撃を受けるし傷ができていく。そんな彼を、スージーは遠くから見つめる。
「(…常に努力をしている人だったな。恵まれた才能があるのに、いつも脅迫観念に襲われて、もっともっとと自分を追い込む人だった)」
スージーはそんなことを思い出してきゅんとなる。彼は常に兄であるアルベリックに勝てなかった。だからこそ、常に自分が不足していると思い込み、血のにじむような努力を続けている、そんな人だった。その追い込まれた姿がなんだかスージーには可愛く見えてときめいて、そして顔が良いから好きだった。
「(…でも、こんな風に痛そうな姿を見ると、また別の気持ちになるな…。心配、というか、可哀想、というか…)」
汗を流し、血も流す彼を見ながら、スージーはそんなことを考える。すると、スージーの隣にいたロドニーが、おーいミレア!と声を上げた。
「もっと足踏み込め!相手の剣を見ろ!!」
ロドニーの指示に、ミレアは、はい!と答える。彼女もまた、他の男達と変わらずに怪我をして血を流している。スージーは、そんな彼女を見つめる。
「…かっこいいなあ、ミレア…」
スージーの漏らした声に、だろ、とロドニーは誇らしげに返す。スージーは彼を見上げる。
「(…そういえば、ロドニーを攻略しなかったときの2人の最後って、師弟関係というか、恋愛関係というよりかは友情よりっぽかったよね?)」
「ちゃんと俺のアドバイスを聞くからな。あいつはこれからめきめき成長するぜ!」
うんうん、と腕を組むロドニーに、同じ騎士団にはいっても恋愛関係に発展するのはまだ遠そうだとスージーは思う。
「(…そもそも、発展するのかな…)…それじゃあ私、もう行くね」
「おう、またな」
スージーはロドニーに手を振って、鍛錬場を後にした。
小一時間の一対一の試合を終えて、フェリックスは休憩しに屋根の下にやってきた。そこで先に戻って休憩していたロドニーが、お疲れさまです、と声をかけた。その隣にいたミレアが、お疲れさまです殿下!と目を輝かせる。
「殿下の剣技、素晴らしかったです!たくさん勉強させていただきました!」
「…ああ」
フェリックスはメイド達により用意されていた濡れタオルで、傷ついたところを冷やしていく。待っていた執事が、フェリックスの体にある他の傷にタオルを当てる。
「いやあ殿下、俺わかっちゃいました」
ロドニーがニヤニヤとフェリックスに話しかける。フェリックスは怪訝そうな顔をしながら、何がだ、と返す。
「スージーですよ、俺の幼馴染の。あいつ、殿下のこと好きっすね」
「…はあ?」
フェリックスがさらに怪訝そうな顔をする。横で話を聞いていたミレアが、話についていけないのかきょとんとした顔をする。ロドニーは、くつくつと笑う。
「あんな顔真っ赤にして、目なんかきらっきらさせて…。間違いないですよ。あいつ、殿下のこと好きです」
「…」
楽しそうなロドニーとは対照的に、フェリックスは目を伏せる。そして暗い声で、そんなわけないだろ、と返し、ロドニーから背中を向けて自分の傷の手当を続ける。そんな彼に気が付かないロドニーが、またまたあ、と言いながらフェリックスの前に回り込む。
「あんな顔、これまでにたくさんむけられてきたでしょう?殿下のことをを好きなご令嬢は、みんなああいう類の顔をしてたじゃないですか」
「…」
頬に濡れタオルを当てながら、フェリックスは黙り込む。そんなフェリックスを見て、あー…、とロドニーは気まずそうに頭をかき上げる。
「ま、まあ、ノート子爵家の娘ですもんねえ…。殿下とはいくらなんでも釣り合わない、ですよね?あいつには、きっぱり諦めるように俺からちゃんと言っときますんで!大丈夫です!!」
ロドニーは、そう大真面目にフェリックスに伝える。するとフェリックスは、ぎろりと鋭い眼光を彼に向けた。その迫力にロドニーは、ひっ、と短い悲鳴をあげて後ずさり、ミレアのそばへ逃げる。
「…なに、どういうこと?俺、なんか間違ったこと言ってる?」
「あの…自分には最初から最後までさっぱり、なんのことか…」
頭にはてなを浮かべるロドニーとミレアを置いて、フェリックスはこの場から黙って立ち去った。
鍛錬を終えて、その後の会議を終えたフェリックスは、一度自室に戻って書類の処理をしようと廊下を一人で歩いていた。
ふいにフェリックスは、先ほど鍛錬場でロドニーから言われた言葉を思い出す
ーーあいつ、殿下のこと好きっすね
フェリックスの足が止まる。窓枠に手を置いたフェリックスは、頭の中に浮かぶロドニーの言葉を、いやいやいや…、と否定する。
「(…学生時代の一時期、俺たちは親しくしていたのに、彼女の方から離れて行ったんだ。そんなわけがない)」
フェリックスは窓の外を眺めて深呼吸をする。そして、学生時代の苦々しい記憶を思い出す。
スージー・ノートは、入学当初からフェリックスと関わる機会が多かった。あの頃確かに彼女はフェリックスに好意的だった。そんな彼女を、フェリックスも好意的に思っていた。それがなぜか、ある日を境にぱたりと、彼女はフェリックスに興味を失ったのである。
「(…他に好きな男ができたのかと思えば、女友達と四六時中べったりしているし、そもそも恋愛に興味がなかったのかと思えば、卒業後は張り切って見合いに勤しんでいる…。かと思えば、前のパーティーでは俺に見惚れるかのような顔をする…)」
フェリックスは腕を組んで考え込む。現在と過去の彼女の行動の辻褄が、どう考えても合わないのだ。学生時代の彼女の、自分が前を通り過ぎても視界に入れすらしない冷めた顔と、最近の彼女の、自分の方を熱心に見つめている真っ赤な顔との落差に、フェリックスは困惑するしかない。
「(…学生時代に急に冷たくされて、葛藤の末彼女のことを忘れようと決めたのに、なぜ今になって俺に対してあんな目線を送るんだ…。どういうつもりだ…っ!)」
フェリックスは窓枠を握る手に力を込める。継母も周りも、本人にその気はなくともアルベリックが次期国王だと薄っすら考えていたところ、彼は卒業前に消息を絶ってしまった。その結果、周りは手のひらを返したような態度を自分にとってきた。まさかあの彼女も、自分が次の国王になることになったから、また自分に気を持ち始めたというのだろうか。フェリックスはその予想を受け入れきれずに目を伏せる。
「スージー様!」
その名前に、フェリックスははっと顔を上げた。メイドに呼び止められたスージーが振り返り、なんですか?と首を傾げる。
「ご実家からお手紙です。また例のあれですか?」
メイドが、ふふふ、と微笑む。それに対してスージーも、ふふふ、と微笑む。
「今週末です。頑張ってきます」
「良いお相手だといいですね」
メイドはそう微笑むと、それでは、とスージーに頭を下げて去った。スージーは、受け取った手紙を暫く黙ったまま眺める。
「(…また見合いか…)」
フェリックスは、じっと手紙を眺める彼女を少し遠くから見つめる。嬉しそうでも楽しそうでもない、無の表情の彼女に、フェリックスは小さく息を吸う。
「(…見合いの件は、彼女の意思ではないのかもしれない。親は早く娘を嫁がせて家の不安ごとを減らしたいだろうから、見合いは親の強い意志なだけの可能性がある。次期国王の件だって、卒業前から兄はいなくなっていた。次期国王の男との結婚を望むのなら卒業前から彼女は俺に近づいていたはず。急に俺から離れたのだってなにか理由が…)」
そこまで悶々と考えて、フェリックスは我に返る。
「(…いや俺は、なぜ彼女を良いように解釈しようとしているんだ…)」
…馬鹿馬鹿しい、と自分に呆れたあと、フェリックスはスージーのいる方向とは反対に向かって歩き出そうとした。すると、あっ…、という彼女の声が聞こえた。振り向くと、口元を押さえて目を丸くした彼女がこちらを見つめていた。
「(…だからなぜ、今になってそんな顔で俺を見るんだ…)」
フェリックスは、過去の葛藤を思い出して眉をひそめる。スージーは何度も目線を上げたり伏せたりを繰り返したあと、意を決した様子で、あ、あの、と遠慮がちにフェリックスに話しかけた。フェリックスは内心かなり動揺しながらも、何でもない様子で、…なんだ、と返した。スージーはそんな彼の顔を、ゆで上がったかのような色の顔で見つめて、そして、はっとした様子で両手で口元を覆った。
「か、顔の出来が良すぎる…っ!」
「はあ?」
手で口を覆いながら発せられた彼女の言葉に、フェリックスは眉をひそめる。スージーは、ご、ごめんなさい…、と口をもごもごしながら謝る。
「つい…つい本心が…。あの、侍女の件でお礼を言いたかったんですがあの、フェリックス様の顔が良すぎてまずそっちに意識が…っ」
ごめんなさい…、と申し訳なさそうに謝るスージー。真っ赤な顔と、きらきらとした目でこちらを見る彼女に、フェリックスはまた、ロドニーの言葉が思い浮かぶ。
「…いや、ない、あり得ない…」
「え?」
「ああいや…、…侍女の件は、ロドニーの頼みを気まぐれで聞いてやっただけだ」
そう返しながらフェリックスは、セドリックから、スージーが侍女になれば彼女がこの城に住むことになる、と言ったことが決定打だったことが脳裏をよぎり、軽く咳払いをした。
スージーはフェリックスを見つめた後、小さく口元を緩めた。そんな彼女に、フェリックスは、一瞬時が学生時代へと戻っていくのを感じる。
「そうだとしても、ありがとうございます」
スージーはそう言うと頭を下げた。フェリックスは、いや…、と言いながら、彼女の手にある親からの手紙に目線がいった。
「(…侍女の件も、結婚相手を探すために親から無理矢理言われたのだろうか…)」
「…あっ、これですか?」
スージーはフェリックスの視線に気がつくと、自分の手にある手紙を軽く持ち上げた。フェリックスは、ああいや…、と誤魔化す。しかしスージーは、気合を込めた顔を彼に見せた。
「これ、次のお見合いの釣書なんです」
スージーはそう堂々と宣言した。そんな彼女に、フェリックスは固まる。
「私、早く結婚してしまいたいんです!失敗してばかりだけど今度こそは…、次こそは決めて見せます!」
スージーはそう、張り切ってフェリックスに伝えた。フェリックスは彼女を見つめて、そ、そうか…、と心ここにあらずの様子で返す。スージーは彼に頭を下げると、踵を返して去って行ってしまった。
「…なぜ俺に、堂々とそんな事が言えるんだ…?」
フェリックスの頭に疑問の宇宙が広がる。彼女はまるで自分のことを好きかのような顔を見せるのに、それなのに自分に対してお見合いを頑張ると意気込んでくる。
彼女の考えていることが分からず、フェリックスは、なかなか自室に戻らないことを心配したセドリックが探しに来るまでの間、廊下で立ち尽くしてしまった。




