4心が、動く
自室にて、フェリックスはセドリックと事務作業をしていた。そのそばでは、窓の外を見ながら小さなあくびを浮かべるロドニーが護衛として立っていた。
ペンを動かしながら、フェリックスはちらりとセドリックを見た。セドリックは書類に目を落としながら、フェリックスの視線に気がついて顔を上げた。フェリックスはそれに気がつくとさっと視線をそらした。
セドリックはまた書類に目を落として作業を再開させたが、しかし一度口を固く閉じて、何か言いたげにフェリックスを見た。フェリックスはその視線の方は見ずに書類に目を落とす。小さなため息をついたセドリックはペンを机に置くと椅子から立ち上がり、フェリックスの方に向かった。
「…何か不備でもありましたか?」
椅子に座るフェリックスにセドリックがそう尋ねると、いや…、とフェリックスは歯切れ悪く答える。セドリックはまた一度フェリックスを見て小さく息をついたあと、殿下、と口を開いた。
「手紙の件は、彼女が僕に紹介したい女性がいるという内容でした」
「は…は?」
フェリックスは目を丸くしてセドリックを見上げる。フェリックスは瞳を揺らすと、…何の話だ、と冷たく言った。セドリックはじっとそんな彼を見つめる。
「…気になるのなら、彼女に直接聞いてみては?」
「…はあ?」
「学生時代の、あの突然な彼女の態度には問題があると思いますが、けれど、いつまでもそうやって拗ねているのも問題かと」
「な、何の話だ!」
フェリックスは少し動揺しながら、誤魔化すように書類を手繰り寄せる。セドリックは小さく息をつき、少し迷った後、ところで次の日曜日、と言いかけた。フェリックスはそんな彼の声が聞こえていなかった様子で目を伏せた。
「…例えばの話だが」
「え?はい」
「例えば…、俺の話ではないが、例えば、相手に明らかな拒否反応を示された場合、それでも追いすがるというのは、問題があるのではないだろうか」
「…殿下、彼女に拒否されてたんですか?」
「俺の話ではないと言っているだろう!」
フェリックスはムキになる。セドリックは少し固まったあと、そうですか…、とつぶやいた。フェリックスは、そんなセドリックをふと見上げる。
「…そういえばさっき、何か言いかけていなかったか?」
「え?ああいえ、あの、何も」
セドリックは少し慌ててそう手を横に振ると、それでは、と頭を軽く下げて、椅子に戻った。そしてセドリックは窓の外を見て、はあ、とため息をついて肩を落とした。
「(…いや、私悪い?ゲームの話だったじゃん…!)」
水を替えた花瓶を抱えて、スージーはジェニファーの部屋に向かっていた。
セドリックに言われた言葉に一瞬反省したものの、しかし、自分に非があるような言われ方にふつふつと不満がわいてきたのだ。
「(もともとゲーム話だよ?それが奇跡が起きてその世界に来ちゃっただけであって、私は、えめたまを攻略したかったけど、好きなフェリックス様ともちょっとは交流したかった、っていう真っ当なプレイヤーだっただけだよ?なのになぜ私が悪いみたいな…)」
ぶつぶつつぶやきながら、スージーはジェニファーの部屋の扉を開けた。するとそこには、ジェニファーとアルベリックの生みの母である王妃がいた。2人と同じきれいな金髪をした彼女は、ジェニファーと何やら話し込んでいた。ジェニファーはスージーに気がつくと、お茶の準備を、と告げた。スージーは頷くと、部屋を出た。
お茶の準備を持って部屋に戻ると、スージーは2人にお茶を出した。落胆した様子の王妃は深いため息をついた。
「アルがいなくなってからずっと、心の一部が欠け落ちてしまっているの。悲しくて苦しくて、…どうしたらいいのかわからないわ。ジェニファー、あなたもいつかは結婚してここをでていってしまう。そうしたら私、本当に一人よ?」
「…お母様、そんなことをおっしゃらないで。フェリックスお兄様が頑張ってくださっているし、お父様だっていてくださるのだから」
「…」
ジェニファーの言葉に、王妃は遠い目をする。そして、小さく震える手を握りしめる。
「…あの人は、私以外にも寄りかかれる人がいるわ」
「…」
王妃の呪うような声に、ジェニファーは自分の発言を反省したような顔をする。
王妃は、目を伏せた。そして、がっかりしたように眉を下げた。
「もちろん、あの人があの子を引き取ると言ってからは、あの子も我が子のつもりで育ててきたわ。でもやっぱり、アルやあなたと、あの子は違うのよ。だって私は、あの子を産んではいないのだから。欲しくもなかった子どもを、しかもあの人と他の女との子どもを、なぜあなたたちと同じように愛せるというの?」
王妃はそう言うと、ごめんなさいね、最近こんな暗い話ばっかり、とジェニファーに微笑む。ジェニファーはぎこちなく笑う。王妃は、優しく娘の頬を撫でた。
「なんて綺麗な髪。太陽に当たるときらきら輝いて、本当に美しいわ」
そう慈愛に満ちた顔で娘を見つめる王妃に、ジェニファーは微笑み返す。そんな2人を、スージーはぼんやりと見つめる。
「(…そういえぱフェリックス様ってずっと、周りから見捨てられる人生だったな…)」
スージーはそんなことを思い出す。生みの母親からはお金のために捨てられ、彼をアルベリックのスペアとして引き取った父親からもアルベリックが健在な以上は見捨てられ続け、周囲からも、母親からも、アルベリックよりは劣ると見捨てられて。
彼は常に自分を要らないものだと自覚していた。アルベリックがいる以上、自分は必要ないのだと。それでも腹違いの兄のスペアとして努力し続けた。どんなに努力を重ねても敵わないことも、周りが自分を認めてはくれないことをわかっていてもそれでも、一国の王子としての責務を放棄することなど、真面目な彼にはできなかったからだ。
気丈な態度の裏で、いつもいつか誰かに見捨てられるのではと怯えていた彼の影にときめいていた前世の自分が、ゲームのプレイヤーとしては正しくとも、転生した今は酷く残酷に思える。
「(…友達として仲良く接してきたスージーが、急に話しかけもしなくなった時、どれだけ彼は傷ついただろうか。過去の古傷をどれだけ抉られただろうか)」
そう気がついて初めて、スージーはこれまで動いたことのない心臓の一部分が動く。目を伏せて手を握りしめてその苦しみに耐える。
「(かといって、どうしたら…)」
「なあミレア、今週の日曜日暇か?」
鍛錬場にて、休憩中にロドニーがミレアに尋ねた。
鍛錬中についたかすり傷の手当てを自分でしていたミレアは、いいえ、と頭を横に振った。
「なにかありましたか?」
「それならハイキングに行くか?セドリックから誘われたんだよ。スージーとエスメラルダも来るらしいから」
お前スージーと最近仲良しだろ、とロドニーが言う。ミレアは、ハイキングですか、と嬉しそうに微笑む。
「山歩きは足腰が鍛えられますから!良い鍛錬になりますね」
「…まあ、さすがにあのメンツ的に歩いてはいかないだろうけど」
「そうですか?セドリック殿に、ミレア殿エスメラルダ殿、師匠に自分…うーん、確かに言われてみれば…」
「…あれ、そういえば5人か。奇数はキリが悪いな。男をもう1人誘うか」
ロドニーは立ち上がり、休憩中の騎士たちを見回す。すると、隣で休んでいたフェリックスと目が合う。ロドニーは軽く会釈をした後、また騎士たちを見回す。
「えーと、…誰を呼ぶかな…」
「…まてまてまて、なぜ俺から目をそらした」
フェリックスがロドニーに詰め寄る。ロドニーは、ええ?と目を丸くする。
「殿下こういうのに興味ないでしょう?…というか虫酸が走るタイプでしょう?未婚の男女でハイキングなんて」
ロドニーにそう大真面目に言われて、フェリックスは閉口する。ロドニーは、でしょう、と言うと、また他の騎士たちに目を移した。フェリックスは、ま、まて、とロドニーに食い下がる。
「興味はない、が、全くないとは言っていない」
「……?なぞなぞ?」
ロドニーがぽかんとする。歯がゆそうにフェリックスがロドニーを睨む。
すると笑顔のミレアが、良いですね、と両手を合わせた。
「殿下も足腰鍛えに行きましょう!」
ミレアの言葉に、フェリックスは自分のした選択のはずなのに一瞬戸惑った後、小さく頷いた。
次の日曜日は、よく晴れた外出日和だった。
小高い景色のいい丘で集まると、顔見知りとはいえ皆で軽くあいさつをした。
スージーは、向かい側のセドリックの方をよく見られずにいるエスメラルダを見つめて、そして小さく意気込む。絶対に自分が彼らのカップリングを成功させるのだ、と。
「(…それにしても、なぜフェリックス様が参加しているんだ…)」
スージーは違和感しかしないままフェリックスを盗み見る。年ごろの男女で集まってきゃっきゃうふふ、なんて、彼の印象からは対極にある。
その視線に気がついたらしいフェリックスと目が合うと、その顔の良さにスージーは口元を両手で覆う。
「(いやしかし顔が良い…)…あれ、ミレア暑い?」
スージーは、隣にいるすっかり汗をかいたミレアを見る。さわやかないい笑顔をしたミレアは、はい!と微笑んだ。
「自分、荷物は家の馬車に預けて、師匠と一緒に街から走ってきました!」
「へえ…えええ?!」
「これも鍛錬ですから」
そう言いながらミレアはでもまだ動き足りません、と目を輝かせる。するとロドニーが、ならもういっちょ行くか、とミレアを誘う。ミレアは、はい!と勢いよく返事をすると、ロドニーと一緒に向こうの方へ走っていってしまった。
「お、おおう…」
スージーは元気すぎる彼らの背中を見送る。すると、エスメラルダの向かいにいたセドリックが、エスメラルダのそばへ歩み寄る。両手をお腹の前で組んでいたエスメラルダは、肩を小さく揺らし、目を泳がせる。
セドリックは一瞬戸惑った後、ぎこちない笑顔を見せた。
「…今日はありがとう。楽しい日になるといいね」
「あっ…」
エスメラルダはセドリックを見上げて、そして頬をじわじわと染めていく。スージーはそんな彼女の横顔を見つめる。大きな瞳が明るい太陽に照らされてきらきらと輝く。優しくおっとりとした彼女の心が今、とても動いていることを感じて、スージーは胸の奥がぎゅっとしまる。
「(…幸せになってほしい)」
そんなことを、スージーは思う。手に力を込めて全身で緊張を表す女の子を見つめて、スージーは新鮮な感情が湧き上がる。ずっと、可愛い、と愛でていた彼女に対して、スージーは素直に、しかく深く、彼女の願うようになったらいいのにと、思う。
「あっちのほう、たくさん花が咲いていて綺麗だから一緒に見に行こう」
セドリックはそう話しかける。顔を赤くしたエスメラルダはぎこちなく頷く。セドリックも少しぎこちなく微笑むと、行こうか、と呼んだ。エスメラルダはまた頷くと、彼の後ろを追いかけた。そして、ちらりとスージーの方を見た。スージーは、勇気づけるように彼女に視線を送り、こくりと頷く。エスメラルダは小さく頷き返すと、またセドリックを追いかけた。
スージーは、2人の背中を見送った後、はあ、と小さく息をついた。
「(…なんだろう、この変な気持ちは…)」
胸に手を当てて、スージーはあまり感じたことのない感情に戸惑う。セドリックは持ってきたスケッチブックを広げて、咲いている花を模写し始める。エスメラルダはそんな彼の隣で、幸せそうに花や彼を見つめる。
スージーは、幸せそうで、しかし不確かな2人に胸の奥がぎゅっとなる。
真剣に走り込んだり筋トレをしたりしているロドニーとミレアの方を見て、あの2人楽しそうだな、なんてスージーは考える。
ふと、スージーは自分の置かれた状況に気がつく。はっと顔を上げると、斜め前に自分と同じく取り残されたフェリックスがいることに気がつく。明らかに居心地が悪そうに眉をしかめる姿に、スージーは可愛い気持ちがこみ上げる。
「(…自然に取り残されちゃうフェリックス様も良い…)…あの、良い天気ですね」
スージーは場を持たせるために話しかける。フェリックスは、一瞬スージーの方を見たあと、ああ、と言うと目をそらした。
スージーは、彼に対する罪悪感を思い出すと、なんとも居心地の悪い気持ちになる。お互いなんとなくそわそわした気持ちで、しばらくの間黙り込む。変な沈黙に、スージーは気持ちがいがいがとする。
「…あー、え、えー、えっと、意外でした。フェリックス様がこういうのに参加されるなんて」
気まずくても、この空間でペアになってしまった以上なんとかしなくては、という気持ちが湧き上がり、スージーは会話を探す。
フェリックスは、少し黙った後、興味はない、と短く答えた。スージーは一瞬ぽかんとしたあと、あ、あー、ですよね…と尻すぼみで返した。
「(…なら、なぜ、来た…)」
「…セドリックへの手紙の件は、君の友人のことだったのか」
セドリックの言葉に、スージーは、はい、と頷く。そして、少し悲しそうに眉をひそめる。
「学生時代、私のせいで彼女の気持ちが蔑ろになってしまったので…」
スージーはそう言って目を伏せる。エスメラルダのセドリックへの恋心は、プレイヤーだった自分がエスメラルダとの友情エンドを望んだがためになくなってしまったのだ。
ふと、スージーはフェリックスの方を見た。フェリックスの方は少し険しい表情をしている。
「…フェリックス様?」
「(…俺の気持ちだって蔑ろにされたのに…!)」
「(…学生時代…、のこと、やっぱり根に持っているのだろうか…)」
「…」
「…」
スージーは一度視線を下にする。もやもやとした気持ちに嫌気がして、投げ出したくなる。けれど、スージーは地面にしっかり足を踏ん張り、そして、フェリックスの方を見る。
「…あの、申し訳ありませんでした。学生時代のときのこと」
「えっ…」
フェリックスは予想外のことだったらしく、目を丸くする。スージーは一瞬目を泳がせたあと、またフェリックスの目を見た。
「仲良くしていただいていたのに急に避けたりして。その…、友人との仲を深めることだけに執心していたんです。フェリックス様に対して不誠実なことをしました。本当に申し訳ありませんでした」
「…」
目を丸くしたフェリックスは、次第にバツが悪そうに目を伏せた。しばらく黙り込んだあと、軽く咳払いをした。
「…いや、一人で気を揉まずに、俺の方から君に事情を尋ねたら良かったんだ」
フェリックスはそう小さく返した。スージーはそんな彼を見上げる。
「(…いや、ゲームのシステム上それは無理だっただろうけれど…)あの、本当にごめんなさ、」
「そもそも、俺が自意識過剰になっていただけだ。誰かに優しくしてもらって、勘違いをしていただけ。…王子という立場をなしに、兄ではなくわざわざ俺に近づいてくれる人なんてこれまでもいなかったのに、」
フェリックスはそこまで言って、我に返ったように息を呑む。そして、いや…、と気まずそうに目を伏せた。
スージーは、そんな彼の横顔を見つめる。伏せられた瞳の奥に、彼のこれまで生きてきた苦悩がスージーの目に見えたとき、彼のその苦しみが今すぐにでも消え去るといいと、スージーは願った。その瞬間、スージーは自然と口を開いていた。
「いえ、フェリックス様のことは昔から本当にとっても好きです」
スージーはそう、真剣な顔で返す。自分は世界から拒否されていると感じている彼の重荷が、少しでも軽くなればいいと思ったからだ。フェリックスの、スージーの瞳を見つめ返す瞳が揺れる。
「…は?」
彼が声を漏らした瞬間、急に雨が降ってきた。木陰を見つけたスージーは、フェリックスに、こっちです!と呼びかける。しかし、反応はない。スージーは困惑した後、立ち尽くすフェリックスの手首をつかむと、こっちです、と今一度声をかけて彼を木陰まで連れて行った。
「あーあー、なんで雨なんか…」
スージーは木陰の下から雨が降り続ける景色を眺めてため息を吐く。そして、持ってきていたハンカチを取り出し、濡れた頬をそれで拭う。
ふと、隣にいる同じくらい濡れたフェリックスを見上げる。雨に濡れた髪と頬が、普段より彼を頼りなさげに見せる。そんな彼に、シナリオの終盤に、こんな風に彼と雨宿りをするイベントがあったことを思い出す。雨が振り続ける世界から2人だけで木の下に逃れた時、度重なる嫌な出来事から全てに嫌気が差していたフェリックスが、この世界で2人だけだったらいいのに、と吐露するのだ。王子として兄よりも劣ると言う周りや、それでもあとを継がない兄の代わりになるように努力を続けなくてはいけない現実から逃れて、ただ、何者でもない2人だけの世界であればよかったのに、と。
はっとしたスージーは、あの、と遠慮がちにフェリックスに尋ねる。
「なにか拭くもの…」
スージーはそう呟いて、自分の手にあるハンカチを差し出そうとした。ようやくはっとしたフェリックスは、持っている、と言うと持参したハンカチで軽く自分の頬を拭いた。スージーはそんな彼を見つめて、あまり動いたことがない心臓の部分が動くのを感じる。
雨が降ったときの地面や草木の匂いが鼻腔を通り抜けていく。隣にいるフェリックスの呼吸や、雨で冷えた自分の肌。これまで神イベントだと画面越しにはしゃいていた自分に、五感が襲いかかる。その瞬間、心臓が大きく脈打つのを感じる。
雨が降りやまない中、ついてきた使用人たちが片付けを始めるのが見えた。今日はもうお開きになるのだと察しながらも、スージーは、このままもう少しいたいと願ってしまった。
ハイキングの翌日、スージーはジェニファーの部屋でぼんやり昨日のことを考えていた。
エスメラルダはセドリックとの距離を縮められたらしく、今日のことを提案したスージーにひどく感謝してくれた。彼女が喜んでくれたことが嬉しくて、彼女の嬉しそうな顔を思い出してスージーは頬がにやける。
「(…そして一応、フェリックス様に謝罪はできたし…)」
スージーはよく晴れた窓の外を眺める。ハイキングの時の突然の雨は夜通し続いたけれど、朝にはすっかりやんでいた。
一度面と向かって謝れたことで、いくらか心のもやもやは取れたように思う。
「(…まあ、向こうがそれで許したかはまた別の話か…)」
「…昨日はせっかく良い天気でしたのに、残念でしたわね」
ジェニファーがそう話しかけてきた。スージーは、え?と目を丸くする。ジェニファーはにこりと微笑む。
「みなさんでハイキングに出かけられたんでしょう?お兄様が行くなんて言うから、ちょっとびっくりしてましたのよ」
ジェニファーはそう、微笑みながらも探るようにこちらをみる。スージーは少し含みのある彼女の言い方に、確かにフェリックスがこういう男女グループなんてものに混ざるのは異例だと感じて苦笑いを浮かべる。
「本当にですよね。何か心の変化でもあったんでしょうか?」
スージーはそう小さく笑う。すると今度はジェニファーが目を丸くした。少し黙ったあと、あら、と小首を傾げた。
「…身に覚えはないの?」
「え?」
「…身に覚えはない、みたいね…」
ジェニファーは口元に手を当てて、それなら一体何が理由なのかしら、と考え込む。スージーはさらによくわからずに首を傾げる。
「昨日、雨が降っちゃって残念でしたね」
やっと体が温まってきたときだったのに、とロドニーがため息をつく。フェリックスの自室にて、いつも通り実務をしていたセドリックは、そんな彼を見て小さく微笑む。ロドニーはセドリックを見て、にやりと口角を上げる。
「…それにしたってセドリック、お前エスメラルダと良い仲だったのか!隅に置けないなお前は〜」
そう楽しそうに言うロドニーに、セドリックはいやに綺麗な笑顔を浮かべる。ロドニーはそんな彼にきょとんとする。
「そういうんじゃないよ」
セドリックはそう言うと、手元にある書類に目線を落とす。ロドニーは首を傾げたあと、自分の机で作業を続けるフェリックスの方を見て、そして彼に近づいた。
「殿下、やっぱり俺の言う通りでしょう?」
「はあ?」
「スージーですよ!あいつわかりやすすぎですよねほんと」
ロドニーはまた楽しそうに言う。フェリックスはぴたりと書類にペンを入れる手をとめると、ロドニーを見上げた。
「…そうだとして、仮にそうだとして、…彼女はなぜ他の男と結婚しようとするんだ?」
「え?」
「俺のことが好きなのに、なぜ嬉々として別の男と結婚しようとしているんだ?それは言動不一致だ」
フェリックスはそうロドニーに尋ねる。ロドニーは、いやいや、と笑いながら手を横に振る。
「殿下を好きでも、そんな堂々とアタックなんかできるわけないじゃないですか。殿下は次期国王ですよ?一方あいつは小さな家の出。あいつ、そんな面の皮厚くないっすよ」
ロドニーはそう苦笑する。セドリックは書類に目を落としたまま、そうですよ、と笑う。
「そこまで身分差があったら、とてもじゃないけど無理ですよ」
そう言ったセドリックに、まあ学園にいた頃はそんなの気にせずに付き合って、そのまま結婚までする奴らがいたけどな、とロドニーが言う。セドリックは、あの学園で結ばれた恋人同士は幸せになれるって昔から言い伝えがあるから、と小さく笑う。
フェリックスは、そんな彼らを見ながら一時停止する。
「(…つまり、彼女は俺との身分差を気にしていた、ということ…なのか…)」
フェリックスは、ペンを握る手に力を込める。一度息を吐いた後、フェリックスは席から立ち上がった。そして、すぐに戻る、と2人に言うと部屋から出た。
「(…先々週のお見合いの結果かな…)」
先程メイドから渡された手紙を手に取り、スージーはため息をつく。どうせ断られているのだろうとわかっていても封を開ける気にならない。
「(…早く結婚してしまいたいのになあ…。上手くいかない…)」
生きていた頃、人からもてていたことなどないから、自分の人気具合に期待などしていなかったけれど、ここまで断られ続ければ自己評価はだだ下がりである。
「(自分の市場価値の低さをまざまざと見せつけられ続けるこの婚活マラソンから早くゴールしたいのに…!)」
「…ここにいた…」
声がして、振り向くと軽く息を切らしたフェリックスがいた。スージーはとっさに手紙で口元を覆うと、フェリックス様…、と声を漏らした。
「(き、今日もただただ顔がいい…!)あの、…昨日はありがとうございました…」
スージーは、昨日の謝罪を受けてもらったのかまだ許してもらっていないのかよくわからず、おずおずと頭を下げる。フェリックスは、いや…、と歯切れ悪く答える。
「…昨日の話の、続きがしたくて」
フェリックスは、まっすぐにスージーを見つめる。スージーは、え?と声を漏らしてその瞳を見つめ返す。宝石のようにきれいな瞳に、スージーは呼吸を忘れる。
「君は昨日、俺のことを好いていると言ったが、それは本当なのか?」
フェリックスがそう真剣に、しかしどこか切羽詰まった様子で尋ねる。
スージーは、推し本人からそんなことを言われて、どんどん頬の内側が熱くなっていくのを感じる。スージーは動揺から唇が揺れる。
フェリックスはただ真っ直ぐに彼女を見つめる。
「本当にそうなら、俺は、」
「あれ、スージー?」
スージーの前方からそんな声がした。スージーが顔を上げると、そこにはマルコがいた。
フェリックスも、声のほうを見た。すると、フェリックスと目が合ったマルコが目を丸くして動揺した様子で、で、殿下…?と呟いた。
「…嘘だろ、君、殿下と知り合いなわけ?」
マルコはスージーにそう尋ねた。スージーは、同じ学校で、同級生なんです、と返した。するとマルコは、ああ…、と呟いた後、スージーとフェリックスを順番に見た。
「…珍しいですね、殿下が女性とお話だなんて。…もしかして、元恋人とか?」
マルコは、前髪のしたから覗く瞳をきらりと光らせるとそう茶化しながら尋ねた。スージーはそんな彼をぎろりと睨む。
「そんなわけないじゃないですか。フェリックス様に失礼なことを言わないでください」
「でも君そんなに顔を赤くして…。ああ、君が殿下を好きなわけだ。恋愛は面倒くさいだのなんだの言ってたくせに、結局楽しく恋愛してるんじゃないか。…まあ、いくら君が殿下を好きでも、殿下とお付き合いなんて無茶な夢は見ないほうがいいよ」
「なっ…」
マルコに言われてスージーは息が詰まる。確かに、ここに転生した頃は、フェリックスとゲームのように恋愛できたらと思っていた。けれど、いざ目の前に推しがいると、彼と恋愛しようなんて烏滸がましくてそんなこと考えられなかった。眩しすぎる彼と、そのまますぎる自分とでは釣り合わず、彼とどうにかなろうなんて考えるだけで厚かましいように思えた。そんな厚かましいことを考えているとマルコに言われたことに、自分の推し活の美学を貶されたようでスージーは腹が立った。
フェリックスは小さく眉をしかめると、マルコに何かを言いかけた。しかしそれに気が付かないスージーが、マルコを睨みつけて口を開いた。
「そんな烏滸がましいこと、考えるわけないじゃないですか!」
「ならなんで、そんな恋する乙女みたいな顔をしてたわけ?強がらなくてもいいじゃない。素直に恋愛がしたいと言えば?」
「だから、恋愛なんかしたくないし、殿下と恋愛だなんてそんな厚かましいことは考えてません!」
スージーはそう言い放つと、自分の手にある、実家から送られてきたお見合いの結果が入っているであろう手紙をマルコに見せた。
「私は私の住む次元で、恋愛をする相手ではなく、結婚する相手をちゃんと探しているんです。断られてばっかりだけどそれでも!」
スージーは手紙の封を開けると、中を見た。すると、予想外の文字に目を丸くした。
「あれ、あれ?!相手方が次も会いたいって言ってるって書いてある!」
スージーは何度も手紙を読み返して、そしてフェリックスを見る。目を輝かせて、そして嬉しさからきらきらした笑顔を浮かべる。
「言ってるそばから結婚の第一歩です!」
スージーはそう言ってガッツポーズをする。マルコは腑に落ちない顔をしながら、まあよかったじゃない、と返す。
そしてフェリックスは、思考が宇宙にのまれた顔をしながら、喜びに浸るスージーを見つめた。




