半分にしたなら
「頭でマルチタスクを処理しても体はひとつなんだよね」
先程までなんだか唸っていた彼女は、溜息に似た一呼吸をして徐ろに話し始めた。
「何を考えているのかと思えば。栄生さんは条件反射で物事に対応しているのだからマルチも何もないだろうに」
「ほんと失礼しちゃう。わたしはたくさん考える子なのです」
「いやいや、ぼくは栄生さんに何ひとつ無礼なんてしていないよ。栄生さんは瞬時に答えを出してしまうほど頭の回転が早いと褒めたんだけれどね。さっきの言葉を悪く捉えるなんて栄生さんはきっと捻くれているんだよ」
「さっきの言葉を褒め言葉で使える雨崎くんほどじゃあないけどね。体が二つあればいろんなことができるのに。一人が雨崎くんを抑えてもう一人が、ね」
栄生さんが二人でぼくに何をしようというのか。まさか両穴同時に鼻こよりをしようというのか。しかもくしゃみの後にも抜かない。なんと容赦のないことを。そんなことをされるくらいならぼくは優雅に八大地獄巡りができるね。どんなに巡り巡っても栄生地獄には行かない。しかし体が二つは誰しもが考えてしまうことだ。そして誰しもが想像して碌なことがないと思うことだ。
「まあ押さえつけられたぼくがどうなるかはわからないけれど、栄生さんが二人いたら困ることのほうが多いよね?」
「そう、だから脳を外付けにしてひとつで処理すればいいのよ。どちらも自分の体であり、自分の体ではないようにするの」
それは確かにそうだが、想像すると結構酷い状態だと思う。あと神経は、感覚はどうなるのだろう。
「それって片方が疲労をしてもう片方が回復をしている場合、感覚はどうなるんだろうか」
「そうね。片方がマラソンをして、片方はマッサージを受けているんだよね。これって体の疲労が正しく判断できないから無理して体壊れちゃうんじゃない。マッサージもきっと疲労回復できないし。この作戦は駄目ね」
しかも一人が長距離を走るなんて、感覚はどうやって繋がっているんだろう。電気信号らしいから電波とかで運べたりするのだろうか。圏外になったらそこには倒れた栄生さんが。中継機でも設置する気か。栄生感覚中継機。なんだか少し格好いい。いや、格好いいのか。おっと栄生さんの話の途中だった。
「良いアイデアかと思ったんだけどなぁ。片方にしか感覚がなかったら、もう片方は自分じゃないから、こう、なんか違うし」
「感覚のない栄生さんのほうは、もう栄生さんじゃあないよね。栄生さんの命令を忠実に聞く何かでいいんじゃないかな」
彼女は驚いてこっちを見てくる。驚天動地、今の栄生さんの表情からぼくが思い浮かんだ言葉。実際は天を驚かすより仰いでいるのだが。難しく考えすぎてこの簡素な答えに驚いたらしい。シングルタスクですら処理ができていないではないか。
「それだよそれだよ雨崎くん。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。簡単なことっていうかもう当たり前なことなのに。わたしってばおっちょこちょい。おっちょこちょいって響き、ちょっとこっちこいに似ているよね。うん、わたし絶好調。わだかまりがなくなったからかな」
「えっと栄生さん、それで絶好調っていうのは。栄生さんにしかない感覚なんだろうから強く否定するわけではないけれど、おっちょこちょいとちょっとこっちこいは」
「もうそんなことでわたしの二段目を止めちゃうのは駄目だよ。わだかまりとかたつむりも似ているんだよ。知っているかな。わだかまりは虫偏に番、これはとぐろを巻いている状態を表しているの。そしてかたつむりは虫偏に咼、これは渦巻きを表しているの。そしてわだかまりとかたつむり、響きもそっくり。どうかなどうかな、わたしの絶好調は」
「栄生さんは耳に異常がある可能性が高いから病院に行くことをお勧めするよ」
ぼくはもう皮肉すら言えなかった。栄生さんに圧倒されて、心配から生まれた言葉を伝えてしまった。少し気不味い。
「雨崎くんってば素直じゃないんだから。本当はわたしを手放しで褒めたいんでしょう。そしてその手を地面につけて礼を尽くしてわたしに忠誠を誓うといいよ。そうしたら神経の繋がっていない方のわたしを雨崎くんにしてもらうんだから」
よかった、皮肉ではないと気付かれていない。というか。
「ぼくが栄生さんの片割れをすると」
「うん」
「さっきの話でマラソンをしてたほうを?」
「うん」
「ぼくはぼく自身を押さえつけろと」
「うん。そうだよ」
「どうしてぼくがすることになるのかな」
「だってわたしの言うことの真意に気付いてくれるかなって」
「はぁ、ぼくがそれをすることで何か得することはあるのかな」
「今わたしの鞄に入っているあんぱんを半分プレゼント」




