感動
「感動ってなんだろうね」
ぼくはため息と一緒に言葉を吐く。ぼくは感動したことがないのかもしれない。花を見て綺麗だと言うことはできても感じることはできない。素晴らしい石膏像を見て表現の精巧さを理解できても心を震わすことはない。人間の限界に挑戦している姿に応援することはあっても鳥肌が立つことはない。ぼくは感受性に乏しいのだろうか、だれか教えてほしい。
「聞いちゃう?このわたしに聞いちゃう?感動感嘆感涙感傷感心の申し子のこのわたしに聞いちゃうのかな。長くなるよー。話、長くなるよー。鼻も、長くなるよー」
嘘ばかりなのか、これまでもこれからも。
「正直栄生さんに聞きたいわけではないのだが」
「いや、それは間違い」
「ぼくは他にこういうことを聞く相手がいないので」
「うん、それは間違いない」
「仕方なく栄生さんに聞くしかないかなと」
「結果的には大成功」
横槍ってチクチクしてくるものだよね。なんだかこの横槍は殺意が高い気がするのですが。槍衾が迫ってくるのですが。
「どうして栄生さんに聞くことが正解だと自信をもって言えるのかな」
「ほら、わたしって大きな心を持っているでしょう、それはもう天を衝くほど。だから一度振動を始めると揺れる力も大きくなるの」
いやその場合揺れ始める力も大きくないといけないのでは。というか天を衝く大きな心。点のつく大きな心、
「雨崎くん、今心太を思いついたでしょう」
「なぜ、というかまさか」
「そう、雨崎くんは誘導されていたのよ。この心太栄生美沙によってね」
本当この人の恥じらいポイントがわからない。どうしてこれを堂々と清々しく言えてしまうのだろう。呆れを通り越して尊敬したいのだけれど、これを尊敬することを心の奥の何かが止めようとしている。
「まあ栄生さんの心の強さはわかったよ」
「強さじゃあないよ。大きさだよ、まったく。この大きな心があるからわたしの一挙一動一喜一憂一挙手一投足に優しさや真心、気配りが込められているの」
「一喜一憂は関係ないんじゃ」
「一挙一動と一喜一憂は平仮名にすると結構似ているのよ。だからほぼ一緒と言っても過言ではないの」
それはおかしい。栄生さんは雀と進めも同じだという。青信号は雀、イコールで繋ぐと意味がわからなくなってきた。頭の体操かな。帰ってから何か共通点がないか考えてみよう。
「間違いなく言い過ぎなので、その自論は栄生さんのなかだけで終わらせたほうがいいかな」
「そっか、残念だなぁ。それで雨崎くん、ここまでに心揺さぶられるようなことあったでしょう」
「それは動揺とか不安というか栄生さんに対する心配のようなものだね。感動とは別だよ。栄生さんは感動したことってあるかな」
「あるよ。ミュシャのデッサンで少女のいろんな表情を描いているのがあって、そのなかの一人。どうしてかなんてわからないけれど今も覚えているの。でもね、もしかしたら記憶している表情と違うのかもしれない。今見たらそうは思わないかもしれない。感動なんてそのときわたしたちを取り巻く環境やそのときの感情、そんな些細なもので変化するものだと思うの。だから人が感動したもので、まったく同じ感動はできないって考えているの」
栄生さんは微笑んでいる。優しい口調が心地良い。気付かないうちにぼくは彼女の声を見つめる、一字一句逃さないように。
「この感情はわたしだけのもの、だれかに作られたものじゃないの。この感情は今のわたしだけのもの、一秒後のわたしはもう別の感情を持っているはずなの。その感動した瞬間のわたしを覚えているだけ。どんなことに感動したのか、どんな風にに感動したのか、ただそれを覚えているだけ。その感動に至るまではわからないよ。もしかしたらその直前に何か不安に襲われていたのかもしれない。それを打ち消してくれたから感動したのかもしれない。感動が必ずしも良いものではないよ。ただ心が揺れやすくなっているだけかもしれないのだから。雨崎くんの心は芯がしっかりあるからぶれないんだよ。それは格好いいことだよ」
まったく本当恥ずかしい言葉を真っ直ぐにこちらに向けてくる。言われることのない想像もしない言葉に照れたいのだが、救われるというか力が抜けるというか。言葉以上に真っ直ぐな人なんだ。
「さっき心太って言っていた人とは思えないよ」
「心太栄生美沙、格好いいでしょ」




