手紙
「雨崎くんって手紙書いたことあるかな。ほら、小学校のときとか幼稚園のときに授業であったりするじゃない。ああいうのでもいいから」
「あるとは思うけれど、誰に何を書いたかは一切覚えていないよ」
幼稚園の頃に父の日や母の日、敬老の日などに何かをしたような気はする。手紙は絵か何か、本当に覚えていない。
「幼いときの雨崎くんはどんな言葉を使っていたのか楽しみだったのに。家に残っているとかないかな」
「たとえ家にあったとしても見せることはないよ。話し方は子供にしては大人びていたというか、回りくどかったというか、面倒くさかったというか」
「今と変わらないじゃない。語彙が増えた分、順当に面倒さも増えているんだろうね」
自覚はあります。だから普段はあまり人と話しません。自分を誤魔化して生きています。本当は自分の考えを聞いてもらいたいのです。しかし思考まで面倒なのも知っているので、相手を選びます。栄生さんには感謝しています。声には出さないけれども。
「じゃあじゃあ雨崎くん、わたしに手紙を書いてよ。ほら、正面から話せないことも文字なら伝えることができるかもしれないよ」
「ぼくが栄生さんに手紙をしたためると。そんなことをすれば栄生さんをたしなめる言葉の羅列になってしまう。ぼくが栄生さんの個性を奪ってしまう。栄生さんを悲しませることはできないよ」
「わたしの個性ってたしなめられることしかないの。どんな手紙を書くつもりなの」
「そうだね、これはさっき栄生さんが言ったように文字でしか伝えられないんだ。これは話すのは躊躇われるんだよ」
「わたしの言葉で逃げた。ずるい。臆病者」
なんとでも言うといいさ。その程度でぼくの心は揺るがない。
「いつか雨崎くんにわたしへの手紙を書かせてやるんだから」
「それは勘弁してください」
栄生さんが策略を本気で巡らせるのはやめていただきたい。鳴かぬなら鳴かせてしまえ不如帰。知恵や工夫、ときに圧力まで使ってきそうだ。
「そう言えば栄生さん、手紙で思い出したのだけど白山羊黒山羊の歌があるよね。あれに違和感を感じたことはないかい」
「やぎさんゆうびんかな。白山羊さんからお手紙ついただよね」
「それだよ」
「特に違和感を感じることはなかったよ。というか何か考えたこともないよ」
「あれについてちょっと聞いてほしいことがあるんだ。簡単な疑問とかなり意味深長な点があるんだよ」
「聞いてみたい聞いてみたい」
「まず簡単な疑問なのだけど、ああまず仮定として山羊両方とも動物の山羊だとする。そして文字を理解できる程度の知識は有している」
「山羊を山羊と仮定するのは仮定っていうのかが今一番の疑問なんだけど、知識についてはそういう歌だからね。それでいいよ」
「うん、疑問のひとつは、両方とも手紙を受け取って食べているんだ。しかし返事を書いている。山羊が食べるのかだから紙に書いているのだろう。どうして手紙とわかっていて食べようとしたのか、不思議でしょうがないんだ。返事には、さっきの手紙、と書いているのですぐに返信している。つまり紙はその辺にあるはずだったんだ」
「ほら、紙の質が違うのよ。動物って嗅覚がすごいっていうよね。山羊さん二人とも普段食べることのできない紙に本能が抑えられなかったのよ」
「それは一理あるか。さすが栄生さんだ」
「さすがわたしでしょ。それでもうひとつは何かな何かな」
褒められて嬉しそうな栄生さん。しかし次は違う。栄生さんの期待を裏切るのだ。
「もうひとつはかなり考えが深まっているんだけれど、返事の違和感なんだ。白山羊の手紙を見ずに書いた黒山羊が、用事はなんだ、と聞くのはわかる。しかしその後に白山羊が、用事はなんだ、と聞くのに違和感があるんだ」
栄生さんがはっとする。これでこの曲の違和感を共有できる。場所を伝えるだけで、どんな違和感かも気付いてもらえたはずだ。
「そうよね。自分が書いたことの返事なんだから、普通ありがとうとかそういうことが書いてあると思うよね。どうして用事があると思っちゃったんだろうね。もしかしなくても最初の手紙に関わっているよね」
「そうかもしれないね」
これはもうさすがとしか言いようがない。ぼくとは違う結論に向かって進み始めた。これについては昔結構考えたんだけど、栄生さんは違和感の場所を伝えただけで瞬時に自分の結論に辿り着きそうだ。
「きっとね白山羊さんは最初にこんな感じの手紙を書いたんじゃないかな。『黒山羊さん、何か困ったことがあったときはお手紙ください。そうでなければ大丈夫です。便りがないのは良い便りって言うでしょう。わざわざお手数をかけることになるので、返信の気遣いは不要です』って。これなら返信が来た時点で用事があるって思っちゃうよね、よね」
「そんな緊迫してそうな状況の手紙を本能に負けて食べてしまうのはどうかと思うけれど、辻褄は合うと思うよ。ぼくとは違う解答だけれど、実に素晴らしい解答だと思う。しかもこれをこんな短時間で解答を作り上げるだなんて、やはりぼくは栄生さんに勝てないよ」
「すごいでしょ、わたし。もっと褒めてくれていいのよ。でも雨崎くんと違うのかぁ。雨崎くんはどんな答えを出したのかな」
「ぼくが気にしたのは、黒山羊の返事と、その後の白山羊の返事がまったく同じ文面だったことなんだ。たぶん白山羊は手紙を見ていたんだ」
ぼくはここから少し空気を重くした。軽い気持ちで話しては許されない内容だと知らしめるためだ。
「昔何かで見たのだけれど、派手な女性がルームメイトを探していた。そこに垢抜けない女性が来て一緒に住み始める。垢抜けない女性が徐々に派手な女性に似てきた。そして、整形などもして見た目にはまったく区別がつかなくなってしまった。最後には完全に派手な女性に成り替わるために、派手な女性を亡き者にするという話があったんだよ」
「ああ、また雨崎くんの病気だよ」
「そう、白山羊は黒山羊に成り替わるための準備をしているんだ。けれどさっきの話と少し動機は違うんだよ。白山羊は黒山羊に憧れていた。しかし手紙を読んでくれなかった黒山羊に落胆する。わたしの知る黒山羊はこんな山羊じゃない。こうなればわたしが理想の黒山羊を演じるのだ。だから理想と違う黒山羊よ、首を洗って待っているがいい。そんな思いを込めて同じ文面の手紙を送った」
「どうしてそんなサイコホラーな展開になるのかな。雨崎くんは人間が嫌いなのかな」
「これは山羊だよ、栄生さん」




