やっぱり怖い話
「じゃあ栄生さん、ぼくのとっておきの怖い話を、今こそ披露しようじゃあないか」
「まさか雨崎くんから能動的に言ってくるなんて珍しいね。どうして急に」
「ちゃんと怖い話をしないとぼくの沽券に関わるかと」
「そんなことわたしの前では気にしなくてもいいのに。でも聞きたい聞きたい」
そうだろうそうだろう。この話にはきっと栄生さんも満足してくれるはずだ。それでは語ろうか。
「これは大学生の従兄弟に聞いた話なのだけれど、その従兄弟の同じ大学の知り合いに廃墟好きな人がいた。従兄弟にはよくわからなかったようだが、朽ちた家に生える草木の趣などについて熱く語っていたそうだ。ああ、その廃墟好きをここでは鳳としようか。ぼくも名前は教えてもらえなかったからね」
「適当にアルファベットでいいんじゃないの」
「ぼくが忘れてしまうかもしれない。忘れにくい特徴があった方がぼくにとって重要なんだ。それに最初の文字だからとAを使ったとしたら、エーくんということになる。なんだかファーストネームを呼んでいる気がして、ぼくはそんな親しくないだろうという気持ちになってしまうんだ」
「不安になる語り部だなぁ」
些細な物言いがあったが気にすることもない。続けよう。
「夏休みに鳳は、地方から来ていた同級生に教えてもらっていた、その人の地元の廃墟に一人で行くことにした。始発の電車に乗り、それから乗り継ぎ、最寄り駅で自転車を借りてできるだけ近くまで行った。その時にはもうお昼をまわっていたらしい。それでもそこから歩いて林に入っていかなければならない。事前に野宿の準備もあったので、そのまま廃墟を目指して進んでいった。林には陽も届かず、歩こうにも腰まである草に足を掴まれる。進むべき方には常に木が阻む。悪戦苦闘の末辿り着いたときには、空は赤みを帯びていた」
「なんていうかかなりタフだよね、鳳さん」
なんてことはない感想。けれどこれが事実ならばまさしくそうなのだ。
「林を越えた先に見えた廃墟は古い木造の平屋。屋根も半分朽ちてなくなっている。そこからそれなりに大きな木が顔を出し、枝が穴を塞ぐように覆っている。玄関と思われる戸は外れて倒れている。角の外壁も剥がれているところも多く、中にいるといつ崩れるのかと不安になるだろう。そんな光景を目の当たりにした鳳は、まずその家に誰かいるのかを確認することにした。もしかしたら廃墟ではないということもあるからだ。そもそもこの土地自体誰のものかもわからない。調べられないこともないが、注意されれば素直に出る、これさえ守れば若気の至りで許されるだろうと思っていたようだ。そうして家の玄関らしきところに行き、その家全体に響く程度に声をあげた。まあその心配は空振りだった。何度か呼びかけたが、返事は声の振動に揺れる家の軋みと葉擦れの音だけ」
「街の外れで、葉擦れに心落ち着かせたわけね」
許されるなら栄生さんの鞄からあんぱんを取り出して、その口にねじ込んでおきたい。歯がずれるほどに。
「返事はなかったが、鳳は念のためにポラロイドカメラで外観を撮影することにした。レトロ感を出すためでもあるが、主に位置情報を残さないようにする配慮らしい。さっきの声掛けのときに少し見えた石造の流し台を撮影したいと考えつつも、まずは外を堪能するんだと様々な角度で写真を撮り始めた。廃墟と夕日がよく似合う、そう言いながら嬉々として家の周りをまわっていた。が家の裏に回り込んだとき、不意に鳳の気配が消えた。それ以降誰も鳳には会っていないそうだ」
「えっ、ここで急に終わりなの」
「そうだよ。ここで終わりだよ。一年前の話らしいんだけれど、これ以降従兄弟も大学で見かけないみたいなんだ」
「こんな神隠しエンドなの」
「さあ、神隠しか事件か。栄生さんはどう思うかな」
「えーとね、家の裏に井戸があってそこに落ちた事故エンドとか」
「それもあり得るね。十分に納得できるはずだ」
「んー、なんだかわたしが納得できないのよね」
きっと思考に引っ掛かりがあるからだろう。きっと栄生さんの本能は気付いているんだ。最初から違和感を感じていたんじゃあないかな。
「例えば裏に家の住人がいたとか。それで不法侵入で捕まっちゃったとか。でもそれだと会ったときにびっくりして声出ちゃうよね、いないと思っているんだから。それに警察も来るだろうし。ということは。そっか、でもちょっと待って。これって鳳さん一人で行ったって言っていたよね」
「そうだね、ぼくはそう聞いたんだ」
栄生さんは辿り着いた、この話の怖さに。あとは落ち着くと怖くなってくるはずだ。
「だとしたらおかしいよね。なんだか描写が丁寧というか、時折第三者視点ぽく感じるところがあったの。つまり一人ではなかった。あれは怖い話用の脚色じゃなかった」
「ぼくもそう思うんだ」
「雨崎くんが最後に言ったことって、これ以降、従兄弟も鳳さんを見ていない、だったよね」
「そうだね、それは間違いないよ」
「雨崎くんは犯人自身に犯した事件の話をされていたって可能性があるわけだよね。聞いているときに気付いたんだよね」
ぼくは頷く。そう、これは犯人に聞いた話なのだ。そういう体での話なのだ。実は犯人と対面していたのかもしれないという恐怖。これには栄生さんも畏怖嫌厭、顔面蒼白間違いなし。
「怖っ。人を試すように話す犯人と、わかっていて聞き流す雨崎くん。どっちも理解できなくて怖いんだけど」




