砂時計
「砂時計を初めて見たとき、すごく感動したんだ。逆さにして砂が落ちていくのを見ていると時間が遡っているって思ってさ。下に落ちていた物が上にきてまた落ちるんだよ。同じ時間を繰り返している気分だったんだよね」
自慢げに消しゴム三つでお手玉をしていた栄生さんは、ぼくの言葉をきっかけに手をとめた。ぼくは周り続ける消しゴムを見て思い出したようだ。でもお手玉だと受ける感情は違う。あれは歯車のように同じことを繰り返している。ぼくがお手玉をできないから、そこに自分の意思がないからかもしれないが。
「急にメルヘンチックなことを言い出すね」
「どちらかというとSFだと思うけど」
「いやいや、砂時計だよ。アナログも甚しいよ」
そんな言われかたされるほどなの、砂時計。驚愕しているぼくを見て栄生さんは説明をいれる。
「ほら、今のわたしの言葉はSFを代弁したんだよ。たとえば『この施設はあと30分で爆発する』ってときに大きな30分砂時計をひっくり返すシーンがあったらどう。緊迫感なくなっちゃうよ。デジタルのあの小数点以下の秒数が忙しなくカウントしているのが焦りを生むんだよ。砂時計ならサラサラーだよ。みんな和みながら脱出だよ」
「でも残り2、3粒をスローモーションで映して落ちた瞬間に爆発したら絵にならないかな」
「うん、木造建築なら良いかもね」
「というか栄生さんは砂時計見ていたら和むんだね。それに30分とかもあるってよく知ってるね」
「だって持っているもの」
「何に使うんだい。まさか30分ひたすら眺めて和むとか」
「まさかって何よ。そのまさかってまさかわたしがそんな長い時間じっとしていられるわけがないって言いたいの。そのまさかなの。家にわたししかいないとき極力静かにして砂が流れるのを見て、流れる音を聞いているの。そこに集中しているから他には何もないような気分になれるんだ。まあ現実逃避かな」
「栄生さんでも現実逃避するんだ。現実を見据えて上手に乗りきっていそうだったんだけど」
「わたしは欲深い人間だよ。自分がこうでありたいとか、人にこうであってほしいとかだって思っちゃうよ。でもこの人はこういう人だってわかりたいもんね。人の在り方は人それぞれだから面白いんもの。だからわたしは、できればあるがままを見ることのできる人間でありたいんだ」
「ギャップか。偏見でもあるよね。栄生さんは自分が偏見で人を見ているのを砂時計でリセットしているんだね」
「そうそう。それに時間を決めて集中するのってなんだか良さげな気がするから砂時計になったんだよね。わたし部屋に5分、10分、15分、30分の砂時計があるの。羨ましいでしょう」
「それに3分があれば12分を計ってくださいとかできそうだよね」
「頭の体操だね。……えっ、12分……」
栄生さんは頭を悩ませている。頭の中で計算しないでなにかに書くといいのに思う。悩むことのない問題なのだが。勝手に考えすぎて深みにはまっている。なんだか栄生さんに勝っている気がして楽しくなってきた。ちょっと意地悪をば。わざと面倒そうな駄目な例を出してさらにこんがらがってしまえ。
「もちろん最初に5と3をひっくり返して、3が落ち切ったあとからカウントは駄目だからね」
ぼくはなんて卑怯なんだ。まるで複数使うような前提に持っていこうと誘導するなんて。この状況がたまらなく可笑しい。もう高笑いまでしたくてしょうがない。まさに今の栄生さんは一心不乱。どうか簡単な解答に辿り着きませんように。
「できたー。できたできたよ、雨崎くん。いやぁ、これはなかなかに難問だったわ」
よし、勝った。栄生さんに勝った。今日は栄生さんに勝ち誇ってやる。だからぼくは余裕をもって回答を聞く。
「どうやったらできるのかな、栄生さん。是非ともぼくにご教授願えませんでしょうか」
「いいわよいいわよ。いつもそう謙っていればいいのよ。じゃあ教えてあげる」
今のぼくは下の階からさらに頭を下げることもできるくらい謙っているから、栄生さんも程よく調子づいてきた。この位置がもう少しで逆転するんだよ、栄生さん。そう砂時計の砂は落ち始めているんだ。
「まず最初に3、5、10を落とし始めるの。3が落ち切ったときに10を逆さにする。次に5が落ち切ったときに10をまた逆さにする。これで10は残り9。このときに3ももう一度計り始める。そして3が落ち切ったときに10を逆さにする。これで今までで8分。そして9-3で6これを逆さにしているから4。4+8で12。どうどう、わたしって天才じゃない」
そんな難しい解き方をよく見つけたものだと、ぼくはその点では素直に拍手する。でもここからが逆転劇だ。名探偵の犯人を追い詰めるシーンにも負けない程の緊迫感を漂わせ、数学者の論文ように圧倒的な説得力。その後には金メダリストをも凌駕する感動を表現するガッツポーズ。この流れがぼくには見える。ご照覧あれ、今から始まる終幕を。
ぼくは拍手を止め一息、真剣な眼差しで栄生さんを刺す。栄生さんを緊張で縛りつけた。
「3✖️4」
ぼくは砂時計の最後の一粒を蜂の腰を通す。砂が落ち切るまでのほんのわずかな静寂。最後の砂の重さに耐えきれず栄生さんは崩れ落ちた。この時間は絶対に巻き戻させない。




