文化祭
「雨崎くんは意外と学校行事にも淡々と参加するよね。もっと嫌がっていると思っていたのに」
「あんなのは学校生活を送る上でのノルマだからね。好んでするわけではないけれど嫌々したところで逃げることはできないから」
「休んだりするかなって」
「そんなピンポイントで休んだら先生たちに目をつけられてしまうからね」
「そしてわたしが雨崎くんの目付役に指名されると」
「さすが栄生さん、着眼点が違うね。まさか監視がつくほどとは思わなかったよ」
軽い応酬を済ませてぼくは考える。正直学校行事は苦手だ。特に文化祭だ。ぼくみたいな人間なんてごまんといる。なのに教師は生徒の自主性を重じるあまり何もしない。皆が皆というわけではないがそういう人が目につくのは確かだ。生徒の自主性とはいっても、全ての生徒の自主性ではなく、一部の生徒の自主性だ。だからかな、巻き込まれているだけという感覚があるのだ。まあぼくみたいに積極性のない人間の言い訳だけどね。
「文化祭の準備、栄生さんはわりと楽しそうにしているよね。いつ舌打ちをしているのかな」
「雨崎くん以外の人に対して舌打ちなんてしないよ。光栄に思いなさい。わたしは学校行事好きだよ。クラスメイトの普段見れない面が垣間見れちゃうからね」
ぼくが聞きたいのはそういうことではないのだが。クラスの意見を上手にまとめるために話を聞いてまわっていたことを知っている。話しやすいようにいつも笑顔で聞いていた。愚痴も言われていたんじゃないかな。こういうときにリーダーシップをとりたがる人を立てつつ、穏やかに目立たない人の意見を正論過ぎず余白のある説明をつけて意見を伝える。栄生さんは本当に化け物なのだ。化け物だと濁点がつくからイメージが悪いな。そう、栄生さんは物の怪なのだ。うん、響きが優しくなった。まあ側から見ていると本当に気配りの仕方が同じ年だと思えなかった。クラスメイトのぼくは当事者であるはずだが。
「そういえば栄生さんはぼくに話を聞きにこなかったよね」
「だって雨崎くん無関心だったでしょう」
「いや、そうだけど他にも同じく無関心の人いたよね」
「雨崎くん、他の人は何かしら思うところがあるんだよ。無関心なのは雨崎くんだけだよ」
「えっと、みんな意外と熱を持っているんだね」
「それはそうよ。年に一回学校で羽目を外していい非日常なんだから。特別なんだよ。華氏かと思ったら摂氏だったよってくらい体温あがっちゃうよ」
「みんな体温百度くらいあることになるんだけど。というか摂氏と華氏は氏族なのかな」
「あれ、知らなかったの雨崎くん。氏族じゃないけれど名前だからね、氏は敬称だよ。セルシウスさんを中国語で書いて、頭文字の摂を使っているの、華氏はファーレンハイトさん」
「だからCとFなのか。ということは摂氏10℃と書いたら駄目なのか」
「駄目というか温度よりセルシウスさんを強調しているんじゃないかな。『松島やああ松島や松島や』みたいな感じで、『セルシウス十度になってもセルシウス』みたいな感じだよ」
腹が立つ。意味がわからないのに言いたいことが伝わってしまった自分になにより腹が立つ。腑に落ちるようで納得できないというこのもどかしさ。褒め言葉も貶し言葉も思いつかない。言葉にできないって語彙云々より感情が定まってないからなんだと気づいた、こんなどうでもいい会話で。松島やを詠んだ人もこういう感情だったのだろうか。
「まあ摂氏と華氏についてはわかったよ。みんなの熱量、ぼくが思う以上にあるものなんだ」
「熱はうつっちゃうからね。最初は雨崎くんみたいでも動き始めると楽しくなっちゃうんだよ」
「なんということだ。ぼくと同じだと言っていた奴らは裏切ったのか。流されるままに生きている同士だと思ったのに」
「流されるからやる気になっちゃうんじゃないの。雨崎くんはどうしてそこは流されないのか不思議なんだけど」
言われるがまま指示された通りにする、それがぼくの行動だ。ぼくはそれでいいと思うし、建前として周りの人のやる気を削ぐ言葉は使っていない。おっと、ぼくもなかなかに気配りのできる人間ではないか。九割は、そうだね、で対応していけるのだが。
「初志貫徹だね。いやはや硬派なぼくに相応しい言葉だ」
「その割にはわたしがみんなに話しかけているのは知っているよね。どうしてかな」
やられた。隙があった。今の状態はこうだ。ぼくは文化祭に無関心である。しかしその文化祭に関係のある行動をしている他者、栄生さんが尽力していることを知っている。つまり矛盾していることに他ならない。文化祭に関心がなければ栄生さんの行動を無視しているはずだ。友達だから?だったら手伝えとなる。いや、ぼくが手伝うことはないという考えもできる。乗り切れるか。
「ほら、栄生さんがいるほうがスムーズにことが運ぶと思うんだ。つまり栄生さんがいなくなることで、ぼくがしなくてもいいことをしなくてはいけなくなるかもしれない。えーっと、だから、そうそう、栄生さんの無事がぼくの平穏なんだよ」
「雨崎くん、誤魔化しきれていないよ。一言でそれを言うとなーんだ」
「心配」
「素直でよろしい。それとね、ありがとう雨崎くん。もし困ったときは助けてね」
「うん、そのときは頑張ろうと思うよ」




