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めっ

「雨崎くんは小さい頃叱られたときに、『めっ』って言われていた?」

 いつもの流れだ。唐突に意味不明な質問。何気ない返答から始まる不可解な説法。ぼくはこの『いつも通り』を止める。しかし反発するのではない。ぼくが流れを作るのだ。何気ない返答ではなく栄生さんの意図を超えた返答を、意図を超えた勢いで答えるのだ。

「あるある。物心ついた頃だと・・・」

「内容は大丈夫。やっぱりあるんだね。」

 倒れただけで悪夢を切った鬼丸国綱のごとくばっさり。かなりの切れ味だ。面白い話を切り出そうとしていたのに。確実に流れを引き寄せる話題だったのに。

「雨崎くんは『めっ』てなんだと思う?」

「駄目のめなんじゃないかな」

「わたしもそう思っていたけど最近わたしの頭のなかで別の案が浮上を始めたの。そう、巻層雲を越えるくらい」

「13キロメートルより上まで行ってしまいましたか」

 成層圏には雲はできないだったかな。いったいどこまで浮上したのか。是非宇宙まで上がろうとして燃え尽きてもらいたいものだ。そしてそのような案が二度と湧き出ることのないように海の底まで沈んでもらいたい。きっとそう思える話だ。

「むかーしむかし、ある寺があったそうな。そのお寺の和尚さんはたいそう人徳のある方で、信心深い人が自然とお寺の周りに集まり大きな村へと変わっていきました」

 なんか始まった。昔話が始まった。これは止めたい。しかし先ほどの切れ味を確認したのだ。次は試し切りではすまない。大人しく聞きに徹するとしよう。頷け、ぼく。

「この村ではみんなが、なんか禅をして木の棒でペシーンってされるやつを月に一度するようになっていました」

 急に雑になった。警策のことだね。頷け、ぼく。

「もちろん子供達も一緒に禅をしていたのです。ここの和尚さんはペシーンってするときに『滅』と言っていたんだよ。あるとき子供が聞いたのです、『滅』ってどういう意味なのか。もちろん和尚さんは答えます。悪いことを考えているとき、その気持ちを消してあげるときに使う言葉だと。そうすることで気持ちが静かになって落ち着けるのだと」

 話の落ちはわかったけど、ペシーン以来栄生さんの語尾が安定してないことが一番気になる。最初の昔話風な語りはどうなった。それでもだ。頷け、ぼく。

「それ以来その子は弟がいたずらしたりしたときに滅と言ってあげたのです。けれど子供なので『つ』の発音が上手くできなかったから『めっ』になっちゃたのです。それを聞いていた大人たちは子供にはそう言ったほうがわかりやすいのだと思い、子供を叱るときには『めっ』を使うようになったとさ」

 拍手喝采。よく耐えたぼくに拍手喝采。スタンディングオベーションまで巻き起こしているよ。ぼくの心を称賛せよ。ぼくの精神に屈服せよ。今ぼくは巻層雲より高いところにいるのだから。

「なーんで雨崎くんが悦に入っているのかな。ここはわたしを称賛すべきところだと思うのだけれど。早くわたしに屈服するの。このわたしのそれはそれはありがたーい話を聴かせてあげたのだから」

 この人は何をおっしゃっているのだろうか。高校生ごときに賞賛やら屈服やら。そんなことぼくがされたら恐れ多くて物怖じしてしまいそうだ。

「いやいや、栄生さんの高尚な話が身に沁みて心にしっかりと刻み込んでいたんだよ。御高説、痛み入ります。」

「いやいや、あの顔は自画自賛の表情だね。雨崎くんはクールぶっていてもしっかりと表情に出ているんだよ。あれは絶対に称賛せよとか屈服せよとか思っていたの。それは間違いないの」

「ぼく心読まれすぎじゃあないか」

「あっ、本当にそうなんだ。鎌も掛けてみるものだねぇ。でもなんで雨崎くんを称賛しないといけないのかな。されるべきはわたしであって雨崎くんではないと思うのだけれど」

 こうなっては致し方ない。いや、もう耐えなくていいのだ。素直に話すことでぼくは耐えて誤魔化すことから逃れられるんだ。はっきりと栄生さんに伝えようではないか。

「栄生さん、最初は昔語風に話始めたけれど途中から完全に栄生さん風に変わっていっていたのがなんとなく、そこはかとなく面白くて。話の腰を折っては駄目だと我慢していたんだよ。それに耐え切ったのでついつい己を称賛してしまって」

「めっ。もっと無心で話を聞いてください。このわたくしのありがたい説法をそんな煩悩まみれの思考で聴いていたなんて。そんな煩悩を捨て去るのです」

 幼少期以来の叱られ方。意味は違うけど。むしろ滅すべきは栄生さんなのでは。

「ところで雨崎くん、最初話そうとしていた、物心ついた頃のお話はどんなのなの」

「ああ、あれね。話を切られたやつね。ぼくは幼い頃に親の目の前でカマキリの卵を食べたって」

栄生さんは全力で逃げ出した。

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