喧嘩
「ねぇねぇ、もしわたしたちが喧嘩したらどうなるかな」
ぼくの全面降伏だと思います。どんな怖い話よりも怖い振りなのですが。第一栄生さんが怒るようなことになるなら、多分ぼくが何かをしてしまっていると思われる。それは想像に難くない。本当に栄生さんが怒っているなら、さすがのぼくでも素直に謝るよ。よってぼくが白旗あげて終了という流れになるであろう。
しかし、今はもしもの話だ。まずぼくに非がない仮定をすればぼくは栄生さんに勝てるのでは。というか一方的な状況になる想定は栄生さんが納得しないだろう。両者に正当な主張があるべきだろう。というか状況を考えるのが難しいのだが。
「まずどういう理由で喧嘩をしているのかを考えてみよう。一つ伝えておくとぼくは執着するものがない気がするんだ」
「すごく考えるのが難しくなることを軽く言ってくれるんだね。うーん、性善説と性悪説どっち?」
「どっちもある派だね。欲に負けるのも人を憐れむことも普通だと思うし、結局その二つは結論は一緒だしね。栄生さんは」
「わたしもそう思っていたんだけど雨崎くんを見ていたら性悪説の人もいるんだなぁって」
「どの角度から見ても慈しみ溢れるぼくが性悪説の権化だと」
「慈愛に溢れているのはわたし。真似しないでよ。雨崎くんって憐れみが弱いよね。憐れみを知識だけでやっているっていうのかな。想像力で補っているんだろうなって思うところがあって、軽くサイコパスに足を踏み入れているんじゃないかな。だから性善説の部分が薄い人もいるんだって」
いやいやてんで普通のぼくになんてことを、なんてことは言えない。今までに何度も似たようなことを言われてきているので否定はできない。そう思われるならそうなのかなとは思うが、どうしてかと聞くと皆あやふやな答えが返ってくる。では栄生さんならば。
「どういうところでそう思ったのかな」
「そうだね。例えばね、結構なスピードを出していた自転車で転んでかなり大きな擦り傷を負った子がいました。どう声をかけるかな」
「大丈夫ですか、骨は折れていませんか、かな」
「そう、雨崎くんは大袈裟なの。まずは痛くないかどうか、それから歩けるかどうか、歩くとなんだか変な痛みがするようなら骨折かどうかっていう順番だと思うの。ちょっと気にするところがずれていたり大袈裟だったり、不思議だなって思うところが雨崎くんに対してすこーしあるの。共感性がないというと語弊を招くかもだけど、感覚感性のずれを知識で補おうとして大袈裟になっちゃうのかなって。これはわたしの考えだけだから正しいかどうかはわからないけどね。もしかしたら経験からそうなっているのかもしれないしね」
「いやいや、でも擦り傷があるわけだ。血も出ているということだ。まず痛かろうよ。ならばそこは省いてもいいんじゃあないかな」
「そここそ雨崎くんが補おうとしているところなんだよ。頭の回転が早くて想像力もあるから、間が少なくて尚更違和感になっちゃうんだよね。一般的に擦り傷を見ると痛そう、痛いのはは嫌だな、痛くないといいなっていう気持ちがあるから、痛くないかの確認をしちゃうの」
そういうことか。具体的に言われるとわかりやすかった。理解はできた、納得はどうだろうかはわからない。けれどこうなった理由ならわからないことはない。捻くれ者、変わり者、幼い頃から共に暮らしてきた言葉だ。ぼく自身自覚は一切無い。だからどこをどう正せばいいかなんて判りようがない。
小学四年生の頃からだったか、周りの人を観察して模倣を始める。どういうときにどういう言葉を当てはめるのか。パズルのようなものだ。本を読み始めたのもその頃からだったかな。有名な本は皆が憧れなどを抱くものだと思い、まさしく手本だったのだ。これもパズルのピースとなる。あとはパズルに倣って反復練習だった。
そこまでしてもぼくの変わり者の称号は剥奪されない。返還なり変換なりしてほしかったのだが。中学二年生の頃からは穴埋め問題すら面倒になっていた。人との会話を最小限にしていくことにしていくことにした。こうすることで、あの言葉はなくなることはなかったけれど薄くしていくことはできた。高揚したときなどはつい地が出ることもあったけれど。
捻くれ者、変わり者という言葉を向けられることを虐められたと思うことはない。ぼくに言葉を向ける人に悪意がないことは明らかでそれは素直に受け止められている。ただ少しだけ、ほんの少しだけの疎外を感じてしまう。これは仕方がないことだ。ぼくは普通を上手く演じていると思っている、だからぼくの思う普通が普通でないことにもどかしく感じてしまうからだ。ただそれだけ。
「でもすごいよね。どうしてそこを補おうと思ったのかな」
「変わり者やら捻くれ者やら言われるのがなんだか嫌で、そうならないように普通の人の模倣をしてきただけだよ」
「それでもずれがあったんだね。それが今の雨崎くんを作っているわけなんだ」
「少し軽蔑したかな」
「何を言ってるの。随分前から雨崎くんは倫理観ないとか罵っていたわたしだよ。今更だよ。とっくに知っていることの理由がわかってすっきりだよ」
「そうでした」
「でもいいね、今の『軽蔑したかな』」
「模倣を、真似をするのはやめてください」
「ちょっと悄気たトーン、ちょっとショックを受けた表情、いやぁ耳福眼福」
「虐めですか虐めだよね、これは絶対」
「わたしが雨崎くんを虐めないとき、ないよ」
「虐待だ虐待だ」
「そう、雨崎くんは虐めを待っているの。虐待を歓待しているんだよ。自分の本音がわかってよかったね」
「そうじゃあないんだよ」
「嫌よ嫌よも?」
「好きのうち」
「せいかーい、言葉も心も。雨崎くんわたしに対しては捻くれたところとかあまり隠そうとしないよね。それって本音とか感情を剥き出しにできているんじゃないかなって思うの。喧嘩って感情のぶつけ合いみたいなものでしょう。だからわたしと話しているときは喧嘩みたいなものだと思うの。で」
栄生さんは少し間をとり言葉を続ける。
「つまりね、喧嘩するほど?」
やられた。まったくぼくなんかじゃあ栄生さんには勝てない。ぼくじゃあ栄生さんを模倣できないだろう。負けを認めよう。照れてしまうけれど。
「仲が良い」




