恋の話
「私たちも幾多の苦難を超えて成長をし少年少女を終え、今となっては青年聖女に」
「はいストップ。誰が聖女だと。聖女の言葉の意味をご存知ないのですか。栄生さんが聖女?笑止。悪辣という言葉こそが栄生さんには相応しい」
「折角の話の前振りを止めてわたしを蔑めるのはやめてもらえるかな。聖女はわたしにこそ相応しいの。このわたしの全身から溢れ出る慈愛を見てごらん」
「栄生さん以外の人間に慈愛は見えないのだよ。つまりそれは栄生さんの幻覚なんだ。見えると思い込んでいるだけなんだ」
「目に見えるものだけが見えるものではないんだよ、雨崎くん。心で見るの」
「おっと栄生さん、ぼくの心は曇っているんだ。どれだけ心の目を見開いても肋骨すら見えないよ」
「雨崎くんがまさか心は心臓にあると思っている派だったなんてね。意外だね。絶対脳派だと思っていたよ」
「そういう栄生さんはどこ派閥なのかな」
「わたし、心は体のいたるところにある派なの。さっき溢れ出る慈愛って言ったじゃない」
あれって比喩じゃなくて本当に溢れ出ている設定だったんだ。慈愛を見るっていうことは心で心を見るってことになるのか。以心伝心ってこういうことだったのか。
「まあ栄生さんの溢れ出すぎて枯れそうな慈愛はいいとして何を話そうとしていたのかな」
「そうそう、私たちもめでたく思春期を迎えているわけなのよ。ときにはちゃんと年相応の話をしてみないといけないんじゃないかな。だから今巷を賑わせている恋愛について話をしてみたらいいんじゃないかな。あと枯れていないよ」
慈愛の件、そんなに意固地になるところなんだ。
「恋愛といっても聞く分には楽しいけれど話すことがないんだよ」
「そんなことわたしだってそうよ。だからね、まず理想について考えてみようよ」
絶対話が座礁する。もう舵取りが海に行く気ないんだから。理想についてってもう本音出ちゃってるもん。
「じゃあまず雨崎くん、理想の相手ってあるかな」
「ぼくからなんだ。人の話とか聞くときに考えてみたりもするけれど特にないんだよね」
「ないの、本当にないの?ほら、毛穴の大きさが整っているとか」
「毛穴をじっくり見るのって失礼この上ないよね」
「いや、ほら、毛穴フェチって言ったら許してもらえるかもしれないじゃない」
「気持ち悪いと思われるだけだよ。まったく。栄生さんはどうなの」
「毛穴には自信あります」
「違うよ。理想だよ。毛穴に自信ってどういう自信があるかわからないよ」
「わたしはねぇ、ほら、あれだよ、あの・・・昼に友達と話してたときなんて言ったかな」
自分の理想を忘れてしまう人は初めてかな。話を合わせるために適当なことを言っているなこの人。なんでこんななのに恋愛話をしようとしているんだ。本当に流れで話を始めたんだろう。
「理想って難しいよね。何を言っても曖昧だなって思っちゃうの。なんかこう、明確な理想ってないのかな」
「そうだね、まず別の理想について考えてみよう。栄生さんは理想の自分はあるかな」
「もちろんあるよ」
「それはどんな人かな」
「慈愛に満ちた人、マザーテレサみたいな」
本当に聖女目指していたんだ。それで意固地になっていた、のかもしれない。
「そうそれだよ、明確な人物像。ほらみんな普通に話していないかな。著名人みたいなとか」
「でもあれって理想っていうより憧れじゃない。叶わないって思いながら言っているの。理想で優しい人とか格好いい人とかあるけれどそれらを満たした人を好きになるのかっていったらなんだか違う気がしない?より良い条件を満たした人がいれば次はそっちの人を好きになるってことになっちゃうし。なんていうか相手を見ていないよね、それって」
「栄生さんはあれだね、言霊に弱いというか言霊が強いというか。思い込みは力になるけどそれに縛られちゃったら意味ないからね。みんな理想って言っても憧れでしかないよ。夢物語寝物語、高揚しているというか不思議なテンションでみんな話をしているんだよ。多分誰か付き合っている人がいて幸せのお裾分けとでも言うのかな、そのテンションが感染しているんだよ。それで浮ついたことばかり言うようになるんだ。それでそのテンションの依存症になった人が恋に恋する状態になるんじゃないかな。ぼくが聞く理想の8割は、生まれ変わったら何になりたいってハイテンションで話しているようなものだよ」
栄生さんの顔が少し膨らんできた。今回は拗ねるようなこと言ってないよね。言い切ったら聞いてみようと思います。
「だから栄生さんほどじゃあないけど理想なんてすぐに変わるよ。だからそんな真面目に考えなくていいんだよ。でも本当に理想と思っている人もいるだろうけど。まあニュアンスとか落ち着いて聞いていたらわかるんじゃあないかな。それで栄生さんはなにか言いたいことがあるのかな」
「雨崎くんがわたしより恋愛について考えていることが許せないです」
思わぬ角度からの攻撃。まさかのぼくの思春期否定発言。
「いやいや栄生さん、今ぼくたちが話した内容は恋愛についてじゃあないよ。恋愛話についてだよ。より冷めた態度で話を聞いているからこそ落ち着いて考えることができるんだよ。興味がないわけではないけれど、人の話を自分に置き換えるのが苦手なんだ。イメージが湧かないというか」
「雨崎くんらしいね」
先程とは打って変わって笑顔である。理解してもらえてよかった。
「じゃあ雨崎くんは付き合うとかじゃあなくて、どんな人と一緒にいるのが楽とかあるかな」
「今では親にも気を使うぼくに対してそんなことを聞くのは間違いだよ、栄生さん」
ケラケラ笑う栄生さん。最初から答えを求めてはいなかったようだ。まあぼくだし。
「それじゃあそれじゃあ、わたしってどんな人かな」
「栄生さん」
「そうじゃなくって、ほら可愛いとか優しいとかあるでしょう」
「疾風怒濤の栄生さん」




