怖い話5
「雨崎くん、今はもう夏だよ」
「そうだね、ただひたすらに暑いだけの日々だね」
「そう、暑いときはどうするのがいいかな、わかっているよね」
もう嫌な予感しかしない。この流れで涼しいところに行くという案は出ない。わかっている自分が腹立たしい。栄生さんの言いたいことも、その後結局栄生さんに流されてしまうことも。わかってしまう。ついに予知能力もできてしまうようになったと錯覚さえしてしまう。これぞ栄生イリュージョン。もうここは錯覚してしまい流れに身を任すべきか。否、それでは栄生さんのためにもならない。栄生さんが失敗するところまでわかっているのだから。今日はうまく栄生さんを乗りこなしてみせる。そうと決まれば。
「やっぱり涼をとるなら怖い話が一番だね」
「でしょでしょ。そういうわけで各々考えようよ」
「ちょっと待って栄生さん。以前の失敗を忘れたわけではないよね。栄生さんはアンシャーリーとハートフルしか話してないんだよ。涼しくなれていないよね」
「今日はきっと大丈夫。リベンジリベンジ。復讐復讐」
「ぼくそんな悪いことしてないよね。それに二回やって学習していない人が復習なんてできないでしょうに」
使い方間違えていないのに日本語にすると恐ろしいことになるものだ。和製英語侮りがたし。
「本当今回はしっかりとするから。怖い話をしたいの。リトライリトライ」
前回はする気がなかったということか。そして言い換えた。正しい意味に言い換えた。こっちも普通に使う和製英語だよね。どうしてリベンジに再挑戦の意味がついちゃったのだろう。
「栄生さんは怖い話をする前にお化け屋敷とか肝試しをしたほうがいいんじゃないかな。きっとそこで恐怖という感情を学ぶことができると思うんだ」
「怖い体験なんていっぱいあるよ。ちゃんと恐怖しているよ。まったく、なんてことをおっしゃるのかしら雨崎くんは。それにお化け屋敷も行ったことあるよ。でもね、あんまり新鮮さがないというか。雨崎くんがお化け屋敷をしたらどうなるかな」
「そうだね、お化け屋敷の入り口のドアを開けたら誰かか何かがそこにいるというのはどうだろう。さあ今からお化け屋敷だっていう心の準備をする直前を狙うんだ」
「それはなんだか違う気がするけれど新鮮ではあるかな」
まあぼくもお化け屋敷なんて一回しか行ったことないのだけれど。しかも結構小さい頃の記憶だが。最近のお化け屋敷って怖いのかな。
「じゃあ雨崎くん、今からわたしがとっておきの怖い話をするね。今夜は怖くて眠れなくなっちゃいなよ」
はいきた。もう前振りで今回も失敗だと確信した。栄生さんが傷つく前に早めに止めることが最善だ。できるだけ早い段階で止める、最善で最前を目指せ。これはすべて栄生さんの尊厳を保つためなのだ。
「それは楽しそうだ。そうだ栄生さん、今回の話に題名をつけるなら何かな」
「そうだねぇ、丑三つ時、かな」
ここで考えられる可能性を潰せ。少しでも早くにこの話を終わらせるために。
「もしかしてうなぎの話だったりして」
「・・・」
当たっちゃった。どうしよう。沈黙も真なり、栄生さんはしんなり。どうしよう。そんなに面白くない考えが浮かんできた。今ぼくがするべきことはなんなのだ。ナンだ。もうぼくが駄目になっていく。これを全部声に出していたらぼくの尊厳こそ失われていた。危ない危ない。こんなことを考えて踏み止まることで落ち着いてきた。
「えっとね、栄生さんはどんな話をしようとしていたのかな」
しまった。迷子になっている子に話しかけるように言ってしまった。どうしてぼくは彼女をあやそうとしているのか。落ち着けていないではないかぼくは。
「一杯のかけそばのお話のうなぎ版」
はいすっごく聞きたい。お金持っているよね。うなぎ安くないよね。どんな状況なのか。話を止めてまさかぼくが後悔することになるとは。でも聞きたい。聞くしかない。
「ごめん栄生さん、要点だけでいいので聞かせてください」
「簡単に話すね。世間は土用の丑の日一色、ある観光バスが事故で横転しちゃったの。でも這う這うの体でバスを抜け出した観光客三十人がポケットの小銭を集めてうなぎ屋でうな重三杯頼むお話」
言いたいことが山ほどあるんですけど。丑の日一色って何。クリスマスみたいにイルミネーションでもあるのか。それにバス事故の直後にうなぎ屋に行く理由。救急車なり警察なり来てるでしょうよ。それから逃げているのか。事情聴取はいいのか。あと三十人でうなぎ屋に入ったら邪魔で仕方ないんだが。持ち帰りだよね、きっと。そしてなにより。
「これってどう足掻いても怖い話じゃないよね」
「・・・。血まみれの客が来たら店員は怖いよ、きっと」
考える時間、あったよね。再びしんなり栄生さん。今回は自業自得、因果応報だ。
「もうわたしはいいから雨崎くん、怖い話して」
「はいはい、わかりました」
「あ、題名はなにかな、なにかな」
リベンジをここでする気だな。残念ながら分かりにくくするに決まっている。栄生さん、二番煎じは通じないんだよ。
「あえて言うならば、言葉、かな」
栄生さんは無言だ。考えているようだ。そんな暇を与えるわけがなかろうよ。ぼくは続けて話す。
「昔、あるところに両手がなく話すことのできない男がいた。彼は自分の意思をどうにかしてみんなに伝えたいと思い様々な方法を試みたが、どうにも上手くいかない。そんな彼のもとに絶対音感を持った女性が訪ねてきた。彼女は言う、あなたが試したなかで音の出る方法をしてみてほしいと。彼は彼女の目の前で言葉を話すようにまばたきをした。彼のしてきた努力により瞼がぶつかるときに音を出せるようになっていたのだ。数日後、彼女は彼のまばたきで発する音に文字をあてて周りの人に教えてあげたそうだ。これが、目は口ほどにものを言うの語源になったかもしれない」
「怖さが変な方向にいっちゃった」




