継母
「雨崎くんは字を見るまで勘違いしていた言葉ってあるかな」
はい来ました。これはもう新種の病気なんじゃないのかなと心配になってくる。精神科か。しかし新種ならばしっかりとした病院に行かせるべきか。なんなら被験体として栄生さんを売るという術もあるか。しかし今のままではぼくの収入にならない。ならばご両親に挨拶に伺わねば。娘さんの体をぼくにください。最低だな、ぼく。もういろんな意味で最低だな、ぼく。
「忙しそうに表情変えているけどどうしたの」
言い訳、言い訳、言い訳。
「ごめん、ちょっと人身売買について考えていたんだ。我が子のために臓器移植をしたい、そのために行われる人身売買。親は周りに避難されようとも我が子に生きていてほしいものだ。そんな親の気持ちを、愛を、本能を倫理観という後付けされた人間性で縛って良いものかと」
「倫理観のない雨崎くんがそんな考えをするはずないのでダウトだね」
すぐにバレた。嘘をつくときに事実を織り交ぜるとバレないというのは間違いだということか。考えを改めねば。
「まあそれは置いておいて栄生さんの話に戻そう。字を見るまでとはどういうことかな」
「置いておくだけだからね。雨崎くんは台風一過を勘違いしたことないかな」
「ああ、ぼくはないけどファミリーと思っている人がいたね。話が噛み合わないことあったね」
「それそれ。字を見ればわかるけれど聞いただけだと勘違いしちゃうやつ。ないかな、ないかな」
「それなら、乳飲子なんてまさしくそうだね」
「吸血鬼と勘違いしていたのかな」
「そうだよ。子供の吸血鬼なのかなって思っていたよ。それと、佳境に差し掛かる、かな」
「中国人殺人未遂事件じゃあないよね」
「さすが栄生さん、犯罪に詳しい」
「そんな事件知らないよ。フィクションだよ」
「あとは先祖代々もかな」
「雨崎一族は夕焼け色なんだねぇ。風流だねぇ」
「お見事だね栄生さん。さすがの博識ぶりに頭が下がる」
「お世辞はありがたく受け取るけれど博識関係ないよね。華僑に刺しかかるとか絶対間違えたことないでしょう」
「いやいや、まだイントネーションもわからない頃だったから」
「雨崎くんは一昔前の音声読み上げソフトだったのかな」
「今日の栄生さんの頭の冴えは際立っているね。いやあぼくなんかじゃあ足元にも及ばないよ。もうモグラのように地面に穴を掘って暮らしていかないといけないかもしれない。いやだめだ、モグラは哺乳類だ。栄生さんと同じ哺乳類でいられるなんて烏滸がましい。そう蟻だ。哺乳類に比べて虫が劣るというわけではない。ただぼくが蟻ほど矮小で考えも稚拙なのだ」
「雨崎くんが卑下するときって大体なにか企んでいるよね」
「托卵だなんてそんなことありませんよ。ぼくは羽もない働き蟻なのです。カッコウのように格好よくありませんし、むしろカッコウの格好の餌食なのだと自負しております」
「別にカッコウは蟻を好んで食べないよ」
「いえいえ、そんなわけではございません。あんなカッコウの滑降するかのような下降を見るにわたくしでは避けることもできないと言いたいだけなのです」
「さっきのはぐらかしたことは忘れていないよ」
駄目でした。沈黙しかありません。ぼくに言えることなど何もありません。もうどのようにして栄生さんの怒りを鎮めるかを考えよう。
「そうそう、さっき雨崎くんが言った托卵で思い出したんだけど継母の語源知っているかな」
「ああ、間間か成り行きの意味の儘か乳母をままって言っていたの三択だよね。それに意味をわかりやすく継の字を当てたと」
「え、あるの」
絶対くだらないこと考えていたな。これは是が非とも傾聴したい。また意味のわからないストーリーが織りなされるのは必然。聞く姿勢をとれ。
「これは是非とも栄生さんの知る語源を聞きたいな。今まで三択だと思っていたものが四択になるのだから。選択肢は多いほど照らし合わせる楽しみも増えるんだから」
やや前のめりになり話を聞く姿勢になる。楽しみを言葉と態度で示した。さあさあ。
「仕方ないなぁ。これはわたしだけの秘め事として話す気はなかったんだけど雨崎くんにだけは教えてあげよう」
語源があると知るまでは絶対話す気だったよね。そのための振りだったよね。まあそれも栄生さんだからね。今から始まるよ、栄生オンステージ。
「江戸時代、出島にオランダ人がいたことは知っているよね。そこにオランダ人の親子の貿易商がいたの。本当は子供を連れてきては駄目だけどその子はもう青年で一人前の貿易商として扱われているので一緒に来ることが出来たの。父親は妻を、つまり青年の母親を早くに亡くしてもう長いこと二人で暮らしていたんだよ。出島に来たオランダ人には遊女を現地妻として充てがっていたの。父親はそれをしてもらってついた女性がすごく気のいい人でね、青年も父親のところに遊びにきた時は三人で仲良く過ごしていたんだ」
本当楽しそうに話すものだ。ぼくの聞きたい素振りも役に立つ。まだまだこのまま栄生さんの有益な話を聞くとしよう。
「でもね、悲しいことに時間は進むことしかできない。貿易商たちがオランダに帰る時が来たの。当時は現地妻を連れて帰ることは禁止されていてね、もちろんお別れの時。青年は今まで遊女を名前で呼んでいたのだけれど最後の挨拶はオランダ語でこう言ったの。ママ、ダハ。日本語にしたらお母さん、さようなら。最初で最後のお母さん呼びだね。青年は少ない母の記憶と同じ感覚をこの遊女に与えてもらえたのかな。血が繋がっていなくても母親になれることを証明したんだよ。これを聞いていた周りの人にその遊女の人は敬意をもって、聞き間違いだとしても、ママハハって呼ばれるようになりました」
「うん、栄生さんらしい良い話だね。しかしダハとハハは聞き間違いしにくいんじゃあないかな。うん、これはぼくの意見だけれどね」
「ソーイングマシンのマシンだけをとってミシンにしちゃう日本人だよ。大事なソーイングを聞き取れない日本人だよ。そんな聞き間違いあってもおかしくないんじゃないかな」
まああってもおかしくはないか。というか現地妻のこととか調べている手間より継母の語源調べる方が楽だったろうに。
「そうそう、雨崎くん雨崎くん。大事なこと忘れていないよね」
「はい、覚えてる。栄生さん、突然、謎かけ、新種の病気」
最後の悪足掻き。カタコト。
「でも雨崎くん、あれ嬉しそうにしてくれるじゃない」




