催し物
「雨崎くんって物産展とか行ったりするはずないよね」
おっと、思いがけない軌道で矢が飛んできた。真っ直ぐかと思っていたが変化をつけられた。最初はがっちり掴んでやろうかと思ったけれどこうもされちゃうとね、したくなっちゃうよね、反論。そのためにぼくはどこまで自分を偽れるのか。今まで築きあげたアイデンティティの崩壊を許すことができるか。できるかできないかではない。やるんだ、今ここで。ここでやらなきゃ男が廃る、男もすなる土佐日記。なんだか語呂が良い。いやいや、こんなところでドーパミン分泌している場合ではない。言いたいだけのことで満足している時と場合ではないのだ。しっかりと順を追って、その間に考えながら反論をしていくのだ。思考は常に突発性。
「いやいや栄生さん、ぼくが人混みを苦手にしているからと言っても決してイベントを嫌悪しているわけではないよ。それにぼくは食通だと自負しているつもりなんだ」
栄生さんは怪訝そうに、ダウトっと呟いた。聞こえなーい。
「食は健康の源であると父に言われ、食は心の栄養だと母に言われて育ってきた。それに食あるところに雨崎あり、こんな風説もあり最早それが家訓とまでなっているほどだよ」
もはやは否定的なときに使う言葉だよ、そう言う栄生さんの声がぼくの耳に届いたかどうかそれは定かではない。聞こえなーい。
「そんなぼくが日本各地の特産品が集まる物産展に参加してないと言う。なんと見識の狭いことか。ああ怖しい。無知とはこれほどの誤解を生むのか。無知であることを知らないままでいることがこれほど滑稽だとは。無知は罪なりとはよく言ったものだ」
悪法の元で毒を呷ってしまえ、恨み節が聞こえてくる。あっそろそろ危険だとぼくの本能が叫んでいる。
「・・・」
「もう言い切ったの、雨崎くん」
「はい」
「それはそれはさぞ満足したでしょう。けどね、結論は出ていないよね。わたしの質問に対する答えはないよね。あんな長話をしておいて二、三語で答えることの出来ることが出来ていないよね。ソクラテスも雨崎くんの御両親もいい迷惑だよね」
「皆様ごめんなさい。栄生さんごめんなさい。行きません」
「そうでしょうそうでしょうよ。だって雨崎くんだもん。行かないでしょうよ。話の腰というか脊椎を折られた気分よ。中枢を抜き取られた気分よ。今から頑張って話を思い出すからね」
余計なことをさせてしまったようだ。しかしソクラテスに倣った恨み節は個人的に気に入っている。内容は酷いけど的確な気がする。さすがは栄生さんだ。
「そうそう、雨崎くんってどんなイベントなら行ったりするの」
「そうだね。ぼくが興味のありそうなことだから、特にないんじゃないかな」
昔を思い出す。なにか心に残っているイベントはあるか。親に連れられて行っていた時期はあった。物産展、ショー、遊戯、あとなにかあったかな。本気でないぞ。なんとなくは覚えているけれど、楽しかったとか行って良かったと思えるものがない。なんて感動のない子供なんだ。親としても子供には楽しそうにしてほしかっただろうなぁ。可愛くない子供だったんだろうな。
「本当にないんだね、雨崎くん」
思ったより長く考えていたようだ。答えの出ないぼくに対して、考えることを止めていいと言うように彼女は言った。勝手にぼくがそう感じただけかもしれないけれど。ぼくはそれに甘えよう。
「栄生さんはあるかな」
「あるよあるよ。小学3年生の頃かな、地元のいろんな職人の方たちが催事場に集まって即売会していた時があったの。そこに靴職人の人がいてメダリオンって言ったかな、つま先とかに空いているデザインの穴を空けていたの。それをずーっと見ていたら、職人さんが余った革に花一輪をデザインしたメダリオンを空けてそれを貰ったのよ」
さっきの気遣いはぼくの勘違いだ。栄生さんが話したかっただけだ。自分のなかの良い思い出をぼくに語りたかっただけだ。栄生善人説、そんなものはありえない。善人が毒を呷れなんて言わない。よし、納得。
「そんなこともあったから結構行ったりするのが好きなんだよ。雨崎くんも行ってみたら。思いがけない出会いがあるかもしれないよ」
「それも良いかもしれないね。まだ興味をひくものを見たことがないだけで、これからもないなんてわからないからね。親がよく行くから何があるかは把握しているけど、行ってみないとわからないこともあるよね」
「そうそう、百聞は一見に如かずかな」
「ちょっと違うような。全豹一斑、井の中の蛙、ぼくこそ自分が無知であることを知るべきだったね」
行ってないのに興味がないなんて言うのは傲慢すぎる。これはきっと栄生さんの自論なのだろう。興味がないから行かない、そんなぼくは一喝されている気分だ。少しくらい人混みに紛れてもいいのかもしれない。人を惹きつけるものがあるからこそ集まるのだから。こんな当たり前のことにぼくは初めて気付いた。対話を通じてぼくの無知を知らしめた栄生さんこそがソクラテスだった。
「それで雨崎くん、近々なにか面白い催し物ないか知らないかな」
「トイレ」




