音読み訓読み
「栄生さん、これは世紀の大発見だよ」
ぼくは意気揚々と語り始める。最近気付いたことを、やっと話せるとかなり前のめりになっていた。プライベートスペースもなんのその、自分の興奮を覚ます術を知らない人間のようだ。
「雨崎くん、珍しく近いね。普段クラスメイトにもこんな近くで話すようなキャラではないと思うんだけど。そんなにわたしと話をしたかったの。昼休みとか話しかけてくれてもいいのに」
なぜだろう、急に恥ずかしくなってきた。確かに日中話せばいいのに、それは避けている。別に硬派を気取っているわけでもないのに、今回のように放課後に二人きりで話せるときを心待ちににしていたのだろうか。
「最近雰囲気柔らかくなっているから人との距離感も変わったのかもね。とっても素敵なことだよ」
照れているぼくをからかうように彼女は言った。表情は柔らかく笑っていた。そんな顔を見て、また少し自分が紅潮するように感じた。そんな自分自身を誤魔化すように、説き伏せるように言う。
「まあある程度適当なことを言っても大丈夫なのが栄生さんだからね。気を張る度合いが少なくてすむからね」
「あれ、雨崎くん違う違う。わたしとのことだけじゃあなくてみんなに対してのことを言ったんだよ。あれあれ、おやおや、雨崎くんってばわたしに対して心許しちゃっている感じかな。いやはや照れちゃうなぁ」
薮をつついて蛇をだしちゃった。冷静さを取り戻すんだ。深呼吸。まずどこが熱いのか。耳が特にだ。冷ませ。顔全体が熱い気もする。血を顔から全身に流すようにしろ。…無理だ。そんなことはしたこともない。出来るのか。訓練すれば出来るのか。血の流れをコントロール出来るのなら足が痺れたりするのを防ぐことが出来るのか。あれは流そうにも流れない状況だから無理だ。逆だ。普通にしているのに足を痺れさせることが出来ればいいのだ。それを出来るようになれば。そんな特訓している暇はない。それなら最初から顔の血流を。しかしそんなことをすると脳に血が回らなくなる。そんな病気があったはず。つまりしてはだめだ。
「雨崎くん、顔青ざめてきているけど大丈夫かな」
焦って意味不明な自問自答を繰り返していると栄生さんが心配そうに声をかけてきた。ぼくはできないはずの血流操作に成功したらしい。怪我の巧妙とはまさしくこのことだ。血の気をひかすことも容易い。これは休みたいときに休み放題では。本格的に訓練しよう。よし、では話を戻すんだ。
「まあ栄生さんには気を許しているとしよう。しかし今はそうじゃあない。世紀の発見だよ」
「ではここは雨崎くんに倣って、まあいつもの大したことでないであろうことを大袈裟に言っているんだろうけどどうぞ言ってごらん」
あれ、ぼくそんなこと言ったことあったかな。いつも心の中だけに留めていたように思うが。しかしここは度肝を抜かしてやる。ぼくはさらっとメモを書き見せながらこう言う。
「『信じる』や『感じる』って音読みなのに送り仮名がついているんだ」
得意満面、言ってやった。これはまさしく大発見。送り仮名がある場合は訓読みだという説を根幹から覆すほどのものだと自負している。さあどうだと栄生さんを見ると額に指を当てて首を振る。えっ、違うの?間違えているのか、ぼくは。
「気持ちはわかるよ。音読みに送り仮名がついているように思うよね。でもね、それは間違いなんだよ。これは変化してこうなった言葉なんだよ」
ぼくのメモの下に書き足して説明してきた。
「ここでは信じるで説明するね。これは『信』プラス『する』の形なんだよ。漢語、つまり日本語でないものと、動作のするを足した言葉。現代でもボールをキャッチするとか言うでしょう。それと同じ。というか、中学くらいで習わなかったかな、活用形で判断出来るって。まったく、これを大発見だなんて。さっきの顔を写真に撮っておけばよかったな。なかなかに良い顔をしていたと思うよ」
彼女は淡々とぼくを詰めてくる。なんていったってぼくはもう顔全体が真っ赤であろうと思えるほど熱い。ここぞ先ほど学んだ意味不明な自問自答をば。…なんにも思い浮かばない。もう俯いて熱が引くのを待つだけしかすべはない。そんなぼくに対しての追い討ちが迫る。
「『感じる』の訓読み知ってるかな。『感ける』って送り仮名なんだけど。例文を作るとしたら、こんな大発見に感けてないでわたしとしっかりお話しをしよう、かな。さっきはぐらかした話の続きをしようよ。ねえねえ」
はぐらかしたのではない、本題に入っただけだ。声にならない反抗はやはり届かない。今日はもううつ伏せで倒れていたい。自分でもよくわからないけど、今の状態であの話を続けるわけにはいけない。
「おーい雨崎くーん。もう耳まで真っ赤になって。顔から火が出るとはこうなんだね。普段の態度とは裏腹に、感情が表情とかに出やすいものね。そういうところ可愛いと思うよ」
もうだめだ。顔からプロミネンスだ。逃げろ。




