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単位

「雨崎くんはデシリットルって使ったことあるかな」

 彼女は物憂げな表情でそう言い放つ。プール開きを今か今かと楽しみにしていたのに当日台風が来たときの子供のようだった。窓の外を眺めてため息ひとつこぼすその仕草に、ぼくはついぞ見たことのない白黒映画を感じる。ありきたりである、でもぼくには真新しい感覚。色がないからこそ想像する。さっきまで赤い服を着ていた人も場の空気に服の色すら染められてしまう。色のない強み、そんな想像を栄生さんにもしてしまう。理由のわからない憂鬱。零れるため息すらも絵になりそうな雰囲気。この場を染め上げるのは意味深長な栄生さんの一言。デシリットル。

 絶対関係ないな。あの台詞から何を察しろというのだ。そんなこと考えていたらこっちが憂鬱になるよ。そうだ、相手は栄生さんなのだ。言動を切り離さなければ。言と動は別物なのだ。どうせくだらないことを考えているんだ。こんなことをする悪い子にはお仕置きが必要なのではないか。そうだ、そうに決まっている。ここから叛逆の雨崎が始まるのだ。・・・叛逆ってことは栄生さんが上の立場ってことになっちゃうね。まあいい。叛逆の雨崎の始まりだ。

「使ったことあるよ」

「へぇ、珍しいね」

 あれ、ここはぼくの言葉が少ないって小言なりがあるはずなのだが。そこから説き伏せるのが目的なのに。もしかして本当に何かあって落ち込んでいるのか。いや、そんなことはない。彼女の視線の先を見る。いつの間にか雨が降り始めている。わずかではあるが窓を濡らしていくのがわかる。ひどくならなければいいが。

「栄生さん、ぼくの傘を使うかい」

「雨崎くんが濡れちゃうよ」

「ぼくはスペアの置き傘もあるからこっちを使っていいよ」

「ありがとう。これで遠慮なくお話に集中できるよ。それでどんなときに使うの」

 まったく、今日は曇り予報だったのに。石橋を念には念を入れて叩いて転ばぬ先の杖を持って渡るべきだ。一切の抜かりなし。まあこれで栄生さんに恩を売れた。今日は優位に立てるのだ。

「ぼくが使うというか海外品はわりと使われていることが多いよ」

「へぇ、今度機会があったら見てみよう。ちなみに1デシリットルは100ミリリットルだったかな」

「そうだね、それであっているよ。というか勘違いしている人が多いんだけどデシとリットルは分けて考えたほうがいいよ」

「どういうことかな」

「デシっていうのはその次に繋がる単位の1/10、センチは1/100なんだよ。1センチリットルは0.01リットルなんだよ」

「センチリットルなんてあるんだね。雨崎くんは単位に詳しいのかな」

「そうだね、ぼくくらいになるともう単位を作ることができるからね」

 栄生さんはぼくをそれはもう遠巻きに気付かれない程度の視線を送り不審者であるかのように見る。傘の恩、効果はない。だがここまで言ってしまったのだから怖気付かずに話を続けるのだ。

「原油の量を樽に因んでバレルという単位を使うよね。大体159リットル。これは日本人には馴染みがないと思うんだ。そこでぼくは考えたんだ。日本人にも馴染みのある樽に因んだ単位、そうケンタッキーバレル。10ピースので大体5リットルほどは入るらしい。几帳面な日本人には非常にきりの良い使いやすい単位だよ。栄生さんも是非使うことを薦めるよ」

「長いから嫌」

 そんな身も蓋もない。いやケンタッキーバーレルのことではない。栄生さんの返答のことだ。まあぼくは実物を見たことがないわけで。実際5リットルも入るほど大きいのかどうかも知らない。

「まあそんなわけでぼくは単位について一家言あるんだ」

「あんないいかげんなことを言っておいてどうとればそういう風に思えるのかわたしには理解できないけど、ここは傘の恩でそういうことにしておいてあげるよ」

「ぼくの恩を勝手に使わないで。ぼくのタイミングで使わせて」

「あら雨崎くん、勘違いしているんじゃないかな。恩を売ったのは雨崎くん、つまり買ったのはわたし。所有権はすでにわたしに移っているの。わたしの自由にしていいの」

「おっとぼくは栄生さんに恩を売ったわけではない。貸をつくったんだよ」

「返却タイミングはその契約に明記されていないのでわたしの自由でいいでしょう」

 あっ、理屈屁理屈で負けた。ぼくのアイデンティティは脆くも崩れ去った。

「ふふふ、雨崎くんも余計なことを言わなければよかったのに。ミイラ取りがミイラに、揚げ足取りが揚げ足になっちゃったね」

 もうぼくはゲソの唐揚げほどの価値しかないのか。美味しいじゃないか。それはけっして悪いことではないはずなのに。そう負けたことが悔しいだけなんだ。揚げ足は悪くない。

「まあそれはいいの。単位に戻るけどセンチリットルがあるってことはデシメートルもあるってことだよね」

「そう。デシで有名なのは音の大きさのデシベルじゃあないかな。この場合ベルを単位で使うことが少ないからね。だから気付きにくいんじゃないかな」

「そっか。色々組み合わせが増えて楽しそう。センチベルってセンチネルっぽいよね」

「絶対栄生さんはセンチメートルをセンチメンタルって言っていたよね」

「そうよ。でもあんまりピンとこないなぁ。デシ、デシ、デシ」

「なんの音かな」

「雨崎くんを足蹴にする音」

 ひどいなぁ。肉体面でも精神面でも。

「あっ雨崎くん、これはどう。デシ寸」

「偽物の芥川龍之介ぽいね」

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