油
「わたしさぁ、発見したんだよ」
この子はなんなのだ。世界の中でどうでもいいと思うものを順に並べたときにトップ10に入るものを、恥じらいもなく寧ろ誇らしげに語ってくるのはいかがなものか。そう思いながらも話を聞くことを少し楽しみにしているぼくがいる。素直になればいいのにと自分に言いながらもため息混じりで言葉を返す。
「はいはい、いつものやつだね。今日はなんなのだい。」
「今日はね」
こちらのため息も意に介さず嬉々として言葉をつなげる。
「英単語をネット検索するとその意味とか発音してくれるじゃない。それでなんとなくoilを調べたんだよ。」
まだまだ序の口と言わんばかりの穏やかな口調。先はまだ長い。
「調べたら下に日本語が出てるよね。そこにはちゃんと油でその下にローマ字でaburaって書いてあったの。」
語尾が段々と強くなってきました。これはそろそろかな。ぼくは軽く頷き続きを促す。
「それを見ていたらふとどう発音するのか気になって。普通にアブラって言うだろうなぁ。でもアルファベットに引きずられてエイブラって言わないかなってさ。そしたらさそしたらさぁ」
彼女はついに自分の話に耐えられず破顔してしまう。
「唐突に、ユってだけ言っているんだよ。そうなるとついつい聞き返しちゃったよ。ユ?ってね。その後も何回も確認のため発音のボタン押しちゃったよ。ユがいっぱい湧き出ちゃったよ。」
「そんなアラブの金持ちみたいなことを言われても、今回は本当にどう言葉を返せばいいのかわからない。」
しばらく一人で楽しんでいた栄生さんですが、ひとしきり笑い終えたのか落ち着きを取り戻して真剣な口調で話し始めた。
「これはね、日本語を勉強している人にとってはかなり重要な問題なんだよ。これを聞いてabura をユって発音するって覚えちゃったら大事になるかもしれないんだよ」
大事になるかは想像し難いが間違えて覚えるというより、正解が間違えていることによる困惑は起こるだろう。しかし目の前の栄生さんはユだけであれだけ笑っていたのだからその発言に信頼はないのだが。
「わかったかな、雨崎くん。アブラカタブラ」
「それ絶対今思いついたから言っただけだよね、アブラカタブラ。ちなみに意味的には、いたいのいたいのとんでいけ、だからね。現状栄生さんのほうがイタイからね」
「そんなことを言われるなんて。心が痛い」
「というか栄生さんはなんで油を調べたんだい」
「すっごいくだらないことだからちゃんと覚悟して聞いてね」
えっとくだらないことを聞くときの覚悟ってどうするのかわからない。力を抜けばいいのか。いや、これは罠だ。栄生さんの罠だ。栄生さんに限ってくだらないことなど言って終わるはずがない。そこから変なふりが入るんだ。力を抜いていたところに理不尽な話をもってきてぼくに捨て身の当て身をかましてくるんだ。死なば諸共の精神を持つ栄生さんのことだ。そう彼女は益荒男だ。ぼくはこれを傷ひとつなく乗り切る。
「アルガンオイルっていうものがあってね。ビタミンEとかがいっぱい含まれていて若返りのオイルって言われているらしいんだよ。つまりそれってどっちなのってなって」
「確かに矛盾だからね。それで、それから」
「いや、終わりだよ」
「えっ」




