丁字路
「雨崎君はさ、T字路より丁字路が先にできたと思っているでしょう」
また始まった。今日も今日とて嘘から始まる挨拶だ。椅子に座り踏ん反りかえって腕を組んで。目が凛々としている。反り返りすぎてぼくを見下すように見ている。そのせいか今日は非常に威圧感が強い。これから語ることに対する意気込みなのか、口元にも自信が見て取れる。これからそれを大層大袈裟に語るのであろうと・・・騙るので・・・いや、騙りきれないか。内容を聞く前から嘘だとばれているのだから。そんな雰囲気しか感じ取れないから。だからこれから騙るのはぼくなのだ。栄生さんに上手く騙された振りを演じきるのだ。今回は初めての試みではあるが、だからこそ有効なのだ。ぼくがこの様な行動にでるとは思っていないであろうから。さて、ではいこうか。初陣だ。
「丁字路ってこちょばはえでお時代にもあるんじゃなかったかな」
ぼくは不意に俯く。盛大にやってしまいました。緊張しました。騙される前に、騙すことに気負いすぎました。ぼくは志し半ばで倒れてしまったのだ。まぁ半ばというより最初の一歩なのだが。
顔は俯いたまま恐る恐る上目遣いで向かい窺う。体は反り返ったまま、先程まで凛々しくあった目がぼくを蔑んでいた。淀んでいた。今度は本当に見下していたのだ。目が合ったことがわかったのであろう、大きく息を吸い項垂れるようにしながら息を吐く。そう、わざとらしいほどの溜め息だ。吐いた息を掬いあげるような仕草をして、彼女はぼくを責める。
「今この手の中にあるわたしのやる気はどこにいけばいいの?わかる、この気持ち?ここに来るまでに溜め込んだ発想と意気込み、今止めどなくこの手から溢れ落ちていくんだよ」
何なの、この演劇風な責め方。救ってほしいのはぼくのほうだよ。すごく恥ずかしがっているぼくの魂の救済を求めるよ。ここはもう何事もなかったように仕切り直しといこう。しっかりと深呼吸をして前を向いて。
「丁字路は江戸時代にもあったんじゃないかな」
よし、今度は普通に言えた。これで全ては元通りになったはず・・・だと思っていました。向かいでは仏頂面した女子が一名。仏の顔は一度たりとも許さないのでしょうか。仏の顔で砂になるまで叩き潰してくれるのでしょうか・・・
「ごめんなさい」
負けました。粉微塵になるまで打ちひしがれた気分です。この敗北宣言を受けてようやく表情が解けたようだ。それから柏手をひとつ、まるでぼくを参拝するように打つ。参ったのはぼくなのだが。
「実はね、T字路が先だったのかもしれないよ。なんたって十字路を、ローマ数字のⅩで表すことができるからね」
「それだけを根拠にそう考えたのかい?」
「雨崎くん、浅はかだなぁ」
まるで勝ち誇ったように口角を上げる。浅慮なのはそちらであろう。なぜそれだけのことでこれ程の自信を持てるというのだ。
「漢字のじゅうを書いてみて」
ぼくは鞄からノートを出して表紙の裏に当然のごとく、『十』と書いた。
「ぶっぶー。ざーんねん。これだから雨崎くんは。こんなだからわたしに勝てないんだよ。いやはや浅薄愚劣とはまさしく雨崎くんその人を指す言葉だと思ったよ」
そう罵詈雑言と思しき言葉を並べながら、ぼくが書いた字の隣に『拾』と書いた。ほうほう、そう来たか。彼女は得意げに続ける。
「拾字路だとかなり入り組んだ道になっちゃうでしょう。港町でもないくらいの複雑さだよ。だから十字路はX字路が先にあったかもしれないよ。全ての道はローマに通ず、シルクロードもまた然り。ローマ数字が入ってくる可能性はあり得るよね」
まあぼくごときの知識ではそれを否定しきることはできない。けれども彼女が掘った墓穴にしっかりと埋葬してあげることはできる。しっかりとスコップを握り込むようにぼくは反論する。
「確かにそういう考え方もあると思うんだ。面白いと思うよ、これは。でも実は初手で間違えているんだよ。この『拾』、旧字体じゃあないんだ。大字といって数字を誤魔化せないように使うものなんだ」
ぼくはノートの片隅の『拾』に指を置き、そのまま『十』まで這わせながら続ける。
「つまり早いうちに『十』はあったんだよ。それでもし栄生さんが十字路に差し掛かったとき、主観でイメージするなら『十』と『X』、どっちかな。真っ直ぐに歩いていれば『十』のほうが先に思い浮かぶと思うんだ。『十』のほうが直角だからね」
今ぼくは、ふふん、という満足感たっぷりな表現の似合う表情をしていると思う。向かいでは深く頷いている栄生さん。どうやら腑に落ちたようだ。本日の序章はこれにて完結である。・・・騙された振りをするのを忘れていた。




